18.レアイベント……?
「お父様に認めていただけて、よかったわ」
「おめでとうございます、お嬢様」
「おめでとうは早くてよ、ジェイク」
孤児院に学校をつくる計画が、お父様に承認された。
予算も組まれて、孤児院へ今度話に行くこととなった。
勝手に決めてしまったことを、院長は納得してくれるかしら。子供たちの未来を想っている気持ちが、通じるといいのだけれど。
ああでも、お父様の出資が決まっただけで、とても嬉しいわ。よくできた計画だと褒めていただけたし。
自室の前まで来ると、メイドが頭を下げた。
「どうかして?」
「申し訳ございません、お嬢様。本日のお手紙を、お渡ししようと……」
恐縮するメイドから、封筒の束を受け取る。
帰宅時にいつも、わたくし宛の手紙を確認しているのに。学校のことばかり考えていたせいで、「あとで受け取るから」とさっき断ってしまった。
「ごめんなさいね、わたくしすっかり忘れてしまっていて」
「滅相もありません。では、失礼致します」
ぺこりとメイドが頭を下げ、足早に去っていった。
ジェイクがドアを開けてくれて、中に入りながら封筒を順に確認する。事業を始めるとなると、社交をしたほうがいいのか、後回しか。悩むところだわ。
見慣れた令嬢方からの封筒に混じり、青い封蝋がされた白い封筒があった。
あら、この封蝋……
十字の真ん中に、四葉のクローバーをあしらったもの。
オル学でも何度も見た、神殿のマークね。聖女オルディニアが歩くとクローバーが四葉になったという逸話があり、神殿がマークとして使用するようになった……という設定だったわ。前世の幸運のシンボルだから、わかりやすいこと。
しかも、この封蝋は後ろの十字が少しズレている。王族や聖女候補にしか知らされていない、特殊な封蝋。
封を開くと、一枚の手紙が入っていた。
『 聖女候補様
聖女様より、お会いしたいとのお言葉です。
馬車をご用意いたします。
今宵の二十時、お一人で裏門付近の壁際までおいでください。
決して、ほかの方にはご内密に。
この手紙もお持ちくださいますよう、お願い申し上げます。 』
これは――
お一人でということは、ジェイクも連れていけないの?
護衛騎士なしで動くのは……
そうだわ。
クラリッサとロゼッタの神聖力がかなり近かったとき、そんなイベントがあったわね。 ロゼッタの育成状況が進めば発生しないイベントだから、忘れていたけれど。
こっそりと神殿にテストされるイベントで、成功すればステータスが全体的に上がり、特に神聖力が大幅に上がる。三周目以降限定で、聖女エンディングを迎えるための初心者救済イベントだったのよね。
わたくしは普通にプレイしていたら発生しなかったけれど、一枚絵が存在すると聞いて、わざと育成を遅らせて確認したわ。
……現状、ロゼッタは相当に神聖力を伸ばしているけれど、ここはゲーム世界とは必ずしも同じではない。わたくしの神聖力が弱いために、このレアイベントが発生してしまったのかもしれないわね。
封蝋も本物では、仕方がないわ。
「お嬢様? いかがなさいましたか」
あ、いけない。
学校のことについて、話し合いましょうとジェイクと言っていたけれど……
「ジェイク、わたくし今日は疲れてしまったの。
話し合いは、明日でもよくて?」
「……はい、もちろんです」
「それでは下がりなさい。おやすみ、ジェイク」
「おやすみなさいませ」
ジェイクは深々と礼をして、ドアを閉じた。
足音が遠ざかっていく。
二十時。そんなに、時間がないわ。
ええと……そうそう、魔道具のマントがあったはず。認識阻害がされるから、わたくしがいると見抜ける人はいない。誰にも見えない、便利なマント。
高位貴族が、お忍びで動く際に使う。オル学では聖女候補として名を挙げつつあったロゼッタが街で襲われて、攻略相手が助けるために設定されたアイテムね。
あのイベントの対象は、グラハムかオーウェンだった。
侯爵家以上でなければ、所持できない貴重品だから。……ゲーム上の、建前ではあるのだけれど。
こういう、現実でも役に立つ魔道具がいろいろあるのが、この世界のいいところではあるわ。
ドレスルームの奥にしまわれていたマントを出して、被ってみる。
鏡を見ても、自分の姿は普通に見えてしまう。これ、本当に効果があるのかしら?
とにかく、急がないと。
部屋を出て、廊下を早足で歩く。ちょうど、向こうから執事が歩いてきたわ!
……わたくしに気づかず、階段を降りていった。よかった、きちんと見えなくなるようね。
階段をそっと降りていって、ええと、外に出るには……あ、見回りの騎士が出ていくわ!
