3.あたしの推し!
そうか。
読み書き会話もできるけど、日本語じゃないから、こっちの言語になるんだ。
で、公爵令嬢っぽい言い回しに、自然となるんだろうな。前世でも、「上流階級のフランス語は上品さが違う」なんて話もあった。
それなら、「この世界にない言葉」を言うとどうなるんだろ?
スマホが欲しい。
「%★¥?があればよろしいのに」
ん?
自分でなんて言ったか、わからなかった。
スマホ、スマートホンだよ。
「%★#&¥?ですわ」
なるほどねー。存在しない言葉は、単語にならないんだ。
ジェイクが、少し引いてる。しまった、一人じゃなかった。
「気にしないで。少し魔術の呪文について、考えていただけ」
「……はい」
何か言いたげだけど、護衛騎士が公爵令嬢におかしなことは言えないよね。
さっき、ロゼッタを褒めたら驚いてたみたいだけど。
護衛騎士にも悪役令嬢扱いか。ふう。
✦ ✦ ✦
まずは、教室で授業ね。一日のスケジュールはゲームと同じ?
この円形の講義室、大学と同じだなあ。記憶が戻った今は、懐かしいな。
自由席ではあるけど、高位貴族ほど前のほうに座る習慣がある。
あたしと、レオニードとグラハムは最前列ね。
せっかくなら、ロゼッタやクラリッサの近くに座りたかったなー。
ジェイクは、教室の後ろに立っている。高位貴族には、護衛騎士の校内同伴が認められているから、ほかにも数人いる。
当然レオニードの護衛もいるけど、必要ないほど本人が強いのよね。
それを言ったら、聖女候補は神聖力で保護魔術や結界が張れるから、護衛騎士なんてあまりいらない気はするけどね。
公爵令嬢の身分上、一人にはできないんだろうな。
「では、授業を始めます。教科書を開いて――」
この髭を生やした中年の先生、名前のない背景みたいな扱いでいたなあ。
モブもある程度、ゲームと一緒、と。
教科書の字は読めるし、内容は……中学程度の数学か。これは楽勝だわ。
公式も、前世と変わらない。ゲームで独自設定してないからかも。
シルヴィアの記憶と前世の記憶で、勉強は問題なさそう。
先生が説明をする前にさらさらとノートに書いていると、隣のグラハムがちらっとこちらを窺ってきた。
ごめんなさいねえ、これも一種の転生チートよ。
古語の授業まで軽くこなして、昼休みは食堂で食事。ジェイクも同席した。
本来は相席できる身分じゃないけど、護衛だものね。
それにしても、ジェイクって所作が綺麗。食べ方が上品で……騎士爵って言っても、もと平民とは思えない。
もしかして、貴族の血を引いてたりするのかな。
ま、どうでもいいか。公爵家に雇われてるのは、低位貴族や伯爵家の次男以下で家を継げない人もいるし。
ジェイクも、そんなところなんでしょ。
午後は魔術の授業になった。うん、昼休み以外、ゲームと同じ。
このスケジュールが基本的に五日続いて、週末は休み。ロゼッタは寮住まいで、スタミナ回復のために実家に帰って過ごすこともしていた。
でも、メインは街に出て、攻略対象や、ステータスアップのイベントをこなす。
スタミナって……普通に食事して寝てれば、回復するよね。
なら、イベント発生場所を回っていくべきかな。
「アシュフォード嬢、先ほどの実践を」
「はい、先生」
魔法の先生は、眼鏡をかけた女性。これまた、背景になってたキャラだけど。
えーと、さっきの……
『大気に溶ける潤いよ、巡り集い――貫け!』
あたしの目の前に集まってきた水滴が水流となり、少し離れた的の真ん中に当たって突き抜けた。よし。
「見事ですね」
「恐れ入ります」
魔術行使って、古語の読解と数式の組み合わせなんだもの。
頭の中で暗算しながら、覚えた古文を言うだけ。
この世界の古語なんて、日本語の古文より簡単に読める。魔力が低くても、これなら魔術はしっかりできるわ。
……ちょっと、いちいちざわつかないでくれないかな。
あたしの実力よ、実力。
多少の転生チートはあるけどね!
