防衛戦線
心臓がドキリと跳ねたが、頭は冷静なままだった。ヘレナへと振り下ろされた漆黒の腕を、ヘレナとラウニャドールの間に滑り込んで凪いだ。
そのままラウニャドールを斬り伏せて討伐。大丈夫、灰色の地でやっていたことを何も変わらない。
「ヘレナ様」
ヘレナの傍にしゃがみ、彼女の様子を瞬時に探る。顔を切られて血を流しているが、それ以外に外傷は見当たらない。ショックで気絶しているだけだ。
良かった。生きている。
ハンカチを傷口に当てて圧迫。だが応急処置に費やす時間は与えられなかった。
第二波の到来を感じ取りながら、ヘレナを見て震える令嬢達に声をかける。
「ここを強く押さえて。早く」
「で、でも」
「いいから早く」
静かに、だが有無を言わせぬロゼアリアの声に気圧され、令嬢の一人が恐る恐る近づいてきた。そっと伸ばされた彼女の手を掴み、傷口を覆ったハンカチをしっかりと押さえさせる。
「もっと強く押さえて」
「は、はい」
「ありがとう。全員私の後ろへ。絶対に離れないで」
集まってきたラウニャドールを見据えながら、ロゼアリアが少女達を背にして立つ。
(数が多い……でも焦るな。私が焦るとこの子達に伝わる)
ロゼアリアが取り乱せば、彼女達もパニックになる。混乱のまま散り散りに逃げられてしまうと守れない。それが、今考えうる中で最悪の状況だ。
「怖かったら伏せて目を閉じていて」
剣を構える。ロゼアリアに恐怖を感じる余裕はない。だからだろうか、十数体に及ぶラウニャドールを一人で前にしても落ち着いていた。
現れたラウニャドールは灰色の地で討伐していた、見慣れたランクの魔物。魔窟に根を張る巨木でなければ、魔法を使う人型でもない。
(大丈夫。やれる)
短く息を吐いて踏み込む。一体一体を素早く、的確に処理しなければ。
複雑なことは考えず、闇を塗りたくった化け物を縦に横にと真っ二つに斬り裂いていく。
『■■!! ■■■■!!』
相変わらず耳障りな声だ。ロゼアリアの背後で、化け物を初めて見る少女達が怯えた声を上げた。
当然だろう。グレナディーヌは、ラウニャドールの贄とした灰色の地以外は平穏だったのだから。彼女達は生涯魔物など見ずに生きていくはずだった。
(あと三体!)
鋭い爪を剣で弾き、がら空きの胴体を突き刺す。そのまま腕を振り上げて目の前の一体を処理、振り上げた腕の勢いを活かして次の一体を斬りつける。
『■■、■■■……』
ひとまず目の前のラウニャドールは片付いた。息つく間もなく少女達を振り返り、避難を指示する。
「大通りまで走って」
顔を青ざめさせた少女達は頷くことしかできず、それでも震える足を必死に動かして結界の張られた大通りへと走る。その後ろを、ロゼアリアが気絶したヘレナを抱えて追った。
既に次のラウニャドールが迫っている。追いつかれる前に結界の中へと駆ければ、ラウニャドールは薄金の壁に激突。その黒い身体を金の炎が舐め、鼓膜を震わせる断末魔ごと飲み込んでいく。
これが、防衛結界。たしかにこの結界がグレナディーヌ全土を覆うなら、今後はラウニャドールに怯えずに済むだろう。
「た、助かった……」
安堵のあまり少女達が泣き出した。そこには、普段の気高い貴族の娘という姿は無かった。恥も外聞も無く泣き喚く令嬢達を前に、ただ一人ロゼアリアだけが冷静でいる。
いくらこの中はラウニャドールに襲われないとはいえ、安全地帯ではない。あくまでここはヴィタが即席で張った結界の中。気を休めるには騎士団のテントか王城まで避難してもらわなければならない。
「この先を進むと白薔薇騎士団のテントがある。急がなくて大丈夫だから、そこまで逃げて。ヘレナ様もお願いね」
「む、無理です、私達ではヘレナ様をお抱えできません」
「引きずってでもいいから連れて行って」
人一人ならともかくドレスが重い。ロゼアリアは軽々とヘレナを持ち上げていたが、少なくとも少女が抱えられるほどではないのだ。
できないと首を振る少女達にほぼ強制的にヘレナを任せ、ロゼアリアは再び結界の外へと向かう。
「白薔薇姫様! ど、どちらへ行かれるのですか!? 貴女も一緒に避難を!!」
もはや悲鳴に近い声でロゼアリアを引き止めるが、ロゼアリアは少し振り返るだけだった。
「私は騎士だから」
「危険でございます!! 早くこちらへ戻って!!」
「大丈夫。アルデバランは一人の犠牲者も出すなって言ったから。だから、私も死なない」
そう言い切るロゼアリアの口元は僅かに笑みがあった。その理由は、少女達には分からない。
アルデバランに任された。それだけで十分だ。誰も死なせない誓いは、誰よりもアルデバランのために守り抜く。
ヘレナ達を置いて走り出すロゼアリア。まだ止まれない。動かなければ。
(お父様達が崩落の対処をしてるはずなのに、相当数のラウニャドールが出現してる。教会前はもっと酷い有様なの?)
