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外伝2・1.突然の縁談

オルディニア学園卒業から十年後、オーウェン・ランカスターは史上最年少の若さで、王宮騎士団長になっていた。

代替わりした頃には「父の七光り」と陰口を叩く者もあったが、騎士団員は全員、彼が父親以上の剣豪だと知っている。


同時に侯爵位も継ぎ、父親の前騎士団長はすでに隠居の身である。

かつて王の剣として勇名を馳せたガレス・ランカスターは、今では王都の侯爵邸でゆるりと過ごし、たまに友人を招いてはチェスを楽しむ。領地に戻らずにいるのは、オーウェンがいまだに独身であるせいもあった。


ガレスは何度か縁談を持ちかけたが、オーウェンにまるでその気がなさそうなのを見て、最近は諦めたようだ。とはいえ、王都でも人気の高い侯爵が独身でいるのは、本人の幸せのためにならないのではないかと考えている節がある。後継者問題も、歴史ある名門侯爵家には付き物だ。

オーウェン自身は姉に健康な息子がいるので、爵位は甥に譲ればいいと思っていた。


過去を引きずっているつもりはない。

結婚したいと思える女性に、長らく出会っていないだけだ。無理にする必要も感じない。


「よし、今日の訓練はそこまでだ。皆、上がれ」


「はい、団長! 総員、上がれー!」


騎士団の全体訓練を終え、オーウェンは執務用の騎士団長室に引き上げた。

団長自らが訓練を見るのは、そう多くはない。いつもは第一から第五に分かれた部隊の各隊長に任せているが、きな臭い噂が耳に入り、団員全体の様子を確認しておきたかったのだ。


団長室に入ると、すぐにドアをノックされた。


「入れ」


「失礼致します、団長。本日の報告書です」


礼をして入ってきたのは、第五隊隊長のメリーアン・パルマ。伯爵令嬢ながら騎士団に入り隊長職にまで上りつめた、王宮騎士団初の女性隊長である。

癖のあるアッシュ・ブロンドを無造作にポニーテールにしているが、薄いブルーの瞳は目を惹き、顔立ちは凛々しくも美しい。本人は容姿を褒められるのは嬉しくないようで、飾りけのなさは伯爵令嬢らしからぬものだった。


シルヴィアーナ・アシュフォードが女公爵となって以来、王国内では女性の社会進出に拍車がかかっていた。


アシュフォード公爵と、夫君のコルト侯爵の学校経営は貧民街を様変わりさせ、彼らは一般的な平民同様に暮らせるようになった。平民が学校に通えるようになり、豊かな商人が増え、王都全体が活気に満ちている。

近頃は女性事業家も少なくなく、アシュフォード公爵・コルト侯爵領を中心に、王都に倣って平民のための学校が各地に増えつつある。


そんな中で、王宮騎士団にも女性騎士が入団を希望するようになり、最初に合格したメリーアンは特に優秀であった。細身に見えるが、身軽さを生かした剣技は平騎士には見極められない早業である。二十四歳の女性ながら、実力で隊長となったのだ。

昔から騎士に憧れがあり、兄を相手に剣を握っていたそうだ。


メリーアンが、どさりと机に書類を置く。


「随分多いな。第五隊以外のものも混ざってないか?」


「第三から第五までです。ちょうど、私が提出に来る際に会って頼まれまして」


女性に重い書類を押しつけて運ばせるとは――などと言えば、「私がこの程度のものを運べないとでも?」と逆に怒られかねない。


「別部隊の仕事まで、引き受けなくていい」


「ついでに運ぶことに問題が?」


「自分の仕事もできないような者が隊長では、隊員に示しがつかんだろう」


「……なるほど。次は断るように致します」


生真面目さは、騎士団内でも随一だ。


書類をめくっていたオーウェンは、軽くため息をついた。


「どうかなさいましたか?」


「いや、なんでもない。ご苦労だった」


「では、失礼致します」


メリーアンが一礼して出ていったあと、オーウェンは書類の間に挟まっていた手紙を取り出した。


『忙しいとは思うが、一度王太子宮に来てほしい』


王太子の有能な側近が、紛れ込ませたのだろう。

オーウェンは立ち上がり、部屋を出た。


会う前から、ある程度用件の察しはついている。

先日隣国のルシェヌ王国から打診のあった、同盟強化のための縁組についてだろう。


✦ ✦ ✦


「同盟国とはいえ、我が国とは無関係な他国との貿易問題で図々しい話だ。

そうは思わないか、オーウェン」


「御意」


王太子レオニードの執務室には、王太子妃ロゼッタも同席していた。

二人はソファーに並んで座り、レオニードはロゼッタの手をしっかりと握っている。

オーウェンはその前に、距離を置いて立っていた。


「正式に、書状が来たわけですね」


「ああ。話にならんよ、私に側妃を迎えろなどと」


日頃温和なレオニードが、ここまで不快感をあらわにするのは珍しい。

ロゼッタは伏し目がちで不安そうにしているが、これもあまり見ない表情だ。


レオニードがロゼッタと成婚し、九年が経つ。

学園を卒業したあと、ロゼッタは聖女に選ばれた。平民出身の聖女は国民に大いに歓迎され、しかも身分差を乗り越えて同級生の王太子と恋を実らせた。

婚約を発表した時には、王太子と聖女のロマンスに王都の祝いムードは最高潮に達したものだ。


翌年の初めに結婚式を挙げ、聖女は王太子妃となり、神殿から王宮へと住まいを移した。

王宮から通う形で聖女の職務をこなし、同時に王太子妃の公務もある。明るく優しく、学園に通う三年のうちに貴族の同級生にも好意的に見られていたロゼッタだが、その激務に耐えられるのか不安視する声もあった。


