彼と彼女と罪悪感
アルタイルに代わり謝罪をしてくれた皇国騎士。彼らにも予想外の出来事だったのだから、責める気は起きなかった。
「……なんで、あの場に出てきた」
どこか重い沈黙に満ちた車内で、アルデバランが静かに口を開いた。ロゼアリアが正面に座る彼を見返すと、両眼の炎は怒っているようだった。
「躊躇いなく危険に首を突っ込ませるために、そのピアスをあげたわけじゃない」
その言葉を聞いた途端、ロゼアリアの怒りも瞬間的に沸騰する。
「アルデバランだって」
ブルージルコンが目の前の男をキッと睨み上げた。
「アルデバランだって、私のこと言えない。アルデバランがあの人にやられっぱなしだったから、止めなきゃって思った! だって貴方の魔力が尽きたら、グレナディーヌの防衛結界が無くなるから! それくらい、誰よりアルデバランが分かってたはずでしょ!!」
どうして反撃しなかったのか。それすらできないくらい、彼の先祖を惨たらしく殺したのか。防衛結界を手放してまで、彼への贖罪をしたかったのか。
魔法使いとしてのアルデバランの実力を知っているからこそ、見ていてもどかしかった。あんな風に一方的に嬲られる人じゃないのに。本当はもっとすごいのに。
「……そうだな」
ロゼアリアの言葉に、アルデバランはそれしか返さなかった。再び重い沈黙が立ち込める。
違う。アルデバランと喧嘩をしたいわけじゃなかった。彼を責め立てたいわけでもなかった。なのに、今は言葉が見つからなくて。
窓の外に視線を投げるアルデバランから、ロゼアリアも目を逸らした。
アルデバランの抱える秘密は自分しか知らないのに。自分だけが、唯一彼の苦しみを零せる相手なのに。
(何も、できない……)
ぎゅっと膝の上で拳を握り締める。悔しい。どうすれば良かったのか。
「ほら、とりあえず先に進めてるんだし。今はカンパーニャでの過ごし方を考えよぉ」
ロドニシオが気を遣って話題を提供してくれた。それに乗じてオロルックやフィオラも話を広げる。ロゼアリアも会話に加わるが、アルデバランが静かなままだった。
結局車内でもその後の休憩時間でもアルデバランと直接話すことがないまま、一行は予定時刻より大幅に遅れてカンパーニャへ到着した。
もうすっかり夜だ。宿に着くなりすぐさま夕食をとり、各々用意された客室へと向かう。明日も朝から移動だ。しっかり身体を休めなければ。
「……」
部屋の明かりも付けずにアルデバランが備え付けの椅子に身体を預ける。カーテンの開いた窓から、月明かりが冷たく射し込んでいた。
僅かに輝きを放つ赤い目がぼんやりと銀月を見上げる。
(結局、ロゼを危険に晒してしまった)
あのピアスが無ければどうなっていたことか。あの時点でアルタイルの魔法を防げるだけの魔力は残っていなかった。
自分がどれだけ危険なことをしたのか、きっとロゼアリアは分かっていない。あの時の背中に微塵も躊躇いは感じなかったから。
全部アルデバランの迷いが招いた結果だ。己の不甲斐なさに呆れてくる。ロゼアリアが怒るのも無理もない。
覚悟はしていたはずだった。全ての責任を背負い、清算すると決めた時から。
(英雄気取り、か……)
そうならないように線引きをしてきたつもりだったのに。どれだけ自身が気をつけても、他人の目にそう映ってしまうならやはりあのまま魔塔に引きこもっているべきだったのかもしれない。それなら、ロゼアリアが魔法使い同士の戦いに生身で飛び込むこともなかったはずだ。
どうしたものか。カイヤナイトの協力を得るなどもう無理だろう。むしろ、自分が来ない方がよかったのかもしれない。
だらりと足を投げ出していると、扉を叩く音が聞こえた。明日も早いのに訪ねてくるとは、急ぎの用事でもあったのだろうか。気乗りしないまま立ち上がり、アルデバランが扉に向かう。
