21.悪役令嬢なんていないけれど【最終話】
「ジェイク・コルト。シルヴィアーナ・アシュフォード公爵令嬢救出の功績、称えられしものであった。
よってここに伯爵位を授け、旧バークロフト家の領地を授与するものとする」
「――謹んでお受け致します」
爵位授与式は、少数の高位貴族だけが招かれた場で行われた。
わたくしの誘拐事件について、まだ噂する者は多い。陛下はそうした者は罰すると明言されたけれど、広い社交界ではどこかで誰かに何を言われても、すべてはわからない。
陛下のご配慮に、心から感謝するわ。
でも。
わたくしは陛下の前に跪くジェイクを見つめながら、誇らしいような寂しいような気持ちだった。
小規模な祝いの席を終え、公爵家への帰途に就く。
ジェイクは、別の馬車に乗っている。領地を持つことになったため、管理人からの書類を山と受け取って、さらに話を聞いているそう。
バークロフト領を丸々受け継いだので、管理人も使用人もそのままらしい。
旧伯爵はともかく、領地と使用人の人柄はバークレイ公爵が保証してくださった。肥沃な土地だから、しっかり管理すればかなりの収益もあるでしょう。
――爵位はともかく、そこまでの領地を譲渡されることになったのは、オーウェンが「ジェイクがアシュフォード嬢を救った功労者だ」と強く証言をしてくれたためらしい。
なんとなく、仲が悪いような気もしたけれど……オーウェンもわたくしを助けてくれた一人だそうだし、きっと協力しているうちに友情も芽生えたのね。
わたくしはまだ、静養中。
もうどこも悪くないのだけれど、お父様が「一ヶ月は休んでくれ」とおっしゃって、家を出られない。
オーウェンから贈られたお見舞いの花に、今回はカードがついていなかった。
直筆のカード、一枚きりのお宝になってしまいそうね。仕方ないわ、一枚でも十分嬉しいもの。
馬車が着いて、扉が開く。そこにいるのは、御者。ジェイク以外の人に手を預けて降りるのは、とても味気ないわ。
でも、慣れなければならないのかしら。
ジェイク・コルトは騎士ではなく、伯爵になったのだもの。
いつ、公爵家を出ていってしまうの?
二度と離れないと言ってくれたのは、なんだったの?
学校経営も、ジェイクとできるのだと信じていたのよ。
そんなこと、聞けないわ。あの時には、こんなことになるとはジェイクも思っていなかったでしょう。
伯爵になったジェイクと、学園に通うわたくしはどの程度会えるのか。
ずっと療養中なら、まだ顔も見られるのに。
なんて、わがままね。
ジェイクのために、祝福しなくてはいけない。
食事を終え、部屋に一人で戻る。
ジェイクは、お父様と話している。領主の心得を聞いているらしい。
お父様から勉強する目的で、もうしばらくここにいてくれる?
バルコニーが目に入り、わたくしは窓を開けてそこに立った。
ここで、ジェイクは誓ってくれた。
そう、こうして風を受けている時に……
コンコン、と思い出したのと同じノックの音がして、わたくしははっとなった。
「は……入りなさい?」
メイド? それとも……
「失礼致します」
ドアを開けたところにいたのは、ジェイク。
「中に入っても、よろしいでしょうか?」
「……ええ、もちろんよ」
ジェイクは胸に手を当てて一礼し、あの時と同じようにドアを片方開け放しで、わたくしの側に来た。
「夜風は冷たくありませんか?」
「いいえ、気持ちがいいぐらいよ」
季節は秋になっている。
この世界にも四季はあるけれど、前世の日本に比べるとずっと温暖。夏は暑すぎず、冬も寒すぎない。北部へ行かなければ、王都にはほとんど雪も降らないわ。
「お話があって、参りました」
――ああ。
行ってしまうのね。わたくしから離れて。
護衛騎士ではなく、伯爵になって。
そのお別れに、来てくれたのね。
「どんな、話かしら」
俯いて、ジェイクの顔を見ないようにした。顔を見たままだと、泣いてしまいそうだから。
「わたくしは、伯爵位をいただきました。領地も、広く立派なものです」
「ええ……おめでとう」
「ですが、まだまだ及びません。公爵様の持つ、十分の一にもならないでしょう」
「お父様と比べても……」
「ですから、お願いがございます」
何を言いたいのかしら。わたくしは領地経営についても知識はあるけれど、学びたいならお父様が適任でしょう。
ジェイクが、跪いた。俯いていたわたくしと、自然と目が合ってしまう。
「伯爵では、公爵令嬢のお嬢様を望むことは許されません。ですから、さらにお嬢様に相応しい者となるべく、精進致します。
……それまで、お待ちいただけませんか」
――え。
「待つ、って……」
「護衛騎士を、続けさせていただく許可を受けました。
騎士としてさらに功績を上げ、お嬢様の隣に立てる者になりましょう。その時にはどうか、わたくしの手を取っていただけませんか。
――わたくしの、妻として」
……つま。
「妻……」
「はい。どうか、お願い致します」
ジェイクが、手袋を脱いで右手を差し出してきた。
わたくしは思わず、その手に手を重ねる。
マメだらけで、硬い。でも、温かくて大きな手。
「わたくしを……妻に、してくれるの……?」
「逆です、お嬢様。わたくしを、お嬢様の夫にしていただけませんか」
ジェイクが微笑む。黒に青が溶けた、優しい瞳。
「社交界で、悪名高いわたくしでいいの?
