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外伝1・2.魔物退治再び

コルト伯爵領――かつての、バークロフト伯爵領は肥沃な土地を持つ、豊かな領地である。

しかし西方にある険しい山脈麓には奥深い森があり、魔物が棲みついていた。


近くには村もあり、住民を悩ませていた。あまり強くない魔物とはいえ、戦うすべを持たない平民には脅威である。

前領主のバークロフト伯爵は、大きな被害が出ないからと放置していた。つまり、一部領民を見捨てていたのだ。

領地の管理人も、滅多に被害を訴えられることもないため、領主交代時に報告を漏らしていたらしい。


丁重な詫びとともに知らされたのは、その地の魔物が以前より増え、村民から陳情があったとのことだった。


ジェイクは報告がなかったことに苛立ちもあったが、領主になってからまともに領内を見回りもしなかった自分の瑕疵だと反省した。

魔物退治は、ジェイクには慣れたものだ。しかも報告によれば、アークラットやシルバーウルフ程度の魔物だという。

いずれも、さして強い魔物ではない。シルバーウルフはマッドウルフに変化することもあるが、それも伯爵領内の騎士たちと掃討すればいいだろう。


シルヴィアーナの護衛騎士の任を一時公爵騎士団の団員に任せ、ジェイクは領地に向かうことにした。


✦ ✦ ✦


――シルバーウルフと言えば、去年の課外授業でマッドウルフが何匹も現れて、ジェイクも加勢してクラスのみんなで退治したのだったわね。


シルヴィアーナは、部屋で考えながら机の引き出しを開けた。


「これが、役に立つかしら」


手にしたのは、呪文を彫り込んだ丸い銀のペンダントトップ。

わたくしが以前、思いついて試作しておいたもの。


魔道具というのは魔術を組み込んだものだけれど、神聖力も原理は同じ。それなら、神聖力を呪文にして組み込んだ守護の魔道具を作れるのではないかしら?

そう思って、試してみたのよね。

あの誘拐事件で、わたくしも懲りたから。


わたくしの神聖力は大したことはないけれど、魔術行使の力はある。数式と、古語を使った詠唱は得意ですもの。

……一応、学校の課外授業でこっそり使った時は、それなりに効果があったわ。

もっと複雑な数式で魔力――いえ、神聖力を高める方向にして、完成させれば。


「やってみましょう。……領主になったジェイクのためにできることは、このぐらいだものね」


シルヴィアーナはその日夜通し、自室で数式の改良を続けた。


✦ ✦ ✦


翌朝、ジェイクは出発前にシルヴィアーナの部屋を訪れた。


コンコン、とノックするや否や、ドアが開いてシルヴィアーナが笑顔で迎えた。


「おはよう、ジェイク! 間に合ってよかったわ」


驚きながらも、おはようございますと言おうとして、ジェイクは目を見張った。

シルヴィアーナの目は充血していて、隈ができている。


「お嬢様、そのお顔は……一体、どうなさいました!?」


「あ、あら、ごめんなさい。少し夜更かししてしまったものだから、酷い顔で。

あまり見ないでくれるかしら」


シルヴィアーナは横を向いて、目元をこする。


「夜更かしとは……」


「それより、これ! これを、見てちょうだい」


シルヴィアーナが両手で差し出したのは、彼女の掌に納まるぐらいの丸い、銀に三重の模様が円形に刻まれたものだった。

ペンダントトップになっていて、金の鎖が付いている。


「わたくしの手持ちでは、あまり合うチェーンがなくて、不格好だけれど。この長さなら、あなたも着けられるわよね?」


「――わたくしに、ですか?」


「そうよ、わたくしが作ったお守り。

魔物退治の時には、必ず着けていってほしいの。服の中に、隠しておいてね」


ジェイクはそのペンダントを手にした。よく見ると、文様は古語に見える。


「魔道具、でしょうか」


「ええ。きっと、役に立つと思うから」


疲れた顔で、シルヴィアーナが微笑む。

――夜更かしをしたというのは、これを作られて?


