16.聖女ロゼッタ決定?
二か所目の教会に着くまで、お嬢様は眠られていた。
相当消耗されておられたのだろう。
「お嬢様、到着致しました」
声をおかけして、すぐ起きられた時はほっとしたが、ぼんやりとされていた。聖女候補の試練とは、かくも厳しいものなのか。
お嬢様は私の手もランカスター卿の手も借りず、教会内で結界のほころびを見つけると、修正に取りかかられた。
神聖力など、私にはあまりわからない。しかし、お嬢様の疲労と憔悴は明白だった。
このような試験が、本当に必要なのか?
お嬢様は苦労されてばかりだ。学力が高く、魔術行使力に秀でていても、最も重要な神聖力は平民と伯爵令嬢のお二人に及ばない。
お嬢様も、自覚されておいでなのに。それでも聖女候補を降りることは、許されないのか?
「お嬢様、お顔の色が」
青白い顔に不安を覚えて言った時、光が空を駆け抜けていった、ように見えた。
お嬢様の、顔に赤みが差す。
――これは、お嬢様のお力ではない。
とっさに理解した。
魔力も神聖力もよくわからないが、ここまで強いものであれば感じる。魔物退治の際にもあった、強力な光と、それにより体に力がみなぎる感覚。
きっと、あの平民の聖女候補だ。彼女の神聖力が、ここまで届いた。
「結界が、完全に戻った」
隣で、ランカスター卿が呟いた。
これほどの力があるならば、もういいだろう。
お嬢様に、これ以上ご無理を強いる必要などない。
ぐら、とお嬢様の体が揺らいだ。
「お嬢様!」
「アシュフォード嬢!」
間一髪で私が抱きとめたが、お嬢様は気を失われていた。やはり、魔物退治の折と同じ。
神聖力を全力で使うと、お嬢様のお体には負担がかかりすぎる。
私がお嬢様を抱き上げると、ランカスター卿が睨んできた。
「コルト卿、公爵令嬢を抱きかかえるなど、護衛騎士には過ぎた行為と思わないのか」
「そんな場合ではありません」
ランカスター卿を無視して、馬車へ急ぐ。
「アシュフォード嬢は、私が」
まだランカスター卿が絡んでくる。私への対抗心かお嬢様への執着か知らないが、それどころでないこともわからないのか。
馬車へ駆け戻ると、御者が驚いて頭を下げた。
「早く、開けてください。行き先はアシュフォード公爵邸です。どうか、急いで」
「はっ、はい!」
御者が開けてくれたので中へ乗り込み、お嬢様をしっかりと抱え込む。
「コルト卿! 君は」
しつこく文句を言ってくるランカスター卿に、さすがに頭に来た。
「お嬢様が倒れられたのに、そんなことを言っている場合ですか!? 乗らないなら、置いていきますよ!」
ぐ、と声を漏らし、ランカスター卿も馬車に乗った。
間もなく、馬車が走り出す。
――魔術の心得でもあれば、お嬢様のお力になれただろうか。
敵からお守りするだけで、私はいいのか。
揺れる馬車が一刻も早く公爵邸に着くことを願って、私はお嬢様を抱えていた。
✦ ✦ ✦
イベント後に気絶するのは二度目だわ。
目が覚めた時、わたくしの寝台を囲むように側にいたのは、お父様とお母様、アルスランと医師と……部屋の隅に立つ、ジェイク。
一番遠くにいるのに、ジェイクとまっさきに目が合って、考える前に微笑んでいた。
何をそんなに、心配そうにしているの。
わたくしは、大丈夫よ。
「シルヴィア、気がついたか!」
「気分は悪くない? どこか、痛いところは?」
「姉上、平気ですか」
ふっと、前世の記憶が脳裏をよぎる。
前世では家族に心配ばかりかけて、逝ってしまった。
でも今は、本当に大丈夫。
「疲れただけですから、平気です。……ご心配をおかけして済みません、お父様、お母様。アルスランも」
「シルヴィア……」
お父様、泣き出すなんて大げさだわ。
「もういいのだ、シルヴィア。聖女になど、ならなくてもよい。
お前が無事で、幸せになってくれればそれで」
まあ、随分風向きが変わったこと。
……お父様も結局、わたくしに甘いのだわ。
「大丈夫、ですから」
ああ、本当に疲れてしまったわ。
まだ、眠い……
✦ ✦ ✦
