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ディープブルー Deep Blue

 取るに足らない出来心が、時として歴史の流れを決定的に変えてきた。そして、人知れず、ひっそりと劇的な変化をもたらす。些細な決断が運命の紬ぎ車を煽り、タペストリに新たな刺繡を織りこむが、描かれた紋様の意味は、ストーリーが完結するまで誰も知り得ない。いや、多くの場合、完結しても知り得ない。全体像を見通す能力がない限り。


 メガロポリス中央駅構内を抜ける大滝の映像を目にしていたら、「組織」のオーバーサイトに伝わるとある預言を、ダレスは即座に想起したことだろう。そして、後々まで大いに悩まされることになった謎を、早々に解明するヒントを手に入れたに相違ない。

 そうなれば、世界の歴史と人類の未来が大幅に変わっていたかも知れない。

 しかし、ホームの乗降客の映像はチェックしたものの、タオは駅構内の映像まで調べなかったのである。

 こんな使い走りなんかやってられるか!

 手数を惜しんだのは、執拗について回るダレスへの反感が原因だった。

 汎用と言えども、日本の鉄道会社が採用したAIの顔認識は極めて精度が高い。日に五十万人を超える利用者で、メガロポリス中央駅は混み合うが、その中から素顔の大滝を見つけ出すのに、さほど時間は要しなかったはずだ。

 むろん、目の色の変異にもすぐさま気づいたに違いない。


 立場上、ロペス軍曹は真っ先に気づいていたし、広島駅のコンテナバースで大滝を拾った時も、さほど驚きはなかった。

 それどころか、瞳の色が不可逆的に変異したと瞬時に悟った。

 繊細な神経はともすれば優れた直感をもたらす。

 大尉の瞳の色の変化は、いつの日か定着するのでは?

 ひそかな予感は的中したのだった。

 とは言え、軍曹にはダレス一派の真の姿を知る(よし)もない。科学的な説明がつくはずだ、と好奇心をそそられたが、よもや「蒼い天使たち」に、強大な秘密結社が並々ならぬ警戒心を代々醸成してきたとは夢想だにしなかった。


「大尉、どうしたんです?」

 丸くずんぐりしたセダン型エアカーの助手席に乗りこんだ大滝は、巨体には窮屈な座席に収まり、肩をほぐすようにしきりに上下させていた。

 平服の大滝を迎えに行くのに軍用カーゴは必要ない。米軍は機動歩兵の機密保持の一環として、民間会社のエアカーをレンタルしている。その車で早めにイワクニ基地を発った軍曹は、メガロポリスで時間をつぶしていたのだ。


「頭痛がするんでな・・・おおかた、慣れないカウンセリングのせいだろうよ」

 深山貴美に面談を受けたが、途中から記憶がすっぽり抜け落ちている。我に返った時には、シティから六百キロも西に離れたメガロポリス中央駅の備品室に転がっていたが、本能的に軍曹には何ひとつ打ち明けなかった。

 フリオは汚染地帯の「死亡」データを、陸軍に報告せず隠蔽してくれたが、本人が知らないとなれば隠蔽さえできない。後々、責任を問われる恐れは皆無だ・・・

 忠実な世話係をトラブルに巻きこみたくはなかった。何しろ、トラブルの正体さえ皆目見当がつかない始末なのだから。


 ところが、軍曹は大滝が予想もしなかった行動を取った。

「これを使ってください」

 私服の内ポケットを探り、直径三センチ、長さ四センチほどの円筒形の容器を大滝に手渡したのである。それは、鎮痛剤でも副交感神経賦活剤でもなかった。つい先ほどメガロポリスで買い求めた品だ。

 大滝は訝し気に軍曹に尋ねた。

「コンタクトレンズか・・・なぜ、こんな物を着けさせる?」

「大尉殿、スコープでご自分の目を見てください」

 軍曹は神妙に大滝を促した。緊張するとやたらと敬語を使う癖がある。

 何だってんだ?

