17.夢の学校経営!
温暖な気候のため、学園の夏休みは二週間ほどと短い。
学校を舞台としたゲーム世界だから、そう設定されたのね。
攻略相手との恋愛イベントが発生する時期だけれど、わたくしには関係ない。直前に結界修復で倒れたこともあり、休暇中はゆっくりと自宅で過ごした。
ロゼッタはレオニードと、クラリッサはグラハムとお忍びデートイベントが発生しているでしょうね。
休みが明けたら、また勉強と修行の日々。
とはいえ、レオニードの個人指導のおかげか、学力も上がってきたロゼッタには、死角なしでしょう。
聖女ルートを着実に進んでいるわね。
わたくし、もう無理して学力トップを維持しなくてもいいのではないかしら。
……いえ、違うわね。
聖女になれないと確定したも同じなのだから、わたくし自身の道を進まなくては。そのためにも、勉強は大切なことで……
勉強。
ああ、そうだわ。
わたくしは、前世から学ぶことが好きで。
それは、よい教師に巡り合えたからで。
この世界では公爵令嬢だから、小さな頃から家庭教師をつけられて、学業も礼儀作法も学んできたわけだけれど。
王立オルディニア学園に入学できるのは、王族・貴族階級と、聖女候補のみ。
孤児院のあの子たちは、引き取り先がなければいずれ孤児院を出て、働かなければならない。
でもなんの知識も技能もなければ、貧民からは変われない。
――なぜ、気がつかなかったのかしら。
わたくしの夢も、やりたいことも、ほかにあるということを!
✦ ✦ ✦
「貧民のための、学校だと?」
食後にお父様の部屋に押しかけて、わたくしは直談判することにした。
「ええ、そうですわ。孤児院にいくら寄付をしたところで、子供たちの未来は開けません」
この世界で引き取られる孤児なんて、ほとんどいない。
いたとしても、使い捨ての労働力にされて、わずかな賃金のために朝から晩まで働く羽目になる。
「それは、貧民ゆえに当然だろう」
「当然としていることが、おかしいのですわ!
貧民が減り、正しい労働力となれば王都は潤います。治安も改善されましてよ!」
「しかし、それがなんの利益に――」
「王都の潤いは、つまり富が回るということです。
平民の生活が安定すれば、税収も安定します。平民全体の生活レベルが底上げされますのよ。
長い目で見れば、貴族も王も十分な利を得られるのではありませんか?」
「……ふむ」
考えてらっしゃるわね。もう一押し。
「最初は、小規模でよいのです。孤児院を建て替えるなり、近くの建物を利用するなりして、教育を始めます。
そうして読み書きや算数ができる者が増えていけば、少しずつ結果に結びついていくはずです。
わたくしの予算を使わせていただければ、まずは慈善事業として計画いたしますわ」
予算を使う、と言ったことでお父様が焦りだした。
「ま、待て待て、シルヴィア。貧民のために、お前の生活の予算を使うだと?」
「ええ、わたくしには潤沢な予算を割り振ってくださっていますもの。
一部だけでも、初期投資の資金になるでしょう」
「とんでもないことを申すな!
……そんなにやってみたいなら、別の予算を組ませよう」
お父様が、頭を抱えた。
「あら、よろしいんですの?」
「お前の予算は、お前が公爵令嬢に相応しくあるためのものだ。
慈善事業というのなら、それで事業計画を立ててみるがいい。内容を確認の上で、資金を出してやろう」
「ありがとうございます、お父様!」
まずは、一歩前進したわ!
前世のわたくしは、教師になりたかった。
あの世界では、当たり前に誰もが学んでいたわ。日本の識字率の高さといったら、読み書きできない人がほぼいないほど。
そう、あんな世界に、この国もいつかなったら。
と言っても、オル学世界は勉強も貴族階級の特権。
……わたくしが、前世ほどの国にできるなんてことは思っていない。
ただ、足がかりが作れれば。
わたくしの子孫が、いつかそんな国に生きられたら。
こんなに素敵なことはないわ。
自分自身が教師になるよりも、もっと大きな夢を、この世界で叶えるの。
やってみせるわ!
