白薔薇姫の想い人
べーチェル公爵家と同じブルージルコンの瞳。短い髪。ドレスではなくパンツスタイルの軽装。そのどれもが、令嬢達の瞳にロゼアリアを貴公子として映した。
(……恥ずかしい。こんな姿、絶対にアルデバランに見せられない)
いくら白薔薇姫の像を壊すためとはいえ、他家の令嬢にキザな言葉をスラスラと吐く自分の姿は見せたくなかった。アルデバランが見たら、「何してるんだお前」と訝しむこと間違いない。
「……フン。猫を被って今度はこの娘達に取り入るつもり?」
ヘレナがつんと澄ました顔でこちらを睨む。
取り入るも何も、ここにいるのは一応王太子派ばかりだ。腹の探り合いをする意味が無い。
「滅相もございません。しばらく社交界を離れておりましたから、こうしてお話しするのも久しくつい舞い上がってしまったようです」
ヘレナはロゼアリアを笑い者にしようと誘ったものの、思った通りにならず面白くないのだろう。
悠然と紅茶を嗜む所作は、白薔薇姫であった頃と変わらず美しい。その美しさにため息を漏らす令嬢さえいた。
「まあ、それは仕方ないわ。今の貴女じゃとてもパーティーには出られないものね。殿方に混じって剣を振るしかないのも、理解できるわ」
「そうですね。王太子殿下がご成婚された際には、王太子妃殿下付きの護衛に志願いたしましょうか」
「あら、それは素晴らしい考えね。王太子妃殿下の護衛騎士なら、顔に傷を負った貴女でも求婚する殿方が現れるかもしれなくってよ?」
「お心遣い痛み入ります。まさかヘレナ様が、そこまで私を心配してくださっているとは思いませんでした」
未だ清廉さを損なわない白薔薇の微笑みと、圧倒的な美を放つ真っ赤なダリアの微笑。繰り広げられる舌戦を前に他の令嬢達は静かに紅茶を口にした。
ヘレナの嫌味はいつものこと。もはや挨拶代わりですらあるが、ロゼアリアがここまで食ってかかるのは初めてだ。それが珍しく、少女達は加勢せずに成り行きを見守っている。
「心配? ええそうね、心配していたわ。だってあの白薔薇姫様に新たな婚約者がいないなんて大変なことでしょう? それに貴女はロードナイト伯爵家の一人娘。跡継ぎを産まなければならないじゃない」
「ヘレナ様の仰る通り。ロードナイト伯爵の相手として相応しい御方を探さなければなりませんね」
これは伯爵位を継ぐのは婚姻相手ではなく自分だと宣言するも同然。ロゼアリアが傷モノの令嬢ではなく、ロードナイトの次期伯爵となれば彼女に対する社交界の見方も変わってくる。
ロゼアリアが再び、社交界での立場を取り戻すかもしれない。それも彼女自身の力のみで。
ヘレナが僅かに眉根を寄せた。
「わざわざ探さずとも、既にいらっしゃるんじゃなくて?」
懲りずにロゼアリアの新たな想い人の話を持ち出すヘレナ。いくらロゼアリアが無関心を装おうと、他の令嬢が聞き逃さない。
「白薔薇姫様、そうなのですか? 一体どこの家の方と?」
「白薔薇姫様が想われる方ですから、きっととてもお美しい方に違いありませんわね」
社交界の話題になりそうなことには耳ざとい少女達。一気にロゼアリアに詰め寄り、相手の情報を少しでも聞き出そうと質問を重ねる。
ここはきっぱり否定しなくては。放っておけばどんな尾ひれがついて方々に触れ回るか分からなかった。
ここでアルデバランに想いを寄せていることを知られたらどうなることか。かつて公子と婚約していた白薔薇姫が、今度は素性のよく分からない魔法使いにご熱心。眉をひそめる貴族の方が多いだろう。
騎士団以外の人間は、今もまだ魔法使いと関わらないのだから。
「そのような方はおりませんよ。私が今接している方々は皆、次期騎士団長としての私の仕事相手ですから」
本心は押し殺して、視線や指先にすら決して滲ませない。この場においては完璧な仮面こそが最も自分を守ってくれる。
「元婚約者への贈り物と同じ店で装飾品を頼んでいたでしょう? それを見たら、貴女に新しい想い人がいると思ってしまうのも仕方なくってよ」
