第二十四話 泥棒猫を捕まえろ!
「ではまず、農地改革の議題から始めましょう」
ジーモン宰相が指揮棒を持ったまま、低い声を国会議事堂に響かせました。一人だけマイク搭載してますか、エコーかけてますよね。
にゃあ、とかわいい猫の鳴き声がして、ポンっと目の前で白い空気がはじけると、黒猫ちゃんが登場しました。
壇上の上にちょこんと座っている猫ちゃんは、かわいらしく首をかしげてジーモン宰相を見つめて、指揮棒へと可愛い前足ちゃんを伸ばします。
ああ、やっぱり猫って可愛い。
って、国会に猫?
にゃーう、にゃあ、にゃー。
にゃー!?
議員たちの座っている椅子の下から猫ちゃんが飛び出してきて、国会中を駆け回ります。観客席はざわつき、議員たちはあたふた立ち上がったり、猫を避けたり、笑っていたり。セバスチャン大臣は猫を抱っこしようとして、椅子から転げ落ちて、
「わっははは」
と笑いました。
「ライモ様、ふっ、猫ときましたか」
隣でヘンリーがぼそっと呟き、ニヤニヤしています。
猫ちゃんはみんな麦の穂をくわえていました。
「そーれそれ、麦の穂を盗め。ぐうぐう昼寝している間に、農民がぐったりするまで労働して、実らせた麦を盗むんだっ!
それ、泥棒猫たち!」
王座の後ろから登場したライモ様が、高らかに言います。
その頭には黒い猫の耳、そしてゆらゆらしている黒い尻尾。
お洋服は黒いベストにズボン、赤い蝶ネクタイ。
ライモ様は猫のようにすばしっこく、貴族院と衆議院席を隔てている階段を駆け上がります。手にはクリスタルがついた白い杖。それを掲げると、国会に散らばっていた猫たちが、ライモ様のまわりに集まります。
「ほらほら、おまえたちもこの泥棒猫のように麦の穂を盗まないのか? 欲しくてたまらないだろう。なーんの苦労もせずに、金もうけ横取り大好きなのに。ぐうたらしててもパンが食える、そういうのが大好きだって僕はよーく、知っているよ」
ライモ様がじっとりと議員たちを見つめながら、ゆっくりと階段を降ります。
貴族たちは青くなったり赤くなったり。彼らは鋭くライモ様を睨みつけ、指を差します。
「うるさいぞ、まったくこうも毎回派手にふざけよって! 私は猫が嫌いなんだ。そんな格好で恥ずかしくないのか!」
ソビーが怒鳴ります。ライモ様は目を伏せて、笑うだけ。
「道化ごときが」
吐き捨てるようにダルビンが言いました。
「おー、よちよち。私は猫が好きだよ」
セバスチャン大臣が笑いながら、三毛猫ちゃんを抱っこしています。
「猫ちゃん、おまえを出した道化師さまはふざけるのがお仕事だって、何回も言わないといけないよねー。まだ宮廷道化師を理解しておらぬとは」
一瞬だけ、いつも優しそうに細められているセバスチャン大臣の目が、鋭くソビーとダルビンを見つめました。
二人は目をそらして、気まずそうな顔になりました。
「そうさ、道化師はふざけながら、あんたら政治家の痛い腹をつつくのがお仕事さ。ふざけているようで、ふざけていない。戯れる者こそが真実を知っている――――さて、真実を話してくれる者は。…………そう、おまえだろう、タスク・マウンテン」
ライモ様がそう言って杖を一振りすると、猫たちは消えました。軽やかに階段を駆け降りてくると、ライモ様はジーモン様のいる元へ駆け寄り、真剣な目つきで壇上を見上げました。ジーモン宰相が指揮棒で小さく三角を描くように振ると、ライモ様は小さく二回頷きました。
指揮者と奏者の連携のようです。
「では、事実に基づく報告を開始します」
タスクさんがすっと立ち上がります。
今日も背筋がピシっと伸びている。
「農地改革は計算に基づく政策です。現在、農地の85%が貴族階級の私有であり、実際に耕作している労働者は土地の決定権を持ちません。これは労働の実績と所有の構造が乖離しているという意味です」
「私が農水省大臣として提案するのは、土地の三割を自治体へ一時帰属させ、農民自身が協同組合を作り、組合の管理主体となることです。農地は個人が単体で所有するのではなく、協同体の共有財産として保有され、使用権は貢献度と地域参加実績に応じて柔軟に分配されます」
