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第二十三話 国会開幕!

 国会まであと一週間です。

 音楽室から鳴り止まない壮大な音楽に合わせるように、廊下で忙しなく人々が歩きまわっています。


「どいてどいてーっ! 速達、速達っ」


 ハヤカさんが私の真横を走り去り、疾風にふらついていると、さらにアレサが「どけどけ、ぶつかるぞ!」と怒鳴りながら走っていき、私はその場で一回転してしまいました。


「まったく、国会前になってダルビンとソビーのせいで忙しいったらありゃしない。二人は自分の所有する農地の労働者の賃金をあげて待遇よくしたって報告してきたけれど、どうかしらね」


 アイラ女王が歩きながら言います。白いシャツと黒いズボン、踵のない靴で大股で歩く女王に、私は小走りでついていきます。


「それは官僚のアナに内偵を任せたから心配しなくていいわよ」


 ノラ様がおっしゃいます。


「ありがとう、さすが仕事が早いわね。さーて、あと何枚書類にサインをしなくちゃならないのかしら。あー、自動サイン機械とか作れないかしら」


 アイラ女王は書類整理に追われています。そしてライモ様は、ダンス室に籠もりっきり。私も国会記録を書くために、記録チームの過去の議事録を読み、アステールの政治についてさらに詳しく勉強漬けの日々で、疲れて思わずライモ様がダンス練習中に居眠りをしてしまいました。


 ガタっと大きな音がして目をさますと、ライモ様がうつろな目で床に仰向けに倒れています。血の気のない唇と真っ白な顔にゾッとして、私は駆け寄り、名前をお呼びするも起きられないのでそっと肩を揺すりました。ライモ様が大きく瞬きをして、私をじっと見つめました。


「どうして……やめて、触らないで。だめ、だめ」


 ライモ様が呟き、首を細かく震わせながら目を見開きました。自分の首を左手で握り、さらに右手も重ねて自分の首を絞める。そして苦しそうに全身を震わせる。


「ライモ様、しっかりして! どうなさったの、いけない、いけないわっ! 誰か、誰か来てください!」


 私が叫ぶと、用事で席を外していたダニエルさんが戻ってきました。彼はライモ様の手首をつかみ、首から手を離させて、右手でライモ様の目を覆い、左手で震えている肩をトントン、と叩きます。

 ライモ様の手にダニエルさんが、鳴り石を握らせました。ぴくりとライモ様の指が動いて、ぎゅっと石を握りしめます。


「落ち着け、もう終わった。終わったんだ、ライモ。ライモ、起きろ。ライモ」


 落ち着いた声でダニエルさんが呼びかけると、ライモ様の呼吸が戻りました。胸を大きく動かしてライモ様が深呼吸されて、私はホッとしてへたりこみました。


「…………ごめん、ありがとう。また、発作が……ミーナ、ごめんね。驚かせて…………」


 ライモ様が起き上がって言います。私は首を横に振りました。


「いいえ、とんでもない。すみません、その、とてもお辛い状態なのを気づけませんでした。恥ずかしながら居眠りしてしまって。ダニエルさんも、すみません」


「いや、いい。すまなかったな、ライモは時々、こういう発作を起こす。オー、きてくれ。ライモを医務室に運んでくれ。そしてクイナ医師を呼べ。ミーナ、今日はもうライモは休ませるから、記録チームの手伝いに行ってくれ」


 淡々とダニエルさんが指示し、オーさんが走ってきてライモ様をおんぶしました。


 水色の瞳は、まだ、うつろです。

 頬が痩せこけて見える。大きな体のオー様に背負われると、ライモ様は少年のように儚い。


「あの、さっきの発作って。あんな過酷な思いまでされていて、ライモ様は大丈夫なんですか。立ち入った質問ですが、何かご病気とか」


 私は小声でダニエルさんに尋ねます。

 私は前世でパニック障害の人が発作を起こすのを見たことがあります。クラスメイトの女の子で、とても明るい子でしたが、ちょっとした言い合いで男子に怒鳴られ、彼女はライモ様のように首に手をあて、過呼吸で苦しんでいました。彼女はお父さんからの虐待で、男性の怒鳴り声を聞くとパニックになってしまうそうでした。


