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あくる日のこと

「前に俺の預けた炎が、どうしてロゼに残ったのかは分からない」


 ラウニャドールの襲撃から一夜明けた今日、顔を合わせたアルデバランはそう言った。


「それから、ラウニャドールの内部が透けて視える現象もな。特に謎なのが、その視覚情報が俺とロゼで共有されることだ」

「アルデバランにも視えるのは、あの炎がアルデバランの魔法だからじゃないの?」

「だとしても、ロゼまで視える理由が分からない。神焉魔法に干渉できるのは管理者(エリュプーパ)同士だけだし、そもそも魔法使いじゃないロゼが俺の魔法に干渉できるはずがない」

「うーん……」


 アルデバランが原因を知らない以上、彼の炎が剣に残った理由は謎のままだ。炎を介してラウニャドールの内部を覗けることも。

 とはいえ害のあるものではないし、むしろラウニャドールを倒す助けになっている。この状態を解消したいとはロゼアリアもアルデバランも言わなかった。


「稀に人間でも魔力を持つ奴がいるが、エリューを視認できないほど僅かなものだ。魔法に干渉できる可能性は無いな。他に何が考えられるか……」


 三百年存在している自分でも知らないことがあるのは、アルデバランの好奇心を唆るらしい。顎に手を添えて小難しいことをブツブツ呟いている。

 だがロゼアリアはとっくに興味を失っていた。考えても分からないものは分からない。悪いものでないなら、もう放置だ。


 それに、アルデバランと見えないもので繋がっているのは少し、いや、かなり嬉しかった。


「そんなことより、この後防衛結界を張るんでしょ?」

「ああ。各地に送った魔法使い達が配置についたらな」


 今は王城前で魔法使いからの連絡を待っていた。魔法使いが見れるからと、観衆達も集まり始めている。


 大勢の人間の前で結界を張るなんて嫌だろうな、とロゼアリアは目の前の男を見上げる。人間の見世物になるなど、出会ったばかりのアルデバランなら絶対に許さなかったはずだ。


「アルデバラン、人払いはしなくて良かったの?」


 尋ねれば、炎色の瞳がロゼアリアを見た。視線がぶつかっただけで単純な心臓は跳ね上がる。


「大規模な魔法陣を展開するんだ。何をしても目立つ。人払いなんかするだけ無駄だろ」

「でも、嫌でしょ?」

「そりゃあな」


 だがアルデバランの表情は穏やかだ。その瞳の奥に、彼がリブリーチェに向ける時のような優しい色を滲ませていることに気づく。


(また……)


 アルデバランから優しさを向けられることは嬉しくて、同時に苦しかった。彼の目に映る自分は子供でしかないのだと、嫌でも思い知らされる。


「気遣いはありがたいが、大丈夫だ。人前に立つのは学術会で慣れてるしな」

「学術会?」

「魔法使い達が自身の研究を論文にして発表するんだ。魔塔の主として俺はその論文を批評する。に……あー……」


 何かを言いかけたアルデバランが一度言葉を濁し、ロゼアリアの耳元に顔を近づけた。


「二百年くらい前までは俺も研究論文を発表していた」

「そ、そうなんだ」


 自身の呪いを周囲に知られないための配慮が心臓に悪い。


「アルデバランが、大丈夫なら良いけど」


 照れ隠しにアルデバランから視線を背けた先で、ジクターの姿を見つける。開会宣言をしたあのバルコニーからジクターはこちらを見下ろしていた。

 王太子として結界が張られるのを見届けるのだろう。ジクターもこちらに気づき、ロゼアリアは彼に最敬礼をした。


 最敬礼を受けたジクターは頷いただけで、素っ気なくこちらから視線を外す。王太子派と魔塔に繋がりは無いと周囲に知らしめるためだ。

 ラウニャドールの危機が去った今、次に気をつけるべきは第二王子派の妨害だ。星祭りを中断してる以上一歩でも間違えればジクターの立場が揺らぐ。


 それだけは絶対に避けねばならない。


(死者をゼロに抑えられたのが大きかった。第二王子派の騎士団も、ラウニャドールの襲撃は利用しなかったんだ)


 一人でも死人が出ればジクターの責任を問えたはずだが、それは実行されなかった。

 民を見殺しにする騎士団があれば瞬く間に話が広がり、ジクターの責任を問うはずが第二王子派の騎士団に矛先が向くリスクを考えたのか。それとも、ラウニャドールを前にそんな余裕は無かったか。


(防衛結界が無いとまたラウニャドールに襲われる可能性がある。ここでも邪魔は入らないと思うけど……)