「あっ、アルデバラン! よかった、まだ起きてた……」
「ロゼ……」
ローズピンクの髪を持つ少女が部屋の前に立っていた。
──ずっとアルデバランが気になっていた。馬車の中でも何も話さず、夕食もほとんど食べずに部屋に行ってしまったから。
仲直りがしたい。言いすぎてしまったことを謝りたい。他にも自分にできることがあれば何でもしたい。少しでも彼の心を軽くできないだろうか。
夕食のパンを少し貰ってきた。アルデバランにあげようと思って。
ふう、と息を吐いて扉をノックする。アルデバランはまだ起きているだろうか。
ドキドキしながら待って、扉が開いたことに安堵した。
出てきたアルデバランの表情は、暗いままだったけれど。
何も言わずにこちらを見下ろすアルデバランに、慌てて部屋を訪ねた言い訳を口走るロゼアリア。
「え、えっと、あんまりご飯食べてなかったから、お腹空いてないかなーって思って……それで、パン貰ってきたんだけど……」
そこまで言って気づく。アルデバランのことだ。少食かつ一日一食で生きていてもおかしくない。パンなどいらないのではないか。細身だし。
アルデバランが部屋から出てきた。そのまま「ついて来い」と目で促される。断られないなら、てっきり部屋に上げてくれるものだと思っていたが。
「どこ行くの?」
「二階にラウンジがあっただろ。貴族の娘が夜に男の部屋を訪ねるべきじゃない。ここは魔塔じゃないんだぞ」
意外だ。アルデバランがそんな常識的なことを知ってるなんて。
場所を移すことがロゼアリアへの配慮であることは分かる。彼のそういう不器用な気遣いが堪らなく好きで、同時に不満を感じてしまうのだ。
貴族の娘が夜に男の部屋を訪ねる意味を、少しくらい考えてくれても良いじゃないか。
「……アルデバランとなら、別に、そう思われても良いのに」
先を歩く背中に聞こえないように、一人でそう零した。
さすがは皇室が手配したホテル。市民が使う宿と違い、客室もそれ以外の場所もゆったりくつろげる空間が多い。ラウンジに人はいなかった。この時間なら、ほとんどは客室で過ごしているはずだ。
これならアルデバランの秘密を多少話しても問題無いだろう。
ソファではなく窓辺のカウンターに腰掛けたアルデバランの隣にロゼアリアも座る。
カウンターの椅子はやたら高く、ロゼアリアでは足が床に届かない。ふと隣の男を見ると、アルデバランの足は難なく床に着いていた。
そんなに足が長いのか。
床に足の届かない自分が幼い子供のように感じて少し悔しい。椅子が悪いのに。
「……パン食べる?」
足から視線を外し、そっとバスケットをアルデバランに差し出した。焼きたてではないが、一流シェフの焼いたパンだ。冷めても柔らかく食べやすい。
「……一つ貰う」
アルデバランがバスケットからパンを一つ取る。アルデバランに、と持ってきたパンだったがロゼアリアも一つ取った。もし彼にいらないと言われたら、ロゼアリアが食べるつもりだった。
「さっき……馬車で言い過ぎてごめんなさい。アルデバランがカイヤナイトって管理者に罪悪感を持ってるってこと、知ってたのに」
手に取ったパンをむにむにとつまみながらロゼアリアは謝る。アルデバランを怒らせたわけではない。ただ、傷ついた彼をさらに責めてしまった。それをそのままにしたくなかった。
この謝罪は自己満足かもしれない。それでも、謝らなければ許されるかどうかの土台にすら立てないと他でもない彼が教えてくれたから。
「いや。謝るべきは俺の方だ。ロゼじゃない」
カウンターに投げ出された手をロゼアリアが見る。腕ごと覆う黒いグローブから三本だけ剥き出しになった彼の白い指。華奢だが節くれだった男性の手。ロゼアリアの手を比べると二回りは大きいんじゃないだろうか。
「俺の問題なのに巻き込ませて悪かった」




