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ワイナリー見学

「──まさか、クシャ帝が亡くなるなんてね」


 ロドニシオの言葉にその場の全員が沈黙で肯定した。

 ここはシュヴダニア皇国皇都、シュヴェルーナ。国賓や使節に用意された離宮、シャングリドパレス。

 シュヴダニア皇王への謁見申請が通るまで、ロゼアリア達はここで暇を持て余していた。


「リエン殿下は大丈夫っスかね……」


 オロルックの心配はロゼアリアもよく分かる。初めてできた異国の友なのだ。彼の身を案じるのは当然だろう。


(リエン……)


 今も彼が生きているか、それすら分からない。考えれば考えるほど、どんどん悪い方へと想像を膨らませてしまうから今は任務に集中したいのに。連日こうも暇だと何もできない。


「寿命と引き換えに身体の若さを選んだんだ。本人も周囲も覚悟はしてただろ」


 ソファにゆったりと座るアルデバランはさほどショックを受けていないようだった。ロゼアリアはそれを彼らしいと思うだけで、別に冷酷だとは思わない。むしろ、ただ一人沈んだ表情をしていない彼に安心感すら覚える。


「それはそうと、ザジャでの外交が白紙にされないといいけど。シュヴダニアを説得して、もっかいザジャを説得しなきゃとかごめんだよお」

「今すぐ反故にはならないだろ。おそらく、ザジャもそれどころじゃないだろうからな。新皇帝が話の通じる奴なら何も心配無い」

「つまり、新しい皇帝が他国との協力を望まず、戦争上等って考えだったら白紙撤回されるかもってこと?」

「その可能性はあるだろうな」

「え〜。それは勘弁してほしいよねえ」


 ロドニシオの懸念は尤もだ。ザジャでおこなったあの試合が無意味になるのは避けたい。


 中でだらだらと過ごしていると、どうしてもリエンやソミンのことを考えてしまう。暇は大敵だ。せっかく異国に来たのだから、皇都を観光すべくロゼアリアは街に出ていた。


「シュヴダニアの名物と言えばお酒だけど……まだ飲めないし、他に美味しい食べ物はないかなあ」


 観光パンフレットを開いて行き先を選ぶロゼアリア。出店が立ち並んでいれば食べ歩きができたが、あいにく市のようなものは開いていない。行き当たりばったりで観光するにはシュヴダニアは広すぎる。そこで、パンフレットから気になる場所を探して目的地を選ぶことにした。


「醸造所の見学だったら良いんじゃない? 父上や兄さん達のお土産にもできるし」

「たしかに! お父様とお母様のお土産としてなら、私も買える!」

「シュヴダニアのワインは有名だけど、ウイスキーとかブランデーも美味しいんだってえ。ワイナリーとディスティラリー、どっちに行こっか」


 ロドニシオの提案を受け醸造所へ行くことが決まった。ワインかブランデーか、酒についてよく分からないロゼアリアにはどちらに行くべきか判断できない。


「んー……アルデバランてお酒飲む?」


 暇そうに待っている魔法使いに尋ねれば、アルデバランは頷いた。


「たまにな。冬にホットワインを飲むことが多い」

「美味しいの?」

「寒い日に飲むにはもってこいだ」


 アルデバランがワインを嗜むなら、ワイナリーの方が良いのではないか。シュヴダニアの土産品としてワインを買えばまず間違いないことだし。

 そんな理由で、今日はワイナリーを訪れることに決めた。


 ロゼアリア達が来たのは、観光名所として知られているワイナリーの一つ。丘陵には艶やかにぶどうが実り、のどかな景色が広がっていた。その先に立つは赤いレンガ造りの建物。

 ぶどう畑にロゼアリアがキラキラした目を向ける横で、ロドニシオが道中の看板にとある文字を見つける。


「ワインの試飲もできるみたいだねぇ。オロルックも飲む?」

「や、飲まないっスよ。お嬢の護衛っつー職務中なんで」

「真面目だねぇ。アルデバラン君は?」

「気になった物があればな」


 そんな会話を耳に挟み、ワインを飲むアルデバランが見れるのでは、と若干の期待を抱くロゼアリア。

 ちょこちょことアルデバランの隣に寄り、その長身を見上げる。


「アルデバランて酔うとどんな感じなの?」

「さあな。基本酔うほど飲まない」

「お酒強いの?」

「どうだろうな」


 アルデバランが酔う姿など想像もつかず尋ねれば、本人も分からないようだった。どうやら、酒そのものが好きなわけではないらしい。


「酒が回ると思考が鈍るだろ。魔法使い達から論文や研究の意見を求められた時に、俺が使い物にならないのもな」

「そんなに忙しいの?」

「研究中の魔法使いに時間の概念は無いからな。昼夜問わず訪ねて来るぞ」


 ロゼアリア達が訪ねる度に共にお茶をしていたくらいだ。アルデバランは暇だと思っていたが、そうでもないのかもしれない。


(言われてみればたしかに、お茶を飲んでる時でもアルデバランを訪ねてくる魔法使いは結構いたっけ)


