6.護衛騎士ジェイク・コルト
ジェイクは騎士団の宿舎に戻ると、食堂にまっすぐ向かった。
宿舎内の食堂はいつでも開いていて、騎士のために温かい食事を用意してくれる。
「お疲れ様。今日はシチューが残っているが、それでいいかい?」
「はい、お願いします」
料理長に声をかけられ、ジェイクは食堂の端のテーブルに着いた。
すると、数人の同僚が側に寄ってきた。
「お疲れ、ジェイク。最近、早いな」
「お嬢様の相手に疲れて、いい加減嫌になったんじゃないか?」
「慣れましたよ」
揶揄とも同情ともつかない言葉を、ジェイクはさらりと受け流す。
騎士の一人が、ジェイクの肩を叩いた。
「どんな方にせよ、公爵閣下のお一人娘だ。その護衛騎士ともなれば、多少の苦労はあっても、見返りも大きいだろうよ。
ま、頑張れよ」
食事を終えていたらしい彼らは、笑いながら出ていった。
――どんな方にせよ、か。
初めは、幸運なのか不運なのかわからなかった。
ジェイク・コルトは、騎士爵と同時に姓をいただいたわけではない。
彼はもともと、子爵家の生まれである。
コルト子爵領は土地が瘦せている上にめぼしい特産物もなく、領民を守るためにジェイクの父はいつも苦労していた。
子爵家の中では、底辺に近いと言えただろう。
貴族とはいえ決して余裕がない生活で、ジェイクは剣術も学業もしっかりと学んだ。
「無知と無力は、生きる力を持たないのと同じことだ」
父はそう言って、ジェイクを養育してくれた。母はジェイクが物心つく前に病死したが、まともな医師に診てもらえていれば、命を長らえていただろうと使用人が話していたのを聞いたことがある。
事実か否かは知らないが、貧しさが命を縮めたのは、後年の父も同じだった。
ある年、凶作が領地を襲い、父は大貴族の商人と取引をして、領民を救うだけの金を稼ごうとした。
しかしその商談は騙されたも同然で、儲けどころか負債を負う羽目になった。
父は奔走し、どうにか領民へ援助を行ったが、過労で倒れて帰らぬ人となった。
なおも残った借金を返すため、ジェイクは子爵位を売り渡した。爵位を持っていたところで、何もならない名ばかりの貴族だ。
買い取った平民は、領地内に鉱山を見つけていたらしい。先に知っていたとしても、コルト家では採掘する資金さえ用意できなかっただろう。これで領民は助かる、とジェイクは故郷をあとにした。
伸ばしていた髪を切って売り払い、路銀にした。珍しい黒髪なので、意外と金になった。かつて使用人には綺麗な髪だと言われていたが、以後は手入れも面倒なので、伸ばすことはやめた。
そして父が与えてくれた力は、ジェイクが生きていくのに十分なものだった。
仕事を求めて王都へたどり着き、傭兵稼業をして暮らした。若さゆえに当初は足元を見られたが、剣技を披露すると商人の護衛など、依頼には事欠かなかった。
王都に来て半年も経ったころ、たまたま騎士たちが追っていた窃盗団に出くわし、捕り物に協力した。
それが、アシュフォード公爵の騎士団であった。
「ジェイク・コルト……貴族籍によると、爵位は他者に譲ったようだな。
今回の働き、騎士爵を与えられるだけのものだ。我が家にて、正式な騎士とならんか?」
こうして公爵に認められ、ジェイクは公爵家の騎士団に入隊した。
十七歳になる前のことである。
父を騙した貴族とは比べ物にならない、王都でも名高い二大公爵家のひとつ。
そこに仕えることになるとは、皮肉なのか、僥倖なのか。
ジェイクは、何があっても生き抜くのだと決めていた。生きることが、父に報いることだと思ったからだ。
騎士団に入って数か月後、公爵家の令嬢が社交界へデビューすることになった。
その際、ジェイクは公爵に護衛騎士の任務を命じられた。
「シルヴィアーナは、我が宝だ。いかなるときも側に仕え、必ず守り抜け」
二歳年下の令嬢に会ったとき、美しいが冷たい目をしていると思った。
「そう、お前がわたくしの護衛騎士なの。
お父様が指名なさったのだから、感謝して仕えなさい」
そう言って、あとはジェイクに話しかけることはなかった。
護衛騎士など、彼女にとってはいざというときの盾であり、普段は空気同然なのだろう。
……どんな方にせよ、この方を守ることが自分の使命だ。ジェイクは「この命に懸けて、お守りいたします」と応えた。
それから、彼女は「聖女候補」となり、ジェイクは王立学園への出入りも許され、常に側に控えた。
見ていて気づいたのは、目下の者に優しいとは言いがたいが、わがままを言ったり無茶振りをしたりするわけではない。ただ「上に立つ者」らしいふるまいをしている、そういう方だった。
父親ほど聖女の座にこだわっているようには見えないものの、真剣に努力している。学業も、魔術も、神聖力を伸ばすための鍛錬も怠らない。
同僚の騎士たちは「身勝手なお嬢様」と思い込んでいるようだが、決してそうではなかった。
とはいえジェイクは相変わらず、彼女にとって空気だった。
――のだが。
最近の……二年に進級したころからのお嬢様は、どこか変わって見える。
別人というほどではないが、以前ほど自分を無視しない。
「家の中でまで、ずっとついてなくてもいい」と言われたのも驚きだが、「おやすみ」と挨拶された時には、なんの気まぐれでそんな言葉を言ったのかと思った。
しかし、その後も「おはよう」「おやすみ」を言ってくるのだ。
ライバルである、聖女候補にも柔らかな態度を取っている。
……聖女候補になっても消えない、悪評を気にしているのだろうか。
今日の放課後、裏庭に足を運んだのは?
そこには、王太子と騎士団長の令息がいた。まるで、最初から二人がそこにいると知っていたように、建物の陰から見守っていた。
見つかって、ハンカチを差し出して断られていたが――あれは、やはり貴族の慣習である男性への好意を示したものなのか。
先日のお茶会では、王太子妃候補なんてとんでもない、といった謙遜をしていたが、実際は王太子妃になろうと……?
しかし進級初日の朝は、特に王太子を気にしている素振りは見えなかった。
「わからん。……想像しても、無駄か」
「何ぶつぶつ言ってるんだい? ほら、どうぞ」
「――ありがとうございます。いただきます」
運ばれてきた温かなシチューとパンを前にして、ジェイクは考えるのをやめた。
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次回一行予告:推しの誤解はつらい。
※第7話は明日18:50頃更新予定です。




