シュヴダニア皇国
空の旅も五日目を迎え、ようやく飛行船がシュヴダニア皇国を捉えた。よく見ると、広大な国土をいくつもの金の半球が覆っている。
「防衛結界だな」
窓から半球を見下ろし、アルデバランが言った。その隣でロゼアリアも結界を見下ろす。
「アルデバランが張ったのと同じやつ?」
「組んでる魔法式は違うが、原理は同じだ」
「シュヴダニアは一つの結界で国中を覆ってるわけじゃないんだ」
どうやら、各都市ごとに結界を張っているらしい。それらがいくつも合わさり、皇国を守る結界となっていた。
「防衛結界は常に術者の魔力を消費するからな。分担してるんだろう」
「えっ」
驚いたロゼアリアがアルデバランを見る。シュヴダニアの魔法使いが防衛結界にどれほど魔力を費やそうと関係ないが、アルデバランは別だ。
「じゃあ、アルデバランも魔力を消費し続けてるってこと?」
「ああ」
「大丈夫なの?」
シュヴダニアよりも小さいとはいえ、国一つを丸々結界で覆っているのだ。心配になって訪ねるロゼアリアに、しかしアルデバランはなんでもない様子だった。
「俺が消費してるのは魔力の総量の三割だ。特に問題無い」
それがどれほどの量になるのか、魔法使いではないロゼアリアには分からない。アルデバランが大丈夫だと言うのならそれを信じるしかない。
飛行船がゆっくりと空港へ降りていく。ミニチュアにしか見えなかった街並みがどんどん拡大され、やがてロゼアリア達よりも大きくなった。
「やっと着いたねえ。なかなかの長旅だったよお」
飛行船を降りてロドニシオが大きく伸びをする。今回の使節もザジャと同じメンバーだ。久しぶりの地上にゆっくり足を休めたいところだが、まずは入国手続きを済ませなければならない。
空港に設けられた関所へ向かい、荷物の検査をしてもらう間に手続きを済ませる。
「シュヴダニア皇国へようこそ。今回はどのような目的で?」
「グレナディーヌ王国からの使節です。陛下からの書簡はこちらに」
代表してロドニシオが書類を記入し、無事に関所を抜けることができた。ここから皇都まではまだ距離があり、さらに移動しなければならない。
「グレナディーヌやザジャは王都に空港があるのに、シュヴダニアは違うんだね」
国によって随分違変わるのだとロゼアリアが周りをきょろきょろしている。シュヴダニアと他国の玄関口となるこの街は活気に溢れていてとても楽しそうだ。帰りに観光する余裕はあるだろうか。
「俺達が今いるのがこのブリュゲルンていう都市で、ここから皇都までは馬車で一日かかるみたい。今日は途中で一泊して、明日皇都に着くよ」
ロドニシオが空港の壁に貼られた地図を見ながら教えてくれた。今日の目的地はカンパーニャという都市らしい。どの馬車に乗ってどう行くのかロゼアリアはあまりよく分かっていないが、皆について行けば大丈夫だろう。
地図から目を離すと、アルデバランが何か言いたげな顔でこっちを見ていた。
「え、なに」
「はぐれるなよ。ロゼはすぐ何かに釣られてどこかに行きそうだ」
たしかに異国の街は好奇心をそそるものでいっぱいだが、最優先は任務だ。さすがに任務を放置して遊び回ったりしない。
「だ、大丈夫。まずは皇王陛下にお会いしなくちゃでしょ。交渉が無事に終わるまでは遊べないもの」
心配(と呼べるかは分からないが)してもらえて嬉しい気持ちと子供扱いされたくない気持ちがせめぎ合う。
空港の外ではシュヴダニアの国章が記された馬車が待機していた。目の醒めるような車体の青と純白の馬達は、その場に佇むだけで皇王の威厳を示している。
「五人で乗っても余裕そうだねえ」
ロドニシオに続いてアルデバランが乗り込む。その後に乗ったロゼアリアは、アルデバランの隣に座るかロドニシオの隣に座るか一瞬迷ってロドニシオの隣に座った。
