星祭り初日
迎えた星祭り当日。本格的に祭りが開催されるのは日が暮れてからだが、王都は既に出店が立ち並び賑わっていた。
「一日目は元々前夜祭だったけど、今はこの日から色々お店が出てるの」
「どこまで続いてるんですか? 端っこが見えません!」
初めて来た祭りにリブリーチェが興奮を隠しきれずにいる。至る所で人々の楽しそうな声が聞こえ、王都はいつになく活気づいていた。
今日から三日間開かれる、グレナディーヌ一大きな祭り。その由来は、三百年前の大戦で、そして黒い魔法使いによって引き起こされた災厄で命を失った人々への慰霊が始まりだった。
死者を弔い、彼らの安寧を満天の星へと祈る。夜空を翔ける星は故人からの贈り物。翌日に夜空へ飛ばすランタンは故人への贈り物。そうして毎年紡がれてきた祭りだ。
はしゃぐリブリーチェを微笑ましく思いながら、周囲への警戒は怠らない。共に行動しているオロルックはもちろん、時折すれ違う騎士団員とも「異常なし」の合図を送り合う。
人で溢れた通りも、よく見れば帯剣した騎士が多い。だが決して悪いことばかりではない。例年であれば堅苦しい騎士服を着て職務に応じる騎士も、今年ばかりは友人らと楽しいひと時を過ごしながらの巡回が許された。
全ては祭りの雰囲気を崩さぬため。もちろん、然るべき場所は騎士服を纏った騎士団員が警備に当たっている。
「星形のキャンディ! ちっちゃくて可愛いです!」
「星祭り限定のお菓子もたくさんあるから、気になる物があったら買った方が良いわ」
「お嬢は毎年すげぇ量のお菓子買い込むっスからね」
三人揃って小さな袋に詰められた星のキャンディを買った。ロゼアリアは二つ購入し、一つは鞄の中に片付けた。
(これくらいなら、アルデバランに渡しても変じゃないよね)
一緒に祭りを回れないのなら、せめて土産くらいは。キャンディなら日持ちするから、すぐに渡せずとも問題ない。
(……星祭りの発端がかつてアルデバラン引き起こした戦争と災厄なのに、お祭りに誘うのは無神経だったかな)
犠牲者の鎮魂を願う祭りに、遠い昔のこととはいえその元凶を誘うのは酷なことかもしれない。何も知らないリブリーチェはともかく、彼の秘密を知る身としては浅慮だったと反省する。
ただ、長い間魔塔に引き篭り続けていた男だ。星祭りの由来など知らない可能性もある。
(あっ、でも、流星がいつ観測できるかは魔塔の魔法使い達が星読みしてるんだっけ。そしたら、星祭りについて色々知ってるよね)
「ロゼ姉さん、あっちで演奏会がありますよ!」
リブリーチェの声で現実に引き戻された。最近はいつもこうだ。気がつくと、アルデバランのことばかり考えてしまう。
「あ、ほんとだ。聴きに行ってみる?」
「はい!」
ロゼアリアの巡回ルートからは外れるが問題ない。事が起きた時に被害が大きくなることを考えると、人の集まる所は警戒しておく必要があるからだ。
広場に響き渡るサックスの四重奏。高らかに歌うソプラノサックスから演奏を支えるバリトンサックスまでの華やかなハーモニーが聴く者を魅了する。明るい曲調がよく晴れた空に合っていた。
人混みに加わる前にさっと周囲を見回す。魔物の気配、それから怪しい人物は見当たらない。異常が無いことを確認して、ロゼアリアも四重奏の演奏に聴き入った。
「オロルック、あれは何ですか?」
リブリーチェが指したのは奏者の前に置かれたバスケット。彼らの演奏を良いと思った聴衆がコインを投げ入れるためのものだ。
「良い演奏だな〜って思ったらお金を入れるんスよ。こういう演者って各地を旅してることが多いんで、演奏で旅代とかを稼ぐんス。星祭りに合わせて来てくれたんじゃないっスかね」
「じゃあ、ボクもお金入れます!」
リブリーチェが巾着の中からコインを取り出す。可愛らしい子供が大人に混じってコインを入れる様子を人々が微笑ましそうに見守った。
リブリーチェの好意に心を動かされたのだろう、ソプラノサックス奏者がリブリーチェの前に躍り出る。
「わ!」
