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収束

 剣先の炎が膨れ上がることを祈りながら剣を押し込んでいた時、目の前に金色がチラついた。

 金の炎に導かれるように、黒一色だった視界が開けていく。


(見えた!!)


 紫の血液に炎が届く。一層苦しそうに上がる悲鳴を聞きながらロゼアリアがヴィタを振り返った。


「ヴィタさん!!」

「崩落を閉じます! 皆さん、聞こえますか」


 他の魔法使いと連絡を取り、ヴィタが穴へ杖を向けた。レンガからレンガが生え、傷口を塞ぐように地面が形成されていく。


「ご友人の方、もう少し耐えてください!」


 五メートルほどあった魔窟が数十センチずつ縮む。全て地面を塞ぐにはこのラウニャドールを倒し切らなければ。

 炎が汚染されたエリューを舐めるように伝う。その勢いが増すにつれ、蔓の動きは弱く鈍くなっていた。


(沈んでる!)


 ズズ……とラウニャドールがその姿を地下へと潜め始めた。このまま逃がすべきか迷い、剣を握る手が緩んだ。それを感じ取ったのだろう、ラウニャドールが剣を身体の外へと押し出す。


「このっ!」


 抜けた剣をロゼアリアが再び突き刺そうと身体ごとラウニャドールに向かうが、相手が潜る方が早かった。

 光の届かない深淵がロゼアリアを飲み込もうと口を開いている。


「ロゼ!!」

「ロゼアリア!!」


 カルディスとディートリヒがロゼアリアに向かって駆け出す。しかし、彼の方が早かった。

 穴へと投げ出されたロゼアリアの身体がふわりと浮き上がる。


「どうしてロゼは見る度に危険に首を突っ込んでるんだ」


 呆れた声の主をロゼアリアは勢いよく振り返った。


「アルデバラン!!」


 会いたかった。


 姿を現したアルデバランが、徐々に小さくなっていく魔窟を一瞥する。


「ヴィタ、それからお前達もよくやった。そのまま地面を閉じろ」

「はい!」


 魔法使い達が地面を閉じるのを、アルデバランは警戒の色を滲ませた目で見つめる。

 這い出ていた蔓も弱々しく穴の中へと引っ込んでいく。襲撃を乗り越えたと誰もが安堵の息をついた。


「──待て」


 もう少しで全てが終わるというのに、どういうわけかアルデバランが魔法使いを制止する。

 アルデバランは早足で穴へと近づき、もう二十センチ程しか残っていないそこに腕を突っ込んだ。

 驚いたロゼアリアがアルデバランの傍に駆け寄る。


「アルデバラン? 何があったの?」

「声が聞こえた」

「声って、前に言ってた子供の?」

「ああ」


 隙間から金の炎が漏れている。彼があの炎でラウニャドールを追っているのだと分かった。

 アルデバランの両眼が地面のずっと奥を睨みつけている。


「誰なんだお前は……っ」


 魔力を惜しみなく注いで炎を伸ばすが、向こうが引く速度が一歩速い。


──何デイツモ邪魔スルノ? モウ少シデ宿主(ママ)ニ会エタノニ。


 不服そうな幼女の声も徐々に遠ざかっていく。とうとう、伸ばした炎は声の持ち主を掠めることができなかった。

 アルデバランが穴から腕を抜いて立ち上がる。


「……中断させて悪かった。閉じてくれ」

「は、はい。もうよろしいのですか?」

「ああ」


 今度こそ完全に地面が閉じられる。星祭りどころではなくなってしまったが、ようやく事態は収束を迎えた。


 見渡せば、辺りは散々なものになっていた。ありとあらゆる建物が崩壊し、原型を留めていない。教会も崩れてしまっている。


「崩落が起きたのはここだけ? 他は大丈夫かな」


 ふとロゼアリアが不安になるが、アルデバランがそれを否定した。


「一通り見てから来たが問題無い。建物の損壊が起きてるのも一部だけだ」


 その一部を直すのにどのくらいの期間を要するか。騎士団の仕事は当面の間復興作業になるだろう。

 先程までの姪を心配していた表情を納め、ディートリヒが毅然とした表情で騎士達を見渡す。


「全員無事か。怪我人は? 各担当区域での被害は?」

「団長、現在上がっている報告では死者数はゼロです。重傷者の人数は十数名、軽傷者が数百名だと」

「分かった。動ける者は避難所へ向かい、怪我人の治療に加われ」


 ディートリヒの指示で騎士達が動き始める。ラウニャドールを退けたからといって休む暇はない。


「ロゼ、僕達も行こう」

「ええお父様。アルデバランは?」

「俺は防衛結界の魔法陣が崩れてないか確認する。予定通り、明日結界を張るからな」

「分かった。じゃあ、またね」


 せっかく会えたのにここでお別れだ。寂しさを感じるものの、それを表情に出さぬよう堪える。今はロゼアリアも職務中。優先すべきは己の使命だ。

 アルデバランと分かれ、カルディスや白薔薇騎士団の騎士と共にテントへ向かう。


「魔塔の主殿には頭が上がらないよ。何回危ない目に遭ってると思ってるんだい?」


 道中カルディスから叱られるが、実は父が知らない所でも幾度となくアルデバランに助けられている。「危ない目」だけの話をすれば、リエンと戦って血塗れになったこともあった。


