8.聖女候補として
「あーっ、間に合わない!」
「いや、これ、実装無理でしょ。
フラグ管理ややこしくなるから、デバッグの時間足らないよ」
PCに向かう、必死な人々。
あ、これ……この夢、前も見た。
「絶対、ここ削りたくないのにーっ!」
オル学の、開発現場だ!
「そこはプロなんだから。妥協も必要だよ」
「スケジュールの見直し、交渉する!」
稼働予定日、最初の予告から延びたんだよね。
その分、やり込み甲斐のあるゲームになってて好評だったけど。
でも、シルヴィアなんていなかったのにな……
◆ ◆ ◆
クラリッサ・フェアファクス伯爵令嬢は、貴族令嬢の中では浮いた存在と言えた。
厳格なフェアファクス家で、幼少時から一流の教育をされてきた。
人の噂や恋愛沙汰などには興味を向けず、ひたすらに自分を磨く努力を続けている。
社交界で一目置かれてはいたが、親しい友人は少ない。
――聖女候補になった時、戸惑いは強かったけれど嬉しかった。
努力だけでは到達できない、自分自身の道を見つけた気がして。
けれど、同時にアシュフォード公爵令嬢も、聖女候補に認定された。
中央貴族議会の議長を父に持つ、王国内唯一の公爵令嬢。
身分では、まったく敵わない。
神聖力ではクラリッサが優っているものの、平民から認定されたロゼッタが、最も高い神聖力を有している。
クラリッサはこの一年、懸命に学び、修行し、神聖力も学力も魔力も伸ばしてきた。
今現在、大きな差は三人にない。
それでも、学力一位の公爵令嬢と神聖力一位の平民に対し、クラリッサは突出したものがなく、焦りもあった。
……わたくしは、身分も能力も中途半端なのだ、と。
昼休み、昼食を早く終えたクラリッサは、校内の図書館に足を運んだ。
歴代聖女がどのようにこの学園で過ごし、選出されてきたのか。
少しでも近づける話は残されていないかと、様々な本に目を通した。
今日も、何かないかと聖女関連の棚を見ていた。上のほうに、『選ばれし聖女・複数の候補たち』というタイトルの本がある。
あまりないことだが、過去にも同時に複数の聖女候補が出現したことはあったと聞く。
その話なら、参考になるかもしれない。クラリッサは手を伸ばしたが、もう少し、というところで届かない。
踏み台を探してこようかと思った時、ひょいと本を取り出す大きな手があった。
「お目当ては、こちらですか」
驚いてクラリッサが振り向くと、本を手にグラハム・バークレイ公爵令息が立っていた。
「っ、恐れ入ります、バークレイ様」
クラリッサがカーテシーを行うと、グラハムが本を差し出してきた。
恐縮しつつ、両手で本を受け取る。
「昼休みにまで、熱心なことです。
もっとも、聖女候補には休息もそうそう取れないでしょうが、君の努力はきっと無駄ではないと思います」
珍しくも口元に笑みを浮かべて激励され、クラリッサはぎゅっと本を胸元に抱きしめた。
「ありがとうございます。
未熟者ですが、精進致します」
もう一度頭を下げると、グラハムはほかの棚のほうへと移動していった。
「あの令嬢より、よほどいい」
独り言だったのだろうが、去り際に呟いた彼の声は、クラリッサにも聞こえてしまった。
アシュフォード家は、バークレイ家と張り合う名家だ。どちらも王家に忠誠を誓っているが、議会などでもたびたび対立していると、クラリッサも父に聞いていた。
公爵令嬢が聖女になることなど、グラハムには耐えがたいのだろう。
なんにせよ、応援されたのは確かだ。
――頑張らなくては。
クラリッサは本をしっかりと抱えて、図書館を出た。
✦ ✦ ✦
えーっと、さっきこっちのほうに……
あっ、いた!
「クラリッサ様、今よろしくて?」
あたしが声をかけたら、クラリッサがびくっとなって振り向いた。
……いや、もう、慣れたけどね、そういう反応。怖がらないでよー。
あたし、なんにもしてないでしょ?
「わたくしに、ご用でございますか」
「お話しておこうと思ったのよ。聖女にとって、何よりも大切なのは神聖力。
わたくしは、あなた方に勝てるなどとは考えていなくてよ」
「……は?」
あーやっぱり、そういう疑うような顔になるよね。
「本心を話していてよ。わたくしの神聖力では、聖女にはなれないでしょう。
立場上、諦めるわけにもいかなくて努力していること、理解しておいてくださるかしら」
「シルヴィアーナ様……」
「それだけよ。では、失礼するわね」
くるりと背を向けると――うわっ、ロゼッタ!
びびびびっくりしたー。
「失礼致しました! あ、あの、盗み聞きしてたわけじゃありません!
ちょっと調べものがあって、図書館に来ただけで」
両手を振って否定してる。
わかってるよ、そんな子じゃないもの。偶然だよね。
「そう。ごきげんよう」
二人に笑顔で会釈して、図書館を離れた。
ロゼッタにも聞かれてたなんて。
でも前にも言ったことだし。二人にちゃんと、伝わってるといいな。信じてほしい。
あたし、邪魔なんかしないからね。
……今朝、夢を見たのを覚えてる。
多分オル学の、開発者たち。
開発終盤かなあ。
間に合わない、削るか、スケジュールを延ばすかって話し合ってた。
稼働日が遅れたのは本当のことだから、あの夢も本物?
でも、シルヴィアらしい資料は画面に見えなかったな。
いないんだよねえ、最初から。
なのに、あたしはここにいる……
この世界って、本当になんなんだろう。
あたしは、一体なんでこんな世界の、いなかったキャラに転生したの?
それで……この世界に本来いたシルヴィアは、どうなっちゃったのかな。
転生もののお約束では、大体は本物の魂が抜けて、転生者と話して消えて……なんてパターンが多いよね。
でも、シルヴィアの夢は見ない。
ねえ、シルヴィア。
あなた、どこに行ったの?
あたしのこと、見てるの? 今、あなたは何を考えてる?
✦ ✦ ✦
呆然としていたクラリッサに、ロゼッタは控えめに言った。
「あのー……シルヴィアーナ様って、お優しいですよね」
「お優しい?」
まだ訝しむクラリッサに、ロゼッタは笑顔で頷いた。
「私も、同じようなことを言われたんです。聖女には神聖力が最も大切で、家柄なんて関係ないって。
……私、家族には応援されてますけど、平民なのに聖女候補なんて、貴族の方々にはご不快みたいなのに。
シルヴィアーナ様だけが、そんな風に言ってくださいました」
――ロゼッタもまた、クラリッサには強力なライバルだ。
彼女のように、公爵令嬢の話を鵜吞みにはできない。
だが、努力することは無駄ではないはずだ。
クラリッサは、放課後も修行を行おうと思った。
✦ ✦ ✦
シルヴィアーナのあとを、ジェイクが歩いていた。
側にいたので、会話は全部聞いてしまった。
――先ほどのあれは、シルヴィアーナ様の本音だろうか。
嘘をつく理由は……たとえば、油断させようと?
いや、ロゼッタさんも、フェアファクス伯爵令嬢も、そんな言葉で努力を怠る人間には見えない。
シルヴィアーナ様も、そう思われるだろう。競い合っているのは、ご本人なのだから。
では、やはり、本気で……?
目の前を颯爽と歩く主人の真意は、いまだジェイクには掴み切れていなかった。
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次回一行予告:子供たちは可愛い。
※今後も本編完了まで、毎日更新します(本編は21話で完結・外伝として後日談あり)。
※第9話は明日18:50頃更新予定です。