またもやイベントで倒れ、翌日学校を休んでしまった。
その間にあったことは、後日ロゼッタとクラリッサ様に聞いた。
聞かなくてもわかっていたことだけれど。
「結界は問題ありません! きちんと修復できたことは、神殿の聖女様が確認されたそうです」
「ロゼッタさんの、神聖力のおかげですわね」
「そんな! クラリッサ様とシルヴィアーナ様がいてくださったからです!」
ロゼッタが言っているのは謙遜のつもりでしょうけど、間違っているわけでもないのよね。
聖女の神聖力は、他者を想うほど強くなる。
わたくしとクラリッサ様と仲良くなったこと、そして誰よりもレオニードと心を通わせたことが、ロゼッタの持つ神聖力を覚醒させた。
これは、ゲームイベント内では聖女になるため、必須フラグのひとつ。
オル学ではクラリッサ様の分もロゼッタが活躍するという内容だけれど、結果は変わらないわ。
ロゼッタは間違いなく、聖女ルートを正しく進んでいる。クラリッサ様も、お気づきでしょうね。
きっと卒業後には、オル学の一枚絵と同じ、聖女となったロゼッタがレオニードと結婚することになる。
その姿を、現実で見られるのでしょう。
かといって、聖女候補から降ろしてもらえないのが、辛いところだわ。
オル学でもどれだけステータスで差をつけても、卒業までクラリッサ様と競わなければならなかったのだもの。
わたくしは聖女にはなれない。
だから、その後の身の振り方を考えておかなくてはね。
✦ ✦ ✦
「ロゼッタ、君のおかげだよ」
レオニードにそう言われても、ロゼッタはしゅんとしていた。
結界修復後に学園に戻ると、シルヴィアーナが倒れたことを聞かされたのだ。
「私がもっと早くほころびを修復できていれば、シルヴィアーナ様にご無理をさせることはなかったのに」
「そうではないだろう。むしろ君がいたから、アシュフォード嬢も助かった」
ロゼッタは二度目の修復時に、ほころびを見つけるまで時間がかかってしまったことを気に病んだ。
担当した教会はほかの廃墟に近いものと違い、建物自体は無傷の状態だった。そのために教会内の結界が安定していて、小さなほころびがなかなか見つからなかったのだ。
「君よりも、僕が頼りなかったせいだな」
「そんなことありません! レオニード殿下は、私のことを落ちてきた瓦礫から守ってくださって……」
「ロゼッタ。二人きりの時に、殿下はやめてくれと言っただろう?」
レオニードの微笑みに、ロゼッタは真っ赤になって俯いた。
「レ、レオニード様。……ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。――話を聞いてもらえて、楽になれたよ」
「レオニード様……」
ロゼッタが見上げると、レオニードは寂しげに遠くを見た。
「王族というのは、確かに平民よりも恵まれた暮らしをしている。けれど、それだけ背負わされるものも少なくない。
民のため、王となるには、大事な弟とも疎遠にならざるをえない。
皮肉なものだね」
レオニードの弟であり、第二王子ティオドール。二人の王子は同じ王妃から生まれた兄弟だが、レオニードは幼少時から王太子になるべく英才教育を受けていたため、母親とは縁遠い少年時代を過ごした。
ゆえに手元で育てたティオドールに王妃の目が向いてしまったことは、無理もない話であった。
だが王妃の偏愛は、王太子の交代を望む一部貴族には有利に働いてしまう。
弟と母を守った上で、そのような輩の暗躍を防がねばならない。
平民のロゼッタには雲の上で暮らす人に思えた王太子の苦悩に触れ、ロゼッタは王族といえど同じ人間で、誰しもそれぞれに悩みや苦しみを抱えて生きているものなのだと思い知ったのだ。
「……でも、レオニード様のお気持ちは、ティオドール王子殿下もおわかりだと思います」
「どうかな」
「もし今おわかりでなくても、きっといつか通じます。他人は無関係です、ご兄弟なんですから」
ロゼッタにも、大事な弟妹がいる。
家族の絆は、たとえ王族でも同じはずだと思った。
