管理者会議
温室の空気が僅かに引き締まる。円卓には七人の管理者が座り、その後方ではそれぞれの付き添い人が控える。
エウルカがじっくりと一人一人の顔を見つめた。
「しかしこうして管理者が顔を合わせるのは一体いつぶりなのでしょうね。もしかしたら、“天上の都”以降かもしれません」
「天上の都……?」
慣れない単語にソミンが眉を顰める。天上の都、という名前はアルデバランも聞いたことがあった。
「……初代の管理者は天空に在る神殿にしばらく住んでいたんじゃないかと考えられてる。それが天上の都と呼ばれる場所だ」
「天空の神殿? でも、上空にそんな建造物を確認したことは無いわよ」
「所詮言い伝えだからな。管理者が実際に住んでいた文献も何も無い。ただ、魔法使いの起源も天上の都じゃないか、なんて話もある」
アルデバランに感心した様子を見せるエウルカ。そんな彼をマリリアンがキッと睨んだ。
「アルデバランはなかなかに知識が深い! 素晴らしいですね!」
「管理者なら一度は耳にする話ですわ。ただ単にエメラルダが無知なだけかと。まだ管理者になったばかりのようですし」
「エメラルダ? 私のことを言ってるの?」
不快さをソミンは隠そうともしない。つんと澄ましたマリリアンを睨みつけると、彼女は紫の瞳をソミンに返した。
「翠はザジャ式の名前でしょう。わたくしには呼びにくいわ。もしかして、エメラルダが本来の名だと知らなかったの?」
ソミンは先代の管理者とほとんど会ったことは無い。知っているのは大神官の役目くらいで、管理者そのものについては他の魔法使いと同程度の知識しかなかった。
「……悪かったわね無知で。別に名前なんてどうでもいい。好きに呼べばいいわ」
「管理者になった直後、ソミンは一度視力を失ってる。文献を自由に読むことができないなら得られる知識が少なかったのも仕方ないだろ」
ソミンの肩を持ったアルデバランを、しかしソミンは鬱陶しそうに見るだけ。アルデバランも特に気にはしない。元より邪険に思われているのだし。
「天上の都に関してはたしかに謎ばかりですが。実在するのかどうか、探してみたくはありませんか?」
「無駄話はいいよエウルカ。そんな話をするために集まったんじゃ無いだろ? さっさと本題に入ろうよ」
足を組み、先を促すは三人組の最後の一人。自身を「僕」と称する少女、フィシュバルト公国の管理者を担うトリフィー・ドゥ・ハンベルジャイトだ。スラリとした足を組み、黒い髪をくるくると指に巻く。色彩豊かな瞳が集まる中で、彼女の目は真っ白だった。
「僕達が集まったのは、ラウニャドールに関する話をするためだ。そうだろ? だけどカーネリア。大罪人の血筋である君がこの場に堂々と座れる気持ちが僕には分からないけどなー」
「トリフィーの言う通りです。なぜ貴方がこの場にいるのですか?」
シュディ・イル・オニキス。ヘクタルタ王国の管理者でありエウルカ、クラーテスと同じく白髪、灰褐色の肌を持つ。眼鏡の奥に見える瞳は、全ての光を吸い込むほど黒い。
「まあ落ち着け二人共。そう睨みつけてはカーネリアも居心地が悪かろう」
トリフィーとシュディを宥める大男。背丈だけならばアルデバランやエウルカ、シュディと大差無いのだが、いかんせん体格が良い。魔法使いというよりは武人に見える。
オルティア帝国の管理者、クラーテス・アンバー。爛々と輝く橙の瞳は夕日そのものだった。
「悪い悪い。二人とも若さゆえか、血気盛んなもので」
快活とした様子で詫びを入れているが、アルデバランにはよく分かる。クラーテスがこの中で最も自身に敵意を抱いている。温かな夕空を思わせる彼の瞳は、その実凍てつく真冬のような冷たさを孕んでいた。
「謝罪は必要ない。カーネリアに対する管理者の心情は重々承知している」
「知識だけでなく懐も深い男でよかった。俺はカーネリアにこの場を去れとは思ってないさ。こそこそ逃げられるよりよっぽど良い」
「…………」
なるほど、クラーテスも「逃げずに向き合って責任を取れ」と考えるタイプらしい。それを言われるのは魔塔の最上階での一件以来だ。
