開催宣言
日が沈み、夕空に一番星が輝く頃。用意された観覧席でロゼアリアはリブリーチェと共にジクターの登場を待っていた。二階のバルコニーからは王城前の様子がよく見える。眼下の広場では国民達も同様に王太子を心待ちにしている。
街並みが群青に染まる中、星祭りのために飾り付けられたランプやストリングライトの灯りがほのかに輝き、幻想的な景色を作り上げる。リブリーチェがほう、とため息をついていたが、普段彼の暮らす魔塔の方が神秘的だとロゼアリアは思う。
「リブ、王太子殿下がお見えになられたわ」
「ついに始まるんですね!」
ジクターの姿を見て群衆が色めき立ったが、彼が整然と民の前に立つとしん、と静まる。誰もが王太子殿下の言葉を一言一句聞き漏らすまいと真剣だった。
大勢の視線を浴びながらも全く緊張を表に出さず、ジクターが自国の民をゆっくりと見渡す。
「──皆、よく集まってくれた」
決して声を張っているわけではない。それでもジクターの声ははっきりと聞こえた。たしかに隅々まで届くようにと魔法道具で拡張しているのだが、それだけが理由ではないように思える。
国王ダリオットを思わせる威厳、それでいてジクターから感じられるのは民への慈愛。バルコニーからは彼の表情の全てが見えるわけではないが、ジクターがとても優しい表情をしていることは十二分に分かる。
「開催に先立ち、まずは今日まで星祭りの準備に当たってくれた者、ご苦労だった。それからこの三日間警備を担う騎士団達よ、貴殿らのおかげで民は安心して祭りを楽しむことができる。しっかり頼んだぞ」
ジクターの労いに涙ぐむ聴衆もいた。彼の言葉が決して上辺だけのものでないと分かるのは、星祭りのために奔走するジクターを多くの者が見ているからだ。
(殿下……)
目を伏せ、ジクターの話を傾聴するロゼアリアも例外ではない。涙ぐむまではいかないものの、騎士団への敬意をこの場で示してくれた王太子に今一度自身の忠誠を心の中で誓った。
ジクターの元に一つのランタン、それと蝋燭が届けられる。
「星祭りはかの大戦で失われた多くの命を弔う鎮魂祭。グレナディーヌの先祖に当たる彼らの安寧と冥福を祈り、黙祷を捧げよう」
ジクターがランタンの芯に火を灯す。ゆらゆらと揺れる温かな光を見つめながら、一同が胸の前で手を組んだ。リブリーチェもロゼアリアに倣い、同じように手を組む。
「──黙祷」
ジクターがランタンから手を離す。一つの光が真っ直ぐ空へと昇る間、皆、目を閉じてかつてこの地で暮らしていた祖先を思った。
静寂が耳を打つ。どれくらい経っただろうか。黙祷はいつも悠久の時のようでもあり、一瞬でもある、そんな不思議な感覚に陥る。
「──皆、目を開けてくれ」
心地よい暗闇から群青の世界へと帰ってくる。夜空に昇ったランタンは、もう満天の星の一つに変わった。
「さて。今年も今日という日を無事迎えられたこと、心より嬉しく思う。ここに、星祭りの開催を宣言しよう」
打って変わって王都中が歓声と拍手に包まれる。それらを背にジクターが退場し式典はつつがなく終了。とうとう星祭りが始まった。
「オロルックと合流したいけど、まだ大勢人がいるからもう少し待ってから移動しよ。リブは何時まで大丈夫?」
伸びをしながらロゼアリアが聞く。
「特に決まってないので、何時でも大丈夫です!」
「それなら、時間は気にしなくて良いわね! あ、そうだ。忘れないうちに渡しとくね」
ロゼアリアが取り出したのはリブリーチェに用意していた贈り物。受け取ったリブリーチェが嬉しそうに顔を輝かせる。
「ありがとうございますロゼ姉さん! 今開けても良いですか?」
「もちろん。見てみて」
プレゼントの包み紙を開くと、蜂蜜色の宝石を瞳にしたくまのぬいぐるみ。首に巻いたリボンにも同じ宝石が付いている。それからクッキー缶。
「わあ! すっごく可愛いです!!」
「この宝石、リブの目にすごく似てると思って」
