地下からの襲撃者
──遡ること数時間前。星祭り三日目を迎えた王都は、今日も賑わいを見せていた。夜にはランタン飛ばしがあるからかどの屋台にもランタンが売られている。
「ランタンの材料は魔塔で作ってるんですよ!」
三日目も一緒に祭りを回っているリブリーチェがランタンについて教えてくれる。星祭りで使うランタンは普通のランタンとは違い、特殊な加工を施しているらしい。
「ある程度の高度まで上がると分解されるんです。だから、飛ばしたランタンは落ちてこないんですよ!」
「へえ、そういう仕組みだったんだ。空の果てまで飛んでいくんだと思ってた」
願いを乗せたランタンが夜空で消えるのはロマンを感じた。誰かの願いが翌日地面に落ちていたら、きっと報われないだろうから。
魔塔から仕入れた材料はランタン職人の手によって様々な形のランタンに作られる。両手に収まるほどの可愛らしいサイズが特に人気が高く、種類も豊富だ。
「もうランタンを買っちゃおうかな……日が暮れる頃にはあんまり残ってないかもしれないし」
ロゼアリアが屋台を覗き込む。
定番の星型、恋人同士で飛ばすのに人気のハート型、近年よく見かける気球型、シンプルな四角形。
「オロルックはハート型でしょ? はいこれ」
「星型でいいっスから」
自分はどうしようか。気球型も可愛いが、やはり定番の星型か。しかし四角形も悪くない。
「リブは何にする?」
「ボクは気球にします!」
「気球可愛いよね。私も気球にしようかな」
「じゃあ俺も気球にするっス。仲間外れ寂しい」
しかし星型も捨て難い。アルデバランならどれを選ぶだろうか。彼のことだから、シンプルな四角形を選びそうだ。いや、こういう物にこだわらないような。無難に星型を選ぶかもしれない。
「……やっぱり星型にしようかな。すみません、星型と気球を二つずつください」
もう一つの星型ランタンは、もしも今日の夜、彼に会えたら渡そうと思っただけだ。
横目で見てくるオロルックを無視して、何食わぬ顔で店主からランタンを受け取る。
紙を重ねて形作られたランタンは壊れやすい。このまま夜まで持ち歩くのは危険だ。
「巡回報告のついでに、騎士団のテントで預かっててもらお。フィオラの分も買えば良かったかな。私、もう一つ買ってくる」
気球型をもう一つ購入した。
ランタンを箱に入れ、白薔薇騎士団の臨時拠点に移動する。
「お父様」
テントではカルディスが巡回の報告を随時受けていた。ロゼアリアが声をかけると、父の表情が和らぐ。
「ロゼ、楽しめてるかい?」
「はい。今ランタンを買ったんです。日が暮れるまでテントに預けていても良いですか?」
「うん、置いておくといいよ。街は変わりないかい?」
「今のところは──」
言いかけたロゼアリアが振り返り、剣に手をかける。カルディスとオロルック、それからテントにいた騎士団員達も同様に反応した。
一瞬で王都全体的の気温が下がったように感じる。
(この気配、間違いない!)
