シュヴダニアの少年王
皇王への謁見申請が通ったのは申請から一週間を過ぎた頃だった。
その間、ロゼアリア達はディスティラリーを訪れたり牧場を訪れたり観光地として有名な教会を訪れたりと、シュヴダニアをかなり満喫した。お土産というお土産も買った。これ以上待たされるようであれば、他の都市の観光も考えていたくらいだ。
シャングリドパレスから皇城へと馬車で向かう。白亜の城壁はグレナディーヌのそれを彷彿とさせたが、そびえ立つ城塞は凄まじい圧を放っていた。
見るからに重たい城門。寸分のズレも許さずに立ち並ぶ兵士。自分達が今いるのは、大国シュヴダニアの中心。ザジャ訪問の際、直前にリエンと知り合うことができたのがどれだけ幸運なことだったかと思わずにはいられない。
それどころか、この国の管理者と既に一戦交えているのだ。
(シュヴダニア皇王への謁見……緊張する……)
アルタイルとの一件でアルデバランが皇王に失礼な態度を取るとは思えないが、相手は大国の統治者だ。些細なことが逆鱗に触れ、牢にでも入れられてはたまらない。
鈍色に輝く鎧を纏った兵士を両側に見ながら、皇国騎士に連れられ皇王のいる間へと歩く。呼吸を一つするのさえ見張られているようで息苦しい。
「──グレナディーヌの使節の方々です。皇王陛下にお目通りを」
ロゼアリア達を連れた皇国騎士が兵士に告げると、扉の前に控えていた彼らは頷いた。国章の彫刻と宝石を施された荘厳な扉が左右に開き、真っ青なカーペットが真っ直ぐに続いている。
置き物かと疑うほど、身動き一つせず広間の両側に整列した兵士。まるでチェス盤の上を歩いてるような気分だ。自分達はキングを目指す頼りないポーン。生憎、クイーンに化けられるような手札は持ち合わせていない。
「──もっと早く再開できると思っていましたが、少し間が空いてしまいましたねえ。シュヴダニア観光は楽しんでいただけましたか?」
玉座の肘掛けにゆったりと身体を預けるアルタイル。不敬どころではないその振る舞いを咎められないところを見ると、皇族と並べても彼の地位が相当に高いことが嫌でも分かる。
そして、自由奔放に振る舞うアルタイルに眉一つ動かさないシュヴダニア皇王。その玉座に座しているのは、ロゼアリアとさほど変わらぬ年頃の少年だった。
(ザジャでクシャ帝を見た時も若いと思ったけれど、シュヴダニア皇王がまさかここまで若い方だったなんて)
深い青色の髪に銀の瞳。少年といえど、彼の放つ気迫は紛れもなく王のそれだった。
ロドニシオが膝をつくのを皮切りに、ロゼアリア達もカーペットに膝をついて皇王への敬意を示す。驚いたのは、アルデバランもロゼアリア達と同様に膝をついたことだ。
ザジャでは不敬など知らぬとばかりに堂々と立っていた彼が、まさか人間に対して敬意を見せるなんて。
(カイヤナイト卿への罪悪感があるから……?)