ジェイクは鎖を持ち、首にペンダントを掛けた。騎士服の中に入れて肌に触れると、金属の冷たさよりも、ほのかにぬくもりを感じる。


「ありがとうございます。

しばしお(いとま)いたしますが、必ず無事に戻ってまいります」


ジェイクが頭を下げると、シルヴィアーナがそっと首に腕を回して寄り添ってきた。


「待っていてよ。気をつけて、ジェイク」


「――はい、シルヴィア様」


ジェイクも一瞬だけシルヴィアーナを抱き寄せ、すぐ離れてもう一度礼をした。


✦ ✦ ✦


バークロフト領まで、ジェイクは騎馬で向かった。領主は通常馬車を使うものだが、魔物退治のために急ぐのだから馬を駆るほうがずっと速い。

途中露営もし、領主の帰還とは思えない速度で、五日後には領地の城に着いていた。


「ようこそお帰りくださいました、伯爵様」


慇懃に礼をして出迎える管理人の地元執事に、ジェイクは悪い印象を受けなかった。

もともと、領地管理は以前から問題なく行っていたと聞いている。放置していた自分が怠慢なのだと、改めて思う。


「ジェイク・コルトだ。管理を任せきりにして、済まなかった。

まずは、魔物が発生している地域について聞きたい。できるだけ早く、出立する」


「領主様がお帰りになられましたのに、そのようにお急ぎにならずとも……」


「時間が経つほど、被害が出るだろう。村民を守るのが、私の仕事だ」


きっぱりと言うジェイクに、小太りの執事は恐縮したように身を縮めた。


「――ありがとうございます。では、まずは領主様のお部屋にてお話をさせていただきます。

地図や村民からの手紙など、用意しておりますので」


ジェイクはうなずき、城内へ入った。



ジェイクが領主として過ごしたのは一晩だけで、翌朝早朝には騎士を引き連れて出発した。

伯爵領の騎士団のうち十名ほどと、王都から連れてきた五名がジェイクに従った。


西の外れ、目的の村は野菜がよく採れるのどかな場所だった。

しかしよくよく畑を見回せば、あちこちに野生生物に荒らされた痕跡がある。

弱い魔物ゆえ、普段は夜中に畑を荒らすぐらいで、ここ数年大きな被害はなかったらしい。だが冬に森の食べ物が足らなくなったのか、陽が暮れる前から魔物が村に現れるようになり、出くわした人間を襲うようになったと言う。


アークラットは、人を襲うことはまずない。シルバーウルフであればなくもないが、人里まで現れてさらに襲うというのは尋常ではない。


――子供が増え、その子らが攻撃されると、シルバーウルフの成体はマッドウルフに変化する。村人がシルバーウルフに攻撃などするはずもないと思えたが、ジェイクが村長に詳細を聞いたところ、偶然起こった事故のようなものだった。


畑にいた子供が、たまたまシルバーウルフを見つけた。怖くて動けないでいる子供にシルバーウルフが近づいたので、それを見た子供の父親がシルバーウルフを追い立てようと、手元の鍬を投げつけた。

鍬が頭に当たり、シルバーウルフは逃げていったのだが……


「以来夕暮れ時から夜明けまで、恐ろしい魔物が畑周辺をうろつくようになってしまいまして。昼にはほとんどが森に帰るのですが、畑はめちゃくちゃにされますし、うっかり見回りに出た者が襲われて、重傷を負いまして」


