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残り火

 金の炎は強力だった。ラウニャドールに触れた傍から、その身体を燃やし尽くしていく。飢えた獣のように飽くことなく闇を飲み込んでいく様は恐ろしさすら感じさせるが、ロゼアリアだけはその炎に安心を覚えていた。

 アルデバランの炎が怖いわけがない。ラウニャドールを容赦無く焼き払うこの炎は、ロゼアリアにとっては温かかった。

 この炎があると、アルデバランが近くにいるような気がする。


「お父様!」


 ラウニャドールを薙ぎ倒し、教会前に駆けつける。

 当初二メートルだと報告されていた崩落は、その倍ほどに穴を広げていた。奥底の見えない真っ黒な穴は見覚えがあった。


「魔窟……!」


 穴から這い出る無数の蔓。その本体が崩落の下にいるのだと瞬時に理解した。ロゼアリアも二度ほど対峙した、あの巨木のようなラウニャドールが地面にいる。それを騎士団と魔法使い達が必死に抑えていた。

 あれを地上に出すわけにはいかない。


(魔法使い達が穴を塞ぐためにはあのラウニャドールを倒すしかないけど、騎士団は崩落に近づけない……!)


 現状外に出た蔓を退けるしかなく、その下の本体は魔法使いが対処するしかない。


「ロゼ! どうしてここに!」

「加勢に来ました! 避難は無事完了しています!」


 カルディスの瞳がロゼアリアの剣を捉える。


「その剣は一体?」

「分かりません。前にアルデバラン……カーネリア卿から借りた炎が残ってたのかも」


 そう言ってハッと気づく。アルデバランの炎。この炎があれば、地面の下に潜むあのラウニャドールを倒すことができるのではないか。

 ただアルデバランがいない。剣をラウニャドールに突き刺したところで、炎の勢いを増大させられるかが分からなかった。


 でも、やるしかない。内側からあの魔物を焼いて少しでも弱体化させることができれば。


「お父様。私に案があります」

「案? 一体どんな」

「この剣を本体に突き刺して、内側からラウニャドールを焼きます。魔窟に落ちた時やザジャでは、そうやってアイツを倒しました」

「突き刺すって、まさか」

「私が崩落の元に行くまで援護をお願いできませんか」

「駄目だ」


 厳しい顔でカルディスが瞬時に却下する。騎士団長ですら崩落に近づくことは許されていない。魔窟に近づくというロゼアリアの案は危険すぎた。


「そんな危険なことは許可できない」

「ですが」

「どうしてもと言うのなら、私が代わりに行こう」


 カルディスがロゼアリアの剣を手に取る。その途端、剣に纏っていた炎は弱まってしまった。完全に消えてはいないが、今にも尽きてしまいそうだ。これでは、ラウニャドールに突き刺したところで役には立たないだろう。


「私が借りたから、私が剣を持っていないと駄目なのかも」


 ロゼアリアがカルディスに手を差し出す。仕方なく剣を渡すと、炎は再び勢いを取り戻した。


「……他の案はないのかい? ロゼ一人に危険な役目を背負わせることはできない」

「危険なのは私一人だけではありません。ここにいる皆が同じです」


 カルディスにだって分かっている。こういう時のロゼアリアは何を言っても聞かないのだ。自分と同じ色をした愛娘の目を見ながら、しかし「分かった」とは言えなかった。

 静かに悩む暇は与えられない。崩落から伸びた蔓がロゼアリアとカルディスの頭上に振り下ろされる。


 凄まじい勢いで迫る蔓をロゼアリアとカルディスの剣がスッパリと斬り伏せる。さすがは親子、息の合った動きだった。ロゼアリアが斬った蔓は切り口から炎が燃え広がり、残った部分まで炭へと変えていく。ラウニャドールの悲鳴が響き、騎士達が耳を塞いだ。


「そんな威力がっ」


 鼓膜を震わせる不快な音響に耐えながらカルディスが目を見張る。ロゼアリア自身も、剣の炎だけでこれほどの威力があるとは思わなかった。これならアルデバランがいなくともやれるかもしれない。


「ヴィタさん、この炎を強めることはできますか?」

「それは主様の神焉魔法。申し訳ないのですが、普通の魔法使いである私が干渉することはできません。主様がいないところでその炎が効力を持っているのは、非常に興味深いですね」


