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終章 はじまり、はじまり……


 先日、弟が誕生日を向かえ成人した。

 オーク討伐の日から、弟はどこか元気が無かったが、皆に心から祝われ、随分と気が晴れたらしい。弟は皆にとても愛されている。

 そんな弟に、私は聞きたい。


 何故、君は家出の準備をしているのかな?


 てっきり、私は君が外で生きていくのは困難だと思い知ったとばかり思っていたのだが……。


 君は幼い頃よりとても優秀だった。

 三歳の頃に読み書きを覚え、五歳で魔術を習得。

 七歳の頃には師から卒業を言い渡され、八歳の頃には新たな紙を作り出した。

 九歳の頃には新たな調味料を造りだし、十歳の頃には政務に関わるようになった。

 そして現在、十六歳の今まで、彼は様々な物を生み出し、政策案を出し、それにより国を、民を潤してきた。

 その、深遠なる知識、発想力。彼を天才と言わず、誰を天才と言うのだろうか。

そんな彼の成長を傍で見守り、私はありとあらゆる手で彼をフォローしてきた。

 そして今、彼は成人し、既に私の手から離れつつある。

 可愛い弟は、私の望みどおり立派に成長した。


 そう。私の、望みどおりに。


 この思いを抱いたのは、一体いつの頃だったのだろうか?

 弟が師から卒業を言い渡されたとき?

 新たな技術、物を作り出したとき?

 それとも、政務に関わりだしたときだろうか?


 いいや、その才能を見せつけ始めるごとに、着実にこの胸によどみが溜まり、そして、それが仕舞いこんだはずの夢を揺さぶり起こした。


 それは、甘美な夢。


 弟さえ居れば、私はこの地に必要ないのではないか?

 弟さえ居れば、私がこの地を離れても問題ないのではないか?


 先日のオーガの件で、弟の弱点が自他共に認められるところとなった。

 それ故、愚かではない弟はきっと対策を立てられるだろう。そして、周りの人間もフォローに回るだろう。


 そう、私が居なくとも、全ては上手くいく。


 さあ、弟よ。私は最後の罠を仕掛ける。

 君は、正解に辿り着けるかな?




   *   *




 俺、アルベルト・クライヒは十六歳の誕生日を迎え、ついに成人した。

 沢山の人に祝われ、あのオーガ退治でのショックも大分和らいだ。

 ショックが和らぎ、落ち着いて考えてみれば、自分の甘さやこの世界での常識の違いを家を出る前に体験でき、良かったと思う。これからは覚悟を決め、挑めばどうにかなるように思える。何にせよ、慣れるしかない、という事だ。

