第二話 小山
「小山ちゃん腹減らん?飯行こうよ」
「あぁ・・・はい、分かりました」
本当は早くお家に帰ってお風呂に浸かってママの作る温かいご飯を食べてふわふわのベットで眠りたい。
「てかさー、持田さん最近やばくね?ぼーっとしてること多いし、目の下の隈もだんだん濃くなってるし」
最近・・・とゆうか私が入社して初めて会った時から持田さんはあの状態だった。
確かにここ最近は明らかに痩せて頬がげっそりして隈が余計に目立つように見える。だけど仕事ぶりは、毎日朝昼晩ママの作る健康的な食事を取り、しっかり8時間睡眠をしている私よりもテキパキと誰よりも仕事をこなしているのでこの人はこれが平常なのだろうと思い、いつしか心配もしなくなっていた。
「てかいつもの居酒屋でいいよね、駅前の」
私が返答を考えていたら、持田さんの話題は終わっていた。
いつものことだ。
そして”またか”と思う。
どうせ行くならもっと心が休まる静かなところに行きたかったがそんな場所を私が知るよしもないし、例え知っていたとしても他の人の意見を覆してまで自分の意見をおしとおすなどできる訳がない。
私は生まれつき人見知りで社会人になった今でも人と話す時すごく緊張して挙動不審になってしまうし、人がたくさんいる空間もとても苦手だ。
だから居酒屋みたいなガヤガヤしたところへ行くといつもソワソワして落ち着かなくてすごく疲れる。
でも我慢すれば良い。我慢するのは得意だ。
そうやって今ままでも生きてきたのだから。
こんな性格なので今まで友達はできたことがない。
自我を持ち始めた頃にはもう友達を作ることを諦め、とにかく目立たず静かに過ごすことに神経を注いでいた。
だから私の学生時代のほとんどの時間が『無』の状態だった。
授業以外の時間は何もせず、ただ椅子に座って机の木目を見続けているだけの日々を過ごしていた。
周りの子たちはそんな私のことを見てコソコソと何か言っては笑っていたようだけれどいつまで経っても変わり映えのしない私に飽きて、そのうち存在しないもののような扱いになっていった。それで良かった。
このまま透明人間として生きて行こう、そう決めていたけれど人生はそう甘くはできていなかった。
高校2年生になり、近い未来に訪れる大きな壁を乗り越える必要があることに気づき、その先もずっとその壁を登り続けなければならないとゆう現実を受け止められないでいた。
まだ見ぬ未来の不安がいつも私の頭の中をぐるぐるとメリーゴーラウンドのように止まることなく回り続けていた。
(人が怖い人が怖い人が怖い人が怖い嫌だ嫌だ嫌だ)
進路について漠然と悩んでいた時、私のことをよく分かっているママが「荒療治として思いきって接客業をしてみたら」と提案してくれた。
「アラリョウジ」の意味を調べてみたら”病気”とゆう単語が出てきて私は病気だったんだと思って少しホッとした。だって病気なら治せるってことだもんね。
やっぱりママは凄い。
ママがいてくれれば、この先立ちはだかるどんな壁も乗り越えられると思った。
だから私は接客業とゆう仕事に就くことに決めた。
三者面談の時に担任の先生に、そのことを相談したら接客業だったら手に職がつけられる美容師が良いと接客業には、それしかないと言わんばかりに勧められ、それを隣で聞いていたママが「美容師さんだって!すごーい!いつかママの髪の毛も切ってもらえるのかしら」とすごく嬉しそうで、久しぶりにママの笑った顔が見れた。
もっとママの喜ぶ顔が見たい、と美容専門学校に入学することにした。
もちろん美容専門学校に行ったからといって私の人見知りが急激に改善するわけもなく、やっぱり私はクラスに馴染めないひとりぼっちの透明人間だった。
ママは夕食の時、学校のことを聞いてきて必ず二言めには「お友達を家に連れてくるといいわ」と言う。
ママは私のお友達を自宅に招待して自分の作った焼き菓子をテーブルいっぱいに並べてホームパーティーをするのが昔からの夢なのだ。
だけど私は今まで一度もお友達を家に招待したことがない。だって友達がいないのだから。
私はその後も特別友達を作ることも出来ずに、ただ卒業を待つだけの日々を過ごしていた。
学校に通いながら私はやっぱり「こんなんで本当に美容師として働いていけるのだろうか」とゆう不安が纏わりついていた。
だけど楽しいと思える時間もあった。
それは実習の授業で実際にウィッグを使って黙々と髪の毛を巻いたり、切ったりする時間。その時だけはクラスの一員になれているように思えて今までに感じたことのない、何とも言えない充足感を味わうことができた。
何よりも私はこの作業が得意だった。
これを仕事にできるのなら私は美容師になれるかもしれないとゆう希望が見えた時にやっぱりママは正しかった、私のことをよく分かっていると思い深く感謝した。
