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白薔薇の姫騎士

 星祭りまであと二日。ロゼアリアは注文していた装飾品を取りに来ていた。


「お待たせいたしました。こちらがお品物になります」

「わあ……」


 精巧に作られたピアス。天球儀の中心で輝くカーネリアン。炎色が艷めく石はやはり、アルデバランの瞳を彷彿とさせた。


「すごく綺麗。いつもありがとう」


 リブリーチェへの贈り物も確認して、ロゼアリアは装飾品店を後にする。

 注文していた品物も全て受け取り、これで星祭りで贈るプレゼントは揃った。引き続きフィオラと共に王都を歩くロゼアリアは、ほくほくと満足した様子だ。


「本当に腕が良いわ。こんな繊細な物をここまで作り込めるなんて」

「腕の良い職人を見つけ出せるお嬢様も、お目が高くていらっしゃいますよ」

「そうでしょ! 初めて彼の作品を見た時からピーンって来たんだから!」


 アルデバランの贈り物をようやく手にできたロゼアリアは機嫌が良かった。あとは、これをいつ渡そうかと想像を巡らせている。


(星祭りが始まる前……は私もアルデバランも忙しいし、やっぱり星祭りが終わってから? でも……)


 祭りが終わった後にプレゼントを渡すのは、なんだか寂しい気がした。しかしそれ以外にタイミングが無い。今日も明日も、彼と会う予定は入っていない。


「……星祭りの間に渡せたら良いのに」


 三日間もあるのだから、せめてどこか一日くらいは。

 しばらく会えないアルデバランにしょぼくれるロゼアリア。そんな彼女を見つけたのは、真っ赤な髪を持った少女。


「あら、もしかしてそれって貴女の新しい想い人への贈り物かしら?」


 勝ち気そうな声。視線を上げれば、声と同じく勝ち気な笑みを浮かべたヘレナが立っていた。


 アーレリウスとの婚約は無くなり社交界からも離れている今、ロゼアリアがヘレナと対立する理由は無い。だというのに、なぜわざわざ絡んでくるのか。穏やかな会話を交わすような仲ではないことくらい、向こうも知っているはず。

 フィオラが心配そうにロゼアリアを見る。なるべく早く話を切り上げて、この場から離れたい。


「ヘレナ様。これは友人に宛てた物です」

「別に恥ずかしがらなくても良くってよ? 貴女が彼への贈り物をあの店で見繕ってたことくらい、知ってるわ」


 これまでロゼアリアが装飾品店で注文したものは、全てアーレリウスに渡す代物ばかりだった。当然、ヘレナもそれを把握している。


 一体何の用事があるのか。ヘレナを前に自然と完璧な笑顔を浮かべてしまうのは、白薔薇姫を演じていた時の癖だった。


「そんなにかしこまらないで? わたくし、これからお友達とお茶をするところなの」

「そうだったのですね。それは、邪魔をしてしまいました」

「ふふ。せっかく会ったのだから、貴女もご一緒なさらない?」

「いえ、私は」

「遠慮しなくていいのよ。皆、久しぶりに貴女に会いたがっているところだったから」


 皆、というのはヘレナと親しくしていた令嬢達(取り巻き)で間違いない。美しく完璧な白薔薇姫の今の様を見て嗤いたい、といったところだろう。


「……楽しいお茶会になりそうですね」

「お嬢様!?」


 驚くフィオラに受け取ってきた贈り物を預ける。


「先に戻っていて。ヘレナ様にお誘いいただいたもの。お断りするわけにはいかないわ」


 面倒事を避けるならば断るべきだ。しかし、喧嘩を売られていると分かってどうして引き下がれよう。

 ロゼアリアは本来、売られた喧嘩は買いたい性分。


 半ば強引にフィオラと別れ、ロゼアリアはヘレナに同行した。もちろん今日も軽装、ドレスなど身に纏っていない。茶会で自身が浮くことは想像するまでもなかった。


(ヘレナ様……アーレリウス様の処罰を伝えにこられた時は、落ち着いたものだと思ったけど)