 そうして覚悟を決めた俺は、少しずつ家を出る準備を進めた。

 そして、家を出ようと荷物を抱えた瞬間……。


「うん? おや、何処かへお出かけかい、弟よ。けれど、出掛けるなら、この仕事を終えてからにしてくれよ」


 兄に見つかり、仕事を押し付けられた。

 ここで騒がれても困るので、引き攣る笑顔で書類を受け取り、荷物を部屋へ隠し、執務室へと向かった。


 そして、数日後。再びチャンスが巡ってきた。


「ああ、アルベルト。丁度良かった。今から王城へ行くから付いてきなさい」


 父に見つかった。どうやら咄嗟に荷物を隠したため、気付かれずに済んだようだ。

 その日は大人しく父に従い、王城へと向かった。


 そして、再び数日後。三度目の正直。

 俺は遂に屋敷の外へと脱出したが……。


「アルベルト! 大変だ!! 施療院が……!!」


 兄の悲鳴じみた叫び声を聞き、慌てて屋敷へと引き返した。


「兄さん! 施療院がどうかしたのか!?」

「ああ、アルベルト! 大変なんだ!」


 兄を捕まえ、問いただせば、兄は真剣な眼でこちらを見つめ、言った。


「施療院は今大変画期的な施設だと諸外国でも有名になってな。今度、隣国の大臣が直々に見学に訪れるらしいぞ」

「……は?」


 大変名誉な事だ、と真面目な顔で言う兄に、アルベルトは脱力した。


 そんなこんなで、アルベルトの家出は三度失敗し、その後も何故か事あるごとに邪魔が入り、失敗した。

 これでは、いつまで経っても旅に出られない、とアルベルトは頭を抱えた。

 それでも諦めず、家出のチャンスを窺うアルベルトだったが、そんな生活に突然終止符が打たれた。




 それは、雨が強く降った、翌日の事だった。


「……は? 兄さんが、行方不明?」


 ぽかん、と馬鹿みたいに口を開け、呆けるアルベルトの前には、蒼白な顔色の自分の腹心、カインの姿があった。

 カインは震える声で、報告書を読み上げる。


「三日前から降り続いた雨により延期されていた領地の見回りのため、ルドルフ様は朝早くこちらを出発なさいました。その際、エルテ山の山道を馬で行かれたのですが、降り続いた雨の所為で地盤が緩んでいたらしく、馬が足をとられ、そのまま崖下へ転落。そのまま行方が分からないそうです」