「この樽一つで約三百本分のワインが作られるんです。樽で熟成されたワインは──」


 樽熟成庫でワイナリーの従業員が話す内容を聞き流しながら、ロゼアリアはきょろきょろと忙しなく視線を動かす。

 見渡す限りどこも樽、樽、樽。この全てにワインが入っているなんて、いったい何杯分になるのだろう。


 ここで隠れんぼをしたら楽しそうだ。


 ロドニシオは興味深げに話を聞いているが、まだ飲酒ができないロゼアリアには関係ない話ばかりで退屈だ。早く土産品を買いたい。


「こちらでは各種ワインの試飲を楽しむことができます。気になる物がございましたら、どうぞお申し付けください」

「やったあ。これを楽しみにしてたんだよねぇ。まずは、ここのスペシャリテから飲んでみようかな」


 待ってましたとばかりにロドニシオが次々とワインを飲み比べていく。彼に誘われ、アルデバランもいくつか試飲していた。

 大人ばかりずるい。こっちは飲めないのに、と口を尖らせるロゼアリアの前に、ここまでワイナリーを案内してくれた従業員の彼がグラスを差し出す。


「このワイナリーではぶどうジュースも作っているのです。ワイン用のぶどうと同じ品種を使用し、樽熟成させたこちらのぶどうジュースも当店自慢の逸品ですのでぜひお試しください」

「ありがとうございます!」


 ぶどうジュースを貰って顔を綻ばせるロゼアリア。早速口に含むと、ぶどうの香りと濃厚な甘さが広がった。酸味が抑えられていて奥深い味がこんなにも濃いのに延々と飲み続けられる。

 ぶどうジュースに感動したのはロゼアリアだけじゃない。同じく未成年のフィオラ、そして飲酒を断ったオロルックもこの美味しさに驚いていた。


「うっま!」

「美味しいですね! ここまでぶどうの味が濃厚なジュースは初めて飲みました!」


 なるほど、ワインというのもこんなものなのかもしれない。これなら、ロドニシオが夢中になるのも無理はない。


 このぶどうジュースは絶対に何本か買おう、とロゼアリアは頭の隅にメモをした。


 各自ワインやジュースを堪能したのち、ようやく土産品の売り場へと着いた。あれだけ飲んでいたロドニシオは全く酔った様子を見せずけろりとしている。


「この蒸留ワインも気になるねぇ。父上が気に入りそうだから買おうかなあ。兄さんの好みは……」


 さっきのぶどうジュースを見つけたロゼアリアは、それを箱で頼むことにした。もちろん自分用だ。


「お父様とお母様に買いたいけど、何が良いのか分かんない……」


 うーん、と瓶を一つ一つ睨んでいくと、あるワインを発見した。それを手に取り、ワインを吟味しているアルデバランの所へと持っていく。


「ねえアルデバラン、見て。私みたいなワインあった」

「ロゼみたいなワイン?」


 アルデバランに見せたのは、薔薇色の液体が詰まったスパークリングワイン。


「ああ、ロゼワインか。そのままだな」

「しかもこれ、りんごのワインなんだって!」

「買うのか?」

「えっ、買ってもまだ飲めないし。お父様とお母様のお土産にするかも決めてない」


 ただ何となくアルデバランに見せたかっただけだ。りんごのワインならばたしかに気にはなるが。


「成人を迎えるまで保管しておけばいいんじゃないか」

「それ、すごく良い! そうする!」


 大人になった記念日としてとても良い案だ。アルデバランの一言でこのワインを買うことに決めた。


「あっ、じゃ、じゃあ、その時は一緒にこれ飲んでくれる? 成人のお祝い」


 無理を承知で聞いてみれば、アルデバランは特に嫌な顔はしなかった。


「別に構わんが、そういうのは親とするもんじゃないのか」

「お父様とお母様とも飲むし、アルデバランとも飲む!」

「そうか。ロゼがそうしたいなら良いんじゃないか」


 そして、アルデバランはロゼアリアの手からシードルの瓶を取り。きょとんとするロゼアリアを炎色が見下ろした。


「誕生日祝いとして俺が買う方が良いだろ。忘れるなよ」

「た、誕生日祝い」


 つまり、このワインはアルデバランからの誕生日プレゼントになるということか。ただ見せたくて持ってきた代物が好きな人からの誕生日プレゼントになるとは思わず思考が停止してしまう。


 とにかく、今日このワイナリーに来て本当に良かった。

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