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15.護衛騎士と推しと

第一の目的地に着き、御者が馬車の扉を開いた。


まっさきにジェイクが降りて、すぐ側に立って待っている。順位からすれば、わたくしよりオーウェンが先に降りるべきだから。

オーウェンはなぜか少しためらって、馬車を降りる。

すかさず、ジェイクがわたくしのために手を差し伸べた。わたくしが降りるのを、じっとオーウェンが見ている。


……落ち着かないわ。

だって。


推しが! ずっと! 目の前に、いるのですもの!!


しかも、途中でわたくしを遠乗りに誘ってくださるし!

えっ!? と声が出てしまうところだったわ。


お茶会の予定があったから、せっかくのお誘いをお断りすることになってしまった。

いずれまたって、いつになるのかしら。


話をしないと間が持たないと、気まぐれでお誘いされただけ?

オーウェンの乗馬姿なんて一枚絵(スチル)にもなかったし、見てみたかったわ……


ああ、前世の記憶はもっと遠いものになったかと思っていたけれど、推しを前にするとわたくしは変わらないのね。

ジェイクがいたから、どうにか平静を保つ振りはできていた……わよね?


ジェイクを見上げると、見返してくる。


「どうかなさいましたか?」


「いいえ。お前がいて、助かったと思って」


二年の間、ほぼ離れることなくいてくれたせいか、ジェイクがいるとわたくしの心は安定する。

空気のようなもの、とわたくしの記憶が完全に戻る前には考えていた。


ある意味、間違ってはいないわ。

空気はどこにでもあって、なかったら困ってしまう。

いえ、精神安定剤と言ったほうが近いのかしらね?


……あら、オーウェンが何か……怖い顔を、していたような?


「オーウェン様?」


「なんでしょう、アシュフォード嬢」


笑顔だわ。わたくしの気のせいね。


「修復する結界を、探しましょう」


ここは、古びて誰も管理しなくなった教会。

王都にはいくつかこんな場所があって、昔魔物が多かった時代に王都を護るため、神官が大勢いた名残りなのだそう。

結界の中継地点のような役割は残っているから、壊すことはしない。でも、直すこともない。無人のまま、結界のお陰で清潔さは保たれて、見た目は朽ちている場所。


オル学では、ロゼッタが行った教会の一つが古すぎて、建物の一部が壊れるのよね。

それを同行者が助けてくれる。

レオニード、ロゼッタを頼むわ。あなたの魔力なら、瓦礫が落ちてきても粉々に砕けるでしょう。オル学のイベントと同じようにね。


その時に好感度が十分高いと、ロゼッタを失うことが怖くなったレオニードが、自分の弱みを包み隠さず話す流れになるのよ。

彼女が自分にとってどれほど大切か痛感して、誰にも言えなかった話を聞いてほしくなったのね。


その話を聞くのは、ロゼッタに任せるわ。わたくし、レオニードルートは一枚絵回収のために何周かしたけれど、あまり好みではなかったので作業のように済ませてしまったのよ。


……あ、こっちだわ。感じる。

聖女候補の中では最低でも、一応わたくしにも聖女候補に選ばれる程度には神聖力がある。だから、感知もできる。

それにしても、オルディニア様が言うようにハードモードのプレイヤーキャラがわたくしなら、ハードにもほどがあるのではなくて?

ロゼッタやクラリッサ様と違いすぎるのよ!


「お待ちください、アシュフォード嬢」


「お足元が危険です」


オーウェンとジェイクに同時に言われて、足を止めた。確かに、瓦礫がゴロゴロとあるわね。

これでも妙に空気が澄んでいるのは、ほころびがあるとはいえ結界を展開するため、拠点とされているためね。


「わたくしが先行致します。お嬢様、ご指示を」


ジェイクが頭を下げる。

そうね、そのほうがよさそう。


「あちらに、ほころびを感じるわ」


私が指差した方向を見て、ジェイクは頷いた。


「アシュフォード嬢、よろしければお手をどうぞ」


「……恐れ入りますわ、オーウェン様」


オーウェンの手。やっぱり、マメだらけね。

お、落ち着かないわ。かえって転びそう。ジェイクに手を引いてもらうほうが、いいのかもしれない。


「アシュフォード嬢、危ないのでもっとしっかり握っていただけませんか」


わたくしの心臓を止めるつもり!?