 カインの声が、遠く感じる。


「馬鹿な……。そんな、兄さんが……」


 血の気が引き、ふらついたアルベルトをカインが慌てて支え、椅子に座らせた。


「……カイン、兄さんは、見つかり……そう……なのか?」


 青白い顔色で、途切れ途切れにそう尋ねるアルベルトに、カインは視線を床に落とし、言う。


「現在、クライヒ家の総力を挙げて捜索していますが、何分、落ちた場所が木々の覆い茂る森の中なので、今しばらく、時間が必要かと……」


 カインの答えを聞き、アルベルトは目を手で覆いながら、天を仰いだ。


「何て事だ……」


 アルベルトの呟きが、静かに部屋に響いた。

 ルドルフ捜索のため、慌しく人々が行きかうクライヒ家の外では、太陽は再び雲に覆われようとしていた。




   *   *




 ルドルフ・クライヒ行方不明。


 その一報は、王宮にも届き、皇太子アルフォンス・ロノアの耳にも入るところとなった。


「第三騎士団、ベルファイド将軍。貴殿をルドルフ・クライヒ捜索の任を与える。必ず、ルドルフを見つけ出せ!」


「はっ!」


 アルフォンスは騎士団にルドルフ捜索の任を与え、自由に身動き出来ない不自由な身分を忌々しく思っていた。


「死ぬなよ、ルドルフ……。お前は、俺の片腕になるんだからな……」


 友として、主として、アルフォンスはルドルフの無事を天に祈った。




「ルドルフ様が、行方不明……?」


 ルドルフの事故を聞き、複雑な思いを抱いたのは、第一王女フィニア・ロノアだった。

 確かに、フィニアはルドルフの事を良くは思っていないが、死んで欲しいと思った事はない。ただ、結婚相手にルドルフではなく、アルベルトを望んでいるだけなのだ。


「……それは、アルベルト様も、心配なさっているのでしょうね」


 複雑な思いのまま、フィニアは呟く。

 先ほどまで晴れていた空には、暗く、厚い雲が太陽を隠してしまった。


 再び、雨が降り出した。




**




 ルドルフの行方が分からなくり、三日目。

 雨が降り出したことにより、捜索は危険と判断され、中断されていた捜索が再び開始された。

 普段より鍛えていたルドルフの体力ならば、どうにか持ちこたえられる日数だった。ただし、ルドルフが大きな怪我を負ってなければ、という条件が付くが……。


「兄さん……」


 憔悴した様子のアルベルトに、アルベルトが侍女に命じて淹れされたハーブティーを差し出す。

 アルベルトはカインの気遣いに礼を言う気力もなく、小さく頷くだけで、ハーブティーに口をつけることは無かった。


「俺がもっと、強ければ……探しにいけるのに……」


 屋敷を飛び出して探しに行こうとするアルベルトだったが、足手まといだと父に一喝され、屋敷に軟禁された。

 そのため、情けなくもアルベルトはルドルフの無事を祈るしか出来なかった。

 何が転生、何が領地改革だ。肝心な時、何も出来ず、動けずにいる。

 自分の無力が情けなくて仕方が無かった。


 自分を小さな手で抱きかかえてくれた兄。

 自分に絵本を読んでくれた幼い兄。

 初めて使った魔術の成功に、手を叩いて喜んでくれた兄。

 自分の手を引き、守ってくれた兄。


 いつの間にか兄は自分に仕事を押し付けるようになったが、けれど、それでも自分が兄に何処かで甘やかされているのには気付いていた。

 そのいい例が、成人するまで実戦経験がほぼ無かった事だ。兄は、アルベルトの甘さに気付き、精神が成長するまで待っていてくれたのだ。


「兄さん……」


 アルベルトは祈る。家族の無事を、祈り続ける。




 沢山の人に心配をかけた兄は、行方不明となってから十日目に帰還した。

 物言わぬ、骸となって……。




   *   *




 教会の鐘が鳴る。

 天に召される哀れな魂を慰めるため、弔いの鐘が鳴る。


 喪服に身を包み、死者を悼んで泣く参列者達。

 死者の家族に挨拶し、慰めの言葉を送る。

 死者に顕花を贈る参列者の目の前には、強い匂いを発する華に埋め尽くされ、顔を隠された死者が永遠の眠りについている。


 ああ、どうか、彼が安らかに、穏やかに眠れますように……。




   *   *




 見つかった兄の遺体は、酷い状態だった。

 崖から落ちた時点で首の骨を折り、即死だったらしい。そして、その死体を森の獣達に喰われ、顔の判別も難しい状態だった。

 かろうじて身につけていた衣服と金髪。そして、クライヒ家の家紋の入った指輪をしていたことからその死体がルドルフ・クライヒのものだと分かったのだ。


 兄の死から十日の月日が流れた。

 アルベルトは未だに兄の死が受け入れきれず、ただ、機械的に仕事をこなし、現実から逃げていた。

 兄が居ない、死んだという事実以外、変わらない日常。

 ふと、兄の姿を探せば、見つけられるんじゃいかと思ってしまう。

 それほどまでに、変わらない。


 黒の衣服に身を包み、アルベルトは喪に服す。

 そんなアルベルトを尋ね、アルフォンスとフィニアがやってきた。


「ようこそお越しくださいました、殿下」


 礼を取り、そう言って出迎えるアルベルトに、アルフォンスが労わりの言葉をかける。


「すまないな、アルベルト。急に来てしまって。大丈夫か?」

「はい。何とか、暮らしております」


 淡く微笑むアルベルトに、アルフォンスは痛ましいものを見るような視線を送る。


「あの、アルベルト様。これを、ルドルフ様に……」


 そう言ってフィニアが差し出したのは、白い薔薇の花束だった。


「ありがとうございます、フィニア姫。兄も、慰められるでしょう」


 礼を言い、アルベルトは花束を受け取って、侍女に兄の執務室に活けるように命じた。

 アルベルトはアルフォンス達に席を勧め、侍女が紅茶を淹れた。


「……まさか、ルドルフが死ぬとは思わなかったな」


 呟いたのは、アルフォンスだった。


「ええ、私も、思いもしませんでした……」


 目を伏せて、アルベルトもその言葉に同意した。


「あいつは頭が良く強かで、頼りになる男だった」


 ルドルフを褒め称えるアルフォンスに、アルベルトは微笑む。


「はい。兄は、賢く、強い人でした。時々、ずるくもありましたけど……」


 馬鹿みたいに見せかけて、飄々と人に仕事を押し付けていった兄。少し、愉快犯の気もあったのかもしれない。


「今だから分かるんですが、兄はとても人の使い方が上手い人でした」

「ああ、そうだな。あいつは全体を見ることの出来る奴で、何処に誰をあてがうのが適任で、何処に何があるのかが分かっている奴だった。夢と現実をすり合わせるのが上手い奴だったな」