ぬいぐるみをギュッと抱き寄せるリブリーチェは想像よりもずっと愛らしかった。
「今日からこの子と一緒に寝ます!」
「気に入ってもらえてよかった」
「ボクもありますよ! プレゼント!」
リブリーチェから貰ったのは、ずっしりと重たい瓶。茶葉のようなものがとろりとした黄金色の液体に漬けられている。
「これ! スピネージュのシロップ漬け!」
「ロゼ姉さんはスピネージュの花茶をとても気に入ってたので、アルデバラン様から一瓶貰ったんです!」
これは嬉しい。スピネージュの花茶が好きなのはもちろんだが、このシロップ漬けを作っているのはアルデバランなのだ。贈り物としてこれ以上嬉しい物は無いかもしれない。
「リブありがとう! すっごく嬉しい!」
瓶を胸に抱くロゼアリア。頬が緩んでしまうのを抑えられない。
「今すぐ飲みたいけど、もったいなくて飲めない……」
「無くなっても大丈夫ですよ! アルデバラン様がスピネージュのシロップ漬けはたくさんあるから、好きなだけ持ってって良いって言ってました!」
「本当?」
それなら遠慮なく飲める。なんなら、スピネージュのシロップ漬けを貰うのを口実にアルデバランと会うこともできるのではないか。
スピネージュといえば、アルデバランから貰ったあの花は遂に枯れてしまった。しかし自家受粉が成功して、今は種を付けている。種からスピネージュを育てるにはコツが必要なのか、いずれアルデバランに聞きこう。
「結構人が捌けたから、移動しましょ」
「はい!」
バルコニーを降りる。空はすっかり濃紺に色を変えていた。王都には星祭りの煌びやかな飾りが、見上げれば満天の星空が、今日という日を祝福するように輝いている。
夜は昼間以上に賑わい、どこもかしこもすっかりお祭りムード。各地の街も同じように賑わっているはずだ。
「オロルックにも贈り物は用意したの?」
「してますよ! ロゼ姉さんは、アルデバラン様には用意しましたか?」」
「え、うん、まあ」
「アルデバラン様は星祭り終わるまで忙しそうだから、ボクが代わりに渡しましょうか?」
魔塔で暮らすリブリーチェに預ければ、たしかに星祭りの期間中に渡すことができるだろう。
けれど。
「ありがとう。でも、自分で渡したい、かな」
彼を想って用意した贈り物だ。人伝てで期間内に渡すよりも、星祭りを過ぎてからでも良いから自分で渡したかった。
「分かりました! ロゼ姉さんが用意した物だから、ボクが渡すよりもロゼ姉さんが渡す方が絶対良いです!」
「リブの気遣いもとても嬉しいけどね。急ぎのものがあったら、今後はお願いするかも」
「その時は任せてください!」
会話を弾ませながら歩いていると、ようやく巡回ルートまで戻ってきた。道中寄り道して買った物を腕に抱えたままオロルックを探す。
街に出る人が増えた分探すのが大変だが、巡回ルート上にいればそのうち会えるだろう。気ままに買い物を続けるロゼアリアとリブリーチェ。
「リブ、これお揃いにしない? 光る腕輪」
「綺麗ですよね! これはエリューで光ってるんですよ!」
「じゃあ、魔法道具ってこと?」
「光るだけですが、魔法道具って呼べますね。街にある街灯と似た仕組みなんですよ」
難しい仕組みをスラスラと離すリブリーチェに、アルデバランと似たところを感じる。魔法使いというものがこういう性分なのだろう。
「あ、お嬢とリブいた!」
光る腕輪に満足していると、二人を見つけたオロルックが歩いてきた。
「オロルック。オロルックも買う?」
「なんでっスか」
「フィオラの分も買ってお揃いにしたら?」
「いや、お嬢とリブともお揃いになるでしょ」
「皆でお揃いにすれば良いじゃない」
ロゼアリアに押し切られ、結局オロルックが腕輪を二つ購入する。同じ腕輪を四人でお揃いにしているのだ。もう一人くらい増えても変わらないだろう。どうせならこれも、アルデバランへの土産にしてしまえ。
もう一つ購入し、昼に買った星のキャンディと一緒に入れた。




