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19.現実の危機

……あ?

わたくし、どうして眠って――


動こうとして、縛り上げられ、床に転がっていることに気づいた。

しかも、手首のこれは……


魔術を行使しようと考えただけで、びりっと痺れが走った。

両手首につけられたブレスレット。魔力と神聖力を封じるための、魔道具だわ。


「おや、気がついたのかい。公爵令嬢様」


薄暗い、木造の狭い部屋。

わたくしの前に立っている、中年の男。……見るからに、裏稼業に就いているような人相風体をしているわ。


「お前、誰に何をしているかわかっているのでしょうね」


「おおっと。さすがは公爵家のご令嬢だ。この状況で、随分と強気だなあ、おい」


「わたくしにおかしな真似をすれば、命もなくってよ」


公爵家の人間に危害を加えれば、相手が王族でも問題となる。

まして平民であれば、極刑が基本だわ。


「ははは! いいねえいいねえ!

その顔にそのプライド、組み敷かれて泣きわめくところが見られねぇのが残念だ!」


何?

この男はわたくしをどうする気なの?


「聖女候補様だ、死体が見つかれば、そりゃあ大捜査が行われるだろうよ。

生きたまんま、海外に売り飛ばされたら、わかりゃしねえけどな」


売り飛ばす……ですって?

待って。神殿の封蝋は本物だった。

この状況、オル学のレアイベントではない。……つまり。

神殿内部の者が関わり、わたくしを国外へ連れ出そうとしている。


「どうやって海外へ? 検問所を通過することが、容易にできると思って?」


「いっくらでも、手段はあるもんさ。金の力は、あんたみたいな人間のほうがよーっくわかってんだろ?」


検問所を買収する気?

それほど危ないことをしてもいいと思わせるだけの金額が、神殿から払えるものかしら。


「……どうして、わたくしなの。神殿がなぜ、聖女候補を」


「おやおや、聖女候補様がおわかりにならない? 公爵令嬢の上に、聖女になられたら……

ま、そんなお偉い方々の話は、俺らにゃあ無関係だ」


公爵令嬢で、聖女候補。

――権力の集中を嫌がる敵は、確かにいる。たとえば、バークレイ公爵家。

でも、バークレイ公爵は宰相様。お父様とは政治上微妙な対立があるとはいえ、こんな卑怯な真似をする方ではないわ。


むしろ、別の貴族ならありえる。検問や、こんな無謀な行為をさせる報酬を払えるのなら、ある程度の大貴族。

神殿内部の誰かも関係しているのは、間違いなさそうだけれど。

でも、第一に。


「一つ、間違った前提があるわ。わたくしは聖女にはなれなくてよ」


「ほう? 王太子妃候補でもあるってご令嬢が、かい?」


「聖女になるには、わたくしの神聖力が低すぎるからよ。候補と実際の聖女では、大きく隔たりがあるの」


「いやいやいやー、どうだかねえ。

どっちにしたって、俺らには無関係。言ったろ、お嬢様?」


……やはり、こんな下手人に話しても無駄だわ。

ロゼッタが聖女になるだろうと、すでにクラスではかなりの人が確信しているのに。

けれど、わたくしはもともと社交界の評判がよろしくない。シルヴィアーナ・アシュフォードは聖女になれないと噂されても、それが真実か陰口かどうか、学外の者には判断できなくてもおかしくない。


では、わたくしは……

本当に、売り飛ばされてしまうというの?


平和だったはずの、オル学の世界で。

平和な……


違う。

平和だったのは、シルヴィアーナが存在しないオル学。


ここは、ゲームの中じゃない。

わたくしの住む、現実の世界。


何が、起こっても。

不思議では、ない……?



お母様。お父様。アルスラン。オーウェン――


ジェイク……!!