 目を細め、微笑むアルフォンスに、アルベルトが頷く。


「はい。今思えば、私の出した領地改革は正直、急ぎすぎ、無茶な事でした。けれど、兄が居たからこそ、実現できました。兄は、全体を見渡し、把握し、支配していた」


 居なくなって初めて分かる兄の偉大さだった。


「しかも、自分が居なくなっても大丈夫な、万全な状態まで作り上げていました」


 まさか兄も、それが必要とされるようになるとは、役に立つとは思わなかっただろう。

 苦笑するアルベルトだったが、それに笑えなかったのが、アルフォンスだった。


「自分が居なくなっても大丈夫な状態、だと……?」


 持っていた紅茶のカップをソーサーに戻し、アルフォンスは考え込み始めた。そして、その秀麗な顔は、どんどん凶悪なものとなっていく。


「お、お兄様……?」


 恐る恐るフィニアがアルフォンスに声をかければ、眉間に深い皺を刻んだアルフォンスがアルベルトに尋ねた。


「アルベルト。本当に、ルドルフが死んでから混乱は起こらなかったのか?」

「え、は、はい……。少し予定などに狂いは出ましたけど、大きな混乱などは特に……」


 困惑するアルベルトを前に、アルフォンスは凶悪な表情で立ち上がり、命じた。


「アルベルト! 今すぐ、俺をクライヒ公爵の所へ連れて行け!!」

「お、お兄様!?」


 驚く二人を前に、アルフォンスは告げた。


「嵌められた。まんまと嵌められたんだよ、俺たちは。クライヒ公爵と、ルドルフにな!!」




   *   *




「クライヒ公爵! 聞きたいことがある」


 鬼のような形相で執務室に乗り込んできた皇太子を前に、クライヒ公爵は落ち着いた様子で言った。


「ああ、気付かれたのですね……」


 その言葉を聞き、アルフォンスの眦がつりあがった。

 そんなアルフォンスの様子とは対照的に、フィニアとアルベルトは困惑も顕に公爵とアルフォンスを見比べている。


「殿下方、どうぞ席へ。アルベルト、お前も座りなさい」


 アルフォンスは荒々しく椅子に座り、フィニアとアルベルトは恐る恐る椅子に座った。

 公爵が人払いをした事を確認し、アルフォンスは切り出した。


「単刀直入に言う。ルドルフは生きているな」

「はい」


 驚愕の事実に対し、公爵の返答は実にあっさりとしたものだった。


「は、え……?」

「お、お兄様……、それは、どういう……」


 それについていけないのが、アルベルトとフィニアだった。

 まさか、そんなに簡単に肯定されるとは思わなかったアルフォンスは出鼻をくじかれ、眉間によった皺を揉み解す。


「あー……。そうだな。最初から、順序だてて質問、説明してもらおうか」


 アルフォンスは呆気に取られた様子のアルベルトを横目に見遣り、視線を公爵に戻す。


「ルドルフの死体は別人のもので、ルドルフは今も生きている。大概、事故とは予期せぬ不幸だ。こんなに準備万端で死ぬ奴なんか居ない。大きな混乱が起こらない? 当然だ。最初から、計画されていたんだからな」


 アルフォンスが公爵に視線で促せば、公爵は口を開いた。


「はい。殿下の仰るとおり、ルドルフの死は最初から計画されたお芝居です」


 アルフォンスは大きな溜息を吐き、公爵に尋ねる。


「何故、こんな事をした」

「………」


 少し気まずそうに公爵はアルベルトを見遣りつつも、その質問に答えた。


「今、公爵家では当主の座にアルベルトを望む声が多数あります」

「え……?」


 唖然とするアルベルトと目を合わせ、公爵は言う。


「アルベルト。お前は、成人してから何度も家を、国を出ようとしていただろう」

「え、あ……なんで……」


 何故、その事を父が知っているのだろうか?

 アルベルトの困惑に満ちた視線を受け取り、公爵は告げる。


「ルドルフに聞いたのだ。アルベルトが国を出ようとしていると。そして、このまま国を出れば、確実にルドルフ派の人間に殺されると」


 目をむくアルベルトに、公爵は深い溜息を吐く。


「アルベルト。お前は自分の価値を理解していないのだ。お前の発想は、国を豊かにした。けれど、もしそれが他国に渡ればどうなるか……。お前の頭脳を他国に渡す位なら、新たな脅威を生み出す前に殺してしまおうと考える者も居るのだ」

「そんな……」

「そして、ルドルフ派とアルベルト派は水面下ではあるが、激しく争っている。その争いが表面化するのも時間の問題だった。そして、そんな折にお前の家出だ。それが、ルドルフに良い口実を与えてしまった」

