外伝1・1.女公爵!?
「私は公爵位を継げるほどの器はありません。姉上が公爵になるべきかと思います」
――はい?
新年を迎えてしばらくしたころ、夕食の席でアルスランが爆弾発言をした。
お父様、お母様、わたくしに、伯爵となったため食事を同席するようになっていたジェイクも、驚いて固まってしまった。
「聞こえませんでしたか? 私は公爵には……」
「ま、待て、アルスラン! 聞こえておる!」
お父様がナイフとフォークを置き、落ち着こうとしたのか水を飲まれて、咳き込んだ。
お気持ちはわかりますけれど、慌てすぎですわ。
「な、なにをいきなり」
口元をナプキンで拭い、お父様が聞き返す。
アルスランは平然としていた。
「いきなりではありません。……申し上げるのは確かに初めてですが、前々から考えておりました」
アルスランもフォークを置いて、向かい側に座っているわたくしを見る。
「姉上は貧民のための学校経営という、素晴らしい事業を立ち上げられました。
まだ本格的な校舎は建設中ですが、すでに孤児院の仮小屋で孤児や近所の子供を集めて、教育を始められています。
私も先日視察させていただきましたが、子供たちはみな、とても嬉しそうに勉強していました。
平民に無償で学ぶ機会を与え、広く教養をもたらし、彼らの生活を豊かにして治安の改善まで見込んでおられるとは……私には、想像もつかなかったことです」
それは、わたくしには前世の記憶があるからで――とは、言えないけれど。
「以前から姉上は何事も意欲的で、聖女候補としてもご立派に努力されてきました。
聖女にはおそらく、平民のロゼッタという方がなるだろうと聞き及んでいますが、姉上の事業は貴族会議でも話題になったとのこと。
聖女にならずとも、王国の未来を見据えた姉上の名声は高まっておられます。公爵位には、そのような方こそが相応しいと私は思うのです」
「アルスラン、そう言ってくれるのは嬉しいわ。でもあなたも、十分に努力はしてきたでしょう」
「私はただ、言われたことをしただけです。これほど斬新な事業をご自分で考え、実行された姉上には及びもつきません」
わたくしの言葉に、アルスランはきっぱり答えて首を振った。
サーヴェルト王国は、聖女が守る国であるために女性の社会的地位は高い。
かつては女王も存在したし、今でも爵位を令嬢が継ぐことはある。とはいえ、女子しかいない貴族でも、通常は婿養子となった夫が継ぐほうが多い。ラエルのリーズリース伯爵家のようにね。
「無論、すべてを投げ出そうとは思いません。姉上さえよろしければ、私は姉上の補佐としてお手伝いできればと思います」
まあ、なんて清々しい顔で言うのかしら。
アルスランの決意は、相当固いようね。
「……アルスラン、随分と考えた上での話なのね」
「もちろんです、母上」
お母様とアルスランが、うなずき合っている。これは、お母様は同意されたということ?
「そのようなこと、一朝一夕では決められぬだろう。いつから考えていた?」
少し冷静になられたらしいお父様が尋ねる。
「姉上が、オルディニア学園で二年生になられて、しばらく経ったころでしょうか。
聖女候補に選ばれ、学力一位の座をずっと守られて……結界修復などでは気絶されるほどだったのに、ひと言の愚痴もこぼさずに、努力されていて。その上に学校経営のお話を聞き、私にはとても姉上の真似はできないと痛感したのです。
聖女にも劣らない、崇高なお考えをお持ちだと」
できないからと愚痴るのはわたくしの性格上、許せないのよ。
意固地なだけと自分では思っていたのに、アルスランはそんな風に思ってくれたのね。
「――なるほどな」
あら。お父様まで、納得されたようなお顔。
「お前の気持ちはわかった、アルスラン。
シルヴィアはどうなのだ?」
みんなの視線が、一斉にわたくしに集まる。
……考えてもみなかったわ。
わたくしが、公爵になるなんて。
公爵には、大きな責任が伴う。爵位や領地のことだけではなく、この国の二大公爵家を継ぐのだもの。
あまりにも重い。……でも、それはアルスランこそわかっていたこと。
幼い頃から繊細なアルスランには、険しい道だと思っていたわ。
だからわたくしは、「次期公爵に足る行動をなさい」と、アルスランに厳しく言ってきたのだけれど。
重責からの逃げではなく、アルスランはその座はわたくしに譲るべきだと考えた。
そしてもし、わたくしが公爵になったら――
大変でしょうけれど、今以上にできることは増えるわ。学校経営の事業を拡大していくためにも、公爵令嬢と公爵本人では信用度も変わる。きっと、事業の上でプラスに働く。
女だからと軽く見られるような、そんな愚かなわたくしではない。
「わたくしでもできると、お父様はお考えですか?」
「公爵領の経営についても、学んでいただろう。お前が本気なら、さらに教える」
「シルヴィアにできないとは思わないわ」
お父様、真剣なお顔。お母様は、優しい笑顔。
ジェイクは……無表情だわ。反対なのかしら。
「僭越ながら、わたくしもお嬢様なら立派な公爵になられると思います」
「ジェイク……」
お世辞ではないわね。いいえ、もともとお世辞なんて言う人ではなかったわ。
あなたに言われると、一番勇気が出る。
「学ばせてください、お父様」
わたくしは笑顔で、頭を下げた。
✦ ✦ ✦
伯爵位を受け、ジェイクは公爵騎士団の団員ではなく、特別な令嬢専属騎士になった。団長以上の身分となる現役伯爵が、団員に留め置かれるのは体裁が悪かったからだ。
