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防衛結界

「オロルック」


 それ以上は言う必要がない。騎士として、友人として年月を共に過ごしてきた彼にはそれだけで伝わる。


「分かってるっス。俺はいつでも行けるんで」


 オロルックもまた分かっていた。ロゼアリアが着実に怒りを募らせていることを。その原点である感情を、我が主がどれだけ否定し続けていても。


(お嬢のためにも、カーネリア卿にはかすり傷一つ負わせないっスよ)


 目標が指一つでも動かしたら即行動できるよう、オロルックは近くにいた第六部隊の騎士に伝令をかける。事が起きればロゼアリアは部隊の招集を待たない。先ほどオロルックの名を呼んだ中に、号令をかけずとも全員がついて来るよう指示を出せ、という意味も含まれていた。


 ロゼアリア達に静かに緊張が張り詰める中、いよいよ魔法使い達が動き始めた。アルデバランがトン、と杖を地面につけると、白金の光を帯びた魔法陣が咲いていく。その光景に観衆からはおお、と驚きの声が漏れた。


「破滅を招く再生よ。再生の為の破滅よ。太陽は月を永遠(とわ)に追い、月は太陽を永遠(とわ)に追う」


 アルデバランの立つ場所から光の柱が上がる。彼を中心に金の炎が魔法陣を駆け抜け、他の魔法使いの立つ位置からも光の柱が上がった。さらに炎は外へと広がり、やがてグレナディーヌを覆い尽くす。

 上空から見下ろせば、いつぞや魔塔の最上階で見た魔法陣が国土の上に描かれているのだろう。


 神を降ろしたような神々しさに、その場の誰もが声を発することを忘れていた。


「神子の血肉を以て外界との断絶を──“防壁展開テルミヌス・エクスパンディア”」


 アルデバランが詠う。そして、かつて灰色の地を蘇らせた時のように彼は自身の手の平を切り裂いた。

 ぼたぼたと鮮血が魔法陣に落ち、王都は一層眩い光に包まれる。


「空が……」


 誰かの呟きを聞いてロゼアリアも上空を見上げる。遥か彼方から伸びてきた金の膜が、王都の空をもすっぽりと覆っていく。

 そして全てが包まれると、魔法陣はその輝きを少しずつ弱めていった。魔法使い達から上っていた光の柱も同時に消えつつある。


 これが、国全土を覆う防衛結界。


「ふう……」


 消耗した顔で息をつくアルデバラン。杖にもたれるようにして立ち、額の汗を拭う手の平からは未だに血が流れ続けていた。

 誰が最初だったか、観衆から拍手が鳴り始める。その最中にロゼアリアは飛び出した。


 キン、と高い音を立てて矢が弾かれる。


「オロルック!!」


 アルデバラン目がけて放たれた矢を剣で弾き飛ばしたロゼアリアは、そのまま射った犯人を追い始めた。すぐさまオロルックと第六部隊も動き始める。

 状況が理解できずにどよめく人々には目もくれず、ロゼアリアは段差や物を利用して軽々と屋根まで駆け上がった。


 もう一人は部下達に任せ、自分は目の前の男から一切目を離さずに追いかける。男が屋根から飛び降りればロゼアリアもそれに続き、妨害として投げ倒された樽や植木を難なく飛び越える。


 絶対に逃がすものか。


 疲れなど微塵も感じなかった。いや、この程度で疲れるほど自分の体力は低くない。

 栄えた市街を抜け、平民街まで来た。家と家の間に洗濯物が掛けられているのを身を翻して避け、突如開いた窓の下をくぐった。疾風の如く駆けるロゼアリアを、ここで暮らす民達がぽかんとした表情で見送っていく。


 それすらロゼアリアの目には入っていない。もはや弾丸だった。標的を撃ち抜くまで止まることを知らない追尾弾。


(慣れた足取り……地形もよく分かってるみたい。相手は普段からこの辺りに住んでる)