大男の中に似ても似つかぬロゼアリアの影を感じ、アルデバランは微かに口元を緩めた。彼とはある程度の関係を築けそうだ。
「私は、そちらのお二人と同意見ですわ。ラウニャドールを世界から消すために、カーネリアの力を借りるなんて。ラウニャドールをこの世界に招き入れた黒い魔法使いこそ、ブレイズ・ステラ・カーネリアではありませんの」
マリリアンの非難にトリフィーが頷いている。
「だいたい、カーネリアはこの三百年間僕達と関わってこなかった。それを今さら、どういうつもりだい?」
それはこの場の全員が抱いていた疑問だったのだろう。橙、黄、翠、紫、白、黒。六色の瞳がアルデバランに向けられた。
「──俺は、ブレイズが犯した罪の全ての責任を背負うためにここにいる」
他の管理者から向けられる嫌悪を否定するつもりはない。自分は大罪人の血筋どころか、大罪を犯した張本人。彼らの憎悪は正当なものだ。
「カーネリアが世界と関わりを断ち続けてきたのは、俺達が表に出るべきではないという考えの元だ。けど、それは逃げてるだけだと言われた。だから俺は、俺の代で全ての罪を清算する」
アルデバランにさほど興味の無い魔塔の魔法使いと違い、ここにいるのはカーネリアを快く思っていない管理者。生まれ直しのことは黙っておく方が無難だろう。
「カーネリアだからといって、あまり彼を責める必要はないのではないでしょうか。マヴァロはアルデバランとグレナディーヌ王国の騎士団のおかげで、ラウニャドールの勢力を落ち着かせることができましたし」
「そこも不思議なのですよエウルカ。常日頃からマヴァロと交流のある我々三国ではなく、グレナディーヌに最初に助けを求めたのはなぜですか? 先代のマウチフチ様はカーネリアが責任を取るべきだと、そう考えていたからではないですか?」
中指でくっと眼鏡を押し上げるシュディ。エウルカは反論することができなかった。
「それは……たしかに、お祖母様はそうお考えだったかもしれませんが……」
「カーネリアの罪なんて分かりきってること、今さらどうでもいいわよ。本題に入るんじゃなかったの? 私は早く帰りたいって言ったでしょう」
苛立たしげにソミンが遮った。ソミンにその気は無くともカーネリアへの言及がそこで止み、結果的にアルデバランへ助け舟を返す形となった。
コホン、と一つ咳払いをしてエウルカが話を進める。
「気を取り直して、まずは皆様の国での情勢を教えていただけますか? マヴァロはおかげさまで
持ち直し、こうして皆様をお呼びできる程度には回復いたしました」
「ザジャも特に問題無いわ。一度妙なラウニャドールが出現したけど、アルデバランがいる時だったから対処できた。それ以降は落ち着いてる」
「スモグランドも特に問題ございませんが、ラウニャドールが現れる頻度が高くなっているのが気になりますわね。けれど、それくらいですわ」
「僕達の方も、苦労するほどじゃないなー。勢力が増してると言えばそうだけど、シュディとクラーテスと協力してるし。全然対処できる範囲だよ」
マリリアン、それからトリフィーは「管理者会議など大袈裟な」と言わんばかりの態度だ。しかしアルデバラン、クラーテスの表情は固い。
クラーテスが考え込むように顎を撫でる。
「エメラルダのお嬢さんの言う、妙なラウニャドールと言うのが気になるな。詳細を話してもらえるかな?」
「良いけど、その呼び方なんか嫌だわ。私のことはソミンで良い」
「ではソミンさん、ラウニャドールのどの辺が妙だと感じた?」
「卵か繭か分からないけど、あの中に人型のラウニャドールがいたの。まるで胎児みたいに。それからその人型のラウニャドールは、こっちの魔法式を覚えて魔法を使ってきたわ」
「ラウニャドールが魔法を?」
にはかには信じ難いと言いたげなクラーテス。彼だけではない。ザジャのあの場にいたアルデバランとソミン以外の管理者がソミンの話を信じられず、訝しげな表情をしていた。