「え……?」


 公爵の思わぬもの言いに、アルベルトが尋ねる。


「口実、ですか……?」

「ああ、口実だ。ルドルフは、ずっと外に出たがっていたのだ」


 公爵は事実を告げ、疲れたように顔を手で覆い隠す。


「ルドルフは、実に有能で、強かで、自分の欲望に忠実に生きていた。私は、それに最近まで気付けずにいた。そして、気づいた時には、もう遅かった」


 公爵の後悔の言葉だった。


「あれはルドルフ派とアルベルト派の争いに早い段階から気付いていた。ルドルフなら早いうちからその芽を摘むこともできただろう。けれど、それをしなかった。誰にも気付かれぬよう、実に上手く争いを誘導し、操っていた。そして、ついにルドルフが国を出て行く良い口実として育て上げた」


 一つ溜息を吐き、公爵は言葉を続ける。


「派閥争いが表面化すれば、双方共に常に暗殺の脅威にさらされる。ならば、どちらかが死んだことにすれば良い。アルベルトは外で一人で生きるには弱く、甘すぎる。そして、外に出すにはその発想力は脅威だ。ならば、ルドルフを外に出し、死んだことにした方がマシだ。幸い、今は派閥争いは水面下のこと。大きな混乱は起こらない。そう、ルドルフは説明し、陛下を納得させた」

「やはり父上も一枚噛んでいたか……」


 苦々しい表情でアルフォンスが呟いた。


「公爵家の家督争いは王家、国も巻き込む可能性がありました。その為、陛下はご決断されたのです。そして、ルドルフは自分に似た死刑囚に自分の服を着せ、家紋の入った指輪をつけさせ、その死体を崖下へ捨てました」


 公爵が顔を覆っていた手をどけると、その下からは苦悩に満ちた顔があった。


「今頃は、ルドルフは国を出ているでしょう。そして、陛下から送られた刺客と遭遇しているでしょう」

「刺客!?」


 驚いて立ち上がるアルベルトに、公爵は悲しいのか、嬉しいのか、判断が出来ない複雑な表情で告げる。


「ああ。陛下はルドルフよりもアルベルトを評価していた。けれど、ルドルフを全く評価していなかったわけではないのだ。陛下は、ルドルフを国外に出すのは脅威と判断された。そのため、刺客を放たれた」


 けれど、と公爵は言う。


「それは無駄だろう。ルドルフは強い。並みの刺客では歯が立たない。ルドルフは公爵家の子息ではありえないほど実戦経験が豊富だ。今思えば、このことを見越して腕を磨いていたんだろうな……」


 疲れた様子でそう言い、口をつぐんだ公爵に、フィニアが尋ねる。


「あの、ルドルフ様を死んだことにしても、国でかくまうことは出来なかったんですの?」


 その質問には、アルフォンスが答えた。


「無理だろうな。今はまだ良いが、その内ルドルフの死に疑問を持つ者が現れるようになるだろう。そうなれば、ルドルフが国内に居れば厄介な事になる。なにより、国を出るほか無いように、ルドルフはことを作り上げたんだろう」


 アルフォンスは確認するように公爵に視線を向け、公爵もそれを受けて頷き、肯定した。


「一体どれほど前から計画を立てていたのかは知りませんが、ルドルフが国を出るほかないように作られた見事な筋書きでした。私は、ルドルフを引き止めることが出来ませんでした……」


 アルベルトは父の言葉を聞き、力が抜けたように椅子に座り込む。それを労わる様な視線をフィニアが送る。


「兄さんは、俺を利用したのか……?」


 公爵は息子の寂しげな言葉を聞き、情けない笑顔を浮かべる。


「半分は、そうだろうな。けれど、半分は確実にお前の事も考えての事だ。お前は、どうにも甘い。お前は守られる事に慣れきってしまった」


 私もルドルフも、お前を甘やかし過ぎた。

 そう言って公爵は苦笑した。


「……兄さんには、もう会えないのか?」


 情けない声を出すアルベルトに、公爵は寂しげな表情で告げる。


「ああ。もう二度と、会えないだろうな……。いや、会わない方がいい。ルドルフ・クライヒは死んだのだ。私達の家族は死んだのだ。それが事実だ。真実は、隠しておいた方がいいだろう」


