1.あたしは誰?
ハートに囲まれた女神像が輝き、これまでの会話シーンとともにスタッフロールが流れる。
「やった……! 最後のスチル、埋まったあああああ!」
スマホを握りしめると、達成感と同時に疲労がどっと襲ってくる。
あたしはベッドに倒れて、病院の天井を見つめた。
「病人がやるには、ちょっと歯応えありすぎるゲームだったなー。
でもとりあえず、現時点でコンプリートだわ。
来月にはまた、新イベント追加されるだろうけど」
窓の外を見ると、陽が暮れていた。そろそろ、看護師さんが夕食を持ってくる時間だ。
……病気になって、初めて大学で倒れてから、半年か。
「来月……イベント、できるかな」
たった半年。
でもこの半年で、あたしは覚悟を決めていた。
多分、もうすぐ死んじゃうんだって。
進学校から希望大学の教育学部にストレートで合格して、二年目だった。
夢があったのに。
中学の時の先生みたいな、ただ教えるだけじゃなくって、生徒を勇気づけられるような教師になりたかったのにな。
家族も主治医の先生も、あたしには何も言わない。
でも、わかっちゃうよ。
お母さんの泣き腫らした目や、お姉ちゃんのわざとらしい冗談、忙しいはずのお父さんがこまめに見舞いに来てくれたらさ。
仕方ない、って――思えちゃったのは、家族がいたからかな。
短い人生でも、幸せだったなって思えたから。
……あ。
ヤバいな……苦しく、なってきた。
コールボタン……、押さない、と……
「――さん! 大丈夫ですか、聞こえてますか!」
聞こえてる、けど……
意識が、
遠く
なる……
✦ ✦ ✦
豪華な装飾が施された、姿見を見つめる。
長い金髪はウエーブがかっていて、背中の中ほどまである。見慣れた紺色の制服に、よく映えて見える。
顔立ちは間違いなく美人だし、紫の瞳はほんとに綺麗だ。
でも吊り目がちだし、細い眉と相まって、印象はちょっと怖い。
はいはい、知ってますよこの雰囲気、悪役令嬢ってやつですよね。
でもさ。
シルヴィアーナ・アシュフォードって……
誰?
――数日前に、あたしは前世の記憶を思い出した。
現代日本の大学二年生で、病死してしまった過去を。
そして、入院中のベッドの上で、死ぬ直前にやっていたゲームのことを。
✦ ✦ ✦
ゲーム会社のロゴ、制作スタジオのロゴに続いて、舞踏会のような優雅な三拍子の音楽が流れる。
「君が、聖女候補だね。畏まらなくていいよ、これから同級生として、よろしく」
少し巻き毛の金髪に、青い瞳をした優しそうな美形にカットインで名前表示――
『誠実な王太子 レオニード・デュ・サーヴォルトス』
「聖女候補なのですから、生まれに関わらず、上品なふるまいをお願いします」
オールバックの長い銀髪を首の後ろでまとめ、ブルーグレイの目にモノクルをつけた冷たそうな美形にカットイン――
『生真面目な公爵令息 グラハム・バークレイ』
「ははっ、お嬢さんは大変だな。もっと、肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」
毛先が肩につくぐらいの赤毛の、アンバーの目で明るく笑っている美形にカットイン――
『気さくな侯爵令息 オーウェン・ランカスター』
と、数名の美形と名前が流れていって……
「わたくし、あなたに後れを取るつもりはないわ」
ストレートから毛先が縦ロールになる紺色の長い髪、ヘーゼルの瞳をした美少女――
『もうひとりの聖女候補・伯爵令嬢 クラリッサ・フェアファクス』
花びらが画面を舞い、アップになった向こうから立派な建物と校門が見えてくる。
「神殿の聖女が守護する、サーヴェルト王国。
十五歳になった女子は、神殿で神聖力を測られる。
そしてあなた――ロゼッタは、平民ながら最高の神聖力を記録して、聖女候補となった!」
四方から光が集まり、人の形になる。
光からセミロングの、ピンク髪の女の子が現れて、笑顔でくるりと一回転。
校門が開き、女の子がその中へ走り出す。
「三年間の学園生活で学び、修行し、聖女を目指すことに。
そこで待ち受ける、高貴な男子学生たちとの出会い――
ロゼッタは卒業後、聖女となれるのか。
そして一体、誰の手を取るのか……!?」
『 王立オルディニア学園 ~聖女を目指し、恋せよ乙女~ 』
――タイトルロゴが表示され、壮大な音楽が終わる。
✦ ✦ ✦
通称『オル学』。
あたしが前世で、最期にプレイしていたゲーム。
気がついたのは、公爵令嬢として目覚めた朝。
夢に見たのだ。前世の終わりを。
そう、あたしは異世界転生ってやつをしていたのだ。
それも、オル学の世界に。
窓の外に見える、王都名物の時計塔。ゲームで散々見た景色で、確信した。
ここは、サーヴェルト王国だ。
いかにも貴族らしい、大きなベッドに豪華な絨毯、飾られた絵画、見上げればシャンデリア、窓の向こうはバルコニー。
最初は、クラリッサに転生したのかと思った。
で、姿見を見たら――この、金髪美人。
こんなキャラ、見たことがない。
……混乱したっての。
だっていないのよ、オル学には。
あたし――シルヴィアーナ・アシュフォード公爵令嬢なんて、キャラクターは!