就職活動では何店舗か見学に行き、その中でとても気に入ったお店があった。
そのお店は雰囲気も働いているスタッフやお客さんもみんな落ち着いていて、時間がゆっくり流れているようなとても癒される空間だった。
ここで働いているところを想像してみたらスタッフやお客さんとも自然に楽しく会話をしている自分が思い描けて、もしかしたら私はここで働いたら”病気”が治るのではないか・・・そう思ったら、いてもたってもいられずその日に体験入店の申し込みをした。
だけど翌日私はその店のフロアに立ち、初めて接するお店のスタッフやお客さんに話しかけられると何を言って良いか分からず挙動不審になり、そのうち過呼吸になって体験入店は15分で帰る始末となってしまった。
その日とても素敵な一日になると思っていた私は激しく落ち込み、もう一生働くことなど私にはできない、”病気”も治せないと絶望した。
翌日、その一部始終は学校に報告されていた。
担任の先生から、体験入店をさせてもらった美容室の店長さんが私の症状を見てここならどうかと勧めてくれたと言って教えてもらったのが今の会社だった。
さっそく見学に行ってみると、そこは店内も仕事内容もとてもシンプルで髪の毛を切るだけのカット専門店だった。
スタッフ含めお客さんの年齢層も高く、お客さんとも必要最低限の会話だけで良いとのことだった。
何より周りの人たちがママと同じくらいの年齢層だったのも安心感の一つだった。
「ここなら私でも働いていけるかもしれない」そんな確信めいたものを感じ、ここの会社に就職を決めた。
就職後、この会社を勧めしてくれた美容室の店長さんに感謝を伝えたくてママと一緒に作った手作りのお菓子を持って挨拶に行った。
初めて私以外の人にママの手作りのお菓子を食べさせることが出来て嬉しかった。
いつかまた私以外の人にママの手作りお菓子を食べてもらえる機会をつくれないかとずっと考え続けているが、そんなことは私が友達を作れば良いだけの話なのだが、大人になるにつれて友達作りの場はどんどん無くなっていくのだなと痛感した。
だから学生の時にみんなあんなに必死になって友達作りに精を出していたのかと今になって思い至った。
「おーい、適当につまみ頼んでいいよね。小山ちゃん酒飲む?」
木宮さんの声で現実に引き戻される。
「あ、えと、はい。この前飲んだやつを、えと、カ・・シ?」
「カシオレね」
木宮さんは会社で唯一まともに会話ができる先輩だ。
初対面の時、木宮さんは以前から私と知り合いかのように自然に話しかけてきた。
私はいつものようにどう対応すれば良いのか分からず頭を真っ白にさせて何も返答できないでいるにも関わらず、そんなことなど気にも留めず木宮さんは何度も何度も何度も話しかけてくれた。
こんな人に出会ったのは初めてだったので、もっとちゃんとお話しできるようにしないと、と思いママと会話の練習をしたり、緊張せずに話せるコツが書いてある本などを熟読して少しづつだが言葉を返せるようになっていった。
それをきっかけに、まだ言葉数は少なく緊張してテンパってしまう時が多々あるが木宮さん以外でも一緒に働く人たちやお客さんとも少しだけなら言葉をかわすことができるようになっていった。
木宮さんにはとても感謝している。
このことをママに言ったら「今度その子をお家にご招待したら?ママご馳走頑張って作るわ」と、とても嬉しそうだったのでやっとママの夢が叶えられるかもしれないと思い早速、木宮さんにそのことを話したら「え、なんで?」とゆう答えが返ってきて、その時「なんで?」の答えが咄嗟に出てこなくてパニックになり何も返せないでいたら「・・・あ〜、機会があったらね」と言われてその『機会』は未だに来ていない。
その『機会』は訪れないがこうして仕事終わりのご飯にはよく誘ってもらう。
こうゆう日はママに「先輩と夕食を食べてから帰るね」と連絡すると「まぁそうなの!楽しんできてね!」とすごく嬉しそうなのでこれはこれで良いのかもしれない。
しかし最近になって木宮さんとの食事はあまり楽しいものではないとゆうことに気づき始めていた。
話の内容は大体いつも同じで会社のこと、店長や一緒に働いているスタッフやお客さんの愚痴をスマホをいじったり、タバコを吸いながら忙しなく口や手を動かしながら話していて、その間ずっと貧乏ゆすりをしている。
愚痴を言っている時はやたらと興奮していて食べながら喋るので、口に放り込んで咀嚼した卵焼きや焼き鳥がぐちゃぐちゃに交ざりあっている塊と目が合い最終的にそれをビールで流し込んでいるのを見るたびに私の食欲はどんどん失せていくので木宮さんが興奮している時はなるべく顔を見ないよう目の前に置いてある冷えた焼き鳥を眺めている。
