12.騎士の誓いは近い!?
公爵家に馬車が着き、いつものようにジェイクの手を借りて降りる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「みんな、ただいま」
執事やメイドたちが待ってくれてるのも、あたしが挨拶するのもお互い慣れた感じ。
「ああ、シルヴィア! お帰りなさい、今日は疲れたでしょう?」
公爵夫人まで、出迎えてくれた。
「ただいま戻りました、お母様。
体調は問題ありませんわ」
「……それにしては、元気がないようね。
着替えて、食事をしましょう」
優しいな。
なんか、里心がつくって言うのかな。
お母さん。
入院してから、差し入れが食べられたのはほんの少しだった。
そのあとは、毎日あたしの顔を見に来てくれて。最期は誰にも、お別れが言えなかった。
その家族の顔も、だんだんぼやけてきてる。
この世界になじむほど、オル学以外の記憶が消えていく。
女子大生のあたしは、死んじゃった。
ここで、生きるしかないんだ。
「シルヴィア? どうしたの、やっぱり主治医を呼びましょう」
「いえ、大丈夫です。着替えてまいります」
頭を下げて、二階の自室に向かう。
ジェイクは毎日部屋の前まで、ついてきてくれるけど。
「ジェイク、今日はもう下がっていいわ。
おやすみ」
「お顔の色が、すぐれません。お部屋まではお供致します」
そんなに、元気なく見えるのか。
しょうがないか。
「いつも、ありがとう」
あれ。
気が弱ってるせいか、するっと素直な言葉がそのまま言えた。
ジェイク、驚いてる。そうよね。
無言で部屋の前まで歩いて、もう一度おやすみを言ったら、ジェイクはようやく去っていった。
✦ ✦ ✦
ジェイクは宿舎に戻り、食事をしながら考えていた。
――これまでの様子を見ると、お嬢様は王太子殿下には興味がおありでない。それは確かだ。
教室では、近づこうともなさらない。むしろ、避けてらっしゃる。
王太子妃候補だと噂されるのは、お嬢様には不本意なのだろう。
となると、裏庭に行かれてまで見ていた「お慕いする方」というのは、ランカスター卿のはず。
なのに、なぜあのようにお元気がないのだろう?
ランカスター卿に、騎士団長になる決意を聞かされて。
個人的な話をされたのだから、お喜びになるかと思ったのに。
ランカスター卿も、お嬢様の心根の優しさ、気高さに気づかれたのだろう。そして、おそらく裏庭でのことも自分が目的だと思われた。
だからこそ、名前で呼んでほしいなどと言えたのだろう。でなければ、公爵令嬢に下の身分の者から、言える言葉ではない。
それなら、お嬢様もランカスター卿の好意を受け入れるのかと思ったが。
名前こそ呼ばれたものの、明らかに沈んでおいでだ。
馬車の中でも、無表情で考え込まれていた。
お嬢様のお慕いする相手は、ランカスター卿ではなかったのか?
王太子殿下でもランカスター卿でもないとすると、あの場にいたのは殿下の護衛騎士だが……お嬢様は、そちらには目を向けられていなかった。
……ランカスター卿をお慕いしていたが、騎士団長にはなっていただきたくない、とか?
王家に仕える王宮騎士団長は、名誉ある役職だ。周辺諸国と同盟を結んでいる現在、戦に出陣する懸念もない。
ただ、魔物討伐などで遠征することはある。その危険を、心配なさって?
――胸が、むかつく。
食事が喉を通らない。
ジェイクはフォークを置き、立ち上がった。
✦ ✦ ✦
食事を終えて、部屋に戻った。ぼふん、とベッドに倒れ込む。
仰向けになって、天井を見た。こうして昨日は一日、寝てたっけ。
公爵にまで「まだ休んだほうがよかったのではないか」なんて言われちゃって、随分心配かけたんだなあ。
主治医なんて呼んでも仕方ないって。
お医者様でも草津の湯でも……なんてね。
恋……じゃ、ない。
推しは、見守りたい人。
そりゃ攻略対象だし、ゲームやってる時にはロゼッタと恋人になって、幸せそうな二人を見て楽しかった。プレイ中、ロゼッタはあたしだから、自己投影はしてる。
でも、今のあたしがオーウェンと恋愛したいかって言うと、違うんだよね。
それにしても、オーウェンはどうして、あたしにあんな話をしたんだろう。
レオニードに振られたあたしと、ロゼッタに振られたオーウェン、似た者同士と思い込んで話した?
