白と黒の交錯
切れた黒髪が数本宙を舞い、赤い石のピアスが揺れる。
「ブレイズ・ステラ・カーネリアが太陽の女神を殺さなければ、ラウニャドールがこの世界に巣食うことはありませんでした。それだけの話なのに、よりによって何故貴方に『協力してくれ』などと言われなければならないのですか?」
返す言葉が無かった。アルタイルの言う通りだ。
「英雄気取りなら消えてください。私にとって最優先は敬愛なる我が君です。世界がどうなろうと知ったことじゃありません」
英雄気取り? そんなんじゃない。
そう言おうとしたアルデバランの口から鮮血が零れる。著しく魔力を消費したせいで、とうとう魔法の代償が身体症状として現れ始めた。
「──カーネリア卿が防戦を強いられるなんて」
鉄格子を掴んでオロルックが呆然としている。その後方でロドニシオは険しい表情で腕を組んでいた。
「いや、アルデバラン君は戦えないよぉ。俺達はシュヴダニアに喧嘩しに来たわけじゃない。ここで手を出せば、皇王との交渉なんてできなくなる」
「そうっスよね……」
「現状、アルデバラン君が彼を上手く宥めるのを待つしかないね」
(違う……)
ロドニシオとオロルックの会話を聞きながら、ロゼアリアも目の前の戦いを食い入るように見つめる。
(違う、アルデバランが戦えないのはそんな理由じゃない)
アルタイル、というよりカイヤナイトという一族に対する罪悪感がアルデバランを縛り付けている。かつての彼が犯した罪が、今アルデバランの首を絞めているのだ。
(血が……──!)
鼻血を拭うアルデバランにロゼアリアが気づく。彼の魔力が切れ始めている。これはまずい。これ以上傍観するわけにはいかない。
(止めなきゃ!!)
思い切り檻を蹴り上げたロゼアリアに、驚いた三人が肩を震わせた。
「ロ、ロゼ?」
「お嬢様、どうされたのですか?」
「お嬢、何してんスか!」
「ここから出る!!」
もう一度ロゼが檻を蹴る。目一杯鉄格子を蹴り上げても痛みを感じないのは、身護りのピアスのおかげだろう。
「出るって、まさか止めに入るつもりっスか!?」
「無謀だよロゼ。ここはアルデバラン君に任せるべきだよお」
「違うの!!」
切羽詰まった表情のロゼアリアに、三人も異様さを感じ取ったらしい。
「アルデバランの魔力が切れたら、グレナディーヌの防衛結界が解ける!! だから止めなきゃ!! お従兄様とオロルックも手伝って!!」
ロゼアリア達が脱出を試みる間も、アルタイルの魔法はアルデバランの魔力を削っていた。防ぐのを諦めた魔法が地面を割り、足場を崩していく。
鼻血が止まらない。咳き込む度に身体が血を吐く。だが魔法式の解除をやめれば、この場が吹き飛びかねない。アルタイルが組む魔法はそういう類のものだ。
「げほっ……自国の人間もいるんだろ……!」
「彼らだけ守るくらいできますよ。まあ、そのまま見捨てたとしても我が君が私を咎めることはありませんが」
やはり母なる石の加護を使うしかないか。これ以上は無理だ。今アルタイルに神焉魔法を使われては太刀打ちできない。
グレナディーヌに防衛結界を張った時とは訳が違う。あの時は母なる石から少し魔力を借りた程度で、そもそも何かを攻撃するためではなかった。
(今さら結界を張ったところで状況が長引くだけだ……けど、せめてロゼ達に結界を張れば……そのための魔力を借りるくらいなら……)
それくらいならできる気がした。あとはグレナディーヌの防衛結界だ。魔塔から誰か一人でも連れていれば引き継げたのに。
いや違う。ロゼアリア達を守るための結界は既に何度か張っている。だが、解除されているのだ。アルタイルの魔法を解くのに魔力を使い、ロゼアリア達を守る防御壁に魔力を使い。母なる石から多少魔力を借りても何も変わらない。
アルタイルに負けるか、アルタイルを打ち破るか。その二択しか残っていなかった。そして後者を選ぶ場合、加護は必須だった。
まだ魔力に余裕があれば違っただろう。判断が遅すぎたのだ。膝をつくアルデバランを、アルタイルが見下ろす。
