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14.護衛騎士はどこまで一緒に?

身支度を終えて部屋を出ると、ちょうどジェイクがわたくしの部屋に向かって歩いてくるところだった。


「おはようございます、お嬢様」


足を止め、いつも通り胸に手を当てて一礼。いつでも礼儀を忘れない。

そうね、お前は――いいえ、あなたは初めて会った時からそうだったわ。


お父様の部屋に呼ばれて、「お前の護衛騎士を選んでおいた」と告げられて。

黒髪の、背の高い騎士がお父様の前に立っていた。


すぐに脇へ移動して、わたくしの真正面で跪いて。


「ジェイク・コルトと申します。お嬢様の護衛騎士という大任を拝命し、身が引き締まる思いです。

よろしくお願い致します」


所作を見て、きっとただの平民上がりではないのだろうと思った。

お父様がわたくしに付けられるのだから、間違いなく優秀だろうと。


あれから二年ほど経った。期待以上の働きを、今までしてくれている。

いついかなるときもわたくしの側で、どこでも目を離さず、必ず守る。

最高の護衛騎士。


王太子殿下……レオニードにも、わたくしの護衛騎士のほうが上だと自慢できるわ。


ふふ、とつい笑みをこぼすと、ジェイクがわずかに眉をひそめた。


「お嬢様? いかがなさいましたか」


「なんでもなくてよ。おはよう、ジェイク」


わたくしの「らしくない」笑顔にひるんだようで、また笑いが込み上げてくる。


わたくしは、シルヴィアーナ・アシュフォードとして生きてきた記憶を、すべて取り戻した。

けれどまだ、前世で楽しんでいた「オル学」の記憶も消えていない。

オーウェンに対する、「推し」の想いも変わらない。


でもね、ジェイク。

オル学にいなかったあなたとわたくしがいるこの世界は、とても輝いて見えるの。

わたくしは、これまで以上に自由に生きられるわ。何も恐れるものがなくなったのだから。


あなたはこれからも、わたくしの側にいて。

バルコニーでの誓いを、忘れてなんてあげないわ。


✦ ✦ ✦


数日の平和な日々を過ごしたあと、夏休み前の大きなイベントが待っていた。

覚えているわ。二重の意味でね。


聖女は、この国で神殿と各地の教会を結ぶ……そうね、前世の言い方だと無線のネットワークというところかしら。

そのネットワークで、国全体を覆う結界を作り、守っている。


聖女の力で保たれているものだけれど、時間の経過とともに一部にほころびが出てきてしまう。

この結界修復は聖女が定期的に行い、聖女候補がいる場合は、聖女候補の試験のひとつとして行うことになる。

オル学でも、重要なイベントだったわ。


この世界はゲームではないけれど、オル学のゲーム法則に沿った事件が起こる。

今回は平和なイベントで、ロゼッタとクラリッサ様、わたくしの三人で結界修復を行うだけ。

ただ、オル学では聖女候補のエスコート役に、……いえ、同行者なのだけれど、好感度が高い人が名乗り出る。

好感度次第で、会話やちょっとしたイベント内イベントも起こる。


予想通り、ロゼッタの同行者にはレオニードが決まった。


「王太子殿下に同行していただくなんて、恐れ多いです」


「ロゼッタ、僕では頼りないかい? それと、王太子殿下はやめてほしいと言ったはずだけどね」


「あ、そんな! ……あの、光栄です。

よろしくお願い致します。レオニード殿下」


あらあら、もうお互いに名前呼び?

レオニードったら、いつの間にそこまでロゼッタに心を許していたのかしら。この様子では、かなり好感度が上がらないと話さない悩みも、打ち明けているかもしれないわ。まだだとしても、結界修復前後に会話イベントが起こりそうね。


「クラリッサ、君なら問題ありません。臆せず、しっかり遂行してください。

私が見守っています」


「はい、バークレイ様」


まあ! グラハムは同行するだけでなく、クラリッサ様を呼び捨てるほど好感度が上がっているの?

クラリッサ様は、二人きりでないとグラハム様とは呼ばないのよね。真面目な彼女らしいけれど。


「アシュフォード嬢、行きましょうか」


……オーウェン。

彼がBクラスなのは、本気で学ぼうとしていなかったから。本来なら、ロゼッタの好感度が上がると三年生からAクラスになるけれど。好感度が相当上がっている時だけ、ロゼッタに同行するのよね。


なぜか、わたくしの同行者になっているわ。マティアスやヒューゴと出会っていないからかしら?

きっとそうね、知らない攻略対象が出てくるのもおかしいし。


――胸がときめいてしまうのは、仕方がないこと。

わたくしの中では、変わらず「推し! 推しが、エスコートを!」と騒ぐ心があるのだから。


「よろしくお願い致します、オーウェン様」


わたくしがカーテシーをすると、苦笑いをした。


「あまり、他人行儀にされるのは寂しいですね」


オーウェンは、わたくしにどうしてほしいのかしら。名前で呼んでほしい、それ以外に何か望みがあるの?