つまりは、村人はマッドウルフに敵とみなされたわけだ。

こうなると、マッドウルフとシルバーウルフを全滅させなければ、被害は止まらない。アークラットにしても畑を荒らすのだから、すべて倒してしまうべきだろう。


「事情はわかった。こちらから、森へ退治に行く。今後のため、魔物を根絶してこよう」


「魔物全体では、結構な数がいるかと思いますが……」


「問題ない。私はこうしたことには慣れている」


領主自らが魔物と戦うことに、村長や村人たちは面食らったようだった。

騎士たちと準備を整え、ジェイクは村に着いたその日のうちに森へ入った。


✦ ✦ ✦


森の入り口は普通だったが、奥に進むほどに霧が濃くなっていた。

魔物が棲みつく場所は、大抵このようになる。


ジェイクはあえて先頭を歩き、気配を探っていた。


「――近いな」


ぴた、とジェイクが足を止めると、途端に周囲の樹々の合間から、シルバーウルフが飛び出してきた。


「子供が先、か!」


ジェイクは五匹ほどのシルバーウルフを、一刀両断でたちまち片づけた。あとをついてきていた騎士たちは、呆気に取られている。


「油断するな。アークラットやシルバーウルフはこんなものだが、倒していればマッドウルフが出てくる」


「は……はい、領主様」


歩き始めると、またすぐにシルバーウルフが現れる。

――なるほど、これは数がかなりいるようだ。


ジェイクは剣を振るいながら、長期戦を覚悟した。


アークラットとシルバーウルフの群れを、どれほど倒したか数えるのも面倒になった頃、黒い霧が立ち込めはじめた。

マッドウルフが現れる前兆だ。


ジェイクが剣を構えると、一匹、二匹とマッドウルフが姿を現す。

三匹以上……親は、一対ではなかったらしい。


『グゥォオオオオオオン!!』


遠吠えとともに姿を見せた六匹目は、マッドウルフにしても一際巨体だった。


「あれは私が倒す!」


ジェイクはまっすぐ、巨体のマッドウルフに向かった。

まずはやはり足を斬って止めて――そう思った時。


カッ、と光が辺りに広がる。


『グアゥウウウッ!?』


マッドウルフが、光に押されたように後ずさる。

……これは。

守護結界、だ。


ジェイクを、騎士たちの体を、光が包み込んでいる。

以前、シルヴィアーナの課外授業で彼女が張った結界とは、比べ物にならない強力な神聖力。力がみなぎる感覚は、聖女の持つ「周囲の戦闘力をも上げる」力だ。


胸が熱い。あのペンダントから、力が流れ込んでくる。


「……シルヴィア様!」


ジェイクは思わず彼女の名を呼び、ひるんでいるマッドウルフに走り寄る。

太い首があっさりと斬り落とされ、巨体は何もできずに倒れた。


残る五体も、騎士たちはさして苦労もせずに退治していた。


「領主様、この光は……」


「――私を守ってくださった、聖女のお力だ」


黒い霧が薄れ、森が晴れていく。

ジェイクは胸元に手を当て、光が収まっていくのを感じた。光が消えてもなお、ぬくもりが残る。


「聖女……とおっしゃいますと、まさか」


「済まんが、ここだけの話にしておいてほしい。詮索は『あの方』のご迷惑になる」


「は、ははっ!」


騎士たちは頭を深く下げ、ジェイクはふっと笑った。


「……あ、領主様。あの先に、洞窟が」


騎士の一人が指差した先に、断崖に穿たれた洞窟が見えた。何やら、中から光が漏れている。


「魔物の気配はないが、調べていこう」


「はい!」


ジェイクはゆっくりと、洞窟の中に入っていった。

岩肌は普通だが、奥から光が差してきている。


――なんの光だ?

魔物のものでもなく、神聖なものでもなさそうだが。


しばらく進むと、眩い光を放つ広い空間へ通じていた。

入った途端、ジェイクは目を見張る。


そこには、伝説のドラゴン――の形をした塊が、水晶に埋もれるようにして鎮座していた。

お読みくださり、ありがとうございます。

評価やご感想などいただけると嬉しいです。

※外伝1・最終話は明日18:50頃更新予定です!

※6/13更新分で本編完結済ですが、外伝をすべて更新後に完結済とする予定でした。

外伝最終話更新時に完結済とするつもりで予約投稿をしていましたが、作品設定上予約を入れた時点で完結済になっていたようです。

6/19まで外伝が続きますので、作品の状態を「連載中」といたしました。

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