第二十五話 復讐の猫ちゃんよ踊れ!
「ライモっ!」
黒いマントをひるがえし、ジーモン宰相が駆けつけました。ハンカチをライモ様の額にあてて、血の気のない頬をなでます。
「なんてことをするのっ!」
「さんざん偉そうなこと言って、暴力を振るうなんてっ!」
「ペテンの政治家め、おとなしく辞職もできんのか!」
観客席から非難の声が上がりました。
さすがにダルビンも青ざめています。
「…………ダルビン、最後の通告である。貴様は過去にも虚偽を働いた。あの時は私が若く、立場も低く告発したが、揉み消された。我が息子、ライモよ。その復讐をしてくれるか」
ジーモン宰相がライモ様を抱きかかえて言いました。
パチリ、とライモ様の目が開きました。
その目の色は水色ではなく金色で、真ん中に黒い縦筋のある猫のような目です。
ライモ様は立ち上がりました。
空気が、変わった。見えない何かがうごめく気配がする。
ライモ様の頭には大きな猫耳。太い尻尾は二つで逆立っている。尻尾をうねらせながら、ライモ様が大きく口を開けて「シャーっ!」と威嚇すると牙が生えて、みるみるうちに巨大な化け猫となった。針金のようなヒゲと、真っ赤な口の中に鋭い牙、毛を逆立てた巨大な猫が、ダルビンに飛びかかる。
ひゃあああ!
情けない叫び声が響き渡ります。
「わざと倒れてやったのさ……みんな、安心して。僕はわざと、しんなりとただ床に寝そべっただけ、血も嘘さ―――」
グルグルと喉を鳴らして、ライモ様が言います。
「おまえごときに突き飛ばされ、倒れる僕ではない。嘘には嘘でやってやったのさ」
濁った声で猫のライモ様が言います。
化け猫、怖いっ!
ダルビンは大きな猫の手の下で、もがいています。
「さて、おまえの過去をここで暴き出そうではないか。おまえは過去の凶作の時に『全国的な食料供給をする』と言ったが、実際は田舎の方で餓死者が出たそうじゃないか。今回の農地改革で、農家の実地調査からさらに判明した。しかし、おまえはここ国会で『死亡者は出ていない』と嘘をついた! なぜ嘘をついたか…………自分たちの食べる分を確保するため…………内密に、王宮に食料が運ばれていたからだ。この盗人の嘘つきの、人殺しめ」
ライモ様がシャーっ! と吠えて、噛みつこうとすると、
ひ、ひゃあああああ
と叫んでダルビンは気絶しました。その上に重なるようにしてソビーも倒れました。
ライモ様は人間に戻り、観客席に走っていって、みんなに手を振りました。
「心配かけてごめんね! さっきのは演技だから。僕は大丈夫だよ。このあとのショーを期待しててね!」
ライモ様が笑顔で言うと、拍手喝采が起きました。
めでたし、めでたし。
いや、すごい展開すぎません?