あああああ、オーウェンに手をぎゅっとされた! わたくしの手が! 推しに!


「オ、オーウェン様、そこまでなさらなくても」


「できれば、抱きかかえてお連れしたいぐらいですよ」


きゃああああああ。なんてことを!

ジェイク、ジェイク! わたくしの精神安定剤!


「こちらですか、お嬢様」


もとは廊下になっていたらしい場所に出て、ジェイクが手を広げて行き先を確認する。


「そっ、そうよ!」


思わずオーウェンの手を離して、ジェイクに駆け寄った。

ジェイクの袖の端を掴んで、そっと深呼吸をする。


「お嬢様?」


「結界のほころびが、その、不安にさせるのよ」


「では、どうぞ」


今度は、ジェイクに手を預ける。慣れた手袋の感触。

……ああ、落ち着くわ。


「コルト卿。アシュフォード嬢は私がお手を貸そう」


いいいいえ! もう無理ですわ、無理!


わたくしが固まっていると、ジェイクがほんの少し、手に力を込めた。


「お嬢様は、わたくしがお守り致しますので」


よく言ったわ、ジェイク!

わたくしはジェイクに手を預けたまま、廊下を歩きだした。


「こちらの、奥ね」


回廊になっている廊下の先に、広間があった。

これは、おそらく祭壇があった場所だわ。


見上げると、半壊している屋根から青空が見えている。

――結界の、ほころび。ちょうど壊れた屋根と重なるように、神聖力の薄れを感じた。


「ジェイク、オーウェン様。少し、下がっていらして」


ジェイクから離れて、両手を空に向かって挙げる。


『結界展開!』


少しずつ少しずつ、ゆっくりと崩れていた結界を埋めていく。


……ゆっくり過ぎない? もう少し早くできないの?


『結界、展開! 展開! 展、開!』


何重にも結界をかけるようにして、修正する。

遅い、けれど。埋まってきたわ。


――よし、塞がった!


「ふう……終わりましたわ」


「お嬢様、大丈夫ですか」


「アシュフォード嬢、お疲れのようです」


また、二人同時に。しかも今度は、両方から手を差し出されてしまったわ。

ええと? わたくし、どちらの手を取ればいいの?


「コルト卿、アシュフォード嬢の同行者は私だが」


「わたくしは、お嬢様の護衛騎士です」


……なぜかしら? 二人の間に火花が散って見えるわ?


「一人で、歩けますわ」


なんなのかしら。

ジェイクとオーウェンが、喧嘩していたような記憶はないのに。


✦ ✦ ✦


待たせていた馬車に乗り、次の場所へ――と乗り込んだ途端、オーウェンが奥へ詰めて言った。


「アシュフォード嬢は結界修正で神聖力をお使いになるため、馬車ではごゆっくり休めるよう、お一人でお座りください。コルト卿、君は私の隣に」


ジェイクがわたくしのほうを見る。

オーウェンが気遣ってくれたのは嬉しいわ。実際、疲れているし。


「オーウェン様の、おっしゃる通りになさい」


「……かしこまりました」


馬車に乗って外を見ているうちに、わたくしはうとうとし始めた。

予想以上に、神経も体力も使うのね。


「お疲れでしたら、おやすみください」


ジェイクの声が、遠く聞こえる。


「そう、するわ。オーウェン様、失礼を」


言うや否や、クッションにもたれて、わたくしは寝入ってしまった。


✦ ✦ ✦


「――眠られたようだ」


オーウェンが小声で言い、ジェイクは自分の上着を脱ぐとそっとシルヴィアの体に掛けた。


「騎士の服などを、アシュフォード嬢に掛けるとは」


「冷えてしまわれてはいけませんので。夏風邪を召されるよりはましです」


それなら自分の制服のジャケットを、と思ったものの、オーウェンの制服よりも公爵家の騎士服のほうが厚手で、寝ている人に掛けるにはよさそうだ。レディのためを思えば、致し方ない。