✦ ✦ ✦


国王、アシュフォード公爵とバークレイ宰相、王宮騎士団にアシュフォード公爵騎士団。

王太子レオニード、グラハム、オーウェンにも、シルヴィアーナが誘拐されたらしいことが知らされた。


彼らは王宮内で玉座の間に集い、状況を確認し、動き始めていた。


「この封蝋は、特別な連絡時に用いられる本物だ。神殿内部に内通者がいる」


封筒を確認した国王の命により、王宮騎士団の一部がすでに神殿へ向かっている。


「――恐れながら、陛下。申し上げたき儀がございます」


グラハムと同じ、モノクルをつけた宰相が、深く頭を下げた。


「許す。申せ」


「……申し訳なくも、こたびのアシュフォード嬢誘拐には、我が弟の――バークロフト家が、関与している恐れがございます」


ざわ、と周囲に動揺が広がる。

アシュフォード公爵家とバークレイ公爵家には確執があると、口にせずとも、みながわかっている。

その中で、アシュフォード公爵が口を開いた。


「宰相殿、証拠もなくおっしゃっているとは思いませぬが……貴殿が我が娘の誘拐を企むなどとは、わたくしには考えられません」


宰相はほんのわずかに驚いた表情を見せつつ、再度頭を下げる。


「無論わたくしは、ご令嬢の無事を祈っております。ですが、弟は……

バークロフト伯爵は、おそらくクラリッサ・フェアファクス嬢が聖女となることを期待しているかと。ここにおります我が息子が、フェアファクス嬢と懇意にさせていただいておりまして」


グラハムは目を見開き、口元を右手で覆いながら呟いた。


「まさか、叔父上は……私が、聖女と結ばれることを企み、利用しようと……!?」


レオニードとオーウェンが、顔を見合わせた。


「父上、今最も聖女の座に近いのは、ロゼッタです。彼女は平民ですが、神聖力は素晴らしく」


「ああ、わかっている。平民の、か。……平民ゆえにそちらはどうとでもなると、考えた――ということか」


レオニードの言葉に、国王は苦い顔をした。

そして、宰相に向き直る。


「宰相、バークロフト家を捜索するだけの証拠はあるか?」


「――わたくしの証言では、不足でしょうか。

先日愚弟に会いました折、酔って楽しげに言いおったのです。聖女と縁戚となれば、バークロフト家もさらに格が上がる、と。

わたくしはまだわからぬと諫めましたが、愚弟は……邪魔者など、消せばいいではないかと申し……」


宰相はそこで、膝を折った。


「申し訳ございません。酒席の戯れ言と、しかりつけたのみにしたわたくしにも、咎はございます。

その場には、使用人も我が妻も同席しておりました。証人は複数おりますゆえ、なにとぞバークロフト家を……!」


「行け!」


国王のひと声で、また王宮騎士団の半数ほどが礼をしてから出ていく。


「フェアファクス家にも、伝令と護衛を出していたな。あとは……」


「ロゼッタは、学園寮より王宮へすでに移動させております」


レオニードが父王に一礼する。


「独断で動きましたこと、お許しを。王宮の警備も、強化させております」


「構わぬ。残る者は、アシュフォード嬢の捜索を急げ!」


国王の命令の中、残る騎士団が動き出す。

オーウェンはレオニードを振り返り、言った。


「王太子殿下、王宮はお任せ致します。

陛下、わたくしもアシュフォード嬢の救出に参ります!」


「オーウェン殿、お待ちを! 私も同行致します!」


国王への一礼もそこそこに、オーウェンとグラハムも駆け出していった。



――シルヴィアーナ様、必ず、お助け致します。


オーウェンの脳裏には、彼女の側にいるべき護衛騎士の姿が浮かんでいた。


あの男は一体、何をしている?

彼女を、一番に守るべき者が!!