目の前でのソロ演奏。その迫力にリブリーチェが息を飲む。金メッキのボディが太陽光を反射し、一段と華々しい。
ソロを吹き切ると奏者が深々と一礼、彼への拍手と歓声が広場を包む。リブリーチェもパチパチと拍手を送った。
「すごい! すごい!」
「リブ良かったっスね」
ファンサービスを受けたリブリーチェが感動している。新鮮な反応が可愛らしい。ロゼアリアとオロルックが顔を見合わせ、「立ち寄って良かった」と笑い合う。
何曲か聴くだけのつもりが、最後まで留まってしまった。満足気にその場を離れていく聴衆の流れに沿ってロゼアリア達もその場を離れる。
だが、そこへ水を差す影が。
「オロルック」
「了解っス」
ロゼアリアの呼びかけに即座にオロルックが反応する。
人混みを無理矢理掻き分け、金品の入ったバスケット目掛けて突進していく男。その眼前にオロルックが立ち塞がり、男の腕を捻って鮮やかな手捌きで地面へと組み伏せた。
祭りの賑わいに乗じてこうした輩が出るのは毎年のことだ。ロゼアリアもオロルックも別段狼狽えはしない。
「単独犯? 他に仲間はいないわね? 警吏隊を呼んでくる。リブは私と一緒に来て」
「は、はい」
男の制圧はそのままオロルックに任せ、リブリーチェの手を引いて広場を離れる。
広場は一時騒然としたが、二人の迅速な対応ですぐに収まった。奏者達にも鑑賞に訪れた人々にも怪我はない。
「ごめんねリブ。びっくりしたでしょ」
「何が起きたんですか?」
「ああいう、金銭を狙う悪い人がいるの。けどそのために騎士団が警備をしてるから大丈夫」
「オロルックが捕まえた人は、お金をとろうとしたんですか?」
「そう」
小首を傾げるリブリーチェを見て思い出した。魔法使いは金に興味が無い。故に魔塔には資金が有り余っていると、以前アルデバランが話していた。
金を人から強奪する行為がリブリーチェには理解し難いのも無理はない。そんなことはこの先も知らないままでいてほしい。
警吏隊に男の身柄を引き渡し、この場は無事解決。ロゼアリア達は再び出店巡りに戻る。
「未然に防げて良かったっス」
「泥棒程度なら苦戦しないんだけどね」
ラウニャドールの襲撃無く終われば何よりだ。こちらとしては三日間それなりに自由に遊べるのだから。
再び巡回をしながら、すれ違った騎士団員に広場の出来事を共有。逆に他の場所で変わったことがあれば、それを共有させてもらった。
盗人も未然に防がれればさして話題にはならない。広場での事件など無かったかのように人々は祭りを楽しんでいる。
「日が暮れたら私は開会式に参列しなきゃいけないから、巡回から外れる。その間はよろしくね、オロルック」
「うっす。任せてください」
「リブはどうする? 私と一緒に王城へ行っても良いし、オロルックと残っても良いし」
「開会式って何をするんですか?」
「王太子殿下が星祭りの開催を宣言されるの。そんなに長い式典じゃないし、ほとんど見てるだけになるけど」
ジクターの宣言により星祭りは正式に開催される。王城前が開放され、誰でも気軽に参加できる式典だ。王族をこの目で見る数少ない機会だからと、まだ明るいうちから一般の市民達の間で場所取りの諍いが起きることで知られている。
貴族であるロゼアリア達はきちんと場所を用意されているため、その諍いに巻き込まれることは無いが。場所取り争いの度が過ぎる場合は騎士団として止めに入らなければならない。
「行ってみたいです!」
「ほんと? じゃあ、客人として私達と一緒に参列できるようお父様に掛け合うね」
日没を迎えると王都は一層賑やかになる。この日ばかりは民は眠るのも忘れ、夜通し宴を楽しむのだ。対照的に貴族達が開くのはいつもの華やかな夜会ではなく、各自の邸宅の中だけで行われる小さなパーティー。
それでも家族団欒で豪華な食事を囲むため、今頃ロードナイト伯爵邸の中ではフィオラが忙しなく動き回っているはずだ。
(このまま三日間、無事に終わると良いけど)
心の隅に残り続ける不安を感じながら、ロゼアリアは日が傾き始めた空を見上げた。




