20.会いたかった人
夜更けた港からは、通常出港することはない。
だが小さな船が一隻、外海へ出るための準備をしていた。
「こんな船で出て、本当に大丈夫かあ?」
「これでそのまま行きゃあしねぇよ。沖まで行ったら、乗り換えの帆船が待ってんだ」
「はっ、海賊船か。公爵家の娘が海賊経由で、いったいどこに売られるのやら。
どうせなら、味見もさせてもらいてぇなあ。見ただろ、あの顔にあの体だぜ。十六・七の生娘にしちゃ、えらくいい体してたじゃねぇか」
「おいおい、疵物にしちまったら、高く売れるもんも売れなくなんだろ。
ま、ちーっと可愛がるぐらいはしてぇけどよ。港出たら、試すか?」
ぎゃはは、と下品に笑い合う男たちがうごめくところへ、光る物が放たれた。
「はっはっは……ぁ?」
一人の男の背に、短剣が深々と突き刺さっている。
男は笑った顔のまま、ばたりと倒れた。
「――なっ!?」
慌てる男を、馬を降りたジェイクが見据えていた。
「コルト卿、この暗さで剣を投げるなど……!」
「短剣の扱いには、慣れておりますので。――行きます!」
オーウェンより先に、ジェイクが船を目掛けて走り出す。オーウェンも馬から降りて、すぐに追った。
「っ、まさか、ほんとに来やがった! おい、例のあれ出せ!」
「ほらよ!」
倒れた男の向こうで、別の男が巻物を開き、びりっと破く。
すると炎の矢が宙に生まれて、ジェイクたちに飛んできた。
「……っ!」
ジェイクは走りながら身を屈め、するりと横に縦にと動いて、矢を避ける。オーウェンは剣で炎を弾いていた。
――魔道具のスクロールから放たれた魔術を避ける、とは!
オーウェンの剣は、侯爵家に伝わる魔法剣である。多少の魔術ならば、直接弾くことが可能だ。
だが、ジェイクが持っているのは、騎士団が使う普通の剣にすぎない。
剣で防御できない炎の矢を避け、ジェイクは見る間に敵に迫っていた。
「まだまだあるぜ!」
男たちが、びりびりとスクロールを破る。そのたびに炎、氷、鋭い風――と攻撃魔術が飛んでくるのに、ジェイクは紙一重ですべてを避け切った。
「ちょ、なんだ、こいつ!」
「おもしれえ、だったら剣で直接――」
一番前にいた男が両手剣を振り上げたが、ジェイクは低くしゃがんだかと思うと勢いよく跳び上がり、男の上方から肩へ斬りつけた。
「な……ぁあっ!?」
隣にいた男が驚く隙に、その横腹を斬り裂く。
「ぐはっ!」
「てめえ!!」
奥にいた男が一際大きなスクロールを破こうとしていた。
……まずい!
オーウェンはとっさに、自分の剣を渾身の力で投げた。スクロールの先端が切れかかったところで、男の胴を剣が貫く。
さらにジェイクの剣で頭部の横を叩かれ、男はスクロールを落として倒れた。
「ランカスター卿、感謝致します!」
叫びつつ、ジェイクは船室へ駆け込んだ。
「お嬢様! お嬢様、どちらですか!」
暗い船室の奥に、縛られて倒れているシルヴィアーナの姿があった。
✦ ✦ ✦
何?
誰が叫んでいるの? 何が起こっているの?
よく聞こえない。
誰が来たの。助けが来てくれた?