レオニード狙いの誤解は解けたようだけれど、どうも彼の考えていることがわからないわ。


✦ ✦ ✦


結界修復を行う場所は、聖女候補一人につき二か所ずつ。

少し離れた場所のため、各候補は馬車で移動する。


オーウェンが、シルヴィアーナと並んで歩く。ジェイクは数歩下がってついていたが、馬車近くになると先に回り込み、扉を開けて手を差し伸べた。

シルヴィアーナは当たり前のように、その手を借りて中へ乗り込む。ジェイクが手を下ろすと、オーウェンはちらとジェイクを見て、自分も馬車に乗った。


ジェイクが扉を閉めようとした時、シルヴィアーナが声をかける。


「ジェイク? お前は、乗らないつもり?」


「わたくしは、騎馬にて参ります」


馬車の横に、学園が用意した馬がいた。シルヴィアーナはそれを確認しつつ、なおも言った。


「中にお乗りなさい。わたくしから目を離すのは、許さなくてよ」


「……かしこまりました」


今度はジェイクがオーウェンを一瞥し、馬車に乗り込んだ。

普段登下校の際には、シルヴィアーナとジェイクは向かい合って座る。ジェイクは御者台が近いほうに座るのだが、今日はオーウェンが先に座っていた。


シルヴィアーナが、少し体を横にずらす。


「こちらに掛けなさい」


「いえ、お嬢様のお隣になど……」


「仕方がないでしょう。馬車の中で床に座るなんて、騎士のすることではなくてよ」


正面で見ているオーウェンが険しい顔をしたが、ジェイクは素直に


「身分もわきまえず、失礼致します」


と言って、シルヴィアーナの右手側に座った。

御者が外から扉を閉めて、やがて馬車は動き出した。


「――アシュフォード嬢は、護衛騎士には寛大な方なのですね」


オーウェンが控えめに笑って言ったが、シルヴィアーナは首を傾げた。


「護衛騎士を側近くに置くのは、当然のことではないかしら」


オーウェンはジェイクにも目をやったが、ジェイクはピンと背中を伸ばし、シルヴィアーナと窓の外とを交互に見ている。


「護衛は通常、騎馬で周囲を警戒するものですよ」


「わたくしは、ジェイクを馬車に乗せることに慣れておりますの」


「ははっ、変わったお方だ」


軽く笑って、オーウェンは目を細める。


「アシュフォード嬢、乗馬のご経験は?」


「一応、ございますわ。母が好きで、幼い頃からわたくしも習いましたの。

最近は乗っておりませんけれど」


「では次の休日に、遠乗りなどいかがですか?

郊外に行くのも、たまには楽しいものですよ」


その言葉に、シルヴィアーナは少し目を見開いた。

オーウェンは、にこやかに返事を待っている。


あ、とシルヴィアーナが小さく声を上げて、ジェイクを振り向いた。


「休日には、ラエル様からお茶会の招待を受けていたのではなくて?」


「はい、そのご予定です」


「……残念ですわ、オーウェン様。

またの機会に、お誘いくださいませ」


「先約がおありでしたか。では、いずれまた」


一瞬、男たちの視線が交差したが、二人は何も言わなかった。


✦ ✦ ✦


――距離が近すぎる。


オーウェンは前に座るシルヴィアーナと護衛騎士を見て、内心苦々しく思っていた。


物理的には、すぐ横ではない。人の半分ぐらいの空間が間にあるが、主人たる公爵令嬢と護衛騎士にしては、不適切な距離感だ。

孤児にも優しいアシュフォード嬢のことを思えば、自分に仕える騎士に親切なのは当然かもしれない。


だが、騎士ならば身分を考えて離れるべきだろう。隣に座れと言われ、固辞せずに座るなど、ありえないふるまいだ。


いつでも彼女の側にいる、ジェイク・コルト。

護衛騎士にしては目立ちすぎ、さらに公爵家騎士団に所属するゆえか、剣技も王宮騎士団員に劣らぬだろう。

課外授業でマッドウルフを倒した際の働きは、見事だったと認めざるをえない。


……アシュフォード嬢は、近頃放課後に姿を見せない。以前は毎日のように裏庭へ覗きに来ていて、始めはレオニード殿下を見に来ているのかと思った。

しかし殿下の話から、もしかしたら自分を見に来ていたのかもしれない、そう思っていたのに。


彼女に相応しくあろうと考えて、もう少し親しくなれたらと……名で呼んでくれるように頼み、実際今はそうしてくれる。


それでも、一方通行だ。

アシュフォード嬢は、名前を呼ぶことを許してくれない。身分上、自分から呼ばせてほしいとは言えない。


心の中では、何度も呼んでいるのに。


――シルヴィアーナ様。愛しき人。


美しく気高く、けれど時に孤児にも柔らかな笑顔を向けてくれるあなたに、こちらを向いて笑ってもらうにはどうしたらいいのだろう。


「見て、ジェイク!」


突然、シルヴィアーナが小さな窓の外を指差した。


「ああ……今、木の上をリスが走り回っていたのよ。

可愛らしかったのに、行ってしまったわ」


そんなものを、護衛騎士に見せようとするのか?


「アシュフォード嬢は、動物がお好きですか?」


「ええ、可愛らしいものは好きですわ。

動物でも、人でも」


問いかけたら、ふふ、と笑う彼女を、横の護衛騎士が見つめている。


――主人を見る目ではないだろう!


他家の者でなければ、怒鳴りつけてやりたいと思う。

馬車が目的地に着くまで、思いがけず苦しい時間を過ごすことになりそうだ。


オーウェンはシルヴィアーナを見つめていたいと思いつつ、横の邪魔者に心を乱されていた。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。

次回一行予告:聖女候補は甘くない。

※第15話は明日18:50頃更新予定です。

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