近づかない距離
本人が言った通り、アルデバランは人に対して寛容になってきているのかもしれない。自分を見るアルデバランの目が、だんだんリブリーチェに向けているものと近くなってきていることにロゼアリアは気づいていた。
たしかにアルデバランからすればロゼアリアもリブリーチェも大差無いだろう。だからといって納得はできない。十七歳を迎えれば、ロゼアリアだって立派な成人になるのだから。
(子供が人間でも魔法使いでも関係ないってアルデバランが思うようになったのは、良いことだけど……)
その“子供”の中に自分も含まれているであろうことが嫌だった。
「グレナディーヌを覆う防衛結界を張るのは星祭りが終わってからだ。それまで地方都市には仮の結界を張る。効力は一ヶ月程度だが、十分だろ」
「それなら、騎士団も王都の警備に集中できる!」
「各地の調査を頼んでる魔法使い達が既に張り始めててな。あと一週間もすれば完了するはずだ」
早速次の会議で報告をあげよう、とロゼアリアが考える。人手不足が原因で滞っていた話し合いが、これで一気に進むはずだ。
魔法使い達の協力があるだけで状況が一変する。魔法が便利なものであると改めて実感する反面、悪用すれば凄まじい影響をもらたらすことも心に留めておかなければならない。
「時間はかかるが、進められることは進めておく」
「これでジクター殿下も安心なさるわ。星祭りが開催できるか不安だったけど、大丈夫そう!」
「中止になったら、リブが悲しむだろ」
星祭りを楽しみにしていたリブリーチェ。それを覚えているなら、リブリーチェの誘いにも応じればいいのに。
「管理者会議の方は? 何か準備はしなくていいの?」
花茶を味わいながら、ロゼアリアが尋ねる。何せアルデバランやソミンと同等の魔法使いが集まる会議だ。想像しただけで緊張してくる。
「特別準備することは無いな。会議の内容は各国のラウニャドールによる被害、それから対策の話がほとんどだろうし」
会議に参加する当事者は、緊張どころか少し面倒臭そうだった。
「グレナディーヌの現状は把握してる。当日になったら行くだけだ」
あっけらかんとしているところがアルデバランらしい。
ティーカップをゆらゆらとしていたアルデバランが、ふとその手を止めてロゼアリアを見た。
「そうだ。ロゼには先に話しておく」
「え、なに?」
そんな改まって言われると、思わず身を固くしてしまう。一体どんな話なのか、アルデバランの真剣な表情を見ると余計に予想がつかなくて。
「灰色の地でラウニャドールを殲滅しただろ」
「あ、ああ、うん。あの時のことね」
当時のことがなんだと言うのだろう。もしかして地下に潜むラウニャドールと関係があるのかも、とロゼアリアは灰色の地でのことを思い出す。
「地中深くに逃げ込んだラウニャドールの根を焼いてる時、俺は子供の声を聞いたんだ」
「子供の声?」
「ああ。幼い女の子の声だ」
「どこから聞こえたの?」
「分からない。頭に直接響いてくるようなやつだった」
ラウニャドールが言語を扱うのは周知のことだが、その声に性別や年齢を感じたことはない。アルデバランの言う“声”がなんなのか、直接聞いていないロゼアリアには分からない。
「その声って、ただ聞こえただけ? それとも、何か話してた?」
「邪魔をするなと言われた」
「邪魔って、ラウニャドールを倒すなってこと?」
「そういうことだろうな。だが、声を聞いたのはその時の一度だけだ。ザジャでは聞いていない。俺の気のせいだったんじゃないかとも思ったが……」
アルデバランが腕を組む。その表情は、子供の声が気のせいではないと確信している顔だった。
「こっちの言語を扱えるラウニャドールなら、相当上位のはずだ。野放しにはできない」
「ザジャでは聞いてないってことは、そのラウニャドールはグレナディーヌにいるってこと? 今も、地下に」
「その可能性が高い。当面の間、俺は子供の声を持つラウニャドールを追う。結果気のせいだったら、それに越したことはないしな」