本当は隣に座りたかったが、それを知られたくなくて。ロゼアリアとロドニシオの向かいにアルデバラン、オロルック、フィオラを乗せて馬車は走り始めた。
カンパーニャに着くのは日が暮れる頃らしい。途中で何度か休憩を挟み、そこで軽食をとることになった。
「この馬車全然揺れない」
「車輪に空気を詰めてるんだろ。空気で衝撃を吸収できるからな」
ロゼアリアの疑問にアルデバランが答える。さすが、博識な男だ。窓枠に肘をついて気だるそうに座る男を盗み見ながら、ロゼアリアは「そうなんだ」と返した。
空の旅と比べもっと疲弊する道中だと思っていたが、想像より遥かに快適だ。皇室所有の馬車だからだろう。長時間座っていても腰が痛くならなさそうだ。
三時間ほど走ったところで最初の休憩に入る。広げられたテントの下で少し遅めの昼食を。澄んだ秋空と風が心地良い。ピクニックに来た気分だ。
「都市部が整備されてるのは分かるけど、各都市を繋ぐ道まで舗装されてるなんて、シュヴダニアの技術はすごいねえ」
感心した様子でロドニシオが路面を眺めている。空気袋の仕込まれた車輪に滑らかに舗装された道路。三時間馬車に乗っていても疲労の具合がいつもよりずっと軽い。
国土の広さで言えばシュヴダニア皇国は世界随一。技術力もさることながら、その財力も凄まじい。まさに大国。
「たしか、魔導庁という研究機関があるんでしょ?」
ロゼアリアもシュヴダニアについて少し勉強してきた。この国がここまで発展しているのは、魔法科学を研究する国家機関があるからだ。そしておそらく、その機関を統治しているのがこの国の管理者なのだろう。
(でも、魔塔だってすごいと思うけど……)
ちらりとロゼアリアがアルデバランを見る。魔塔はグレナディーヌと交流を絶っていたから目立たないだけで、知識と技術ならばシュヴダニアに劣らないはずだ。
「魔法工学が研究のメインなんだろうな」
「じゃあ、魔塔は?」
「魔法科学だな。実用的なものを開発するより、原理、原則の解明に研究を費やす魔法使いが多い」
「国によって違うの?」
「差はあるだろうな。この前マヴァロを訪れたが、生物学と農業分野ならマヴァロに匹敵する国は無いと思ったよ」
つまり、魔塔がどこかに劣るというわけではないようだ。それを知ってロゼアリアは満足した。
馬達が水を飲む様子を眺める。どの子も健康的で美しい毛並みだ。丁寧に世話をされているのだろう。
ふと、祖国に残してきた愛馬を思い出した。目の前に並ぶ純白の馬達を見て、同じく白いあの子の姿が重なる。
「お嬢の暴れ馬よりお利口さんっスね」
どうやらオロルックも同じ馬を浮かべているらしかった。
「マリウスも良い子だから」
「お嬢にだけっスよ」
軽口を叩きながら再出発の準備を始める。気持ちのいい天候にもう少しゆっくりしていたいが、まだ半分も進んでいないのだ。あまりのんびりしすぎるとカンパーニャに着く時間が夜になってしまう。
テントを畳むロゼアリア達の上空で、何かがきらりと輝いた。
その次の瞬間、衝撃と共に辺りは土埃に包まれる。
「お嬢様!!」
「お嬢!! ロドニシオ卿!!」
「私は大丈夫!」
「俺も無事だよぉ! 他の人は!」
パニックに陥る馬を御者や皇国の騎士達が宥めている。皆、特に怪我は見られない。それもそのはず、アルデバランの防壁によってその場の全員が守られていた。
「何があったの?」
徐々に土埃が収まり、視界が開けていく。ロゼアリア達が辺りを見回すが変わった様子は見られない。何かが墜落したと思うくらいには大きな衝撃だったのに。
「──あ、あなた様がどうしてこちらに」
動揺する皇国の騎士達が見上げた先を追うと、真っ白な魔法使いが空からこちらを見下ろしていた。伸ばし放題の白い髪と白いローブがふわふわとたなびいている。辛うじて認識できるその顔は、いやに見覚えがあった。