ライモ様、化け猫になっちゃったよ。
「はーい、みんなー! 今日は、猫の日だよぅ!」
先ほどとは打って変わって。
猫耳に黒い尻尾、黒いチョーカーに鈴、お手手はもふもふでピンクの肉球が可愛いグローブ、白いシャツに黒いベスト、足元ももふもふでピンクの肉球という可愛い可愛い猫ちゃんの、ライモ様。化け猫、あれは悪い夢だったのね、というぐらい青空の下で踊っているライモ様、可愛い。
世界樹の広場に作られたステージの上で、ライモ様はオーケストラのウキウキするような楽しい音楽に合わせて踊っています。
「かわいいー、猫ー、猫さーん、猫ライモさーんっ」
ステージに集まった子供たちが歓声をあげます。
「うっ、かわいすぎる。だめ、だめ。やだ、すっごくかわいー…………猫ちゃんなんてずるい」
フィアナさん、隣で泣いている。
「やば、なんか目覚めそう」
「もうそれは目覚めだ」
「猫耳…………人間に猫の耳つけてそんなのバケモンだろうって思ってたのに」
「それな」
「なんだあの可愛さ」
「怖い」
後ろでステージの護衛をしている騎士たちが囁きあっています。
子供優先ステージなので、私たち大人は後ろの方で見ているんですけど、きっと子供たちより大人の心臓がバクバク騒がしいことになってますよ。
「ねこちゃんはねー、タマネギ食べちゃダメなんだ
病気になるからー、ダメダメ
ねこちゃんはねー、お魚大好き
もぐもぐ、お魚大好きもぐもぐ」
リズミカルに歌いながら、ライモ様が軽やかな猫のようなステップを踏みます。
「みんなお魚食べられるー? お魚って、とっても体にいいんだよ!」
ライモ様が子供たちに話しかけます。
食べられるよー、とか食べられないよー、お魚おいしい、お魚まずいもーん、など子供たちは思い思いの答えを返します。
「食べられる子はすごいねっ。僕はねー、サーモンとマグロ以外は嫌いっ。僕はグルメな猫ちゃんでー、マグロはパクパク、イワシはイヤイヤ」
コミカルな動きで、ぷんぷん怒った顔をして、ライモ様が子供たちを笑わせます。
「猫ちゃんはねー、こうやってジャンプできるよ、ピョーン」
ライモ様が歌って、招き猫のポーズでぴょん、と高く飛びました。すごい〜、と子供たちが喜んで、もっともっと飛んでー、とねだると、ライモ様はまるで重力を感じさせない、しなやかで軽やかな跳躍を見せました。
「みんなもほら、ぴょんって飛んでみて、さあ一緒に猫ちゃんジャンプ、ぴょんっぴょんっ」
ライモ様が言うと、子供たちははしゃいでぴょんぴょん飛び跳ねます。
「ねこはピョン まえ足ピョン
しっぽでカーブ くるりとピョン
ないたらギュッ なでたらゴロ
うそはバイバイ ホントでニコ!」
ライモ様が歌うと、子供たちも、ぴょん、ゴロ、にこ! と大合唱。
「やば、鼻血」
「まじか、おまえ大丈夫か」
「だいじょばない」
「なんて?」
「ライモ様応援会を作らなければ俺は死ぬ」
「はい、おまえ救護室行き。はーい、病人出ましたー、きてくださーい」
後ろの騎士さん、もう限界を迎えてしまったようです。
ライモ様の猫ちゃんステージは大盛り上がりで終わり、お次は屋台が出てきました。食べると猫耳が生える猫ちゃんの顔の形のクッキー、ライモ様の肖像画、ライモ様の美しいお姿をスケッチしたポストカード、アイラ女王の肖像画とポストカード、スケッチ集、開くとライモ様とアイラ様が寄り添われて、こちらに笑顔で手を振ってくれるお姿が浮かび上がる魔術書、などなど。
売上は全額寄付されるグッズがたくさんです。
「はーい、いらっしゃい。こちら新作の映像魔術書ですぞ。開くとほれ、きれいなピアノの音が聞こえるでしょう。そうしてライモ様が踊っているお姿がこのように出現します」
エプロンをつけているセバスチャン大臣が、本を開いてお客さんに見せます。本を開くと小さなライモ様がまるで実物のように出現する魔術書、素敵です。音楽もダンスも白鳥の湖っぽく、白い衣装でしなやかに踊られているので、さらにその印象が強いです。ライモ様ってバレエダンスみたいな踊り方だし、私のいた世界だったらバレエダンサーとして名を馳せていたかもしれませんね。
「はい、新作、すべて買います」
迷いなくフィアナさんは言い切って、セバスチャン大臣の手に何枚も金貨を重ねました。さすがです。
