9.孤児院訪問イベント!
アシュフォード公爵家は、貴族の責務で慈善事業もやっている。
ノブレス・オブリージュってやつね。
「そろそろ、孤児院へ視察に行かねばな」
公爵が食事中にそう言ったので、あたしは思い出した。
孤児院への寄付って、オーウェンも行ってた!
ロゼッタが買い物中、街で知り合った孤児にリンゴをあげて、話を聞いて気の毒になって送っていくんだよね。
そしたら、慰問中のオーウェンに会う。好感度上昇イベントだわ! 大チャンス!
「お父様、わたくしが行きますわ」
「お前が? しかし、孤児院などに聖女候補が」
「聖女候補だからこそ、ですわ。民の心を知らぬ聖女など、支持されるわけもございません」
思いっきり挙手して「行かせて行かせて!」と言いたいのをぐっと堪えて、それらしく話す。
「いいことだわ、シルヴィア。寄付金がきちんと使われているか、しっかり見てきてね」
「はい、お母様!」
公爵は孤児院なんかにあたしを行かせたくなかったようだけど、夫人の賛成で行けることになった。
ありがとうお母様、あたし頑張ってオーウェンに……じゃない、視察をしてきます。
って、寄付金を預かったけど。これだけってのも、寂しいよね。
んー……ゲームだと、小さい子が多かったよなあ。
料理長に言って、お菓子をたくさん用意してもらおう。ロゼッタみたいに、自分では作れないし。……お菓子なんて、前世でも作ったことがないから、仕方ない。
そうして休日、あたしは寄付金が入ったバッグと籠一杯のマドレーヌを手に入れた。
寄付金は重いので、あたしが言うより先にジェイクが持ってくれた。
「お嬢様、そちらの籠は」
「子供たちに配るお菓子よ。マドレーヌなんて、孤児院ではあまり食べられないでしょう」
ジェイクが変な顔になる。
はいはい、悪役令嬢がなんで? ってことね。
あたし、子供好きなんだもの。
「籠もお持ちしましょう」
「重くないから、わたくしでも持てるわ」
寄付金入りのバッグ、結構な重さだったんだけど軽々持ってるなあ、ジェイク。
まー、騎士にとっては大したものじゃないんだろうけど。剣自体見るからに重そうで、あたしには持てなさそう。
馬車に乗って、籠を膝の上に置く。
いい匂い。喜んでくれるかな。
マドレーヌ、前世のお母さんがよく作ってくれたっけ。
最近前世の記憶が薄らいできてるけど、それは覚えてる。
ゲームのことは忘れないんだけど……オル学世界とつながった世界にいるから?
ロゼッタはお菓子作りも料理も得意だから、好感度が上がると攻略対象にプレゼントできたんだよね。
甘いものを特に喜んだのは、レオニードとオーウェン……
オーウェンは、公爵家のお菓子なんて食べてくれないだろうな。
というか、現実的なこと言ったら、普通は先に毒見役が食べるものだよね。ゲームではロゼッタから直接受け取って、食べてくれたけど。
はー。今日、オーウェンに会えるかなあ。
考えているうちに、馬車は孤児院に着いた。
✦ ✦ ✦
「ようこそおいでくださいました、公爵令嬢様」
優しそうなおばあちゃんの院長先生が、めいっぱい頭を下げて迎えてくれた。
令嬢様、ってそこまで言わなくても。
「シルヴィアーナでよろしくてよ。父の名代で、寄付金をお持ちしましたわ」
「恐れ入ります。どうぞ、お寛ぎください」
建物の中に案内される。
古びてるけど、掃除は行き届いてる。壊れてる窓があったり……は、なさそうね。
応接室はそれなりに綺麗だけど、華美ではない。
大丈夫そうではあるものの、しっかり視察はしないと。
「寄付金の利用状況を、確認させてくださるかしら」
「は……?」
「父の代わりに参りましたのよ。前回の寄付金の使途を、確認させていただける?」
「は、はい! 失礼致しました、すぐに帳簿をお持ち致します」
院長はお茶を置いて、慌てて出ていった。