俊足のオーウェンが、公爵家の騎士団に追いついた。


「コルト卿は、どこに行った!?」


「ジェイク・コルトは、公爵閣下に事態の説明後神殿からの手紙を託し、独断での追跡を願い出ておりまして」


「独断だと!?」


オーウェンが苛ついて言い返すと、グラハムが冷静に尋ねた。


「コルト卿には、何か心当たりがあるのでしょうか」


「――心当たりなど、何も……あ!」


騎士が思いついたように、顔を上げた。


「彼は、元傭兵です!」


「そうか! あいつ、もしかしたら……」


別の騎士が、オーウェンを振り返る。


「傭兵には、一部たちの悪いならず者もいると聞きます。

コルト卿は違いますが、昔なじみのところへ行ったのかもしれません!」


✦ ✦ ✦


神殿の関与だけとは思えない。おそらくは、貴族の陰謀にもつながるだろう。

……お嬢様は、聖女候補にして公爵令嬢だ。

そんなお方を狙うのに、手持ちの駒を使う危険を冒すわけがない。


底辺の傭兵は、金さえあれば動く。

使い捨てるにも、口封じのために始末するにも、御しやすい輩だ。


ジェイクは昔仕事を受けていた場末の酒場へ、姿を見せた。


安酒の匂いが充満する場に、見るからに身分のありそうな騎士姿のジェイクが現れ、注目を集めている。

ジェイクは店内を見回し、奥に座る三人の男に目を止めた。すると、その中の一人が笑い声をあげた。


「おいおい、騎士様がいらっしゃったぞ!

おーい親父、上等な酒を差し上げろや!」


がはは、と連れも一緒に笑う。

ジェイクはまっすぐ、その男たちに近づいていった。


「最近、危ない仕事を受けそうな男はいなかったか?」


ジェイクの問いに、下卑た笑い声が応える。


「ははっ、俺たちゃ傭兵は危ない仕事しか受けねえっての」


「なぁんだ、ジェイクじゃねぇか。おーおー、立派になっちまって。小僧がいっぱしのツラで、こんなところになんのよう……」


言い終わる前に、ジェイクはその男の首元を絞め上げた。


「答えろ。俺は急いでいる」


尋常ならざる殺気に、笑っていた二人も首を掴まれた男も、一瞬で酔いが醒めたような顔になった。


「あ、危ない仕事って、な、に」


「金払いだけはよさそうな、ヤバい仕事だ」


ギリギリとジェイクに首元を絞められて、男は腕をバタバタとさせた。


「ま、待てジェイク! ヤバい仕事、だな!?」


ほかの男が止めに入り、ジェイクは手を離した。絞められていた男はげほげほと、苦しそうに咳をする。

ジェイクを止めた男は、慌ててまくし立てた。


「い、いるには、いた。あんまり高額なんで、ほとんどのやつはやめたほうがいいっつったが、そいつらは最近王都に流れてきたんで、すぐ逃げりゃいいってその気になって」


「何人いる? そいつらのねぐらか、いそうな場所は?」


「よ、四人だ。この上の宿にいたが、もう引き払っちまった。海を、渡るって」


そこまで聞いたジェイクは、酒場を飛び出した。



――港。

王都からは、外海を超える船も出港する。陸地の検問所を抜けて隣国へ行くより、逃げるにも都合がいい。


ジェイクは港を目指して走る。そこへ、公爵家の騎士団が居合わせた。


「ジェイク! お前、どこに」


「お嬢様をさらったやつは、たぶん港です!

ほかの騎士にも報せを――」


「港!?」


騎士団のあとから、オーウェンが駆け寄った。


「コルト卿、確かか!」


「確証はありませんが、高額の仕事を受けた流れ者の傭兵がいました。

急ぎますので!」


走るジェイクを、オーウェンが追いかける。


「相手は、何人いるかわかるか!?」


「四人です。ただし、おそらく魔道具を持たされているかと」


「……でなければ、アシュフォード嬢がさらわれるわけもあるまい」


「待て、ジェイク! 馬を使え!

ランカスター卿も、どうぞ!」


騎馬で来た騎士団が、二人降りてジェイクとオーウェンに手綱を渡す。


「お前のほうが、確実に戦力になる! ランカスター卿、お嬢様をお願い致します!」


「――感謝します」


「お借りする」


ジェイクとオーウェンは頷き、すぐさま騎乗すると馬を走らせた。


✦ ✦ ✦


動けない。目隠しまでされて、何も見えない。


わたくしは今、どこへ運ばれているの。


まさか、オル学を元にした世界でこんなこと……

こんな終わり方、ないはずよ。


嫌。こんな形で、終わりたくない。

わたくしの夢。わたくしの人生。


前世を思い出して、この世界で一歩を踏み出したわたくしの……


――助けて。ジェイク。

ジェイク……!

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。

次回一行予告:わたくしの護衛騎士。

※第20話は明日18:50頃更新予定です。

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