「具体的には、一定期間における農業従事時間のみならず、水路整備、道具の管理、保育支援、記録作業を行った間接的な労働も評価対象となります。身体的制約がある者、子育てや高齢などの理由で直接耕作が難しい者も、協同体の一員として土地に関わる資格を持つということです」
「使用権の継続には、協同体による定期的な内部協議と、自治体による外部監査が義務づけられ、不当な排除や偏りを防ぎます。
この制度は、土地の独占と放棄を同時に防ぎつつ、生産活動の多様性と社会的正当性を評価軸とする、新たな契約モデルといえます」
すごい。ここまで澱みなく、タスクさんは話されました。
「皆さんにわかりやすく申し上げます。
いま、農地の大半は貴族の私有地となっています。けれども、実際に畑を耕しているのは農民の皆さんです。所有と労働がかけ離れているのです。
そこで私は、土地の一部を一時的に自治体に預け、農民自身が協同組合をつくって管理できる仕組みを提案します。土地はみんなの共有財産とし、誰が使うかは、畑仕事の時間だけでなく、水路を整えたり、道具を管理したり、子育てを助けたりと、地域のために働いたことも評価に入れます。
体の都合や年齢のために畑に出られない方も、地域を支えていれば土地に関わる資格があります。さらに、この制度が不公平にならないよう、組合の話し合いと自治体の監査を義務づけます。
つまり――土地を一部の人が独占することも、逆に放置されて荒れてしまうこともなく、みんなで支え合いながら農地を守っていく。これが私の考える、新しい農地のあり方です」
さらにわかりやすく、ジーモン様が要約されました。
ライモ様がジーモン様に目配せし、タスクさんの方に駆け寄ります。
「ほぅ、いいじゃないか。でもそれって、すごく理想的すぎると思わない。ねー、みんなはどう思うのさ」
ライモ様が周囲に語りかけます。
ソビーが挙手して、ジーモン宰相に「ソビー内務大臣」と発言を許可されました。
「協同組合というのを学のない農民が作るなんて、徒労に終わるでしょう。混乱が起きる。貴族が土地を所有して農民を雇い、耕作させることが現実的です。農民の労働環境を整えてやり、給料や生活支援をすればいいのですよ。現に私は、自分の土地で働いてくれている農民の給与をあげました。家の補修もやってやりましたよ」
得意そうにソビーが言い、着席したと同時に、タスクさんが立ち上がりました。
「虚偽はおやめください」
タスクさんの鋭い声に、ソビーがぎょっとした顔をしました。
「ソビー内務大臣、ダルビン厚生大臣。あなた方は『農民の賃金を引き上げた、家賃補助も開始した』と報告しましたが、確認されたのは書類上の契約変更のみで、実際の支給額は変わっていないとのことです。その書類がこちらですが、給与をあげるとおっしゃいましたが、その増額は一銅貨未満、または月額でパン一斤の価格にすぎません。これが果たして福利厚生と言えるのでしょうか。現地の農民によると、家の補修は『農家に寄付してくれたセバスチャン大臣のおかげ』ということですよ。
ソビー内務大臣、ダルビン厚生大臣、なぜ証言と事実が異なっているのか、理由を教えてください」
タスクさん、切り込んできましたね。
なんてこった、パン一斤だけですか。夜のシフトはちょっと時給上がるよ、ぐらいじゃないですか。そして他人の慈善を自分がやったかのように話すなんて、悪徳ですね。
ソビー内務大臣は青ざめ、今にも倒れそう。
ダルビン厚生大臣はハゲ頭まで真っ赤っか、腕を組んで眉間に皺が寄っていて、今にも噴火しそう。
「ソビー内務大臣、ダルビン厚生大臣、お答えください」
凍てついた声でジーモンさんが言います。
「へぇーーー、よくも国会で堂々と嘘をつけたね。すごいね。セバスチャン本人がいる前で、他人の功績を自分のことのようにおっしゃられるとは、この道化も笑ってしまいますよ」
あっははは、とライモ様が笑って、楽しそうに尻尾を揺らします。
「あ、あ、あ、それはセバスチャン大臣がその寄付したと知らず、その、私の勘違いでございまして。その書類は、おそらく部下が間違って書いたのです!」