「毎年頼んでいたのに、今年から訪れなくなっては店主に申し訳ないでしょう。そこで、友人への贈り物を頼むことにしたのです。もし他に素敵な装飾品店をご存知であれば、私にも教えていただけないでしょうか」
これ以上は詮索させない。隙の無い回答を打ち出したことで、少女達は諦めたようだ。
ヘレナだけは未だに疑わしそうにていた。
(白薔薇姫の新たな想い人を「アーレリウスに劣る」と笑いたかったんだろうけど、残念だったわね)
アルデバランがアーレリウスに劣るはずがない。仮にロゼアリアが口を割ったとしても、想い人は嘲笑できる相手ではないのだ。
「では、私はそろそろ。急遽お邪魔してしまい申し訳ございませんでした。皆様と楽しいひと時を過ごすことができて嬉しゅうございました」
皆を残して颯爽と立ち上がる。その後ろ姿すら非の打ち所が無く優雅だった。
「あー疲れた」
今の今までの優雅な立ち姿はどこへやら。げっそりした様子でロゼアリアが王都を歩く。邸宅に帰るために馬車を調達しようとし、思い留まった。
今はフィオラがいない。ロゼアリア一人だけだ。
「……ちょっと寄り道してもバレないよね」
結局お茶会では何も食べなかった。あれだけのスイーツを目の前にしたのに。一つくらい食べれば良かったと今になって悔しさが湧いてくる。
だから、りんごのパイを食べてから帰ることにした。フィオラのいない今なら好きなだけ食べることができる。
大好物を食べると決めた途端、ロゼアリアは軽い足取りで歩き始めた。向かうはお気に入りのスイーツ店、ル・ソルチェラ。りんごのパイはもちろんのこと、旬の果物をふんだんに使った季節のパイも絶品だ。
店の扉を開けば、ドアベルが愛らしい音色を奏でる。
「ようこそお越しくださいました」
ル・ソルチェラの従業員がロゼアリアを見るなり丁寧にお辞儀をする。
「りんごのパイを……二切れと、季節のパイを一切れお願い。それから紅茶を。茶葉はお任せするわ」
「かしこまりました。お席へご案内いたします」
いつもなら一切れしか頼まないりんごのパイを二切れ頼んだ。三切れ頼むか悩んだが、代わりに季節のパイを食べることにした。
本当はりんごのパイをワンホール頼んでみたい。
ふかふかのソファに座って待っていると、頼んだパイが運ばれてきた。季節のパイに使われている果物は桃とマンゴー、そしてメロン。
「わ、可愛い。星祭りが近いからね」
「左様でございます」
星型にカットされた旬の果物がキラキラと輝いている。今この瞬間、目の前のパイは世界中のどの宝石よりも魅力的に映った。
パイを頬張りながら改めて思う。魔法というのは最高だ。魔法道具のおかげで、旬を問わずにりんごを食べることができるのだから。
しかしやはり、果物は収穫される時期に食べる物が一番美味しい。通年味わうことができる桃のパイとこの季節のパイとでは全然違う。
「好きなだけ食べれるって幸せ……」
紅茶も、先ほどと違ってしっかり味がする。
フィオラが見たら「食べすぎだ」と怒るだろう。けれど、星祭りに贈り物を用意するなら自分にだって用意しても良いではないか。りんごのパイをワンホールで頼むのは我慢したわけだし。
これで星祭りも頑張れる。
三切れあったはずのパイはあっという間に無くなってしまった。もう少し頼めば良かったかもしれない。
残りの紅茶を飲みながら一息つく。こうして一人で楽しむのもなかなか良いものだ。
(もし……もし、アルデバランとそういう関係になれたら、二人でここに来たりできるのかな)
人目を気にせずに一緒に出かけることができたなら、一番好きな店のりんごのパイを彼に食べてもらいたい。
柔らかなソファに身体を預け、そんな甘い妄想をした。
「ふっ。……アルデバランが王都に出かけるとか、想像できない」
ザジャの天陽市が特別だったのだ。あんな風に出店を回るのもあれっきりに違いない。
甘い妄想から覚醒するように、ソファに預けた身体を起こした。
「帰ろ。フィオラが心配しちゃう」
新しい想い人がアルデバランだとは死んでも吐かない。これは自身の胸の奥に秘め、墓場まで持って行くと決めたのだから。