ラウニャドールを探しに出ようとする前に、一人の騎士がテントへ駆け込んで来た。彼はカルディスの前に跪き、状況を報告する。
「教会前の地面が崩落し、ラウニャドールが出現しました! 崩壊の規模は現在直径二メートルほど、銀竜騎士団が対応にあたっています!」
「私もすぐに向かおう。第一部隊、第二部隊は私と共に教会前へ! 他の部隊は民の避難とラウニャドールの討伐を!」
ロゼアリアもすぐに動き出した。ランタンの入った箱をリブリーチェに預け、オロルックと共にテントを飛び出す。
「リブはここにいて!! 絶対そこから離れないで!! 行こうオロルック!!」
「ウッス!」
最優先は住民の避難。自身の巡回ルートへと戻り、第六部隊へ指示を飛ばす。
「避難者を各騎士団のテント、もしくは王城へ誘導して! ラウニャドールが来てもルートは確保!」
まだここまで攻められていない。ラウニャドールが来る前に、慌てふためく王国民を落ち着かせて安全に避難させなければ。
ロゼアリアが少し高い所へ昇り、声を張り上げる。
「ここは白薔薇騎士団が守ります! 落ち着いて、急がずに王城へ向かってください!!」
騎士団の誘導もあり、王城へ向かう人の流れができるのにそれほど時間は要さなかった。人々の避難は部下に任せ、ロゼアリアは流れに逆らって走る。
(崩落した場所へは伯父様とお父様、それに他の騎士団長が向かってる──でも)
他の場所でも崩落が起きないとは限らない。
王城、それから各騎士団の臨時拠点には魔法使いによる防衛結界が張られている。アルデバランがグレナディーヌ全土を防衛結界で覆うまでの簡易処置であり、それまでにラウニャドールが出現した際の避難所だった。
あと一日。あと一日耐えれば、襲撃される前に防衛結界を張ることができたのに。
(よりによってアルデバランがいない時に来るなんて)
管理者の会合は今日だ。昨日や一昨日であれば、忙しくとも彼がグレナディーヌに居たのに。
無残にも地面に散らばるランタンが混乱を表している。先刻まで屋台に並んでいたのに、と嘆く暇もなくロゼアリアは逃げ遅れている人を探した。
「痛いよぉ」
つまづいて転んだのだろう、泣きじゃくる子供を見つける。
「大丈夫!?」
すかさずロゼアリアが駆け寄り、子供を抱えた。
「すぐ安全な所まで運ぶから、もう少し頑張って!」
少し戻れば他の騎士団員がいる。部下へ預けに行こうとした時、視界の端でじわりと影が滲むのを捉えた。
(ラウニャドール!! もうここまで!!)
子供を横抱きにしたままでは両手が塞がり、剣が使えない。一度この子を置くか、片手で抱えて戦うか。
判断する前に雷光がラウニャドールを貫いた。
「お怪我はありませんか?」
「貴方はたしか、ヴィタさん、でしたっけ?」
ふう、と息をついて現れたのは、見覚えのある魔法使いだった。
「はい。貴女は主様とリブのご友人の方ですね」
「ええ。リブは白薔薇騎士団のテントにいます」
「それならよかった。“防壁展開”」
ヴィタが魔法式を唱えると、透き通った金色の壁が通路をずっと先まで覆った。
「騎士団のテントまで防衛結界を張りました。私の力ではこの一本が限界ですが、ここを通ればラウニャドールを避けて避難することができます」
ヴィタの結界はありがたい。避難所から遠くてもこの結界の中に人を入れてしまえば、とりあえずは安心できる。
「とても助かります! ありがとう!」
「他の場所も魔法使い達が対応に当たっているので、大きな心配は要りません。主様からは『任せた』と仰せつかっていますから」
主様。その言葉を聞いて、こんな状況にもかかわらずロゼアリアの胸は高鳴った。
(アルデバラン……結界だけじゃなくて、ラウニャドールの討伐にも魔法使いが協力するようにしてたんだ)
「任せた、というのは主様が戻るまで一人の犠牲者も出すな、ということです。ですから私達は全力を尽くしてラウニャドールを退けます」
「もちろん騎士団も同じ思いです。この場はお任せしても良いですか? 一度この子を送り届けてきます」
「どうぞ、お気をつけて」
怪我をした子供を連れて走り出す。防衛結界のおかげでラウニャドールを気にせず移動できるのは楽だ。
道を引き返し、避難誘導を続けるオロルックを見つけて名前を呼ぶ。
「オロルック! この子をテントまでお願い!」
「お嬢、さっき現れたこの壁って」
「魔法使いが協力してくれてる。この結界の中ならラウニャドールに襲われない。だから、焦らずに避難させて」
「承知っス」
民を守りながら避難誘導する必要が無くなったことで、他に人手を割くことができる。
「警護に当たってた騎士は捜索へ回って! 人を見つけたらこの結界の中に入れること!」
新たに指示を出し、ロゼアリア自身も再び捜索へ出る。アルデバランに任されたのはきっとヴィタだけじゃなく、自分や騎士団もだ。
アルデバランが戻るまで一人も死なせずに持ち堪えて見せる。そう固く決意した矢先、甲高い悲鳴が鼓膜を震わせた。
「きゃああああ!! ヘレナ様!!」
ほぼ反射で悲鳴の方へ向かう。カフェテリアのテラス席が荒らされた所に、赤い髪の女性が倒れていた。
彼女から少し離れた位置に、獣を真似た黒い塊。