✦ ✦ ✦
貧民の現状を踏まえると、教師を誰にするかが大変かしら。
やっぱり、孤児院が鍵ね。院長や管理をしている先生方は、当然本も読めるし算数の知識も商人に劣らない。
孤児院への寄付を変則的に、先生方への給与にして。
孤児や、近所の子供たちに教えていただく。
先生のお給料って……どのぐらいがいいのかしら。
わたくしの家庭教師では桁が違いすぎるし、前世の平均もおそらく高すぎるわ。
寄付金から推測して……
「お嬢様」
「きゃっ!」
急に呼ばれて驚いたわ。ジェイクが、目の前に立っていた。
「こちらから声をおかけしたご無礼を、お許しください。
もう、陽が暮れかけております」
「え? そんな時間になっていたの?」
放課後の図書館の一角で、計画を練っていたところだった。
わたくしが知る孤児院は、以前慰問に行った場所だけだから。王都内と、国内各地の情報を知るには、図書館がいいと思って。
「ありがとう、すぐ片づけるわ」
続きは家でやりましょう。
孤児院の状況はわかったし。わたくしが立ち上がると、ジェイクが積み重ねて置いていた本のほとんどを持った。
「お手伝い致します」
背の高いジェイクに、棚の上のほうにあった本を戻してもらう。
いいわね、高身長は。今のわたくしも女性としては高いほうだけれど、前世では小柄だったのよね。
わたくしでも、ジェイクと並ぶと小さく感じるわ。
ジェイクの身長は……オーウェンと同じぐらいか、少しだけ高かったような。
オル学の設定を考えると、オーウェンが百八十三センチだったから、百八十五はあるのかしら?
「熱心に勉強されていらっしゃいましたね。孤児院がどうかなさいましたか?」
「勉強とはまた別のことよ。孤児や貧民のための、学校を作りたいの」
「……孤児や、貧民の……学校、でございますか?」
片づけ終わって、歩きながらジェイクに説明することにした。
わたくしの夢。
その第一歩を。
✦ ✦ ✦
馬車の中で、お嬢様はそれは楽しそうにお話をされていた。
孤児や貧民に教育をして、まともな職業に就けるようにする。
それを少しずつ広げていって、平民の暮らしを安定させて――ゆくゆくは、誰でも学校に行かれる国にしたいのだと。
この方は公爵令嬢という高貴な身分でありながら、平民の、特に貧しい人々の未来までも考えられている。
一部の貴族には、「貧民に施しをするなど」と公爵様の慈善事業さえ、揶揄されているらしいのに。
私が騎士団に入隊した時も、傭兵上がりが公爵家の歴史ある騎士団に……と、絡んでくる騎士がいた。
そんな「先輩方」は、私の剣術を見れば黙るほかなかったが。それも、亡き父が学ばせてくれたからだ。
爵位を売った没落貴族ゆえに、私は世の不条理をよく知っている。
そして、高位貴族の方々は私のような底辺など気にかけないと――公爵様に拾われるまで、そう思っていた。
だがお嬢様は、公爵様以上だ。王族に次ぐほどのお生まれで、こんなにも民を想ってくださるとは。
「お嬢様なら、きっと実現されます」
「そうなら、いいのだけれど」
お嬢様の微笑みに、こちらも笑顔になる。
「私にできることがありましたら、お申し付けください」
「本当? では、一緒に考えてくれるかしら。
先生をお願いするのに、どの程度お支払いすべきかわからなくて。
月に金貨一枚では、やはり多すぎて?」
「……金貨一枚で、平民は一年暮らせます」
「まあ、そんなに。では、銀貨一枚?」
「一か月分の生活費になりますね。
孤児院の給与もありますし、やや高めかと」
「高いほうが、しっかり教えてくれるかと思うのだけれど」
高すぎると、それはそれで問題も起こりやすい。
真剣に私の話を聞くお嬢様に、また自然と笑みがこぼれた。
✦ ✦ ✦
孤児院の裏庭は、結構広かったわ。
院内はあまり大きな部屋がないし、改装中の子供たちの寝泊まりも考えなくてはいけないし。
やはり庭の一角に、教室を建てるのがいいわね。
まずは一室で十分。
授業の合間に、ノートの端に計画を書きつけておく。
先生の話は聞いていてよ? ただ、講義の先はもう覚えてしまっているから、時間を有効活用しているだけ。
「では、今日はこれまでで」
鐘が鳴ったわ。昼食は手早く済ませて、ジェイクと具体的な話を……
「随分熱心に書かれておいでですが、こちらはなんですか?」
「えっ……あ、あら、オーウェン様」
「申し訳ありません、お声をかけていただくのが待ちきれずに」
お、驚いたわ。今日は合同授業だったのね。
しかもオーウェンが隣にいたことに、わたくしが気づかないなんて!