 一瞬ヴィタの目が好奇心に輝いたが、今は解明している場合じゃない。


「分かりました。では、援護をお願いします。お父様、止めても行くから!」

「ロゼ!」


 制止を聞く間もなくロゼアリアが走り出す。騎士団と魔法使いがいるおかげで、蔓の標的が分散されて動きやすい。人と蔓の間を縫いくぐってロゼアリアは崩落目がけて駆け抜けた。


「ロゼアリア! 何をしている!」

「伯父様、援護して!」


 焦るディートリヒの顔など初めて見た。

 無作為に周りの人間を薙ぎ払おうと振り回される蔓。それを的確に処理しながら、ディートリヒがロゼアリアの腕を掴んだ。


「何をするつもりだ。その剣は」

「アルデバランから前に借りたやつ! この炎でラウニャドールを内側から焼くの!」

「無茶だ。下がりなさい」

「無茶でもやる!」

「待ちなさい!」


 一瞬の隙をついてロゼアリアがディートリヒの手から抜け出す。その後ろをディートリヒが追いかけた。さらに後ろからはカルディスが飛び出した愛娘を追いかけている。


「兄上! ロゼを止めてください!」

「カルディス! お前がしっかり見ていないと駄目だろう!」


 父と伯父の口論を置き去りに、とうとう崩落の付近まで辿り着いた。


「蔓の標的が分散してたおかげで普通に来れちゃった」


 ふう、とロゼアリアが息をつく。その彼女の隣にヴィタが転移してきた。


「ラウニャドールが怯んだら私達で崩落を塞ぎます。それまで持ち堪えられますか」

「剣を刺したままにしておけばいいんでしょ? 任せて」

「お願いします。貴女には私が保護結界を張りましょう」

「ううん、ヴィタさんは崩落を塞ぐことに魔力を使って。私のことはあの人達が守ってくれるから」


 ロゼアリアが指すのは血相を変えて自分を追いかけてきた男性二人。


「大丈夫ですか?」

「うん。お父様と伯父様は強いから」


 剣聖の称号を持つ兄と、彼と剣を交えて育ったその弟。背中を任せるには十分過ぎる二人だ。


「ロゼ!」

「ロゼアリア!」


 カルディスとディートリヒが追いついた。怒りの混じった険しい表情は兄弟そっくりだ。


「こんな所まで来て危険だろう!」

「ロゼ! どうしていつも無茶ばかりするんだ!」


 こちらを叱責しながら、迫り来る蔓を見ずに剣で捌く父と伯父。その様子を見て、ヴィタも自分の力添えは不要と感じたようだ。


「じゃあ、行くよ」


 ロゼアリアが崩落を覗く。冷気が肌を撫で、鳥肌が立つのが分かった。穴の中は黒く塗りつぶされ、何も見えない。漆黒へとロゼアリアが手を伸ばした。一面の黒に距離感が何も分からない。恐る恐る腕を伸ばした先に、氷のように冷たい感触を確かめる。

 こちらの体温を全て奪われそうだ。手を離し、燃えさかる剣を思い切り突き立てた。


『■■■■■■!!』


 苦痛から逃れようとラウニャドールが身を捩る。剣が抜けないように、ロゼアリアはさらに柄を押し込んだ。


「くっ……」


 蔓がむしゃくしゃに振り回され、建物や地面に激しく打ち付けられた。苦痛を与える原因であるロゼアリアを叩こうと、何本もの蔓がこちらへ向かう。


「ロゼ!」


 だが蔓は一本もロゼアリアに届くことはなかった。蔓はロゼアリアへ届く前に、二人の騎士によって斬り落とされる。


「全く、本当に無茶をする子だ……!」

「お前が自由にさせすぎたせいだろう!」


 父と伯父の会話はロゼアリアの耳には入ってこない。ロゼアリアは差し込んだ剣に全ての神経を集中させていた。


(お願い、もっと燃えて!)


 これでは足りない。もっと内側から焼き尽くさなければ。


(あの時みたいにエリューの脈が見えれば……っ、やっぱり、アルデバランがいないとダメなの!?)


 ザジャの時のような景色が見えれば。そう思っていると、剣先から反発するような力が伝わってきた。ラウニャドールが剣を抜こうとしている。


(させない!)


 ロゼアリアもさらに剣を押し込む。このままでは身体が深淵へと落ちてしまいそうだが、それでも引くという選択肢はなかった。

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