 道を選んで逃げているのだと分かった。あえて足場の悪い場所を選び、ロゼアリアを撒こうとしている。


 それがどうした。


 魔窟に比べればただの散歩コースだ。


「お嬢! 囲まれてるっスよ!」


 後方からオロルックの声が飛んできた。

 大丈夫。分かっている。


 目の前の一人を追っているうちに、周囲を何人かが並走。矢を放ったあの男はこちらを陽動していた。


 それが、どうした。


 このまま他の仲間と待ち伏せしているなら好都合だ。全員まとめて捕縛できるから。


「罠っス! 奴ら、アジトで待ち伏せしてるっスよ!」

「このまま突っ込む」

「アジトの場所だけ確認して一度引き返すのは!」

「しない」


 ロゼアリアの言うことなど、オロルックも分かりきっているはずだ。他の部下に指示を出すための確認にすぎない。

 それに、ここで引き返しては逃げられる可能性があった。テロを計画した犯人をここまで追って逃すなど、白薔薇騎士団のメンツを潰してしまう。


 地面を蹴り、時には壁を蹴り、まるで重力から解放されたかのようだ。跳ね回りながらも全くスピードを失わないロゼアリアを追うオロルックの方が苦労している。


 これでロゼアリアが怒りのままに動いていれば躊躇いなく止めるのだが、彼女は至極冷静だ。


 辿り着いた先は、元々倉庫として使われていた場所だろうか。入り口は一つ、薄暗い中の様子は確認できない。


「全員着くのを待つっスか?」

「私一人で十分。オロルックはここを囲うよう全員に伝えて」

「了解っス。ヤバかったらすぐ呼んでくださいよ」


 オロルックの言葉に、ロゼアリアはふっと乾いた笑いを返すだけだった。一歩踏み出し、視線だけでオロルックを振り返る。


「一人も逃がさないでね」


 誰一人決して逃がすな。こちらを見据えるブルージルコンから放たれる圧に、背筋が凍る感覚を覚える。


 そして、弾丸は着弾した。


 ザッザッと砂土を踏みしめる音が耳に入る。感じる気配は二十人ほどか。二階部分か元は棚だったのか分からないが、そこにも人間が潜んでいる。ロゼアリアに弓矢で狙いを定めているのだろう。


 魔窟に根を張るラウニャドールの殺気は、こちらを呑み込むほど強大だった。リエンの殺気はもっと鋭く研ぎ澄まされ、ピアノ線のように張り詰めていた。

 この程度の生温(なまぬる)い殺気ならば向けないでほしい。


 背後から差し込む光がロゼアリアの影を伸ばした。薄暗さに徐々に目が慣れてくると、数メートルほど距離を取った先で賊らしき男達がロゼアリアを待ち構えていた。


「こんにちは」


 まるで散歩中にすれ違った相手にするかのように、ロゼアリアは軽快な挨拶を送った。

 向こうはたった一人で飛び込んできた少女を馬鹿にしているようだ。武器を構えてはいるものの、ロゼアリアを見てヘラヘラと笑っている。


 ロゼアリアと手合わせする騎士ならこの時点で隙と間合いを測っている。所詮、彼らはその程度の相手なのだ。

 その程度でしかないくせに、よくもまあアルデバランに矢を放ったものだ。


「たった一人で飛び込んでくるなんて、随分勇敢なお嬢ちゃんだ。姫騎士サマってのは正義感が強いねえ」

「正義感? 私は職務を全うしてるだけ」


 賢い者ならば今のうちに逃走する。ロゼアリアが誰から剣を教わっているか知っている者なら、武器を置いて投降しているだろう。


「ご立派なことで。けど、その可愛い顔じゃ騎士よりもっと合う仕事があるんじゃねえか? 紹介してやろうか?」


 ニヤニヤ笑いながらこちらを品定る目つきが不愉快だった。目を潰すくらいならば別に咎められないだろう。命までは取らずとも、五体満足を保証する気はさらさら無い。


「結構よ。間に合ってるから。それに、貴方達が紹介できる仕事なんて大したものじゃないでしょ」

「ほお。その生意気な口叩いたことを後悔しても知らねーぜ?」


 ロゼアリアへ一直線に飛んできた矢を、ロゼアリアは見向きもせずに剣で弾く。

 こちらも、これ以上無駄話をする気はない。


「貴方達にはたっぷり後悔してもらうから、もう黙ってて良いよ」

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