「わ、私もその新作の本をいただきますっ。あとそのポストカードも」
私も思い切って買っちゃいました。実は推し活大好きだけど、どうせ老後独身だろうから…………と少ないお給料から貯金してるといつもカツカツで、推し活グッズはあまり買えなかった前世です。
生まれ変わったんだから、贅沢したっていいんだもんねっ。
魔術書、思ったより高いけどさっ。
「はい、まいどあり」
セバスチャンがウインクします。
「わーい、猫ちゃんになったよ!」
「私のお耳はピンクだ」
「僕は青いよー」
「あたし、真っ赤だよっ」
クッキーを食べて猫耳の生えた子供たちがはしゃいでいます。
お子様猫耳ちゃんたち、可愛くてキュンです。
「ふへへ、お嬢さん。この化粧水を使えばライモのようにツルツルピカピカ肌になれますぜ」
木陰が一番暗い所から、怪しい誘い声が聞こえてきます。
「宮廷魔術師ヒガラの魔術道具屋さん」という白地の布に筆で荒っぽく描かれた旗が立てられたテントに、若いお嬢さんたちが集まってヒソヒソと話しています。
「どうしよう、買おうかしら」
「ライモ様のように毛穴のないお肌になりたいわ」
「なれます、なれますよ。この化粧水を使えばすぐにつるぴか」
ヒガラさんが青い瓶を手にして、ニヤニヤと笑っています。
いきなり「ピー!」という笛の音が聞こえました。
ジーモン宰相が笛を鳴らしながら、走ってきます。肘は直角、黒いマントは水平に浮かせて完璧なランニングスタイル。
「無許可売買で逮捕!」
ジーモン宰相が叫ぶと、屈強な騎士たちがヒガラを捕まえて連行して行きました。ヒガラはバタバタと短い足をばたつかせ、ぎゃーと叫びます。
「くそっ! 見つかったかっ。チッ、宮廷魔術師として貢献してやってんのに、これぐらい許せよっ」
いや、よくないです。許可はとりましょう。
「こちらはオーの嗅覚占いですよ! ひと嗅ぎワンコイン! 匂いを嗅ぐだけであなたのお悩みにズバリお答えいたします!」
木漏れ日の下から呼びかけているのはオーさん。
メイド姿で首に「嗅覚占い」という看板をかけて、大きな声で客引きをしています。呼びかけに反応した人々が集まってきます。え、こんな怪しい占いなのに、集まりすぎでは! と驚くほどゾロゾロと。そしてあっという間に行列ができました。
「ひと嗅ぎお願いします。えっと……好きな子がいて。ズバリ告白して成功するかどうか」
背の高い黒いキャップを被った少年が、言いました。
そして帽子を外し、オーさんに頭を下げます。
するとオーさんがコインを受け取って、少年の頭のてっぺんに顔を近づけて鼻の穴を広げてフンッと嗅ぎます。
「うむ! 残念ながら意中の相手にはすでに恋人がいる!」
オーさんが答えました。
少年はうなだれて、キャップをかぶってトボトボ歩いて行きます。
「老眼鏡が見つからない。どこかな?」
杖をついたおじいさんが言います。
「老眼鏡はあなたの鞄の中、ペンケースの中に入っています。老眼鏡入れとペンケースは違う色にして、次から入れ間違いに気をつけましょう」
オーさんが言うと、老人は肩にかけていた鞄をごそごそとあさり、青色の布のペンケースを開けて老眼鏡を取り出しました。
「あったあった、助かったよ。どうも」
おじいさんは満足して帰っていきます。
「今の店、辞めた方がいいかな。辞めない方がいいかな。どっちかしら」
次のお客さんはベージュのワンピースに黄色いエプロンをつけた女性です。
「辞めない方がいい。その店はこれから繁盛するので、店主と賃金を上げてもらう交渉をすることが吉です。アステールは今年の冬に編み物ブームが到来するので、毛糸の仕入れ先を今から探した方がいいかも」
「やっぱり!」
女性が叫びました。
「私の予感は当たっていたわね。よし、見てなさい、あの店主め。私の先読みの才能を見せつけて店を乗っ取ってやるわ」
ふふふふ、と不敵に笑いながら女性はツカツカ歩いて行きました。
なんで匂いだけでそんなことまでわかるの!?
しかし、頭の匂いを一回嗅いだだけで、あらゆることがわかるとはコスパとタイパのよい占い…………。
猫耳の子供たちがぴょんぴょん跳ね、占い行列はまだ続いている。
まるでお祭り騒ぎ。
こうして、国会イベント朝と昼の部は終わりました。




