11.推しの幸せ
アシュフォード公爵令嬢は、課外授業の翌日は休みを取った。
戦闘で消耗しているとの連絡が学園に入ったが、結界展開を二人の聖女候補に押しつけたのに、図々しい……と、悪意あることを言われていた。
「シルヴィア-ナ様は、先に魔物に気づかれて結界を張られたんです!
私たちを利用なんて、されてません!」
「そうですわ。
わたくしたちとご一緒に、三人で結界を維持しておりました」
当の聖女候補たちに否定され、陰口は治まった。
……思えば、彼女はいつもそうだったのだ。
高慢な公爵令嬢、人を見下し、聖女候補に相応しくもないのに、王太子妃の座まで狙っている――
そんなことばかりを言われていた。本人も、知らなかったとは思えない。
それでも努力を続けた。
レオニード王太子にも、証言された。
「アシュフォード嬢は、いつでも努力している。学力だけでなく、魔力も神聖力も伸ばそうと、真剣に授業に取り組んでいるよ」
さまざまな人々の言葉、見てきた出来事を思い返し、オーウェンは長いため息を吐いた。
「逃げようとは、されない方なんだな……」
聖女にならずとも、公爵令嬢だ。
努力せずに身を引いたとしても、文句など出ないだろう。そもそも、聖女候補の中でも最も神聖力が低いのに。
なのに、彼女は逃げないのだ。
翻って、自分は逃げることを夢想するばかりだ。本気で逃げようとも、受け入れようともしていない。
侯爵家を継ぐことも、王宮騎士団に入ることも、避けることは難しいとわかっているものを。
己の弱さを、恥じるばかりだ。
彼女の強さを、見せつけられて。
「シルヴィアーナ・アシュフォード嬢……」
尊い女性の名を、一人呟く。
――あなたのように、私も生きられるだろうか。
逃げず、恐れず。自分の生きるべき道を、しっかりと見定めて。
これまでの情けない自分と、決別する。
オーウェンは、ひとつの決意を固めつつあった。
✦ ✦ ✦
はあ、情けない。
魔物退治のイベント後、あたしは一日寝込んで快復した。
公爵に公爵夫人、弟のアルスランまで、見舞いに来てくれた。
公爵が学園に抗議するというのを、夫人がなだめて怒って止めたらしい。この夫婦の力関係、完全に奥さんが上なのね。
学校のせいじゃないよ。
あたしの神聖力がヨワヨワだからなー。ロゼッタのバフ効果があったとはいえ、無理がたたったかな。
その翌日に部屋を出ると、ジェイクはじーっとあたしを見ていた。
なんだろ。
無茶しないでくれって言われちゃうかな。ジェイク、緊急事態だって言って魔物退治もしてくれたもんね。
オーウェンに負けないぐらい強くって、びっくりした。さすが、公爵が娘につけた護衛騎士だけあるわ。
でも、手のかかる主人だと思うよねえ。
ごめんね、ジェイク。ありがとね。
「世話をかけたわね」
……だからさ、ジェイクに対する物言いなんとかしようよ、あたし。
ていうかシルヴィア。勝手に言葉が上から目線に変換されるの、どうにかして。
「お嬢様を守るのは、わたくしの務めでございます。
……お体は、もう問題ございませんか?」
「え、ええ」
「でしたら、何もお気になさらず。今後も、わたくしが必ずお守り致します」
胸に手を当てて、お辞儀されちゃったよ。
怒ってないんだ?
まあ……
それなら、いいんだけどさ。
✦ ✦ ✦
教室に入ったら、すぐにロゼッタとクラリッサが側に来た。
な、なに?
「シルヴィアーナ様、お体は大丈夫ですか?」
「心配しておりました」
……二人とも。
うう、嬉しい。優しい。
「ご心配をかけて、かえって申し訳なかったかしら。
問題なくてよ」
これ、こういう言い方よ。悪くないじゃない。
なーんで、これがジェイク相手にできないかなあ?
「よかったです、安心しました!」
「ご無理はなさらないでくださいませ」
「ありがとう」
ほらあ。ちゃんとお礼まで言えた。
あーでもほんとに嬉しい。ロゼッタ、クラリッサ。ライバルだけど、友達になってくれそう。
あたしはその日、放課後まで二人と一緒にいた。
✦ ✦ ✦
授業が終わると、ロゼッタは「図書館で、王太子殿下にお勉強を教えていただけることになって……」と、頬を染めた。
おおっと。ロゼッタ、レオニードルートに入った?
図書館の勉強イベントって、ある程度好感度上がらないとできなかった。魔力の強いレオニードなら、この前のロゼッタのバフ効果も感じ取れただろう。きっと、そこで大きく上がったんだな。
いいことだわ! ロゼッタ、レオニードは本心を聞くまで時間かかるけど、頑張ってねー。
「わたくしも魔力の扱いについて、グ……バークレイ様に、習うことになっておりますので、これで」
クラリッサはグラハムルートか! 今、グラハム様って言いかけたよね?
グラハムは「名前で呼んでいい」って言ってくれるのが、好感度がかなり上がってる目安になるからね。
うんうん、あたしの好みじゃないけど、グラハムだって悪い人間ではないよ。デレると結構可愛いしね。
真面目なクラリッサとは、お似合いじゃないかな。
廊下に出て、二人が行くのを見送って。あたしは――帰ろうかな。
レオニードが図書館てことは、オーウェンは裏庭にいないかもしれないし……って、オ、オーウェン!