当たり前でしょうよ、公爵にはちゃんと報告してるでしょうに。娘のあたしが、ただのお使いだと思ったのかな。
ソファーに座って、横に籠を置いてお茶を――
「お嬢様、お待ちください。お毒見致します」
あらま。ジェイク、ちゃんと毒見するのね。
学園の食堂やお茶会でしたことないのは、運ばれる前に一応チェックが入ってるからなのね。ああいうところでは、食器も銀製だし。
ま、銀食器でも反応しない毒物もあるんだけど。オル学世界は平和だから、存在しないかな。
ソファーの後ろに立っていたジェイクがあたしの横に座り……じゃない、ソファーの前にかがんだ。ティーポットの中を確認して、院長が置いていった空のティーカップに、あたしのカップからちょっと紅茶を移して飲む。
律儀ねー。座って飲めばいいのに。
「……問題なさそうです。どうぞ」
一礼して、また立ち上がる。
「お前も座ってよくてよ?」
目を見開いた。黒っぽいけど青味がある瞳の色が、よくわかる。
「いえ、お嬢様の隣になど」
「お前の分も、ティーカップがあるでしょう。
院長の心遣いよ、座りなさい」
ちょーっと偉そうかな。
「わたくしは、立っているべきですので」
硬い! お硬いって、ジェイク。
そりゃ護衛騎士は、すぐ動けるようにしておくべきだろうけどさあ。
「お待たせ致しました!」
院長が駆け込んできた。いや、あなたも慌てすぎ。
✦ ✦ ✦
帳簿に問題はなかったので、子供たちのいるところに案内してもらう。
裏庭で、十人ほどの子供たちが走り回って遊んでる。可愛いなー。
「お前たち、集まりなさい! アシュフォード公爵令嬢がおいでです」
キャーキャー言ってた子供たちが、近くに集まってくる。
着ている物も破れたり汚れたりしてないし、顔色の悪い子も痩せた子もいない。
この孤児院は、しっかり運営できていると考えてよさそう。
「きれー! お姉ちゃん、お姫様?」
「ほんとだ、お姫様だ!」
「わー、おひめさま?」
え。
「こら、失礼ですよ!」
え、待って、院長。あたし今、ジーンと来た。
怖いとか、冷たそうとか、言わないの?
あたしはしゃがんで、子供たちに目線を合わせた。
一番手前の女の子は、キラキラした目であたしを見ている。
「わたくしは、シルヴィアーナ。シルヴィアよ」
「シルヴィアー、ナ? あたし、ニーナ! ナがおそろい!」
「し、失礼でしょう!?」
院長がアワアワしてるけど、あたしは頬が緩んだ。
「お揃いね。ニーナ、お菓子は好きかしら?」
あたしは、籠を開けて差し出した。
わあ、と子供たちが歓声を上げる。
「一つずつ、どうぞ。はい」
ナプキンに包まれたマドレーヌを取って、差し出す。ニーナは満面の笑みで受け取って、すぐに頬張った。
「い、いただきますを言いなさい!」
「いたらきまーふ。おいひー!」
院長、いいって。この子、五歳か六歳か……どう見積もっても、十歳にもなってなさそう。
お菓子を渡されて、待ては無理だって。可愛いし!
「お口に合ったなら、よかったわ。みんなも、並んで」
「わー! お姫様、ありがとー!」
子供たちがあんまり喜んでくれるので、あたしも嬉しくてしょうがなかった。
✦ ✦ ✦
マドレーヌは一人につき、ちょうど二個ずつ配れた。
院長は合間合間でツッコんでいたけど、あたしはとても楽しい時間を過ごせた。
子供たちは食べながら、いろんな話をしてくれた。
思った以上に、ここはいい孤児院らしい。どの先生も優しいと。
栄養も取れてはいるようだけど、もっとお肉やデザートが食べられたら喜ぶだろうに。
普段自分が食べている食事が頭に浮かんで、ほんの少し胸が痛んだ。
貴族と孤児の境遇を比べても、しょうがないんだけど。帰ったら、もっと寄付金を増やしてくれるように公爵に進言しようかな。
まあ、有意義な時間ではあったわ。
ん? ジェイクが、あたしの後ろを見て微妙な顔になった。
振り向くと――あ!
オーウェン! うわ、空振りかと思ってたら会えた!