お前……いいえ、コルト卿に想いを寄せる令嬢は、今や大勢いてよ?」
ジェイクが伯爵に叙爵されたことは、すでに噂の的なのに。
青が柔らかく、黒を包むように微笑う。
「わたくしには、シルヴィアーナ様しか見えません」
ジェイク。
――ジェイク。
「……シルヴィアで、いいわ」
泣きそうになったわたくしの手を取ったまま、ジェイクが立ち上がる。
わたくしをそっと抱き寄せる、その腕の中にすっぽりと収まる。
「嬉しい……わたくし、いつまでも待っていてよ」
ジェイクの背中に腕を回して抱きつく。
「――本当ですか、シルヴィア様」
呼び捨てにはしないのね。
「当然でしょう。わたくしには、お前しかいないのに」
「……ランカスター卿を、想われておいでだったかと」
その言葉に、わたくしは顔を上げた。ジェイクは複雑な笑みを浮かべている。
「た、確かにお慕いしてはいたけれど、それは、☆★☆だったからで……」
「なんと、おっしゃいました?」
いけない、この世界に「推し」という単語がないから、説明できないわ!?
「か、観劇した時に、役者の方を応援することがあるでしょう!? そういう気持ちなのよ。
幸せになっていただきたいの。幸せなお姿を、遠くから眺めていられればいいの」
ああ、これで通じるのかしら。間違ってはいないのだけれど!
ジェイクの顔に、「?」が浮かんで見えるわ!?
……あ。言葉で、わからないなら。
「少し屈んで、ジェイク」
「は? ……はい」
「もう少し! 届かないの」
「こう、ですか?」
目の前に来た顔の、頬にキスをした。
「わたくしが一緒に幸せになりたいのは、おま……いいえ、あなただけなの!」
わたくしはきっと真っ赤になっていたと思う。
けれど目を丸くしているジェイクの頬も、ほんのり赤らんで見えた。
✦ ✦ ✦
わたくしは、学園に復帰した。もちろん、ジェイクも護衛騎士として同行して。
「伯爵様を、護衛騎士に留め置かれるなんて……」
「少しばかり、問題がありますわよね」
「シルヴィアーナ様は、ご立派な方です!」
「ええ、そうですわ」
陰口を言う方々と、かばってくれるロゼッタとクラリッサ様。
わたくしの評判は、まっぷたつね。
「まあ……あのように、思い通りにふるまう方を、小説などでは『悪役令嬢』なんて呼びますわね」
――聞こえたわ。遂に、その言い方をされてしまったわね。
ジェイクがぴくりと動いた。ロゼッタも反論しようとしてか口を開きかけたけれど、それを制して、わたくしは堂々と立つ。
呼んだご本人がひるんでいるけれど、知ったことではなくてよ。
「悪役令嬢? 本来、そんな役はこの世界にはいなかったのだけれど……
そう呼びたければ、お好きにどうぞ?」
にっこりと、笑顔で応えてみせた。
もしも、わたくしがプレイヤーキャラクターの『シルヴィアーナ・アシュフォード』だったら、護衛騎士のジェイクとは何もなかったかもしれない。
この世界で、よかった。
あなたと生きていくことができる、この世界に転生できて。
わたくしは今、心から幸せよ。
たとえ、「悪役令嬢」なんて呼ばれてもね。
◆ ◆ ◆
PCの前で、目を腫らした女性が両腕を上げて、体を伸ばす。
「よーし、次の周年アップデートは問題なし! 細かいバグは次回修正で」
「ようやく、クラリッサがプレイヤーキャラとして実装か。頑張ったねえ」
隣のPCに座る女性は、コーヒーカップを手に疲れを滲ませた顔で笑う。
「だって、人気も出たし、クラリッサでやりたいってご意見もたくさん来たし!」
後ろで聞いていた男性が、苦笑いをしている。
「クラリッサはまあ、わかるけど。……稼働時に間に合わなかった複数プレイヤー、どうしても実現させたかったんだな」
「あったりまえ! 絶対にこの子も、次の大型アプデで入れるからね。
ゆくゆくは攻略対象も、シークレットで追加する!」
最初の女性がマウスをクリックして、その画面上に映るのは――
『シルヴィアーナ・アシュフォード公爵令嬢。三人目のプレイヤーキャラ』
長い金髪に紫の瞳をしたシルヴィアの姿。
そしてその横に、
『護衛騎士ジェイク・コルト。※シルヴィアーナ専用隠し攻略キャラ』
そう書かれた黒髪の騎士のラフ画が映っていた。
これにて本編完結です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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外伝として後日談を数回更新致します!
※まずは「シルヴィアとジェイク編」が始まります。
※外伝1・第1話は明日18:50頃更新予定です!




