騎士の仕事
戦闘は唐突に始まった。複数の方向から飛んでくる弓矢を避け、振り下ろされた二本の刃を剣で受け止める。それを押し返しながら、ロゼアリアは落ちた矢を拾い上げた。ここまで走ってきたおかげで身体は十二分に温まっている。
(弓矢は邪魔)
拾った矢を射手へ向けて投げる。相手の手首に刺さったのを確認すると、すぐ次の標的へ意識を変えた。無力化できればそれでいい。
(アルデバランに矢を放ったのは、アイツ。アイツだけは逃がさない)
ロゼアリアの最終標的は一人だけ一歩後ろで見ている男だ。彼だけは自分の手で処理しなければ。
多勢相手に全く怯まない少女に、何人かはその異常性を感じ取ったらしい。隙を見て外へと逃げていく。
だが追いかける必要はない。この倉庫の外は騎士達が取り囲んでいるのだから。そして、「一人も逃がすな」という命を与えた以上彼らはそれを果たすはず。
「逃げたいなら逃げればいい。誰一人逃がさないけど」
襲いかかる刃を剣で受け止めると同時に、拾っていた矢を後方から迫る相手の肩に刺す。的確に処理を進めるロゼアリアに対し、次第にその場は悲鳴が増え始めた。
手足さえ封じてしまえばいい。ロゼアリアが狙うのは腕と足のみ。肩を刺し、腱を斬る。頬に飛んだ返り血の温度にロゼアリアは一瞬だけ不快そうに顔をしかめた。
「こ、殺さないでくれ!」
まだ一人も殺めていないのに滑稽な。床に転がした目の前の男にもう用はない。さっさと外へ這い出ればいい。
「今まで殺す側しか知らなかったんでしょ? 命を奪われた側の恐怖を知る良い機会になったね。もちろん、この程度じゃ足りないと思うけど」
しゃがんで目を合わせて言ってやれば、恐怖に顔を引き攣らせながら男は不恰好に這って出口を目指した。
だがその先で待っているのはロゼアリアの配下達だ。ここへ到着した時点で彼らに逃げ場など与えていない。
「私がたった一人で来るはずないでしょ。他の騎士は外で待機させてるだけ。一人で中に入ったのは、混戦になって何人か逃すのを防ぎたかったから。それと」
いつの間にか倉庫の中には誰もいなくなっていた。ただ一人、ロゼアリアが最終目標と定めた男を除いて。
「貴方達の相手は私一人で事足りると思ったから。できると分かってることを実行しただけ」
剣を下ろしてロゼアリアが振り返る。唯一の出入り口はロゼアリアの背に。ロゼアリアが歩みを進めると、その分だけ男は下がる。構えた刃先が震える様の情けないことと言ったらない。
「最後まで残ってくれてありがとう。貴方だけは、自分の手で処理しないと気が済まなかったから」
「く、来るな!! 化け物が!!」
化け物呼ばわりとは失礼な。こっちは国を守る正統な騎士なのだ。そして、ロゼアリアの実力が化け物ならばグレナディーヌには化け物が大勢いることになる。
「そう? 師と兄弟子に及ばない私はまだまだだと思ってるけど」
下ろされた剣が鈍色に輝いていた。逆光で少女の表情は見えないはずなのに、なぜか高天によく似た彼女の青い目がやけに鮮やかで。
「わ、分かった、全部話す! 誰の指示かも全部話すから!」
「それを聞くのは私の仕事じゃない」
ピシャリと切り捨てたロゼアリアの歩みは止まらない。とうとう、男の後退が背後の壁に阻まれた。
へたり込んだ男の前に立つは小柄な少女。だというのに、男には目の前の少女が猛獣か何かにしか見えなかった。
「騎士の使命は祖国に仇なす敵を排除すること。ただそれだけ」
ロゼアリアの剣先が男の喉元に定められる。少しでも動けば喉笛から血飛沫が上がる。そう直感した彼は、降伏を示すべく両手を上げた。
だが、剣はぴたりと定められたままだった。
「誰に弓矢を放ったと思ってるの?」
降伏を示した相手をこれ以上詰める必要は無い。
だから、ここから先はただの憂さ晴らしだった。
「ま、魔法使いが今日の昼に出てくるから始末しろって言われただけなんだ!」
「魔法使いであろうとグレナディーヌの民に変わりはない」
「けど、アイツらは人間にとって害のある存在だろ!! 昔だって、黒い魔法使いが戦争を起こして──」
「もういい。もう貴方と話すことなんてない」