✦ ✦ ✦
一日過ごして、スケジュールと現在のステータスがなんとなくわかった。
今は神聖力だと、ロゼッタ>クラリッサ>>>あたし。
魔力は、ロゼッタ=クラリッサ>>あたし。
学力が、あたし>>>クラリッサ>ロゼッタ。
あたしは差が極端だけど、トータルでほぼ同じみたい。
でも、二年生夏のイベントで神聖力が大事な場面があるから、そこでロゼッタがリードしそう。
いいんだけどね。
あたしは聖女になりたいわけじゃない。真面目にやるべきことをやってるだけで、ダメなら仕方ない。というか、普通に考えてロゼッタを邪魔しなければ、あたしが聖女になるわけがない。
悪役令嬢みたいなポジションでも、婚約者も断罪もゲームにはないんだから。
公爵令嬢なら、不自由なく暮らしていける……と、思う。
……ただ、政略結婚は嫌だけどなあ。
マルチエンディングだから、ロゼッタもクラリッサもどうなるかわからないし。
まして、いないキャラのシルヴィアなんてどんな結末になるやら……
あーもう、全員攻略して聖女になって王太子妃になったトゥルーエンドも見たのに、ゲームの知識がいまいち役に立たない!
ため息を堪えて校門へ歩いていくと――
あ。
あ、あ、あ。
オ、オーウェン!! 推しキターーー!
オーウェン・ランカスター侯爵令息! あたしの、前世の推し!!
「ランカスター……卿。ごきげんよう」
「おや、アシュフォード公爵令嬢。お帰りですか」
は、話しちゃったー!
声も同じー! 赤毛が夕陽で、燃えるように見える。アンバーの瞳も夕陽で照り返って、すっごく綺麗。
――オーウェンは騎士団長の息子で、軍系名門侯爵家の跡取り。
剣術は騎士団長に迫るほど、っていう立場で自分自身は家を継ぐのになんの障害もないのに、双子の父親が後継者争いをしていたせいで、トラウマ抱えてるの。母親も早くに病死してるし、優しいお姉さんも守ろうとしつつ、自由に憧れてる。
ちょっときつめの美形だけど、一見気さく。なのに、ちょいちょい皮肉言って孤立しがち。
でも、それも本人が「自分は結局定められた生き方しかできない」っていう諦観から来てるんだ。モテるし女性にも紳士的なようでいて、一線引いてる。
攻略途中で「聖女なんかやめて、一緒に逃げないか?」って冗談めかして言うんだけど、その時の表情がね!
あ、これ本音なんだ、ってわかるけど、「ははっ、冗談だって。お嬢さんはすぐ人を信じるんだな」って誤魔化すの。
切ないよね! よくない!?
……はっ、ついつい、オタクの早口推し語りを、脳内で展開してしまった。
「では、ごきげんよう」
ああっ、手を振って行っちゃったー!
もーあたしのバカ! もうちょっと、話せばよかったのにー!
……でも、過去一テンション上がった。推しがそのまま存在してるって、破壊力すごい。
はあああああ。幸せ……
あ。
ジェイクが、じーっとあたしを見てる。
「帰りましょう」
「はい」
澄まして言ってみたけど、脳内はさっきのオーウェンの顔でいっぱいだった。
ヤバい。今夜、眠れないかも……
あたしは内心ふらつきそうになりながらも、優雅に歩いて馬車へ向かった。
✦ ✦ ✦
帰宅したら、部屋に戻って、着替えて、食事。
そういえば、前世を思い出してから家族が揃ったの、今夜が初めて?