実際に王太子妃となってみると、ロゼッタはそつなくこなした。

聖女の神聖力が歴代でも強力なものだということもあり、神殿では結界維持も民への祝福も笑顔でさらりとやってのける。

公務はレオニードが彼女を支え、国民の支持も彼女の地位を盤石にした。


翌年には王子を、その二年後には王女を、さらに一昨年には第二王子も生まれ、仲睦まじい王太子夫妻には割り込む隙などない。


「ルシェヌ王国はまだ、海の向こうのバリー王国と海域の貿易で揉めているわけですね」


「長年、どこまでを互いの領域とするかで張り合ってきた国だからな。それでもなんとか折り合いをつけてきたが、バリー王が代替わりして強硬な態度を取っていると」


このサーヴェルト王国からすれば、対岸の火事と言いたいところである。しかし同盟国が万一戦争を始めるとなると、無視もできない。


「戦争はルシェヌ王にしても、避けたいらしいが……そのために、我が国の後ろ盾を強固なものとしたいというのは、身勝手な話だ」


そこで、ルシェヌからサーヴェルトへ縁談を持ちかけられている。


だが王太子レオニードにはロゼッタがおり、第二王子ティオドールも、三年前に王妃の実家筋より従妹を迎えて結婚した。

現国王には側妃に王女がいるが、これまた別の国へ嫁ぐことが決まったばかりだ。

サーヴェルトの王族からは、誰も相手は出せない。


それでもルシェヌは食い下がり、末の王女を王太子の側妃に迎えてほしいと言ってきたのだ。

ロゼッタを深く愛するレオニードは、当然お断りだと言っている。


同盟強化の縁談ならば、王族でなくても高位貴族であればいいのでは、という話も出た。

しかし王族ではなく貴族となると、さすがに正式な結婚でなければならない。


王国には王族に次ぐ公爵家があるが、バークレイ公爵家のグラハムは聖女候補のひとりであったクラリッサと結婚し、彼らも子供がいる。

アシュフォード公爵家も女公爵シルヴィアーナとジェイク・アシュフォード・コルト侯爵の間に二人の子供が生まれており、二大公爵家にも縁組の相手がいない。


国内三番手の貴族となると、ランカスター侯爵家になってしまう。

そしてオーウェンには、妻がいない。ルシェヌには恰好の相手だ。


「侯爵の私に王女を縁づけることは、あちらが難色を示すでしょう」


「それが、ルシェヌは側室を十人以上抱えるのが当たり前の国だからな……末の王女なら、侯爵でも十分だと」


レオニードが済まなそうに眉を寄せ、オーウェンはため息を飲み込んだ。


「実際に妻とせず、お飾りで構わないそうだ。つまりは白い結婚だな。相手の貴族に不都合なら、本命を側室にしながら実質正妻扱いしてくれていいとか。

私にもそのように言ってきた。王女には側妃の身分を与えて、離宮にでも閉じ込めておいてくれればよい、などと聞いて呆れる」


「……王女も気の毒な話ですね」


ルシェヌ王国では王には代々側室が多く、現王にも王子王女が数十人いるというのは、オーウェンも知っている。理解はできかねるが。


「こちらが受け入れると言ってもいないのに、とにかく一度見合いでもと王女が来ることとなった。

よほど焦っているのか、数日中には国境を越えて、王都に着くだろう」


「それは……」


「いや、顔を見せるだけでいい。君に押しつける気はないんだ。

私とて、受け入れるつもりはないがね」


「ごめんなさい、ランカスター卿。本当に、無理はしなくていいの」


レオニードに続き、ロゼッタも複雑な表情で謝ってくる。


「承知致しました。王太子妃殿下にも、どうぞご心配なく」


オーウェンは頭を下げた。


✦ ✦ ✦


五日後、オーウェンは団長室で書類を片づけつつ、頭を悩ませていた。


学生時代からの友人でもある、レオニード殿下とロゼッタ妃殿下を助けたいのは、やまやまだ。

お飾りと言われても、側妃を迎えればロゼッタ妃殿下は傷つくだろう。離宮に閉じ込めて放置することなど、レオニード殿下にもできようはずがない。


かといって、私自身が縁談を受け入れるのはな……

だが、ほかに道はあるだろうか?


結婚する気などなかったが、他国に嫁いだ王女が白い結婚とは、あんまりだろう。結婚するのなら、誠意ある夫となるべきだ。

もしかしたら、縁というのはこんなものなのかもしれない。

――と、達観するのも難しいが。


「団長、最近お元気がありませんね」


声をかけてきたのは、メリーアンである。王女を迎えるに当たって警備を厳重にするため、第五部隊が来客の滞在する宮殿警備の担当となった。

その打ち合わせで、団長室に出入りが増えている。


「自分にできることを考えるとな。……いや、なんでもない」


オーウェンは苦笑いをして、メリーアンは眉を寄せた。

お読みくださり、ありがとうございます。

評価やご感想などいただけると嬉しいです。

※外伝2・第2話は明日18:50頃更新予定です!

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