一度男から剣を離して振りかぶると、ロゼアリアは躊躇いなく突き刺した。
「──お嬢、やりすぎっスよ」
出てきた全員を捕縛し、未だ姿を見せないロゼアリアを迎えに来たオロルックが呆れた様子で頭を掻いた。目の前には泡を吹いて伸びている男と、それを見下ろす我が主。
「これくらいやらないと気が済まないもの」
「団長に怒られても知らないっスからね」
「オロルックが言わなきゃバレない」
「もー」
ロゼアリアが、男の耳を掠めて壁に突き刺さっている剣を抜いた。たとえ賊であろうと重犯罪者であろうとグレナディーヌの民。殺めたりなどしない。それをするのも騎士の仕事じゃない。
「一人も逃してないでしょうね」
伸びている男を縄でぐるぐる巻きにしているオロルックにロゼアリアが言葉を投げる。
「お嬢に言われた通り、全員とっ捕まえたっス。どういうわけか、軒並みお化けにでも遭遇したような顔してましたけど」
「そ」
ようやくロゼアリアが倉庫の外に出る。薄暗さに目が慣れてしまったせいで太陽の光が眩しい。
「隊長、間もなくこちらに警吏隊が到着します」
「分かった。身柄を引き渡すまでちゃんと捕まえておかなきゃね」
捕えられた男達にロゼアリアが視線を向ければ、彼らは怯えて縮こまった。ロゼアリアが負わせた傷はきちんと止血されている。
倉庫の中で一体何があったのか、騎士は誰も聞いてこなかった。
到着した警吏隊にここまでの経緯を説明する。これ以降は彼らの仕事だ。
罪人達を運ぶ馬車に次々と賊の男達が乗せられていく中、ロゼアリアは先ほどの男に近づいた。自分に近づくロゼアリアに気づいた男が、ヒッと喉の奥から悲鳴を漏らす。
「一つだけあった。話すこと」
「な、なんだよ」
「貴方達にこの犯行を指示した人物が誰か、くれぐれも名前を間違えないことね。もし間違えたらその時は──今のうちに太陽に別れを告げておいたら?」
今のは王太子に罪を擦るな、という釘刺しだ。首謀者を追って行き着く先は第一王妃に違いないが、だからこそこの件は有耶無耶にされるだろう。彼らが捕えられた時は「王太子による指示と答えろ」と命じているはずだ。第二王子派達は、まるで自分達は無関係だと涼しい顔で今も過ごしている。
警吏隊と賊を乗せた馬車を見送り、ようやくロゼアリアは息をつく。
「帰ろっか」
「うっす。お嬢、カーネリア卿の無事を確認しなくていいんスか?」
「アルデバランは無事でしょ。先に、団長とジクター殿下に報告しなくちゃ」
ここまで走って来たため帰りも徒歩だ。王都市街までそれなりの距離を歩いて戻った頃には、王城前の観衆はいなくなっていた。
「私は報告に行くから、皆は先に戻って」
部隊を解散し、まずはジクターの元へ向かう。既に襲撃の報告を受けていたからか、王太子との面会はすぐに許可が下りた。
「グレナディーヌの若き太陽、ジクター殿下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しい挨拶はいい。何があったか報告してくれ」
「はい殿下」
賊を追いかけたのが白薔薇騎士団だったからだろう、ジクターの元にはカルディスもいた。二度説明する手間が省けて好都合だ。
「儀式の直前、カーネリア卿を狙う輩が二人いることに気づきました。その存在にはカーネリア卿も気づいていましたが、彼は儀式の続行を判断したため私達は事態に備えていました」
二人に事の顛末を詳細に語る。ジクターは始終難しい表情をしていた。
「魔塔の主を狙うとは無茶な……第二王子派が魔法使いを快く思っていないのは承知していたが、こうもあからさまに出てくるとは思わなかった」
「殿下と魔塔が仲違いした話からこの犯行に及んだのでしょう。上手く釣り上げたと言ってしまえばそうですが」
カルディスの言葉にロゼアリアも頷く。だから、あの男に釘を刺したのだ。
「実行犯の男が首謀者に殿下の名前を出す可能性を考え、虚偽の発言は控えるよう申し付けました」
実際は「控える」なんて穏やかな言い方はしていない。嘘偽りを申せば二度と日の目は見れないと思え、と脅してきた。