 アルデバランを妨害せずとも、集まった王国民に何かあるかもしれない。それを防ぐために王太子派の騎士団はこの場に集まっていた。

 昨日襲撃があったばかりだ。正装で帯剣した騎士があちこちにいるのは民にとっても安心材料になるだろう。


「主様、全員配置に着きました」


 ヴィタがアルデバランの前に現れる。準備が整ったようだ。


「ご友人の方もご一緒でしたか」


 ロゼアリアに気づき、ヴィタが一礼をしてくれた。ロゼアリアも軽く会釈を返す。


「ヴィタさん、昨日はありがとうございました」

「いえ。こちらこそご助力いただきありがとうございました。失礼ながら、まだお名前をお伺いしておりませんでしたね」

「彼女はロゼアリアだ」


 自分で名乗るより先にアルデバランに紹介された。まさか彼が、ロゼアリアの名前をちゃんと覚えていたとは。


「アルデバランて私の名前知ってたの?」

「知ってるも何も、魔塔に来た時にロゼが名乗ってただろ」


 出会ったばかりのアルデバランは人間に興味などなかった。てっきり、こちらの名前など記憶していないものとばかり。


「ロゼアリアさんでしたか」

「紹介が遅れてごめんなさい。昨日は本当に助かりました」

「助けなど。結果的に貴女を危険に晒す形となってしまい、大変申し訳ございませんでした」

「謝らないでください。アルデバランのおかげで私は無事ですから」


 それこそ結果的に間に合っただけだとアルデバランが小言を言っているが無視をする。説教なら散々父から聞かされた。これ以上は十分だ。


「そろそろ始めるか。行くぞ」

「はい」


 アルデバランとヴィタが移動し始めたので、ロゼアリアも観衆のいるところまで下がった。

 そこが魔法陣の中心なのだろう、アルデバランは王城前の広場の中央に立つ。彼を中心に半径十メートルほど離れた場所に、魔法使い達が等間隔で立っていた。中には屋根に立つ魔法使いもいる。

 ヴィタも等間隔に並ぶ魔法使いに加わった。


 いよいよ防衛結界が張られる。なぜかロゼアリアの方が緊張し、ゴクリと喉を鳴らした。


 アルデバランが一度ジクターを見上げる。これはいわば儀式。王族の体面を保つために、王太子であるジクターの宣言を受けてから作業が始まる。

 ジクターが一歩前に出ると、皆が彼のいるバルコニーを見上げた。


「──これより、グレナディーヌ全土に防衛結界を展開する。この結界があれば昨日のようにラウニャドールが王都へ現れることはない。魔塔の主よ、ここに結界を張ることを承諾する」


 ジクターの宣言に渋々頷くアルデバランが、ロゼアリアには面倒臭そうな表情に見えた。アルデバランが指を鳴らすと、彼の手に大きな杖が現れる。

 初めて見る杖だった。金色の杖の先端は天球儀を模したよう。その中心で光を放つ丸い石は、アルデバランの目によく似ていた。


(綺麗……)


 黒いローブに杖。そうしていると普段よりも魔法使いらしく見える。


 思わず見蕩れていたロゼアリアだが、僅かな殺気を感じて後方を鋭く睨んだ。


「オロルック」

「うす」


 すぐ傍で控えていたオロルックも気づいている。アルデバランを基準にそこから四時と八時の方向、屋根の上。


(今確認できる人数は二人だけ……狙いはジクター殿下? ううん……)


 一瞬だが弓矢を視認した。身を潜める男が隙を伺う先はアルデバランだ。

 今すぐにでも捉えに行こうか。しかし、騒ぎが起きれば儀式は中断される。


(どうする? 様子を見るなんて悠長なこと……でも、アルデバランなら弓矢くらい寝てても防げるか)


 視線をアルデバランに向けると、目が合った。アルデバランも刺客に気づいているらしい。ロゼアリアを見つめたまま、彼の唇が動いた。


『任せるぞ』


 声は聞こえずとも、たしかにそう言った。

 アルデバランはこのまま防衛結界を展開する気だ。刺客の弓矢を防ぐために魔力を割く気は無いと、ロゼアリアは捉えた。


(任された、なら……)


 無意識のうちに剣の柄を強く握り締めていた。刺客に一層鋭く意識を向ける。

 アルデバランに信頼を置かれている喜びよりも、ロゼアリアの胸の内を占める怒り。


 誰に向かって矢を放とうとしている。そんなことは絶対に許さない。


(アルデバランは、私が守る)

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