……なぜ気づかなかったのかしら?
「アシュフォード嬢?」
「失礼致しましたわ。わたくし、ある慈善事業について考えておりまして」
「慈善事業、ですか。詳しくお聞きしても?」
「え、ええ」
オーウェンも孤児院に寄付をしていたし、応援してくれると嬉しい。
気力が倍増するわ!
わたくしはオーウェンとジェイクと一緒に食堂へ向かい、昼食を取りながら話をした。
✦ ✦ ✦
放課後、オーウェンは久しぶりに裏庭でレオニードと、木剣で鍛錬をしていた。
「っ!」
オーウェンの喉元に、丸い木剣の先端が突きつけられる。
「参りました。殿下、腕を上げられましたね」
「そうか? どちらかと言うと、君が少々上の空だったように思うが」
レオニードの言葉に、オーウェンは返す言葉がなかった。
「図星かい?」
「……では、次は手加減なしで参ります」
「それは怖いな」
レオニードは笑って、剣を降ろして始めの立ち位置に戻った。
「――はっ!」
今度はレオニードの攻撃を軽くいなし、オーウェンは鋭い反撃を返す。レオニードはかろうじてそれを防ぎ、また剣を繰り出した。
――殿下は実際、かなり強くなられた。魔術と合わせれば、相当なお力だ。
そう考えながら、オーウェンの脳裏にはシルヴィアの面影が浮かんでいた。
孤児や貧民向けの、学び舎の開校。
すでにある孤児院への寄付とは、わけが違う。
無償で、学び、働けるように教育する慈善事業とは、思いもよらなかった。
……あの方は、どこまでお優しく、思慮深いのか。
持つ者は、持たざる者へ分け合えること。
侯爵家の跡取りとして、オーウェンもそのように教えられ、孤児院への寄付などを行なってきた。
それで責務を果たしているつもりだった。
だが今日言われた通り、「孤児院を出る年になったら、行き場のないあの子たちを救えない」――
無学な者は、いつまでも貧するままだ。犯罪者となるか、乞食をするか、裕福なものに食いものとされるか。
たとえ才能を秘めていたとしても、解放されるすべもない。誰かが、その才を磨かない限り。
自分が、王太子が、そして公爵令嬢も、教育を受けてきたように。
だから、教育を与える。学を授け、生きる力とさせる。
結果が出るまで時間はかかるだろうが、公爵家の力で進めていけば、いずれは王都の貧民街のありさまを大きく変えることができるかもしれない。
そんなことを、あんなにも嬉しげに語って。
いつかは、身分にかかわらず誰もが教育を受けられる、そんな国になったらいいと。
あの方は――まるで王のようではないか。
もしも女王になられていたら、この国の根底を変えてしまいそうな。
――今のまま、ただ爵位を継いで騎士団長になったとして、あんな方の隣に立つ資格は……
「っと! 参った、オーウェン」
激しい攻撃に、レオニードは尻もちをついていた。
「申し訳ございません、やりすぎでしたでしょうか」
「ははは、手加減なしと言われたからな。やはり強いな、オーウェン」
「強いだけでは……」
「ん? どうした?」
「いえ……」
強いだけではいけないのだ。
あの方に相応しい男に、ならなければいけない。
オーウェンはレオニードに手を貸しながら、思いつめていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
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次回一行予告:ゲームだったら……
※第18話は明日18:50頃更新予定です。




