2.ゲームの舞台へ
豪華な馬車の中から、外を眺める。
広場の高い時計塔は、どこを通ってもよく見える。
あー、今通り過ぎた先に、ロゼッタがドレス作るブティックがあるんだっけ。
卒業パーティーで着るドレスは、好感度が一番高い相手がプレゼントしてくれる。そうなれば、エンディングの相手にほぼ確定ってこと。
恋愛イベントのフラグが足りないと、学校側がドレスを用意してくれて攻略失敗。イベントが豊富だから、攻略人数は少なくてもやり応えがあった。
聖女エンドを筆頭に、マルチエンディングもオル学の楽しみ。恋愛相手と卒業後の進路は別扱いだから、聖女一筋にもできるし、単に結婚相手が決まって終わりもある。
レオニードが相手の場合、いきなり寮にドレスが贈られてきて、体に当てて驚くロゼッタの一枚絵が出る。
あのドレス、繊細なレースと刺繍で飾られてて可愛かったなあ。
どこでサイズ知ったのよって話だけど、制服も学校が用意してるから、多分学校経由で用意させてるんだろう。王太子だし、本人が動くのはせいぜい、カタログからドレスのデザインを選ぶ程度でしょ。
クラリッサが王太子妃になるルートでは、可愛らしさを強調したロゼッタと違って、上品で格の高さが窺えるドレスだった。
クラリッサもほかのキャラとの交流があって、ロゼッタとは別の攻略対象と恋仲になることも多い。
どっちにしても、レオニードはシルヴィアとは無関係、だよね。
記憶の限り、この一年であまり会話もしていない。
推しじゃないからいいんだけどさ。
あたしの推しは……
ガタン、と少し揺れて、馬車が止まる。馬車の扉が開くと、すかさず、向かいに座っていたジェイクが立った。
外に出て、あたしに手を差し出す。
エスコートに内心ちょっとビビったけど、あたしは自然にその手を借りて、ゆっくりと馬車を降りた。
体が覚えてるってやつかな。手袋だからよくわからないけど、ジェイクの手は大きい。背も高いし。
なんであたしの護衛騎士になったのか、覚えていない。父親の公爵が決めたのかも。
降りたのは、学園の校門前。ああ……間違いなく、オル学だ。
前庭の中央に花壇があって、東側は二年生棟、西側は一年生棟、奥の建物が三年生棟。
右の東側へ歩いていく。数歩下がって、ジェイクがついてくる。
今日は二年生初日だから、まず建物前に貼りだされたクラス分けを見ないとね。
って、あたしが来たら、ささっと周りが道を空ける。……モーゼが海を渡るんじゃないっての。
そこまで委縮しなくてもなー。通りやすくてありがたいけどさ。
たどりついた掲示板を見上げる。
一年生の学年末試験の結果で、AからDまでのクラス分けがある。
すぐに、見つかった。Aクラスの上位に、あたしの名前がある。
『シルヴィア―ナ・アシュフォード 学力一位』
学力一位?
これゲームと同じ、プレート表記……
ふわっと、記憶が浮かんでくる。
そうだ。
シルヴィアは偉そうな公爵令嬢、そう言われて嫌われてるけど、実際はきちんとやるべきことをやる。
あたしは、しっかり努力して、勉強して、身分に恥じない結果を出してきた。
「神聖力の低い聖女候補」「神殿が忖度した」なんて、陰口叩かれてるのも知っている。
だからって、シルヴィアは腐ったりしない。
自分がすべきこと、したいことをして、人の評価に振り回されない。
……だから、悪役令嬢みたいな扱いなんだな。
表面しか見ない人には、嫌味な女に思えるんだろう。
学力・魔力・神聖力の一位は、名前の横にそのプレートが付いている。
ゲームに出てくる画面と同じだ。ゲームはイベントフラグのほかに、学力・魔力・神聖力のステータスと人望・評判で聖女が決まるから、わかりやすくなってる。
ゲームなら納得するけど実物で見せられると、なんというか……そこまで公開しなくても、って思うけど。
『ロゼッタ 神聖力一位』
あ、やっぱり神聖力はロゼッタがトップなんだ。さすが、ヒロイン。
『レオニード・デュ・サーヴォルトス 魔力一位』
魔力はレオニードか。ゲーム設定どおり、王族は魔力が高いってわけね。
ゲームでガチガチに育てていくと、ロゼッタも同率一位にはなれるけど、レオニードが二位に落ちることは絶対なかった。
ざわ、と周囲の雰囲気が変わって、みんなが頭下げている。
振り向いたあたしも、自然と制服の裾をつまんで、お辞儀を行った。
「やあ、おはよう。学力トップか、さすがだね。アシュフォード公爵令嬢」
「おはようございます。恐れ入ります、王太子殿下」
レオニードが来ちゃったよ。
……リアルで会うと、これぞ日本人が夢見る王子様って感じ。
ふわっとした金髪巻き毛は長すぎず、清潔感があって、吸い込まれそうな青い瞳をしてる。サーヴォルトス・ブルーと呼ばれる、王家独特の青。
あたし好みじゃないけど文句なく美形だし、にこやかで爽やか。
……でもレオニードも、いろいろある人なんだよね。
「魔力はまるで王太子殿下に及びませんが、今後も精進いたします」
「はは、ありがとう。僕も次の試験では、学力にも注力しないとね」
レオニードの笑顔で、周りの女子生徒がぽーっとなってる。