王都内に正式な伯爵邸も持つことになったが、ジェイクはたまに顔を出す程度である。公爵邸の離れの建物が整備され、ジェイクの家となり、そこで寝泊まりしていた。
ジェイクはその部屋に戻り、ため息をついた。
――シルヴィア様は、女公爵となられる。
公爵令嬢だけでも遠いのに、公爵になってしまわれるのでは、あまりにも差がある。どれほどの結果を出せば、その手を――騎士ではなく伴侶として、彼女の手を取ることが許されるだろう。
その時、コンコンとドアをノックする音がした。
「ジェイク、まだ起きていて?」
シルヴィアーナの声に、ジェイクは慌ててドアを開けた。
「お嬢様! このような夜更けにどうされたのです。ご用がある時には、わたくしを呼びつけていただけば」
「もう、お嬢様ではないでしょう。あなたがさっさと戻ってしまうから、追いかけてきたの。
入ってもよくて?」
「い、いえ……部屋の外で、お願い致します」
ジェイクは廊下に出て、ドアを閉めた。
離れの自室にシルヴィアーナを入れて二人きりになるなど、現時点で公爵に知られれば雷を落とされるどころでは済むまい。
シルヴィアーナは呆れた顔をした。
「あなたとわたくしのことは、お父様もご存じなのに。お母様は、応援もしてくださっていてよ?」
「……まだ、将来的に求婚することをお許しいただいただけですので」
「融通が利かないわね、あなたは。いいけれど」
融通がどうという問題ではない。ジェイクはまだ、シルヴィアーナの婚約者どころか恋人になれたわけでもない。
そうなる未来の可能性を、なんとか公爵に了承してもらった段階だ。
「それより、なんのご用でしょうか」
ジェイクが尋ねると、シルヴィアーナはぱちんと両手を叩いて言った。
「そうそう! 学校経営を、わたくしたちの共同事業にしましょう。計画の時から、あなたは手伝ってくれていたのだから」
「それは……」
「わたくしだけではわからない平民のこと、あなたは知っているでしょう?」
生家の爵位を売り一時傭兵稼業をしていたジェイクは、平民の底辺に近い生活も知っている。そのために事業の助言もできたのは、確かである。
「学校経営は、アルスランも言っていたように大きな事業よ。共同で成功させれば、きっとお父様もわたくしたちの結婚を認めてくださるわ」
「事業を思いつかれたのは、シルヴィア様ではありませんか。わたくしは、些細な働きしかしておりません」
「んもう、わたくしの気持ちがわからないの?」
シルヴィアーナは、ずい、とジェイクに近づく。ジェイクは思わず後ずさったが、部屋のドアに張りつく形になって下がれない。
「公爵になるのは、学園を卒業してからいつになるかわからないけれど。あと、一年以上先になるのよ。
それまでにしっかり成果を挙げて、あなたのことを認めてもらわなくては……
通常、学園を卒業した貴族令嬢は結婚適齢期よ? わたくしの悪評は随分なくなってきているし、縁談が持ち込まれないとも限らない。
……あなたは、それでもいいの?」
ジェイクは胸を衝かれた。
そうだ。
学生の身で貧民救済事業を興し、シルヴィアーナ・アシュフォードは今や聖女候補がどうとかいうものではなく、革新的な貴族令嬢の姿として、注目の的である。
かつて噂された高慢な女性などではく、心優しく、気高く、賢明な才女。その上に美しく、さらに中央貴族議会議長の娘たる、公爵令嬢なのだ。
シルヴィアーナの真実が知られつつある昨今、縁づきたい貴族は山といるだろう。
事実、学園内でも彼女を見る貴族令息の目が変わってきている。ジェイクが側にいるのと目下の身分からは話しかけられないため、遠巻きにしているにすぎない。
「よく、など、ありません」
「だったら、わたくしの提案を受けてちょうだい。
わたくしを、あなたの妻にしたいと思ってくれるのなら――離さないでほしいの」
潤んだ瞳で見つめられ、ジェイクは必死に理性を奮い起こす。
愛しくてならない女性。なにものからも守り抜きたい人。
――この方を、離すつもりなどない。二度と離れないと誓った。
ならば。
ジェイクがうなずくと、シルヴィアーナが抱きついてきた。
「シ、シルヴィア様! どうか、離れて」
「嫌よ、あなたすぐ逃げるのだもの! 離さないと言って!」
それとこれとは、まったく話が違う!
ジェイクは叫びたくなるのを堪えて、どうにかシルヴィアーナを引き剥がして本邸へ送り届けた。
✦ ✦ ✦
数日後の休日、ジェイクは一人で公爵の執務室へ訪れた。
学校経営の共同事業化を、シルヴィアーナに相談されたことを話すためである。
そして、その真意も。
「お嬢様を一生支える許可を、いただけますか」
「……一生、というのは、まさか」
「身分違いはよくわかっております。わたくしが相応しい身分を得るまでは、と思っておりました。
ですが、それまでにどれほど時間がかかるかしれません。お嬢様に相応しい方との縁談もありえましょう。
わたくしは何があっても、お嬢様を生涯守り、支え続けて生きたいのです」
うむう、と公爵が唸った。
簡単に認められるとは、ジェイクも思っていない。
結果次第では考えてやらんでもない、程度でも言われれば万々歳である。
そこに、ドアを大きく叩く音がした。
「入れ」
公爵が答えるや否や、執事が駆け込んできた。
「公爵様、コルト伯爵様! たった今、伯爵様の領地から急ぎ連絡がありまして……!」
執事の報せに、ジェイクは顔を歪ませた。
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※外伝1・第2話は明日18:50頃更新予定です!