そういえば、魔物退治のイベント後も笑ってくれてたよね。
仲間意識かなあ。
ロゼッタはレオニードと。クラリッサはグラハムと。
いないはずのあたしは、攻略対象とはどうにもならない。
オーウェンにとって、気安く話せるNPCぐらいの立ち位置になったのかもしれない。
ごろんと横を向くと、バルコニーが目に入った。
立ち上がってバルコニーへ向かい、窓を開ける。
風が、気持ちいいな。
そろそろ、夏になる。
欧米は秋が学年始めだけど、オル学は日本のゲームだからか、春が入学・進級の時期だった。
夏には、大切なイベントがある。ロゼッタが学力も上げていけば、きっと上手くいく。
ロゼッタが聖女になったら、クラリッサは――グラハムと結婚して、公爵夫人ルートかな?
あたしには、ルートがない。
相手もいない。
はは。
あたし、なんでここにいるんだろうなあ。
コンコンと、ドアをノックする音がした。
お風呂の支度ができたのかな。
「入りなさい」
「……失礼致します」
え。ジェイク?
ドアの向こうで、一礼した。
「入ってもよろしいでしょうか」
「……ええ。よくってよ」
観音開きのドアの片方を開け放して、ジェイクが部屋に入ってきた。
護衛騎士とはいえ、未婚の令嬢と二人きりでいるのは問題だから、開けっ放しにするのか。
「お嬢様、ご気分がお悪いのですか」
バルコニーまで、ジェイクが近づいてきた。
気分……悪いわけじゃ、ないんだ。
なんとなーく、寂しいけどさ。
心配してくれてるわけ?
「何もないわ。
お前、わたくしが嫌いではなかったの?」
うーわ、またド直球モード出ちゃったよ。
なんでジェイクに対しては、オブラートに包めないの?
もっとこう、言い方があるでしょ、シルヴィア。こうね、もうちょっと婉曲表現で。脳内でろくろ回すよ。
「……お嬢様を嫌ったりなど、しておりません」
ああまあ、そうは言えないよね、立場上ね。
「本心です」
――真剣な目。存在しないゲームのスチルが、見えた気がする。
「そう……」
「お信じください」
「ええ」
「お嬢様」
え。え、ちょっと、なんで跪いてるの。
「以前は、お嬢様を誤解しておりました。その点につきましては、お詫び申し上げます」
あたしの、ドレスの裾をつまんで……キッ、キスした!?
ひゃーっ!
「お許しを。わたくしは誓って、シルヴィアーナ様の忠実なる剣であり、盾でございます」
――や、待って待って待って!
反則反則。それはあれよ、オタが夢女になっちゃうポーズと台詞だから。
そんなことして、真面目な顔で、言わなくていい!
「わ……わかったわ。ありがとう。
……下がりなさい」
「――はい。失礼致します」
なんなのーっ!?
✦ ✦ ✦
……ね、眠れなかった。
ジェイクのせいだ。
だって、あんな。あんな、本物のお姫様に騎士がするみたいな、シチュエーション。
キャパオーバーで、また倒れるかと思ったわよ!
ものすごーく気まずかったけど、朝に会ったジェイクは前と変わらずに「おはようございます」とあたしに挨拶してきた。
あたしも、「おはよう」と返すしかない。
馬車に乗る……ジェイクの手に、自分の手を乗せる。
大きな手。手袋の下は、オーウェンみたいにマメだらけなんだろうか。
あたしはしばらく落ち着かなかったけど、ジェイクは平然としていた。
学校に着くと、ラエルに直接お茶会の招待状を渡された。
そういえば、最近お茶会なかったな。ゲームと違って、ラエルのお茶会、頻度が低いんだよね。
「クラリッサ様と、ロゼッタさんもご招待いたしましたの」
おっ。遂に、ロゼッタも貴族に受け入れられ始めたんだ。
順調に聖女ルートを進んでるかな?
「楽しみですわ」
「ふふ、シルヴィアーナ様がいらっしゃると、ご招待した皆様も二重の意味で喜ばれますのよ」
二重?
「シルヴィアーナ様のお話もお聞きできますし、護衛騎士のコルト卿をお連れになるでしょう?
あの方、珍しい黒髪でいらっしゃるから、気になさる方もいらっしゃいますの」
珍しい黒髪?
へっ? 黒髪って、普通じゃないの?
……そう言われてみれば、学園内でもあんまり見かけない、かも。
日本じゃみんな黒髪だから、地味だと思い込んでた。
「髪だけでなく、精悍で凛々しくていらして。あんな騎士に守っていただけるシルヴィアーナ様が、お羨ましいですわ」
精悍で、凛々しい。
や、うん、わかる。ジェイク、かっこいいよね。長身だし。強いし。イケメンだし……。
ジェイク、もてるんだ。
で、でもジェイクは、あたしの、護衛騎士だからね!?
(わたくしは誓って、シルヴィアーナ様の忠実なる剣であり、盾でございます)
ぎゃーっ、また思い出しちゃった!
あーもう、勘弁してー!!
お読みくださり、ありがとうございます。
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次回一行予告:あたしの生きる世界は……?
※第13話は明日18:50頃更新予定です。