父親が仕事で、留守だったし。
うーん、今夜もこんな豪華な……
毎晩コース料理なんて食べてたら、太らない? と思うけど、魔術使うのにスタミナをかなり使うらしいんだよね。
ゲーム内でのスタミナの扱いは、こういう設定になってるわけか。
それなら、平民に魔力が高い人間が少ないのも、魔力が高ければ養子や特待生にして学園に通えるのも、筋は通る。
でもこの状況だと、貴族階級との格差がなかなか埋まらないよね。
こういうの、ゲームだとさらっと流しちゃうけど……ロゼッタが「聖女になれたら、家族が楽になる」って頑張るの、実感としてわかって辛い。やっぱり、ロゼッタが聖女になるべきだと思う。
前世のあたしはまあまあ恵まれてたけど、特別裕福じゃなくても大学まで行けてたわけだし。
この世界も、遠い未来には革命で変わっていったりするのかな。
魔法があるから、そう簡単にはいかないか……
「学力一位だったそうだな、シルヴィア」
突然、上座の父親に話しかけられた。
「はい、お父様」
金髪というより白髪頭で、短めのオールバック。口髭が今日学園で会った先生にちょっと似てるけど、ずっといかめしい。
イケメン……ではないな。太ってはいないし、立派な紳士には見えるけども。
よかった、シルヴィアが母親似で。
「Aクラスは当然だが、よくやった。聖女になるのは、お前であるべきだ」
おおう。公爵は、こういう父親なのね。高位貴族にありがち。
中央貴族議会の議会長も務めてる人だし、娘が聖女になったら権力集中しすぎたりしない?
今はグラハムのバークレイ公爵家と、バランス取れてるみたいだけど。
「あなた、またそんな……シルヴィアが幸せになるなら、なんでもいいでしょう」
母親が窘めてくれた。
シルヴィアと同じ金髪をアップにしてまとめてて、紫の瞳も一緒だ。顔つきは、シルヴィアよりは優しい感じ。
「う、うむ。シルヴィアの幸せが第一だが」
あら。奥さんには弱いんだ。
妻子に有無を言わせない、昭和的な「旦那様」タイプかと思ったら。
記憶がふっと浮かぶ。
お母様は、昔から優しかった。後継者のアルスラン……あたしの弟、ね。アルスランとあたしを、変わりなく大切にしてくれる。
お父様は……ん、嫌な人ではないな? 厳しいけど、聖女になるのが最高の名誉で、幸せだと思ってるわけだ。
二歳年下のアルスランは、シルヴィアが「次期公爵に相応しくありなさい」と厳しいので、ちょっと距離あり。
でも、小さいころは可愛がってたし、アルスランもシルヴィアが嫌いではないみたい。
ふーん。悪役令嬢っぽくても、甘やかされても虐げられてもいない。
テンプレの悪役とは違うんだ。
いい家族じゃない。使用人はちょっとシルヴィアにビビってるけど……あたしの記憶では、理不尽なことはしてないんだよな。
ただまあ、言動はきつい。そりゃあ、身分が身分だからそれらしくふるまえと教育された結果。
それって、あたしのせいじゃなくない?
そのあとは無難に話して、食事は終わった。
部屋の隅に、ジェイクが立ったまま。そういえば、食事中ずっといたわよね。
着替えの時、部屋の外で待ってたけど、いつ休む気?
「お前、食事に行かないの?」
「お嬢様が、お部屋に戻られましたら」
いつもそうだったっけ?
どうもシルヴィアが護衛騎士ってものを空気扱いしてて、ジェイクに関する記憶があまりないんだよねえ。
「家の中でまで、ずっとついてなくてもいいわよ。お前も部屋に戻って、休みなさい。
おやすみ」
そう言って、あたしは自室に向かう。
返事がなかったからちらっと見ると、ジェイクはポカーンとしていた。
あ、おやすみなんて言ったことなかったか。
それぐらい言ってもいい気がするけど。令嬢らしくない?
そんなことないでしょ、世話になってるんだから、挨拶やねぎらいはすべき。
うん、これはあたしの考えでやっていこう。
はー、今日はいろいろあって疲れたなあ。
でも、オーウェンに会えた。かっっっっっこよかったー!
明日も会えるかな。……ふふふ。
いい夢見られそー。
お読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。
次回一行予告:ゲーム知識が通用しない!?