彼の言葉にロゼアリアも同意した。杞憂で済むならそれで良い。違和感を見過ごして最悪を招くくらいなら、どこまでも疑ってかかるべきだ。
「管理者の会合で俺は声について聞いてみる。もし他にも聞いたことのある管理者がいれば、事態はかなり厄介だ」
「他国でも子供の声が聞こえるなら、その上位個体がいくつもいることになるから?」
「それも可能性の一つだ。もう一つ考えられるのは、既に全てのラウニャドールが繋がっている場合だ」
「全てのラウニャドールが繋がってる……」
ロゼアリアの脳内に、ザジャで見たあの汚染されたマグマが浮かぶ。それが既に、各国の地下でひと繋ぎになっているのなら。
ラウニャドールには学習能力がある。
背筋を冷や汗が伝った。
「気負うな。まだ最悪を考えている段階にすぎない。そのために各国の管理者が集まるんだ」
「そ、そうね。まずは星祭りを無事に終えないと」
思えば、ザジャに向かう時もこんなやり取りをした。あの飛行船で言った通り、アルデバランは国のために動いてくれている。
三百年、魔塔に引き篭っていたのに。
「全部、俺がもっと早く動いていれば防げた事態だ。それなのに、個人的な理由で使えるはずの魔法を控えているのは謝る」
(違う……そうなるように仕向けたのは、私)
そんなつもりじゃなかった、とは言えない。意図せずとも、結果的にアルデバランに後悔と罪悪感、そして責任を押し付けた。
陰で人知れず苦しみ続ける彼を、日向へと引きずり出した。
アルデバランはそれを恨んでいない。それすら含めて、「当然の報いだ」と自身で背負っている。
(責めてくれたら良かったのに。そしたら、私も一緒に背負えるのに)
彼のそういうところが、どうしようもなく遠い。彼に一人で背負ってしまえるだけの力があることが、憎い。
自分の出る幕は無いと、優しく拒絶されているようで。
(……だからこそ、私は私にできることをやるの)
ひとまずは目の前の星祭りを。それから先のことは、その後考えるしかない。
「じゃあ、そろそろ行くね。リブとあんまり話さないまま来ちゃったから」
「ああ。俺も作業に戻るとしよう」
名残惜しさを押し殺して、ソファから立ち上がる。
本当はもう少し、彼の隣にいたかった。
魔塔の主の部屋を出て、石段を降りる。階下へ向かう昇降機には誰も乗っていない。
一人きりの昇降機の中で思い出すのは、頭を撫でる手の感覚。父や従兄達から撫でられるのとは全然違った。
「……」
胸の奥がきゅっと締まる。それが少し切ないのは、アルデバランがこちらをなんとも思っていないから。
昇降機をいくつか経由し、ようやく地上に戻ってきた。
「二人ともただいま」
「お疲れっス」
「ロゼ姉さんおかえりなさい!」
オロルックとリブリーチェがクッキーを頬張っていた。ロゼアリアがその向かいに座る。
「アルデバラン様大丈夫でした?」
「うん。作業が一段落したとこだったみたい」
リブリーチェがクッキーを勧めてきたので、ロゼアリアも一つ手に取った。
「アルデバラン様、やっぱり星祭り一緒に行ってくれないのかなあ」
「んー……やっぱり忙しいんだって」
リブリーチェだけでなく、自身を納得させるために出した言葉だった。
「今回は仕方ないんじゃ無いっスか? 俺とお嬢も王都を警備しながらになりますし」
「えっ、じゃあ、ロゼ姉さんとオロルックもお仕事なんですか?」
「有事の際を考えて、帯剣が必要なだけ。何も起こらなければ大丈夫」
実際は随時他の騎士と連絡を取りながらになるが、リブリーチェと祭りを回るのに支障は無い。
「じゃ、お祭り一緒に回れますね! ボクとっても楽しみ!!」
笑顔を弾ませるリブリーチェに、ロゼアリアも頬を緩ませた。
アルデバランが星祭りに来ないのなら、リブリーチェと一緒に彼のお土産を買うのも良いかもしれない。それを渡す時に、ピアスを渡すこともできるだろうし。