意外を通り越して心配になる。それほどまでにかつてのカイヤナイトに対して惨いおこないをしたのだろうか。だが、今はそれを確かめる時ではない。
「──シュヴダニア皇王にご挨拶申し上げます」
四方をシュヴダニア兵に囲まれた状況の中でも、ロドニシオの声は毅然としていた。大国相手に怯まず、自国の使節としての任務を遂行する従兄に安心感を覚えずにはいられない。
「皇王陛下にお目通り叶いましたこと、至極恐悦に存じます。偉大なる皇王陛下にお願い申し上げますのは、ラウニャドール討伐へのシュヴダニアの協力にございます。かの魔物は今や世界全体の脅威となりつつあります。故にどうか、お力添えをしてはいただけないでしょうか。シュヴダニア皇国の力があれば、ラウニャドールを世界から排除することも夢物語ではないでしょう」
ロドニシオの声がしん、と響く。その後に続くは沈黙。誰も何も発さず、顔を上げることもまだ許されない。重い沈黙に鼓膜が痛むが、少年王の発言を待つ他なかった。
その沈黙を最初に破ったのは、アルタイルがくすくすと笑う声だった。
「だそうですよ、我が君。いかが致します? グレナディーヌからここまで懸命にやってきた健気な彼らに協力してさしあげますか?」
言葉を聞けばこちらの肩を持つような発言だが、アルタイルの声は酷く面白そうだった。そして何より、シュヴダニアに入るなり攻撃を仕掛けてきた魔法使い。彼のことはとても信用できない。今も、この状況を楽しんでいることがありありと伝わってくる。
緊張が、続く。皇王はまだ沈黙を保っていた。
「……顔を上げよ、グレナディーヌの使節よ」
声変わりを迎えたばかりのまだあどけなさが残る少年の声が降ってくる。ただ、そこに何の感情も感じられず、無機質な色と王の威圧だけが滲んでいた。
皇王の言葉を、ロゼアリア達は息を殺して待った。
「ラウニャドールが世界全体の脅威だと言ったが、シュヴダニアにおいてかの魔物は脅威ですらない。ここにいるアルタイルの元、我が国の魔導士達がシュヴダニア全土に防衛結界を張っている」
シュヴダニア上空を幾重にも覆う白金の半球は確かに知っている。それにより、シュヴダニア国内が安全地帯であることも。
だからこそ、その力を貸してほしいのだ。この国の技術力があればラウニャドールを退けられる可能性は格段に上がる。
だが。
「なぜその力を、他国に分け与えなければならぬのだ。我の国がザジャや他国の下につくなど、認めるはずがなかろう」
皇王の答えは予想していた通りのものだった。
「シュヴダニアの力が必要ならば、貴様らが我が国の下につけばよい。当然、他の王は我に従ってもらう」
「それは、我々の一存ではお答えいたしかねます」
ロドニシオが眉をひそめるのも当然だ。まず、ザジャはそれに従わない。グレナディーヌも、十代半ばの青二才に国王ダリオットが従うなど納得しない。
「我が君の言うことは当然のことです。シュヴダニアが築き上げた技術を善意で他国に与える必要がどこにありますか? ラウニャドールにより滅びるならばそれまでの国だということ。そんな弱小国家は淘汰されて然るべきなのでは?」
自身の白髪をくるくると指に巻きながらアルタイルが口を挟む。この男がいる限り皇王を説得させるのは難しいだろう。アルタイルと渡り合えるのはおそらく、この中ではアルデバランだけ。しかし今のアルデバランにそれができるとも思えない。
人間であれば身分問わず不遜な態度を向けるアルデバランにヒヤヒヤしていたが、今ばかりはその不遜さを取り戻してほしくなった。
交渉が難航することはもう間違いない。それでもこの局面を乗り越えなければ。それほどまでにシュヴダニアという国は大きいのだ。
そしてそれを、アルタイル達も分かっている。だからこそ彼らが有利だった。
「ザジャより先に我々に協力を仰いでいれば話は違っていたかもしれませんねえ。せっかく説得した皇帝が崩御し、気が気ではないでしょう?」
アルデバランとよく似た、それでいて全く違う顔が嗤う。やはりこの男は好きになれない。思い返せば初対面のアルデバランもなかなかな性格ではあったが、ここまで嫌悪感を抱いたりはしなかった。
「ああでも、一つ私から提案が。我が君、実はそこの小娘が少々気になりまして。その小娘をこちらに渡してくれるのであれば、魔導庁としては多少の協力は容認いたしますよ」
スッとアルタイルがロゼアリアを指す。その指先を辿って少年王の銀眼もロゼアリアを捉えた。
「ならばそのように。人一人で魔導庁の協力を得られるならば、安いものだろう。貴様らにとっても不都合はない。違うか?」
問いかけてきながらも皇王の言葉には圧力があった。これを断ればシュヴダニアを頷かせる可能性は潰える。その確信があった。
(私がカイヤナイト卿の元に行けば少なくとも魔導庁は協力してくれる……シュヴダニアの軍事力が味方につかなくても、魔法使いの技術力が手に入るのなら……)
だが分かっている。アルタイルの言う「気になる」というのは、決して男女のそれではない。研究対象としてロゼアリアを見ているだけだと。果たしてそこに、命の保障はあるのだろうか。