この時、学生時代ずっと机の木目を見ていた時のことを思い出す。
初めの頃は木宮さんの話を一言一句聞き逃すまいと適度に相槌をうちながら熱心に聞いていたが、しばらくすると”またこの話か”と聞いていてあまり気持ちが良くないことを永遠と言っているので、聞くのがだんだん億劫になりそのうち相槌もうたなくなっていた。
今日もパートの相田さんの愚痴を熱弁している。
木宮さん曰く相田さんには虚言癖があるらしいが、それを怖い話を聞く時みたいな『本当か?』とゆう疑いの交じった気持ちで聞く。
「この前も相田さんとシフト被ったんだけどさ、ハサミ忘れたとか言って一回家に帰っちゃって。その日2人営業だったからその間、俺一人で客捌いてまじで大変だった。あれハサミ忘れたとか嘘だよ。サボるための口実だよ絶対」
「・・・それは大変でしたね」
私は相田さんとまだ一緒に働いたことがなかったが、噂によると優秀な方と聞いていたのでにわかに信じ難かった。
「小山ちゃんも一緒に働くことがあったらあんま言ってること信じない方が良いよ」
「はぁ、分かりました」
何故か木宮先輩は相田さんを敵視している。
いつだか持田さんに相田さんのことを話していた時にも、いかに相田さんが悪い人間かということを印象付けようと必死になっていたことを思い出した。
ポケットの中のスマホが震える。ママからのメールだ。
確認すると木宮さんをお家に招待したいとゆう内容だった。
「木宮さん、マ、母が木宮さんに会いたいようなんですけど・・・」
木宮さんはあからさまに顔を顰める。
「前も思ったけどさ、それなんなのまじで。てかさ、お母さんに俺のことなんて言ってんの?」
「え?なんて?・・・えと、会社の先輩・・ですね」
「ふ〜ん、小山ちゃんのお母さんってもしかして変わってる?」
私は意味がよく分からなかった。
「変わってる?とはどういう・・・」
「いや今時さ、会社の先輩とか家に招待しないだろ。しかも男だよ?恋人でも無いのにさ」
私はとんでも無いことを木宮さんに言っていたのだと唐突に理解した。
ママは木宮さんの事を私の恋人と勘違いしているのかもしれない。
私の顔が一気に熱を持ち赤くなっていくのが分かる。しかしそんなことを気にしている場合ではなく一刻も早く誤解を解きたかった。
舌をもつれさせながら必死に弁明する。
「ち、違うんです!!私そ、そんなつもりで・・あ、あの、ママもそんなこと考えてないと思うんです。こ、恋人とかそんなんじゃなくて、ママは私に友達を作って欲しくて・・・えと、木宮さんは緊張しないで話せる人だって言ったらママがとても喜んでて・・・だから、その」
私の頭の中はパニック状態で何を言っているのか分からないまま、だけど今まで他人に話したことの無い余計なことを言ってしまっているような気がして不安になる。
「ブゥッ、フハハハハッ」
笑い声?
「やばい、ハハッ、やっぱ小山ちゃん最高だわ。フッ、ハハハ」
私は目の前で笑う木宮さんを見て自分の熱が一気に冷めていくのを感じる。
「何か面白い・・・ですか?」
「アハッハ、ガチヤバい」
机を手でバシバシ叩いて下品に笑っている。
まるで壊れたおもちゃのようだ。
木宮さんはひとしきり笑い終えて手で涙を拭った。
私は今、自分が裏切られたような気分だった。
心のどこかで木宮さんに期待していたのかも知れない。この人なら分かってくれる、私と友達になってママとも仲良くなってくれる、ママの夢を叶えてあげられると。
「小山ちゃん母親のことママって呼んでんだね(笑)つかさ、ママに友達作って欲しいって言われてんの?小学生やん」
私はきっと今『侮辱』とゆう言葉で攻撃されているのだろう。
「なんかおかしいって思ってたんだよね〜なるほど、そうゆうことか。理解理解」
おかしい?何がおかしいの?私が?ママが?
「別に良いよ。なんかおもろそうだから小山ちゃんちに招待されよっかな〜(笑)過保護ママ?にも会ってみたいし、ハハッ」
馬鹿にされている、そう思った瞬間一気に体温がカッと上がる。
私を馬鹿にするのは良い。だけどママを侮辱することだけはどうしても我慢できない。
「ッッママに謝れ!!!」
次の瞬間には手に持っていたカシスオレンジを目の前の男にぶっかけていた。
「っっはぁ?!何すん」
「ママに謝れ!!!」
ほとんど悲鳴に近かったろう。私はこんなに大きな声を出して怒りを露わにすることができるのかと、この時少なからず残っていた理性で思った。
周りが一気に静かになったのが分かる。耳が詰まって何も聞こえない。
手は震え、心臓の音が耳から聞こえているのかドクドクと鳴っている。
怒りに満ちているのに涙が勝手に込み上げてきて上手く呼吸ができない。
目の前の男は目を見開いて驚いた様子だったが口の形は嘲笑を残したままだった。