あたしに向かって、歩いてくる……?
目の前で、お辞儀された。へ、平常心平常心。
「ごきげんよう、ランカスター卿。
どうかなさいまして?」
「アシュフォード嬢には、ごきげん麗しく。よろしければ少々、お時間をいただけませんか」
――えっ!?
えっとえっとえっと?
ま、真面目な顔……な、何?
「構いませんけれど」
「では、中庭に出ませんか?」
ひっ、手を差し出された!
こ、これ、エスコート……だよね? 断るの、失礼よね?
オーウェンの左手に、右手を預けた。
わ、手のひらが硬い。マメができてて、騎士の手って感じ。いつもジェイクには手を貸してもらうけど、ジェイクは白手袋を外さないから……
あれ、あたし……男の人の手を触ったのって、この人生で初めて……では?
キャーッ! 人生初の男性接触が、推し!
キャーキャーキャー!
心臓が飛び出るー!
ゆっくり歩きながら、あたしは必死に素数を数えて気持ちを落ち着けようとした。
中庭に着くと、放課後だからか、誰もいない。
噴水があって、いくつかベンチがある。ここで昼食を取る子もいる。イベント発生場所でもあるけど、オーウェンとここで話すイベントは、ない……はず。
ベンチにハンカチを敷かれて、どうぞ、と促された。
し、紳士だわー。
「失礼致しますわ」
あたしが座ると、オーウェンも隣に座った。
ひー、至近距離。あの、教室で横に座られて以来だ。
少し離れた場所に、ジェイクが無言で立ってる。
あ、なんか、ちょっと安心したかも。そこにいてよ、ジェイク!
あたしの心臓が止まったら、蘇生してね!
「アシュフォード嬢は、ご存じないかと思いますが、私は……家を、嫌っておりました」
めいっぱい存じてますが!?
「私は嫡男です。侯爵位を継ぐのは、幼い頃から決められたことでした。
騎士団長の地位を継ぐことも、父に期待されております」
はい、めちゃくちゃ知ってます!
「――考えたのです。私にできること、すべきことを」
うわっ、急にこっち向かないで!
「騎士団長を目指し、王宮騎士団に入りたいと思います。学園卒業後に」
えっ……
「ランカスター家は、父以前にも騎士団長を数多く輩出しております。
私も、そこに名を連ねたいと思うのです」
「ランカスター卿……」
それって――
「よろしければ、名前でお呼びください」
「オーウェン様……?」
「……はい」
オーウェンは、静かに笑った。
✦ ✦ ✦
オーウェンは家を継ぐ話をして、あたしを馬車まで送ってくれた。
あたしは馬車の中で、ぼんやりと考えていた。
ゲームでもオーウェンルートに入れば、オーウェンは侯爵に、騎士団長になる。
でも、それはロゼッタに「聖女なんてやめて、逃げないか」って、冗談めかして言ったイベントのあとだ。
好感度が上がっていくと、逃げたい気持ちをロゼッタに吐き出して、慰められて……前向きに、変わる。
ロゼッタとオーウェンの好感度は、よくわからないけど――ロゼッタは、レオニードルートに入りかけてる。
オーウェンが爵位を継いで騎士団長を目指すって言い出したのは、ロゼッタを見ていて決めたんだろうか。
レオニードにロゼッタの気持ちが向いてても、王太子妃を守りたいと思って。
結果は同じでも、ゲームとまったく違う展開に進んでる。
ロゼッタには、自分が父親と叔父のことで悩んでたのを少し話してくれるんだよね。だから、ロゼッタの慰めが入るんだけど。
あたしには、何も言ってくれなかった。
名前で呼んでくれっていうのは、あたしの好感度も少しは上がったんだと思う。オーウェンは意外と早めに、名前呼びを許してくれるキャラだし。
でもあたしは、ロゼッタの……ヒロインの位置には、なれないってことか。
……仕方ないって思えるのは、あたしがいないはずの悪役令嬢だからなんだろうか。
ロゼッタは本当に可愛くて、いい子だし。
もしオーウェンがロゼッタに片想いしてるなら、切ないし気の毒だ。
親友のレオニードに、彼女を取られちゃうんだもの。
でも、オーウェンってベストエンドじゃなくても、ロゼッタを大切にしてくれるんだよね。ほかの攻略対象だとベターエンドやバッドエンドだと、いまいち仲良くなりきれなかったり、別れを暗示したりする形になっちゃう。
あたしがオーウェンを推してるのって、そういうところもあるんだ。
心に決めた人を、何があっても見捨てずに大切にしてくれる人。
――そういうことかなあ。
片想いでも、ロゼッタの幸せを願って側で守る……なんて、ゲームにはないけど、すごくオーウェンらしい。
それも、幸せのひとつかもしれない。
なんか……意外と達観としちゃうのは、推しは推しで、恋愛対象とは違うから。
推しの幸せは、自分の幸せ。
相手があたしじゃなくても……
オーウェンが幸せなら、それでいいんだ。
なんだか切ない気持ちとほっとした気持ちと、寂しい気持ちと……ぐちゃぐちゃになりながら、あたしは馬車に揺られていた。
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次回一行予告:護衛騎士って、どういうもの?
※第12話は明日18:50頃更新予定です。