「お嬢様! お嬢様、どちらですか!」
――あ。
「お嬢様!」
後ろ手になっていた、縄が外れた。目隠しが解かれて、目の前の人が見えた。
「……ジェイク」
「お嬢様、ご無事ですか!? どこかお怪我は!?」
「ジェイク……」
「な、泣かれるほど、痛みが!? どこを……」
誰よりも会いたかった顔を見て、わたくしは考える暇もなく抱きついた。
「ジェイク!」
「お、お嬢……!」
「ジェイク、ジェイク! お前なのね! 来てくれたのね!」
「は、はい……」
大きな腕が、ゆっくりとわたくしの腰を抱いた。
「――もう、会えない、かと……」
涙が止まらない。
会いたかった。待っていた。
あなただけを、待っていた。
この世界で一番、側にいてほしいあなたを。
「……ここに、おります。お嬢様」
「側にいて……離さないで……」
「――はい。二度と、離れたり致しません」
ジェイクに抱きしめられて、わたくしはただ泣き続けた。
……もう一人の人が、何も言わずに去っていたことにも気づかずに。
✦ ✦ ✦
翌朝までに、バークロフト伯爵は逮捕された。
神殿内の神官も五名が捕縛され、連行された。
公爵令嬢が聖女となり、王太子妃にまでなれば――王家と貴族の勢力が増し、神殿の優位性が損なわれる。
そんな保身を考えた者と、聖女の名を笠に着て成り上がろうとした伯爵の利害が一致したのだ。
聖女は何も知らず、神官のしでかした罪を嘆き、王家と公爵家に深く陳謝した。
王家は神殿を利用された聖女も被害者であるとしたが、聖女は神殿の神官による管理体勢の見直しを約束した。
ロゼッタに被害はなく、シルヴィアーナも縛られた際の小さなかすり傷だけで済んだ。
神官たちは罷免の上、重犯罪者として極刑。
バークロフト家は爵位を取り上げられた上で、やはり元伯爵は極刑。
ただし、伯爵の妻子は犯行を事前に知らされておらず関与もしていなかったとして、バークレイ公爵家が領内にて身柄を引き受けることとなった。
公爵令嬢の誘拐という大事件は平民には公にされなかったものの、社交界では当然噂され、一部では被害者のシルヴィアーナを中傷する者もいた。
黙らせたのは、国王による貴族会議での発言である。
「シルヴィアーナ・アシュフォード公爵令嬢は、陰謀における被害者である。令嬢を貶める発言をした者は、今後相応の処罰対象とする」
これにてようやく、事件の幕引きとなった。
✦ ✦ ✦
シルヴィアーナはしばらく学園を休み、静養することになった。表向きは、体調不良である。
オーウェンは見舞いの花を贈ったが、公爵家を訪れることはしなかった。
学園の裏庭でひとり木剣を振るい、ふと、建物のほうを見る。
あの場所から、見てくれていた人。
おそらくはもう二度と、そこには現れてくれない人。
最初は誤解していた。
疑問に思いつつも、勘違いを認めるまで時間がかかった。
好意を持たれていた、と思う。
そこは誤解ではないだろう。彼女は自分に、それは美しい笑みを見せてくれたのだ。
けれど、気づくとその微笑みは自分ではなく、ほかの男に向けられるようになっていた。
――彼女の気高さ、素晴らしさに気づいて。
相応しくあろうと決心して。
努力もした。
言葉にもした。
……だが、遅かったのか。
あの日。
初めて彼女が来て、ハンカチを差し出してくれた時。
あのハンカチを受け取っていたら、変わっていただろうか。
「――いや、変わらない、な」
彼女の、自分に向かう目と、もう一人の男に向かう目は、違う色を宿していたように思えた。
それこそ、勘違いなどではない。
彼女が一時自分に向けてくれていた好意は、憧れ、といったところだろうか。
離れた場所から見ていれば、それで気が済むような。
「離さないで……か」
あの夜、あの船室の中で、彼女は泣きながら目の前の男に抱きついて。
はっきりと言っていたのだ。
(側にいて……離さないで……)
彼女がともにありたいと願う男は、あの男だったのだ。
きっと、ずっと以前から変わらずに。
だから、自分がどうしようと結果は同じだっただろう。強くなろうと、剣技以外の力を手にしようと。
本当は、言いたかった。
「あなたを、愛しています――シルヴィアーナ様」
もしも言ったら。
今になって言っても、彼女を悩ませるだけだ。
そんなことは、望まない。
自分の迷いを、消してくれた人。
進むべき道を、示してくれた人。
感謝だけではないが――感謝して、前へと進もう。自分自身の道を。
そして、彼女の幸せを心から願って。
オーウェンは空を見上げて、大きく深呼吸をした。
「幸せにして差し上げることだ。そうでなければ、許さんぞ」
――余計なお世話ですよ。
そんな返事が、聞こえたような気がした。
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次回一行予告:わたくしのトゥルーエンド。
※次回は本編最終話! 明日18:50頃更新予定です!