「ロゼッタに言われると、本当にそんな気がしてくるよ」
「そうなりますよ!」
何もわからないはずの平民の少女の言葉が王太子を救い、少女もまた王太子を支えられることに、ほのかな喜びを感じていた。
✦ ✦ ✦
「わたくしは、お役に立てたのでしょうか」
クラリッサは呟いたあと、我に返ったように首を振った。
「申し訳ございません、お聞き苦しいことを」
「構いませんよ、クラリッサ。それに、君は十分働いたと思います」
「グラハム様……」
シルヴィアーナのことは当然クラリッサも知り、ロゼッタ以上に落ち込んだ。
結界の修復自体は、二か所ともきちんとできていたと思う。ただ、二度目はかなり疲れて、時間がかかった。
その時に、大きな神聖力が遠くから手元まで流れ込んでくるのを感じたのだ。
ロゼッタ。
あの人の力だと、すぐにわかった。
残酷な話だが、凡人がどれほど努力しようと、天才には敵わない。
ロゼッタは平民だが、もはや現聖女にも劣らぬ神聖力を有している。あれだけの力があれば、身分など問題にならない。聖女に相応しい家の養女となり、神殿の主となるのだろう。
「謙遜は美徳だが、君は少し自責が強すぎるな」
「……えっ」
いつでも敬語を崩さないグラハムが、ふふ、と笑った。
こんな笑顔も、見たことがない。
クラリッサは驚いて、グラハムを見つめた。
「クラリッサ。人は己にできることを遂行するしかない。私が宰相の子として己を律しているのも、そうせねばならないからだ。
いずれ父の跡を継ぎ、王家を支えるために……まあ、支える相手があの王太子殿下というのは、少々残念ではあるがね」
「グ、グラハム様! そのようなこと、もし人に聞かれたら」
「ここには、私と君しかいないだろう?」
優しいブルーグレイの瞳と目が合い、クラリッサは胸が熱くなるのを感じた。
「私は君の責任感の強さは素晴らしいと思うし、その心根の美しさは聖女に相応しいとも思う。
ただ、できれば――神殿で聖女となるより、私の側にいてくれたら嬉しい。……迷惑かな」
「め、迷惑だなんて。……わたくしは」
クラリッサは消え入りそうな声で、言った。
「わたくしは、グラハム様のお側にいたいと思っております」
✦ ✦ ✦
倒れた翌日、休んでいるとオーウェンからの見舞いの花束が公爵家に届いた。
『お助けできなかったことを、お許しください。
少しでも、お元気になっておられますように』
……推しの、直筆の、カード付き……っ!
あああああ、どうしたらいいのこれ。
とりあえず、花束は魔道具で保存! こ、このカードは……一緒に保管していたら、変よね。
いえっ、花束を保存するのもおかしいわ!
「お嬢様、お花はこちらでよろしいですか?」
花が手際よく活けられて、メイドに飾られてしまっている!
でも……仕方ない、わよね。
せめてカードを、保管しておきましょう。
礼儀として、人からのお見舞いの手紙を捨てるのはよくないものね? それはおかしくないわね?
「お嬢様?」
「あ、ええ。そこで、いいわ。ありがとう」
「では、失礼致します」
メイドが一礼して、寝室を出ていった。
大騒ぎしていた家族もいなくなって、わたくしひとり。
……あら。ジェイクはどうしたのかしら?
お父様をなだめるのに大変だったものだから、気がつくといなくなっていたわね。
――寝室にまで、護衛騎士はいられないものね。わたくしが意識を取り戻すまでいたのは、非常事態といったところだったから。
顔を見られないと、安心できないのだけれど。
もう具合もだいぶいいし。でも、今日一日は寝ているように家族にも医師にも言われてしまったし。
「……ジェイク。わたくし、明日には元気になるから」
そうしたら、いつものように部屋に迎えに来るのよ。
わたくしの側に、ずっといなさいね。
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次回一行予告:前世からの夢。
※第17話は明日18:50頃更新予定です。