ソビーが叫び、ヒィヒィと息をしています。
「福祉は美徳だが、収穫のリスクは誰が負う? 感傷で国家は回らん」
ダルビンが鼻で笑いました。
「いいえ、これは一枚だけではありません。書類はすべて回収している。ご覧あれ!」
ライモ様が杖を振ると、観客席に紙が散らばりました。膝に落ちてきた紙を手に取った人民のみなさんは「なんだこりゃ、ひどいな」「ケチだね」「なんて人をバカにした文だ」「まったく、貴族様はよくもこんなに働く者を見下せるねぇ」とザワザワと非難の声を上げました。
「もう、知らんぞ!」
ダルビンが叫びました。
「アイラ女王、あなたにはもうついていけません。あなたは若すぎてまだ知らないようだ、我々貴族がいかに政治に貢献してきたことかっ。無知な国民どもでよってたかって何をしようが、ろくなことにはならんっ! 権力をもった者がその知識と力を行使して何が悪いっ!」
喚くダルビンを、アイラ女王は冷たく見つめます。
「失礼、座らせていただくわ」
アイラ女王が石の王座に軽く腰掛けました。
「とても立って聞いていられる内容ではありませんでした、失礼。女王も人間ですから、感情が疲労するというものです。大臣に任命されたあなた方の詐欺行為に疲れました」
アイラ女王の声は、冷風のようでした。
鋭い目つきの三白眼は揺るがず、口だけが動いています。
ダルビンもソビーも、固まっています。
「私はすべての人民に尽くすという忠誠を、この国に誓ったのです。あなた方のような、自分の利益ばかり考えている政治家はいりません。出て行きなさい。あなた方を大臣から辞職させます。いいですか、今から国民にあなた方を辞職させることに賛成か反対か、聞いてみましょう」
アイラ女王は立ち上がり、観客席の方へ歩いていきました。
「ダルビンとソビーの辞職に賛成の方は、拍手を」
大きな拍手が鳴り響きました。書類がヒコーキ雲になって飛んできて、ダルビンとソビーの間に落ちます。
「では、反対の方、拍手を」
ぱら、ぱら、ぱら、とわずかばかりの音が鳴りました。
「拍手は民意の指標。決は院で。記録官、数えろ」
ジーモン宰相の命令で王座側に座っている記録官が、賛成が多かったと集計結果を告げました。
「決まりました。辞職ください」
アイラ女王が冷徹に言うと、ぎっとダルビンが睨みつけてきました。
「こんなやり方が女王の言う民主主義か! 私だってこの国の者で、国に貢献してきた。こんな辞めさせ方、無礼ではないかっ!」
なおもダルビンは唾を飛ばして言います。
「そ、そうだ。こんなやり方は」
ソビーもたどたどしく反抗します。
「そのようですね。あなたは確かに貢献もされました。しかしそれは過去の話です。今現在のあなたはどうですか。私に農民の給与を上げた、と言いましたが、実際の給与額は変わっていません。そして書類上でもわずかばかりの金額です。あなたは自分が国に貢献したと認められたいのならば、まずは労働者たちの貢献も認めなさい。私が貴族制度を廃止したいのは、あなたのように国民をただの労働者とみなし、自分は得をする、そんな貴族の腐敗を嫌というほど見てきたからです。
人民にとって不平等なことは変えるべきです。
さぁ、これでもまだ何か言いたい?」
アイラ女王が一歩つめて、ダルビンとソビーを睨みつけます。
突然、甲高い拍手の音がしました。ライモ様が笑いながら手を叩いています。
「さぁ、今までお国のためにたーくさん貢献してくれたお二人の辞職に、拍手を! 老後は貯め込んだ財産で楽しんでください。引退おめでとう、お疲れ様でした!」
ライモ様が笑顔で言います。観客席から笑いが湧き起こり、拍手が鳴り始めました。衆議院席の議員たちが立ち上がって拍手をします。
「ええい、うるさいっ。この道化師めっ!」
ダルビンが、ライモ様を突き飛ばしました。
拍手の音が止まります。
ライモ様は床に倒れ、騎士たちが駆けつけました。ライモ様から猫の耳も尻尾も消えて、騎士に抱き起こされたライモ様の頭から、なんと血が流れています。
観客席から悲鳴が上がりました。