私服! ちょっとラフで貴族らしくない、一番上のボタンを外した白いシャツに、茶色いズボンとブーツ。
イベントと同じ、街に出る時の変装用だ。この格好で子供たちと遊んであげるのね。ああ、尊い……。
「ごきげんよう、ランカスター卿。
お会いできて嬉しいですわ」
「……公爵令嬢には、ごきげん麗しく」
ああああ、作り笑いすらなし!
丁寧に頭を下げてくれたけど、完全にただの礼儀通りの言動。
「なぜ、このような場所へ?」
「父の名代に、寄付と視察に参りましたの」
「ああ……なるほど」
いやーっ、冷たい冷たすぎる!
「シルヴィアー!」
えっ。
舌足らずの声がしたほうを見ると、ニーナがニコニコと笑って駆けてきた。
あたしはしゃがんで、ニーナを迎える。
「どうしたの、ニーナ?」
「これ、おかしのおれい! あたしがつくったの」
両手でニーナが見せてくれたのは、可愛らしいピンク色の花冠だ。
なんの花か、わからないけど。
「おひめさまには、かんむりでしょ?」
かっ、可愛いいいいい。
「被せてくれるかしら?」
頭を下げると、ふわっと甘い匂いのする花冠が、あたしの頭上に乗せられた。
「おひめさま、にあう!」
「嬉しいわ、ありがとう」
「うん! またねー」
走って戻っていくニーナに、あたしは手を振った。ニーナもぶんぶんと手を振って、孤児院の中へ戻った。
子供には、あたしの悪役令嬢っぽさはわからないんだな。
うっ、泣きそう。
あたしが立ち上がると、オーウェンが眉根を寄せていた。
……あ、似合わないと思われてる。しょぼーん。
「――ランカスター卿、一つだけ申し上げておきます。
わたくし、王太子妃になろうなどとは思っておりませんので」
「は……」
「失礼致しますわ。
帰りましょう、ジェイク」
オーウェンの好感度は多分、ゼロ。ゲーム上マイナスにはならないけど、この世界ではマイナスかもしれない。
この状態じゃ話せば話すほど逆効果な気がして、あたしは馬車に向かう。
ジェイクはオーウェンに一礼してから、あたしについてきた。
わかってくれるといいんだけどな。
ロゼッタやクラリッサより、オーウェンに誤解されてるのが切ないよ……
✦ ✦ ✦
翌日の月曜日、オーウェンは放課後の鍛錬中に、建物のほうを見た。
今日は、誰も来ていない。
公爵令嬢に会ったあと、孤児院に寄付を届けて、子供たちに話を聞いた。
とても優しくて、おいしいお菓子をくれたと。
孤児院への寄付は、高位貴族の義務に近い慈善事業だ。
だが、子供があんなに懐いて……庭に咲くような草花の花冠を、彼女は笑顔で子供に被せてもらっていた。
「オーウェン、どうかしたのか」
レオニードに声をかけられ、オーウェンは首を振った。
「申し訳ありません。……アシュフォード公爵令嬢の噂ですが」
「ああ、王太子妃を希望しているという話か? あれは、ただの噂だろう」
レオニードがあっさり言い、オーウェンは驚いた。
「僕に寄ってくる令嬢は少なくない。だがアシュフォード嬢は、本当に僕には興味がなさそうだ。
同じクラスにいるが、話そうとすることはまったくない」
「ですが、裏庭に何度もおいでだったのは……」
「ここにいるのは、僕だけではないだろう?」
笑顔で言うレオニードに、オーウェンは言葉を失った。
(わたくし、王太子妃になろうなどとは思っておりませんので)
孤児院で会った時、彼女ははっきりそう言った。
どこか、寂しそうな顔をして。
「……まさか」
「まさか? ありえないことではないと僕は思うよ」
レオニードはまた笑って、オーウェンは俯いた。
ハンカチを差し出されたのは、王太子と自分。
いつもここにいるのも、同じ。
……アシュフォード嬢は、私を?
その日の鍛錬は、あまり捗らなかった。
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次回一行予告:神聖力が弱すぎる!
※第10話は明日18:50頃更新予定です。