 人はそう簡単に変わるものでもないようだ。逆に、ヘレナが急に好意的になった方がロゼアリアも警戒する。

 ヘレナに連れられた先は、令嬢に大人気のカフェテリア。特に、店の奥に設けられた個室は半年先まで予約が埋まるほど。


「待たせたわね。白薔薇姫にお会いしたから、声をかけたの」


 既に十人ほどの令嬢達が談笑を楽しんでいた。ロゼアリアは彼女達とあまり話したことはないが、その顔に見覚えはある。


「白薔薇姫様? 一体どちらに?」

「あら、その方はどこの貴公子様かしら。このお茶会は殿方は禁制なのだけれど」


 彼女達がロゼアリアを見てくすくすと笑う。

 これくらいは想定内だ。むしろ、アーレリウスを巡ってヘレナと静かに争った日々を思えば可愛いもの。

 貴公子。結構なことだ。


 ロゼアリアは右手を胸に添え、完璧な一礼を見せる。


「皆様、お久しゅうございます」


 口角はいつもより低く、目尻は下げすぎない。余裕を持たせたその微笑みに、白薔薇姫の面影は無かった。代わりにあったのは、貴公子の笑み。

 それはかつて、“氷の貴公子”と称えられたロゼアリアの父によく似ていた。


 ヘレナを含め、その場の少女全員がポカンとした表情でロゼアリアを見つめる。それもそのはず、記憶にある白薔薇姫とはたおやかな笑顔を絶やさない、物腰柔らかな少女だったのだから。

 当時の姿と比べると今のロゼアリアはあまりにも凛々しすぎた。頬の傷すら、彼女を気高い騎士として飾る勲章そのもの。


「どうされましたか? こうも美しい方々に見つめられると、私も照れてしまいます」


 少し困った表情ではにかむ。頬は染めず、恥じらいは見せない。愛らしさよりも冷静さを前に出す。

 今さら可憐な白薔薇には戻れない。ならば、美しい花々を愛でる側に回るまで。


「は、早くお座りになられては?」


 令嬢のうち一人がこほん、と咳払いをして着席を促す。なかなか効果があったようだ。父の血筋に感謝をしながら、ロゼアリアは優雅な動作で椅子に腰掛けた。


 ケーキスタンドの最上段にはフルーツタルトやザッハトルテが宝石のように輝き、さらにそのすぐ下ではクッキーやマカロンが甘い香りを漂わせている。焼き立てのスコーンに可愛らしい一口サイズのサンドウィッチ。全てが魅惑的だ。


(こんなお茶会じゃなければ全部味わうところだけど)


 ここは煌びやかな戦場。美味しい軽食やスイーツに舌鼓を打つ余裕は無い。


「白薔薇姫様といえば、わたくし聞きましたの。なんでも、飛行船で強盗を撃退されたとか」


 早速来た。お茶を一口楽しむ間も与えられないとは。


「まあ、リラ様。白薔薇姫様がそのようなことなさるはずがないわ。誰もが憧れる完璧なお方だもの」

「白薔薇姫様、不名誉なお噂は否定された方がよろしいわ」


 視線が集まるのを感じながら、ロゼアリアはゆっくり紅茶を味わった。

 先ほどからこれみよがしに「白薔薇姫」「白薔薇姫」と、彼女達も好きなものだ。


 そもそもここにいるのはヘレナの取り巻き。以前からロゼアリアを敵対視している令嬢ばかりだ。


「……不名誉? ふふ。とんでもございません。貴婦人の大切な品を取り戻すためでしたら、強盗の一人や二人、容易いことです」

「まあ、まさかお噂は本当でしたの?」


 白々しい。噂が本当かどうかなど関係ないのだ。白薔薇姫が社交界での力を失っていること、それが彼女達にとっては何より大切なことになる。

 だがそんなものはとっくに手放した。社交界に返り咲きたいなど微塵も思っていない。それどころか自由を知ってしまった今、あんな息苦しい場所には二度と戻りたくなかった。


「ええ。大切な物を奪われて悲しむ女性が目の前にいるのに、見過ごすことはできません。白薔薇騎士団の後継として当然のことをしたまでです」


 令嬢達にどよめきが広がる。「白薔薇姫は野蛮」という話を広めるには格好のネタだろう。


「ですが、令嬢がそんなことをしてははしたないですわ」


 隣に座る少女が眉をひそめた。そんな彼女の手をロゼアリアは取り。


「物を奪われたのが貴女だとしても、私は同じように犯人を捕まえていたでしょう」


 少女の頬が薄紅に染まる。この程度で可愛いものだ。アーレリウスの数々の口説き文句を聞かせてやりたい。

 せっかくこんな茶会に出向いたのだ。“可憐な白薔薇姫”の像をこの手で叩き潰し、白薔薇の姫騎士という新たなイメージを植え付ける。


 ぱっと手を離した少女が恥じらうように目を逸らす。そこへ追い討ちをかけるように、ロゼアリアは余裕を含んだ笑みを送った。

 こうも上手くできたのは、姿形が従兄弟を思わせるからだろう。やはり、父の血筋に感謝しなければ。

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