 話せば父が顔面蒼白になることは想像に難くない。他にも発動した転移魔法陣に飛び込んでアルデバランに叱られたり、ラウニャドールの放った魔法にぶつかるところをアルデバランに助けられたりしているが黙っておこう。


「団長、もうテントに着きますよ」


 カルディスの説教が面倒になってきたロゼアリアがテントを指す。騎士団以外の人間も大勢いるからだろう、カルディスの表情が愛娘を心配する父親から、騎士団長へと変わる。


「住居が損壊した民のために生活用のテントを建てるぞ。それから医療班に物資の運搬を」


 騎士達が動く中、ロゼアリアはテントの中へ入っていく。リブリーチェの様子と、それからヘレナの様子が気になった。


「リブ? どこにいる?」

「ロゼ姉さん!」


 ランタンの箱を抱えたリブリーチェがトタトタと駆け寄ってきた。


「無事ですか? どこも怪我してないですか?」

「大丈夫。リブも無事ね」


 避難所にいたとはいえ、無事でよかった。次はヘレナの具合を確かめるために救護テントへと移動する。


「ねえ、ヘレナ様はどこ?」


 医療班の一人にヘレナの場所を尋ねる。しかし彼女は、どこか困惑した様子でロゼアリアの問いに答えた。


「──帰った? ヘレナ様が? いつ?」

「つい先ほどフィグミュラー侯爵家の馬車が到着されて……体調も回復されていましたし、何も問題は無いのですが……」

「大丈夫から良かったけど」


 そんな急いで帰るとは、かつての恋敵に救われたことがよほど屈辱的だったのだろうか。それとも、避難所まで引きずって連れて来られたのが嫌だったのか。


(事態が事態だもの。多少のことは仕方ないでしょ)


 だがヘレナが帰った理由は、ロゼアリアの予想とは違った。


「顔のお怪我は魔法使いの方に治していただいたのです。しかし、ラウニャドールによる傷のためどうしても歪な痕が残ってしまって」

「それがショックで帰ったってこと?」

「誰にも見られたくなかったのかもしれません」


 顔に痕が残る傷を負ってしまったショックは、ロゼアリアにもよく分かる。

 いや、自分とヘレナとでは状況が全然違う。一緒と考えるのは烏滸がましいだろう。ロゼアリアがショックを受けたのは、傷一つでこれまでの愛をひっくり返されたことであって、頬の傷そのものではない。

 ヘレナにとって美貌は命だ。そこに傷をつけられた。彼女がショックを受けないはずがない。


「とにかく、ヘレナ様が無事ならそれでいいや。引き止めてごめんね」

「いえ、お嬢様のお役に立てたようで何よりです」


 気になっていたことは確認できたし、ロゼアリアも働かなければ。どうすれば良いか分からず、テントの隅に立っているリブリーチェに再び声をかける。


「リブ、残念だけど星祭りは中断。一人で魔塔に帰れる? 私とオロルックはしばらく仕事があるから」

「大丈夫です。これはどうすれば良いですか?」


 袋の中のランタン。本当なら今日の夜飛ばすはずだった。


「リブが持ってて。もし飛ばせる機会があれば……機会があれば、一緒に飛ばそう」

「はい! でも、ボクだけ帰っちゃっていいのかな……」

「リブはまだ子供だから、安全な所にいて良いの。ここの人達は騎士団がちゃんと見るから、気にしないで」


 そう言ったロゼアリアをリブリーチェがぱちくりと見上げる。どうしたのだろうか。


「どうしたの?」

「今の、アルデバラン様みたいでした」

「あ、アルデバランみたい? どこが?」


 言われて嬉しいような恥ずかしいような。無意識に彼の真似をしてしまっていたのだろうか。


「アルデバラン様もよく、ボクに向かって『リブはまだ子供だから』って言います」

「あ、ああ、なんだ、そういうこと」


 たしかに彼なら言いそうだ。アルデバランは子供に対してとても優しいから。

 火照った顔を見られないようにリブリーチェから少し顔を逸らす。


「と、とにかく、気をつけて帰ってね。落ち着いたらまた魔塔に遊びに行くから」

「はい! ロゼ姉さんも無理しないでください!」


 そう言ってリブリーチェは姿を消した。転移魔法で魔塔まで帰ったのだろう。


(アルデバランみたい、なんて、びっくりした)


 アルデバランと自分は全然似ていない。いつも彼に助けられるばかりで、彼の助けにはならないのだから。さっきだってアルデバランがいなければ穴に落ちていた。


(任されたのに、結局助けられた)


 嬉しくないわけじゃない。けれど嬉しいだけでもない。その裏に滲むこの感情は、悔しさ。

 アルデバランの言う“子供の声”だってロゼアリアには聞こえない。彼だけが一人、ラウニャドールの闇と戦っているようで悔しかった。


(隣に立ちたいのに)


 せめて自分だけは、彼が背を預けられる相手になりたい。対等でありたい。それなら、恋人にはなれずとも構わないから。

 じくりと胸が痛むのを振り切るようにロゼアリアはテントの外へ出た。

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