「そろそろ楽にしてさしあげましょう、カーネリア」
アルタイルの手に集まる銀の光。神焉魔法だ。
ならばもう全てを受け入れるしかない。そう考えたアルデバランの前に、小さな背中が立ち塞がる。
「くぅ……っ!」
「はっ、まさか生身の人間が私の前に飛び出すとは」
銀の光をロゼアリアが剣で受け止める。身護りのまじないによってアルタイルの神焉魔法は分解され、ロゼアリアを、そしてその後ろにいるアルデバランを傷つけることはなかった。
それでも凄まじい力だ。歯を食いしばってロゼアリアが耐える。
「それにしても、一体どうやって抜け出したのです?」
アルタイルが興味本位で檻に目を向ければ、鉄格子の一部が無理やりこじ開けられひしゃげていた。
「……まさか力づくでこじ開けたのですか? グレナディーヌ人にそこまでの筋力があるとは思えませんが」
深海が驚きで見開かれる。無理もない。グレナディーヌ人は各国の中でも小柄。腕力など無いと思われて当然だ。
だが、アルタイルの前にいるのは幼少期より剣聖にしごかれてきた少女。そして協力者はその兄弟子と散々彼女に振り回され続けてきた部下。檻を全て壊すことはできずとも、ほんの少し捻じ曲げられればそれでいい。ロゼアリアの体躯が通る、わずかな隙間さえ開ければ。
「ロゼ!! なんで出てきた!!」
「ア、ルデバ、ランが、情けない、から!!」
ロゼアリアがアルタイルを睨み、ハッとする。
(この人……!!)
薄ら笑いを消し、無表情でこちらを見下ろす目の前の真っ白な魔法使い。見覚えがあると思ったその顔は、今ロゼアリアの後ろにいる魔法使いと酷似していた。
(どういうこと──)
「ん?」
何かに気づいたアルタイルが眉をひそめる。手の内から銀の光を消すと、その手でロゼアリアの顎を掴んだ。
「うっ」
「何故貴女から、祖の匂いがするのですか?」
深海が興味深げにブルージルコンを覗き込む。隅々まで見透かそうとしてくるようで不快だ。
「ふむ。間違いなくただの人間。では何故? 非常に興味深いですね」
淡々と話すアルデバランに対し、この男は仰々しく話すから分からなかったが、よく聞けば声まで似ているではないか。なぜか苛立ちが募ってきた。
不愉快を隠そうともせず睨みつけるロゼアリアを、しかしアルタイルは愉快そうに眺めている。
「気になりますね。一体どういうことなのか気が済むまで調べてみたい。貴女、私の六番目の妻になりませんか?」
「はあ?」
ロゼアリアがアルタイルの手を払い除け、剣先を向ける。
「ふざけないで。我が国の防衛結界を維持してる管理者を害そうとしたんだから、貴方はグレナディーヌの敵。絶対許さないから」
だが魔法使いに剣など脅しにもならない。まるで顔色を変えず、それどころか面白そうにアルタイルはこちらを見ている。
「貴女にとても興味が湧いてきました。カーネリア諸共追い返そうと思っていたのですが、ここは一つ、通してあげましょう」
アルタイルが人差し指をくるくる回すと、檻から人間達が解放される。同時にアルタイルの身体がふわりと浮き上がった。
「どこ行く気!」
「私は先に我が君の元へ帰ります。では、次に会う時を楽しみにしていますよ」
ついでにと荒らしに荒らした大地を整え、アルタイルはその場から姿を消した。急に現れ急に消える。随分身勝手な魔法使いだった。
だがロゼアリアは納得いかない。アルデバランに謝罪もなく立ち去るなど、どうして許せるだろうか。
「何アイツ!!」
「お嬢様! ご無事でいらっしゃいますか!?」
憤慨するロゼアリアの元に大慌てでフィオラが駆け寄って来た。ロゼアリアは無事、それよりもアルデバランだ。
「私は平気。アルデバラン、大丈夫?」
「……ああ」
膝をついているアルデバランに手を差し出すが、アルデバランはその手を取らずに立ち上がる。
「すまない……」
口元に残る血の痕を拭うアルデバランは、かつてないほど気落ちして見えた。