ささっと走り寄り、騎士の後ろについて屋敷を出る。
スリル満点だわ、こんなに近くにいるのに気づかれない。
――あ、騎士の宿舎のほうに、ジェイクが歩いていくのが見える。
邸内とはいえ、離れてジェイクを見るのが、なんだか不思議。
いつも側にいるから。
ああ、見えなくなってしまったわ。
なんだか、胸が騒ぐ。
このイベントで、わたくしの神聖力が上がってしまったり……
そのせいで、聖女候補の決定に影響したりはしないわよね?
せいで、なんておかしいかしら。
でも、わたくしは聖女になりたくはないし。かといって、現聖女の呼び出しを無視なんてできない。
わたくしは学校を作って。学園を卒業したら、本格的に事業を拡大させていって。
きっと、その間もジェイクはわたくしの側にいてくれる。
このあとも、いろんなイベントがあるけれど、結界修復イベントは聖女フラグでは最重要。あの時のロゼッタの活躍を鑑みれば、聖女になるのはロゼッタよ。クラリッサ様は最近、グラハムといい雰囲気だし。きっと、バークレイ公爵夫人ルートね。
広い庭を歩いて、裏門近くの塀に近づく。どの辺りで待てばいいのかしら。
……あ。
いけない、わたくし手紙を部屋に置いてきてしまったわね。マントを探しだすのに、手間取ってしまったから。
――でも、イベントだし、終わったあとに説明すれば問題はないでしょう。ない、わよね?
「聖女候補様」
え?
きゃっ、足元が光って――眩しい!
眩しさに目を閉じて、また開けると、塀の外側に出ていた。今のは、転移魔術ね?
塀をよじ登ったりはできないから、どうするのかと思ったら。神殿の方も、やることが大胆だわ。
「聖女候補様、お待ちしておりました」
そこに、ローブを纏った男性が立っていた。
灰色に見えるローブは、中位神官のものだわ。
「神殿の方ね?」
「はい。こちらの馬車にお乗りください」
粗末な、黒い馬車。秘密だからかしら。
それにしても、街馬車にも劣るような古びたものね。
馬車の扉を開けられた。
「どうぞ」
差し出された手は、黒い手袋に覆われている。
手袋なんて、神官に不似合いだけれど。わたくしが聖女候補だから、遠慮があるのかしらね。
乗り込んだ馬車は、驚くほど狭いわ。
しかも、なんだかかび臭いし。
「この馬車で、本当に――」
……!?
後ろから羽交い絞めにされ……口元に、布が……何か、薬品の、におい……
ジェイ……ク……
✦ ✦ ✦
――なぜだろう。
何か、気になる。
ジェイクは一度宿舎に戻ったが、食堂に入る前に立ち止まった。
(ジェイク、わたくし今日は疲れてしまったの。
話し合いは、明日でもよくて?)
お疲れの様子など、公爵様と話した時にはまったく感じなかった。嬉しそうに、もう少し計画について話し合いましょう、そうおっしゃったのに。
手紙を確認されてから、急に疲れたとおっしゃった。
ジェイクはどうにも気になり、再び来た道を戻った。
早足でシルヴィアーナの部屋を目指す。
本邸二階の部屋の前は、静けさに満ちていた。
ドアをノックする。
返事はない。
すでにお休みだとしたら申し訳ないが、しかし、寝るには早すぎるのでは?
もう一度ノックしたが、やはりなんの声も返ってこなかった。
ジェイクは意を決し、ノブに手を掛ける。
「お嬢様、ジェイクです。失礼致します」
開けると、暗い部屋の中は無人だった。隣の寝室だろうか?
……寝室まで踏み込むことは、さすがにできない。
ジェイクがためらい、俯くと、床に紙が落ちていた。
拾い上げると、手紙だった。
『 聖女候補様
聖女様より、お会いしたいとのお言葉です。
馬車をご用意いたします。
…… 』
ジェイクは目を見開き、近くの机にあった封筒を探った。その中に、神殿からの封筒があった。
神殿が、公爵令嬢たるお嬢様を一人で呼び出すなど――ありえない!
「お嬢様、失礼致します!」
寝室のドアを勢いよく開けたが、懸念した通り、誰もいなかった。
「……お嬢様!」
ジェイクは封筒と手紙を握りしめて走り出した。
なぜ離れた。
なぜ、あの時すぐに気づかなかった。
お嬢様に聞けばよかったのだ。お疲れのようには見えませんと。
どこからのお手紙ですかと。
そうすればきっと、お嬢様は教えてくださったはずだ。
そうしたら――
お一人になど、決してしなかった!!
ジェイクは内心己を罵りつつ、公爵の部屋へ全速力で走った。
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次回一行予告:ゲームではないの。
※第19話は明日18:50頃更新予定です。