憧れるのはわかるけど、落とすの大変なんだよ、この人。なかなか本音を見せてくれないからね。
攻略対象の好感度が同じになると、レオニードが一番優先順位は高い。ただし攻略難易度も高いからなあ。
ルートに入っても、簡単には攻略できない。
王太子を平民が射止めるんだから、難しくて当たり前だ。オル学はガチの育成ゲームで、攻略対象との恋愛も一筋縄ではいかない。あたしもレオニードルートは五回トライして、やっとクリアした。
クラリッサが王太子妃になるルートのほうが、何度も見てる。
なんて、過去の話だ。今のあたしには、ただのイケメン王太子。
目の保養にはなるけども。
一瞬、レオニードが真顔になって、すっと距離を取った。
……出たな、レオニードのライバル。
「おはよう、グラハム。君もさすがだね」
「おはようございます、王太子殿下。いえ、まだまだですよ。魔力のみならず、学力でも後塵を拝するとは」
グラハム・バークレイ公爵令息。宰相の息子。
王太子とは「ご学友」として子供のころから面識があるけど、あまり仲が良くない。
あ、思い出した。
アシュフォード家とは二大公爵家ってことで、あたしの家とも牽制し合う間柄だ。
見るからにインテリだから、剣や魔力より頭脳派だけど、今回はあたしに負けたってことね。
そう考えると、ちょっと気分いいわ。
まったくこっちを見ないけど、まあいいでしょう。ふふっ。
もともと、クーデレのインテリキャラも好みじゃないしさ。
ん、また、周囲がざわついて……あっ、クラリッサ!
ハーフアップにしている紺色の髪がなびいて、綺麗だなー。
前世ではありえない髪色だけど、その世界に入っちゃえば違和感なんて感じないな。
クラリッサの髪は全体がストレートだけど、胸元あたりで細い縦ロールになってる。縦ロールと言ったら悪役令嬢の象徴っぽいけど、クラリッサはデザイン的にもあまり派手な巻髪になってないから、そんな感じはしない。
プレイヤー人気もあったしね。
クラリッサは、あたしたち三人を見つけると、優雅にカーテシーをした。
「おはよう、フェアファクス伯爵令嬢。やっぱり君もAクラスだね」
「伯爵令嬢、聖女候補として励んでいるようですね」
笑顔と真顔。ふーん、クラリッサとの好感度も、そんなに上がってないのかな。
呼び方も名前じゃないし。
「おはようございます、王太子殿下、バークレイ様。
今年度もよろしくお願い申し上げます」
おっと。
あたしが先に声をかけないと、クラリッサからは挨拶できないんだ。身分の低い人間から、高い人間には話しかけちゃいけないから。
面倒だなあ、貴族社会。
「おはよう、クラリッサ様。
ご一緒できて嬉しいわ」
眉を寄せたように見えたけど、すぐヘーゼルの瞳を伏し目がちに、控えめに微笑んだ。
「おはようございます、シルヴィアーナ様。
引き続き、よろしくお願い申し上げます」
……ロゼッタのときは強気なクラリッサが、シルヴィアにはそうできないんだ。
なんか寂しいなー。あたし、クラリッサも好きなんだけど。
注目されてるなあ。聖女候補のライバル同士の対決、って見られてるんだろうな。
いやいや、あたしは――シルヴィアは真面目だから、候補になった以上はちゃんと努力してるよ。でも、聖女になれるともなりたいとも思ってないの。
明らかに、ロゼッタとクラリッサのほうが神聖力上だからね。
ざわざわっと、どよめき。今度は何……
あ。
薄いピンクから毛先へ向かって濃くなる、グラデーションの髪。毛先は肩の下辺りで、くるんと巻いている。
緑色の瞳をきょろきょろさせて、歩いてくる女の子。
ロゼッタ……
か、可愛いいいい! いかにもヒロインって感じのピンク髪、めっちゃいい。
日本的に言うと、桜色から桃色に変わっていく感じ。
大きな瞳は、エメラルドみたい。うわー、ヒロインの存在感、半端ないわ。
「おはよう、聖女候補の君、Aクラスですよ」
「おはよう、神聖力一位はすごいな」
おおっと、グラハムが先に声をかけた。
名前を呼んでないから好感度はまだまだだろうけど、レオニードよりグラハムのほうが上なのかな?
「あ、おはようございます! 王太子殿下、バークレイ様。
えっと……あ、ありがとうございます」
思いっきり日本的なお辞儀だけど、平民なりに一生懸命な感じがして、悪くはないよね。
レオニードもグラハムも、頷いてるし。
あ、あたしと目が合った。
……ちょっとちょっと。硬直しないでよ、ロゼッタ。
そんな反応されたら、あたし悪役令嬢そのものじゃない。
「おはよう、ロゼッタさん。
同じクラスね、頑張りましょう」
大きな目が、さらに大きくなった。それほど驚かなくても。
「は、はいっ!」
あ、笑ってくれた。
やっぱいい子だし、可愛いわー。
「本当に礼儀正しくて、愛らしいこと」
っと、小声とはいえ、心の声が漏れたような。
ん? なんか、思ってたことと言葉が違った?
すぐ側にいたジェイクが、あたしのほうを見たのがわかった。
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次回一行予告:推しに会えました(昇天)




