第六話 木宮
(クソッなんで俺が異動なんだよ。あーまじで腹たつ)
店長から急に面談と言われてついて行くと、そこにはエリアマネージャーがいて、ついに昇進の話かと意気揚々と話を聞いていたら、匿名のスタッフから俺に嫌がらせを受けているとゆう報告が上がっているという話だった。
その事を聞いて一番最初に相田のことが頭に浮かんだ。
でも相田のことは持田さんが店長に報告しているはずなのに店長は何も知らないようだった。
そこで唐突に理解した。持田さんは俺訴えた数々の相田の問題行動を一度も店長やマネージャーに報告していなかったことのだなと。
持田さんは最初から俺が嘘をついていることを見抜いていたのかもしれない。
(そうだよ。虚言癖は俺だよ)
優秀そうで俺の邪魔になりそうな新人が入社するたびに俺はそいつの悪い噂を吹聴するようになった。だって、周りのスタッフは馬鹿みたいに俺の話を信じるから。
みんな悪口や噂話が大好物なんだろ。
標的にされた人間は身に覚えのない噂に惑わされ耐えきれず精神を病み、体調を崩し、いつの間にか姿を消す。
(あーぁ、今まで上手くいってたのに)
営業後、いつものように仕事の憎悪を取り去るため家の近くの居酒屋に立ち寄り一気にビールを煽った。
今日はより一層苛立ちが収まらず貧乏ゆるりが止まらない。
隣の卓のでかい声で喋り、下品に笑う2人組の女の声がうるさい。
舌打ちをする。
「うっせんだよブスが」
店内は騒がしかったので聞こえないだろうと思ったが俺の声が思いの外大きかったようで2人組はこちらを一瞬見ると途端に静り、しばらくすると帰っていった。
うるさいのがいなくなって清々したが苛立ちは2人組がいた時よりも増していた。
スマホが震える。あずさからだ。
普段この時間に滅多にかかってこないので一気に心拍が上がり急いで通話ボタンを押す。
「もしもし、どうしたの?」
「あ、きょうちゃん?ごめんね。今大丈夫?」
「大丈夫だよ。もう帰るところ、どうしたの?」
「あ、そうんなんだ、じゃお家で待ってる」
「え?どうしたの?なんかあった?」
「ううん、本当になんでもないの。じゃ待ってるね」
「そう?じゃすぐ帰るね」
急いで会計を済ませて店を出る。
あずさに何かあったのかもしれないとゆう不安でいっぱいになり足をもつれさせながら家路を急いだ。
その時はもう仕事の苛立ちや憎悪は頭からふっとんでいた。
「ただいまー、あずさ?いないの?」
いるはずのあずさがおらず部屋は真っ暗だった。
不安が色濃くなる。
心臓がドクドクと鳴り響き額や背中、あらゆる汗腺から嫌な汗が出る。
「あずさ?」
1LDKの狭い廊下を通りリビングの扉を開ける。
パンッッッッッッ
急な破裂音に驚きすぎて心臓が一瞬止まったかと思うほどの衝撃が俺の心臓を貫いた。
「ハッピバースデー♪きょうちゃ〜ん♪」
あずさの声と暗闇の中でオレンジ色に揺らめくものが蝋燭の火だと分かるのに数秒かかってやっと事態を飲み込む。
(あぁ、誕生日か)
心臓はまだドクドクいっている。
「きょうちゃん、フーってして!」
言われるまま蝋燭の火を消すとあたりが真っ暗になって何も見えなくなる。
「わ、真っ暗!電気、電気のスイッチどこ?!」
俺の真横にある壁を伝って、そこにあるであろう照明のスイッチを手探りで探し当てる。
部屋は一気に明るくなりケーキを持ちながら申し訳なさそうな顔をしているあずさが目の前にいることを確認して一気に安堵する。
「ごめーん、電気のこと考えてなかったよ〜恥ずかしい」
俺はあずさの頭を優しく撫でながら、目一杯のありがとうを伝えた。
「まじで嬉しいよ、このケーキもしかして手作り?」
あずさはさっきのしょぼくれ顔をパッと明るくさせて、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに前のめりになる。
表情がコロコロと変わるあずさを見ていると思わず笑みが溢れる。
「そうなの〜!今日帰ってきてすぐ作り始めたんだけど早く食べてもらいたくて、さっき電話しちゃったの、ごめんね」
なるほど、そうゆうことだったのか。何もなくて本当に良かった。
正直あずさの顔を確認するまで生きた心地がしなかった。
「むしろ電話くれて良かったよ、それより早くそれ食べたい」
あずさは大きな目をこれでもかというくらいにキラキラさせる。
よく晴れた日の太陽が反射して輝く海を連想させた。
「今用意するね。あ、乾杯もしなくちゃ!ビールとワインどっちが良い?」
「今日はお祝いだし、ワインにしようか」
あずさはテーブルいっぱいの料理といちごのショートケーキを用意してくれた。