 ルドルフのためにも。

 その公爵の言葉で、この日の会話は締めくくられた。


 その後、ルドルフの喪が明けて二ヵ月後。正式にアルベルトがクライヒ家の跡取りとして認められるところとなった。

 王は何度かルドルフに対し刺客を差し向けたが、尽く返り討ちに遭い、そのうちにルドルフの消息がつかめなくなった。

 皇太子は王が健在にもかかわらず、王を玉座から蹴り落とし、三十歳を手前にして王となった。その傍らには、息切れ気味の片腕修行中のクライヒ家の跡取りの姿があった。

 ルドルフの許嫁であったフィニアはその望みを叶える事ができず、それどころか国に留まる事もできず、国にとって都合の良い他国へと嫁がされた。それなりに幸せな結婚生活を送っているらしい。


 ルドルフが遠い異国の地でロノア王国の話を聞いたのが、それが最後となった。




   *   *




 時は少し遡る。

 ルドルフは剣についた血を振り払い、布で丁寧に拭った。

 ルドルフの足元に血だまりを作り、倒れているのは王の放った刺客だ。人気の無い山道に入った所で襲われたのだ。

 ルドルフはそのまま刺客を捨て置き、元来た道を戻る。この山道へは刺客を誘い込むために来たのだ。刺客を始末してしまえば、もうここには用は無い。死体は森の獣や魔物達がどうとでもしてくれるだろう。


 ルドルフは晴れ渡る空を見上げ、思う。

 弟は今頃答えあわせでもしているだろうか、と。

 ルドルフはこの計画はそのうち皇太子か弟に知られるだろうと踏んでいた。どちらが先に正解に辿り着けるかは分からないが、時期的にはそろそろだろうと思っている。


 ルドルフは一人、歩き続ける。


「ふ、ふふ……あは、あははははは!」


 楽しげな笑い声が、森の中に響く。


 幼い頃からの夢だった、外の世界。

 けれども大切な人達を守らなければならなかったから、外に出るのを諦めた。

 そんな時、現れたのが弟だった。

 弟が成長し、その才能を見せ付けるたびに思った。


 自分が此処に居なくても、弟さえ居れば大丈夫なんじゃないか、と。


 五歳の頃に読み書きを覚えた自分より、もっと早くに覚えた弟が居るから。

 七歳の頃に魔術を習得した自分より、もっと早くに習得した弟が居るから。

 十歳の頃に師から卒業を言い渡された自分より、もっと早く卒業した弟が居るから。

 十二歳の頃に政務に関わり始めた自分より、もっと早く政務に関わった弟が居るから

 何も生み出せない自分より、沢山のものを生み出した弟が居るから。


 弟が成長し、その才能を見せ付ける度に、自分の足枷が外れていく。

 ああ、嬉しい。嬉しいなあ。

 弟さえ居れば、自分の大切なもの全ては守られる。

 自分が居なくても大丈夫。


 ああ、嬉しい。嬉しいなあ。

 私は、自由だ。


 大切なものを置き去りに、私はもっと大切なものを探しに行くよ。


 さようなら、私の愛しい箱庭よ。

 全ての足枷を外されたルドルフは、足取り軽く箱庭を出て行く。


 弟は自分勝手で傲慢な兄を恨むだろうか? 憎むだろうか?

 憎んでくれても、かまわない。恨んでくれても、かまわない。


 それでも私は、箱庭を出て行く。

 君を犠牲に、私は自由を掴む。


 すまない、弟よ。

 これで、さよならだ。


 君が育つのを待った十六年。

 それは、長い準備期間。

 ここから、私の物語が始まる。


 ルドルフは歩き続ける。

 期待も信頼も、友愛も親愛も全てを置き去りにして。




 これが、全てのプロローグ。







何だか反応が怖いです。

出来ればお手柔らかに願います……。

一応プロローグ編はこれで終了です。次回は冒険編となる予定ではありますが、更新は遅くなると思います。冒険編もそう長くはならないかと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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