75-4
いや、考えるのは止めよう。自分は自分に任されたことをやるだけ。それ以上は他の皆を信じるしかない。
進むにつれ景色が変わってきた。
「街が……」
立ち並んでいた屋台は破損して散らばり、飴が、ランタンが地面に投げ出されている。屋台だけではない。元々王都に建っていた店なども破壊され、瓦礫と灰色の砂へと姿を変える。
この三日間の喧騒が、そこから消えていた。
「エリューを奪われてるってこと? このままだと、王都が灰色の地になっちゃう」
ぎゅ、と拳を握るロゼアリアの元にヴィタがやってきた。その様子は先ほどあった時よりもかなり消耗している。
「住民の避難は大丈夫でしょうか? このまま防衛結界を張り続けていると、ラウニャドールを攻撃する魔力が無くなってしまうので解きたいのですが」
「もう少しだけ待ってもらえますか? ついさっき避難を始めた人達がいるんです」
「分かりました。お伝えしておきますが、王城やテントに張った防衛結界も無限ではありません。ただの結界と違い、迎撃を備えた防衛結界は常に使い手の魔力を消耗しています」
「じゃあ、避難所も……!」
「戦闘が長引けば持ちません。その前に、この騒動を落ち着かせなければ」
そう話している間にもラウニャドールは現れる。こちらの時間が限られている中、延々と湧き続けるラウニャドールを抑えるには一刻も早く崩落を塞ぐしかない。
「向こうに魔法使いを多く配置していますが、どうやらラウニャドールの処理に手こずり、崩落した地面を塞ぐに至っていないようです」
持久戦になれば分が悪い。避難完了次第、父の応援に行くべきか。
「ご友人の方、まずはここを切り抜けましょう」
「分かりました!」
ロゼアリアが剣を、ヴィタが杖を構える。
剣と雷光が次々にラウニャドールを穿っていく。だが、一向にその数は減らない。
(むしろ、さっきより数が増えてる!)
このままでは埒が明かない。それどころか、捌ききれなくなる。ヴィタも防衛結界を張ったまま。彼の魔力が尽きたら終わりだ。
「どうすれば……」
「お嬢!」
奥歯を噛んだところにオロルックを始め、第六部隊が到着する。心強い加勢だ。
「オロルック! 避難の方は!?」
「問題ないっス!! 捜索出た奴らも全員戻って来たんで、お嬢の加勢に来たっス!!」
「それなら、このままラウニャドールを押して団長の所へ向かう!! ヴィタさん、防衛結界を解除しても大丈夫です!!」
オロルック達が来たことで状況は一変、こちらが優勢になる。ヴィタは防衛結界を解き、ラウニャドールへの攻撃魔法に集中。
ロゼアリアもこの好機を逃さない。忍び寄る疲労をも振り払うように剣を振る。
その剣身から、突如金色の炎が溢れた。
もう何度も見たことのある、アルデバランの炎だった。
「えっ、アルデバラン? 帰ってきたの?」
魔窟やザジャの時のように炎を貸してくれたのだろうか。きょろきょろと彼の姿を探すが、どこにも見当たらない。
(帰ってきたわけじゃない? じゃあ、この炎はどうして?)
分からないが、これなら一気に父や伯父の元へ駆けつけられる。