「どれも本当に美味しいよ。特にこのケーキ、プロの味がする」
本当は甘いものが苦手だが、このケーキは本当にプロが作ったものと遜色なく美味かった。
「本当に?!嬉しい!実はこの日のためにケーキ作りを習いに行ってたの。この前ケーキを差し入れてくれた週一でヘッドスパしに来てくれるお客さんの話したでしょ、その人のお母様がお菓子作りの講師をしているみたいで、その時、誕生日の話をしてたから、手作りケーキをサプラズで用意したらって提案してくれてお母様のことを紹介してくれたの。先生が作るお菓子どれもすんごく美味しいんだよ〜!」
そのお菓子を思い浮かべているのだろう。あずさは甘くうっとりとした表情をしている。
「あ、そうだ!今度先生のご自宅で新作の試食会をするのに招待されてて、きょうちゃんもお休みだったら一緒に行かない?来週の木曜日なんだけど」
いつもあずさと休みがかぶるようにシフトを調整しているので、もちろん休みだし予定があったとしてもあずさとの予定を優先する。
そうやってあずさ優先の生活をしていたら仲間からの誘いはどんどん減っていった。別にそれでも良い、あずささえいてくれたら。
「来週の木曜ね、休みだから一緒に行けるよ」
「やったぁ、楽しみ!」
その後その人が作るお菓子がいかに美味しいかを身振り手ぶりで一生懸命教えてくれた。
正直あずさ以外の人が作るものは食べるのかとうんざりしたがあずさが喜ぶのならなんでも食べるし我慢する。
それがよく知らない奴が作ったものだとしても。
*
俺が吹聴した相田の作り話はすぐに消え、相田の1回の相談で俺は異動になり会社で一気に悪者になった。
異動先の店舗は最悪で、しばらく店長に媚び諂わなければならない。
前の店長は扱いやすくて助かっていたのに。
まぁウザかった小山や相田に、これから会わなくて済むと思うと逆に異動できて良かったのかもしれない。
「きょうちゃん、これが良いかな?でも甘い物よりやっぱりしょっぱいのが良いかな?」
「あーしょっぱいのが良いかもね・・・これとかどう?」
「あーナッツか!しかもすごくおしゃれだしこれにしよ!やっぱきょうちゃんはセンスが良いね〜!」
今日はあずさがお菓子の作り方を教わっているとゆう講師の試食会とやらについて行く。
その前に手土産を買う。
今日のために髪も金髪ではなく暗めに染め直し、服装もこの日のために少し綺麗めの服を新調した。
結婚の挨拶にでも行くのかとゆう勢いだが、あずさの恋人ととして恥じぬように印象は絶対に良くしておかなければいけない。
今日も猫をかぶる準備は完璧だ。
「えーとね・・・あ、ここみたい!」
ピンポーン
「あ、こんにちは!井上です!」
『あ、お待ちしてました!今開けます!』
ガチャッ
「こんにちわ!今日はわざわざありがとうございます!ちょっと今、母が手を離せなくて」
(は?)
「今日はお招き頂きありがとうございます!あの、これお土産です!」
(なんで)
「わぁ、わざわざありがとうございます!え、これ私大好きなんです!」
(こいつが)
「え、すごい!これ、きょうちゃ、京一君が選んでくれたんです!あ、こちら私の恋人の木宮京一くんです!」
(いるんだよ)
「え、嘘!木宮さんじゃないですか!」
「え?!小山さん、京一くんと知り合いなんですか?!すごい偶然!」
「あらあら香奈美、お客様と玄関でお話しして、上がってもらいなさい」
「あ、ゆりえ先生!今日はお招き頂きありがとうございます!!あ、こちら恋人の京一くんです!きょうちゃん、こちら香奈美さんのお母様で私の講師のゆりえ先生!」
「あーこちらが!あらぁ、背が高くって男前ね〜!え、何?香奈美の会社の先輩なの?まぁ、こんな偶然あるのねぇ。さぁさ、上がってください。ちょうどケーキが焼き上がったところなの」
あずさが楽しそうに家に上がっていく。
(待ってくれ、行っちゃダメだ)
そう言いたいのに状況を整理するのに頭が追いついていない。
「あはは、木宮さん!なんて顔してるんですか?」
これは偶然なのか、それとも・・・。
そんなことより俺は早くこの場からあずさを連れて退散するルートを考えるが、どうやっても詰んでいて打開策が思いつかない。
小山と目が合う。
「木宮さん?私、どうしても許せなくって。あの日、先輩が母を侮辱したことやママが作ったお菓子を駅のゴミ箱に捨てられたことが。だからこれからあなたの大切な人にも同じ屈辱を味わってもらおうかなって・・・でも良かった。木宮さんも来てくれて、これでママの夢が叶います。今日はママの手作りのお菓子食べてくれますよね?」