ゲームキャラは、ロゼッタ、ライバルのクラリッサ、五人の攻略対象、二人の隠し攻略対象、NPCに先生に……
モブの同級生だって、もちろんいる。
けど、公爵令嬢って、モブにしちゃ身分が高すぎでしょ?
しかも、あたしは……
そう、覚えてる。
あたしには、シルヴィアーナ――シルヴィアとして生きた記憶が、ちゃんとある。
一年前の春、十五歳で神殿に行った。
そこで触った丸い水晶が、ぶわっと光って。
「こ、これは……聖女に足る、神聖力ですぞ!」
大神官が、驚いて言った。
……聖女になるには、ギリッギリだったけどね。ロゼッタやクラリッサと違って。
でも、あたしはその結果――
三人目の、聖女候補に認定された。
その上、このきつい容姿で、公爵令嬢。
身分が高いから高慢で、社交界での人望なんて酷いものよ。
悪役令嬢そのものじゃない?
「意味が、わからないわ」
前世の記憶が戻った時、パラメータを確認しようと机の上でステータスウィンドウを呼び出そうとしたけど、「ステータス確認」って言っても、何も出なかった。
それらしいボタンもない。
ゲーム画面がわからないタイプの転生かー!
ゲームにいないキャラだから、当たり前?
頭を抱えた。
……そもそもね、あたしがいた前世の乙女ゲーには普通いないよ、悪役令嬢なんて。
小説や、漫画ではよくあるよね。悪役令嬢に転生しちゃって、ゲームで断罪されるのを回避するために努力して、結果的にヒロインより攻略相手に好かれちゃうパターン。
でも、実際の乙女ゲーは、ほっとんどいないからね、悪役令嬢みたいなキャラは。
大体さ、攻略対象に婚約者がいて、浮気して、婚約者が浮気相手に危害加えたから断罪って。それ、浮気するほうにも問題あるよね。
しかも、婚約してるのが王太子だの皇太子だの、公爵令息だの?
政治的な婚約でうんぬんって設定で。そしたら、まず婚約をどうにかしてから、恋愛すべきでしょ。
身分と立場からして、無理あるわ。
そんな略奪ゲーム、後味悪くてやってられない。
だから、悪役令嬢なんていないんだと思う。
でも、異世界転生の定番だよね、乙女ゲーの悪役令嬢って。
いつも不思議に思ってた。
そのあたしが、乙女ゲーの世界に転生したのは、置いといて。
……ゲームにいない、悪役令嬢ってどういうことよ!?
はー、とため息をつく。
そして、現在あたしは、王立オルディニア学園の二年生。
ゲームが始まって、一年経つ。
コンコン、と扉を叩く音がした。
「どなた?」
「……ジェイクです。お嬢様、そろそろお時間でございます」
控えめな、男の声がした。
あたしは扉に近づいて、そのまま開ける。
そしたら、黒髪のイケメンが、びっくりして立っていた。
あ、そっか。
普通、あたしは開けないんだ。「入りなさい」って言って、彼が開ける。
前世の記憶が戻ってるせいで、シルヴィアと行動が違うのは……まあ、仕方ない。
転生ものの定番だ。慣れよう。
ま、公爵令嬢に文句が言える人も、そうそういないだろうし。
ジェイクと名乗ったイケメンが、手を胸に当てて頭を下げた。
いかにも騎士らしい、パリっとした服装、腰に剣。
――えーと。ジェイク・コルト、だっけ。
あたしの、護衛騎士だ。
この国の高位貴族には、社交界デビューと同時に護衛騎士がつく。
学校にもついてくる。
さっき食事を済ませて、身支度もメイドにしてもらった。
……行くしかないよなあ、学園へ。
あたしが無言で部屋を出ると、扉を閉めたジェイクがあとをついてきた。
シルヴィア同様、ジェイクなんてキャラはゲームにいない。
短めの黒髪に、黒……違うな、少し青っぽい目。
モブだから、攻略対象に比べて色は地味なのかな。
記憶はあるにはあるけど、どうも途切れ途切れだし、まず学園の状況を確認しないとね。
あー、不安しかない!
オル学は平和な恋愛シミュレーションなのにー!
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次回一行予告:この世界の言葉は?