とはいえ、面白くもない。


「前々から思っていたが、護衛騎士とはいえ少々出過ぎたふるまいが多くはないか?」


「わたくしは、お嬢様のために行動しているだけです。……ランカスター卿?」


なんだ、と言おうとしてオーウェンは口をつぐんだ。

ジェイクが自分の口元に人差し指を立て、静かにするようジェスチャーしてきたのだ。


うるさくしては、眠る人の妨げになる。

オーウェンは眉を寄せつつ、腕を組んで黙った。


――寝顔は、幼くも見えるのだな。


シルヴィアーナの顔を見つめて、オーウェンは思った。

彼女の誕生日は、いつだっただろう。春生まれのオーウェンはもう十七になったが、彼女はまだ十六歳だろうか。


聖女候補の決まりではあるが、十五で候補に選出され、三年間の学園生活で聖女になるための努力をしなければならない。

十五、十六、十七、十八……卒業まで、気が抜けない日々が続くのだ。


酷な話だ。同じ年頃の貴族令嬢は、卒業後の縁談に備えて社交や恋愛をしつつも、楽しい日常を過ごしている。

公爵令嬢ともあろう人が、誰よりも苛酷な責任を負わされるとは。


それを、愚痴りもせずにこなしている。


まったく、自分はなんと愚かだったのか。

考えてみればわかることだったのに。

聖女候補のうち、神聖力は明らかに劣る。魔力も特に秀でてはいない。学力はレオニード王太子をしのぐほどだが、それこそ努力の賜物だ。


そんな人が、陰口を叩かれているように、冷たく、高慢な人間であるわけがなかった。


ふと、孤児院で見た笑顔を思い出す。

草花の花冠を子供に被せられて、本当に嬉しそうに笑っていた。


普通の貴族であれば、孤児など側にいられるのも嫌がるのに。


あの花冠は、すでに枯れているだろう。

本来ならば、本物のティアラが似合う方だ。


しかし、レオニード王太子は、聖女候補のロゼッタに好意を抱き始めているようだ。

……助かった。王太子が相手では、侯爵となり騎士団長になれても、分が悪すぎる。


だが、最も警戒すべき相手が、たかが護衛騎士とは。


いやいや、彼女の側近くにいるだけの話。身近な人間に気を許すのは無理もないし、護衛騎士が公爵令嬢とどうにかなれるはずがない。


今は、多少距離の差があったとしても。


いずれは――自分こそが、この方の隣にいたい。


馬車が目的地に着くまで、オーウェンとジェイクはずっと無言でいた。


✦ ✦ ✦


結局第二の修復地点である教会に着くまで、わたくしは眠ってしまった。

しっかり休めた分、神聖力も回復して――なんてことは、ない。


もとが低い上に、神聖力は回復に時間がかかるものなのよ。教会の中でやはり崩れた天井の先にほころびを見つけたけれど、悲しいほどに力が出ない。


『展開……!』


微かに神聖力は出ているけれど、このままでは一晩中かかっても結界は修復できそうにない。

できなくても、やらなければいけないのよ。わたくしは、腐っても聖女候補なのだから。腐ってなんていなくってよ!


『展、か、い』


くっ、眩暈がしてきたわ。

力を振り絞っても、ないものはない。ゼロには何をかけてもゼロ。いいえゼロではない、はず……


「お嬢様、お顔の色が」


ジェイクの声が聞こえる。大丈夫、なんて虚勢も張れない。


――力が、抜け……


『結界、展開!!』


えっ? ロゼッタの声?


結界が、光った。――なんて神聖力!

わたくしの神聖力も呼応して、力が増している。ロゼッタのバフ効果……いいえ、そんなものではないわ。


これは、聖女に等しい力。そうよ、この結界修復イベントで一番重要な、ロゼッタの神聖力の覚醒。


遠くにいるはずの、ロゼッタの姿が見える。ああ、ロゼッタ。

クラリッサ様にもわたくしにも、あなたの力が届いている。


結界が、見事に修復された。


……素晴らしいわ。

ロゼッタ、あなたこそ、本物の聖女よ……


安堵した時、わたくしの意識は途切れた。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。

次回一行予告:聖女にはなれないけれど。

※第16話は明日18:50頃更新予定です。

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