 ダニエルさんはため息をついて、ソファーに腰掛け、前髪をかき上げて、ハンカチで額の汗を拭きました。


「ライモは少年時代に、性被害に遭った。それで時々、ダンスに熱中しすぎるとフラッシュバックがくるようだ。…………大丈夫じゃない、俺はやめさせたいが」


 ダニエルさんは立ち上がり、ダンス室の木のドアを軽く叩きました。


「この中に俺は入れない…………」


 悔しそうなダニエルさんが言います。

 性被害者は一生、苦しまなければならないのか。

 誰にも立ち入らせない部屋を作ってしまうほどに。


「お体が持ちません、あんなに体にムチ打つような、あんな」


 うつろな水色の瞳を思い出して、私は声が詰まります。辛いのはライモ様なのに、泣いてしまう。


「こじ開けてやりてぇよ。だが、すべての仕事をやりきったライモは、それはそれは幸せそうなんだ。ずっと笑ってる。だからどうしても、あの狂気の努力を止められない。ミーナ、ライモの働きは、しっかり書き残してやってくれ」


 ダニエルさんがそう言って、ライモ様の笑顔を思い出したように、微笑みました。


「はい、もちろんです。苦しみも悲しみも、努力も成功もすべて」


 私は頷きました。


 いよいよ国会当日、よく晴れた五月の日曜日、大勢の人がやってきます。

 国会ファッションの流行は、女性はタイトなミニスカートに襟の大きなブラウス、そしてベレー帽です。男性はビシッとスーツで決めてくるのがイケてるそうです。


 私もしっかりメイド服にアイロンをかけて、お友達に少しお化粧もしてもらって、ヘンリーとジーモン宰相の後ろの席に座ることになりました。


「魔王の後ろなんて緊張する、指が震えるわ」


 続々と人が集まってくる広い国会議事堂で、私はヘンリーに言います。


「おまえ、もう三週間は記録係やっててまだ小心者かよ」


 ヘンリーの言葉に私は何も言い返せず、手の血流をよくするためにグーパーを繰り返します。もうすでに大勢の国民が議事堂に集まっています。中央の壇上の一段下、ジーモン宰相が立たれる場所から、私はぐるりと議事堂を眺めます。


 右側が貴族院、左側が衆議院で、みなさま議員もお揃いです。

 灰色の石が王座です。アステールの王が座る王座は、座り心地がよくてはいけない、いつまでも座っていたくなる、権力が欲しくなるからという理由だそうです。

 王座の後ろは赤いカーテンで要人控え室です。

 アイラ女王は朝から「顔がむくんでる、顔のむくみどうにかして!」と叫んで、リディア様に顔を思いっきりマッサージされていましたね、ご準備は万全でしょう。


 カーテンから、ジーモン様が出てきます。そして王座の前に楽器が運び込まれ、オーケストラメンバーが出てきました。

 ジーモン様が目の前に立ち、観客席に一礼しました。

 大きな拍手が起きました。

 ジーモン様がビシッと指揮棒をあげると拍手が鳴り止み、激しいピアノの連打が鳴り響き、ドラムは唸って、フルートも甲高く響き、ヴァイオリンが旋律を盛り上げます。


 こりゃまた、激しい曲がきたぁーー。

 そしてオーケストラチームからはやる気通り越して、殺気すら感じます。ツインテールのフルートちゃん、めっちゃ眉間に皺寄ってる。


 そうして爆発するような壮大な曲が終わり、楽器は片づけられ、アイラ女王が参上すると大きな拍手と歓声が上がりました。


 真っ赤な半袖のドレスに金の冠、金色の髪は華やかに巻かれて口紅は赤色、アイラインも跳ね上がっている。オスカー賞を受賞した女優さんみたいだわ。


「私たちは民主主義を第一とする国です。平和、人権の尊重、国民主権の三原則を厳守いたします。本日ここに集った議員、大臣は己が党派の利益ではなく、国民の生活と未来のために議論を重ねることを誓ってください。

 私、アイラはこの国のために、国民の幸福の追求を求める者であり続けます。これより、アステール国会を始めます。

 ――――宣誓の礼」


 アイラ女王が左手で右手の胸に手をあて、一礼します。立ち上がっていた議員たちも礼をしました。


 私は、ペンをグッと握りました。

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