 大滝は怪訝な顔で、軍用IDの視覚補助アセンブリを操作した。


「・・・こいつはどうだッ!」

 大滝は低く唸った。手のひらに展開した小型パネルは手鏡のように鮮明だ。瞳孔は濃紺に、同じく濃紺で縁どられた虹彩は、全体が深みのあるブルーに変わっていた。

 オリエンタルとアフロのハイブリッドである大滝は、黒いビロードのような皮膚に黒い瞳を持つ。クルーカットにした黒髪は直毛だが、これは日系米人の父親譲りだ。

魂消(たまげ)たな・・・」

 もっとも口ぶりはほどには動じてはいなかった。興味津々で映像を拡大縮小してひとしきり眺めてから、頑丈そうな真っ白い歯を見せてニヤリと笑った。

「コンタクトを持ち歩くとは、いくらお前でも手回しが良過ぎる。知ってたな?」

 むろん、あの夢と関係があるに決まってるが、消え残る明晰夢の衝撃に比べれば、目の色の変化は些事に思えたのだ。

 

「はい・・・以前からアイシールドのパラメターに短時間ですが異変が出ていたので・・・ただ、この目で確認するまでは言えませんでした」

「で、この日が来ても慌てないよう用意したってわけか?お前らしいな」

 いつもながら気が利く男だ。シティでの出来事も一切詮索しない。見上げた奴だ・・・

 軍曹の旺盛な知的好奇心を知るだけに、強固な自制心に内心で舌を巻いた。

 俺にも馴染みがある・・・克己心は生き延びるため必然的に身に着けた能力だ。恣意に流されては、何ごとも成し遂げられないばかりか、戦場では命とりになる。


「黒人種や黄色人種と青い瞳の組み合わせは、遺伝性色素欠乏症以外に例がないようです。大尉に色素欠乏の兆候はありません。おそらく、検査しても同じだと思います・・・」

 軍曹は淡々と説明した。大滝の性格なら熟知している。目の色の変化にも、さして驚くまいと予想していたがその通りだった。

「相変わらず博学だな・・・つまり、検査はするなと言うんだな?」

 大滝もまた長年のつきあいで軍曹の性格を知り抜いている。言わんとすることにピンときた。

「・・・汚染地帯で俺は死んだと言われました。機動スーツにも瀕死の重傷を示す生体データが残っていますが、傷ひとつなく無事でした。目の色が変化したぐらいでは驚きません。ただ、健康診断となるとコンタクトでは誤魔化せません。汚染地帯の件も明るみ出ます。前回の検査は正常で医者も疑っていません。ひとまず様子を見るのが得策では?」

「フリオ、お前は切れ者だよ。しかも、アナーキストだ!そうだろう?」

 大滝は意味ありげに苦笑いして言った。

 性格は正反対だが、俺たちは似た者同士だ・・・

 容易に他人を信用しない大滝だが、軍曹と馬が合う理由はおおよそ腑に落ちていた。

 日本政府を信じるな!

 日系人の父親は琉球空手家の末裔だ。太平洋戦争で大日本帝国の楯となり、その後も日米両政府と軍事利権に虐げられた沖縄で、先住民族らが不屈の独立心と闘争心を養ったのは、必然の成り行きと言える。

 メキシコ系米人のロペス軍曹もまた移民の子孫である。

 連邦政府を信じるな!

 移民国家アメリカ合衆国の庶民の心底には、自主独立の気風と政府への根強い不信感が連綿と受け継がれている。


「いえ、アナーキストというほどではありませんが・・・」

 軍曹は図星を突かれて頭を掻いた。

 つくづく頭の良さと賢さは別物だと思う。大尉はお世辞にも知的とは言えない。知能指数こそ高いが、勉学や形而上学にはこれっぽっちも関心を示さない。実用的な知識にしか用はないと見える。プラグマティズムの生きた見本のようだ。その代わり、狡猾なまでに知恵が働く。直感も驚くほど鋭い。そして、謎が多い・・・

 ロペス軍曹は、陸軍武器科で機械整備、弾薬、電子整備と一渡り習得した後、特殊兵器整備士として機動歩兵部隊に配属された。その折に、大滝の経歴を細部まで調べ上げ、不可解な進路選択に頭を捻ったのである。


 マイケル大滝は、著名な大学フットボールチームの花形クォーターバックだった。二年続けてカンファレンスを制覇、さらにローズボールも制した当時、全米の誰もがNFL入りを信じて疑わなかった。

 ところが、唐突にドラフト一位指名を蹴って陸軍に志願したのである。それも、士官学校に進学せず、二等兵から叩き上げて機動歩兵部隊のエリートに上り詰めた。

 まるで天命に導かれているようだ・・・

 父親不在の成育歴の影響からか、大滝を深く敬愛するあまり、合理主義者の軍曹には似つかわしくない神秘主義までが頭をもたげる始末だった。


何時(いつ)気づいた?」

 話しながら軽く力をこめると、容器は左右に開いた。両目の位置に合わせるだけで、黒いコンタクトレンズが自動装着できた。

 監視カメラに大滝の目が写っても、怪しまれる恐れはなくなったところで、軍曹はエアカーを浮上させて、駐車場の出口へ向かった。

「オクトパス戦車との戦闘の後です・・・」

 軍曹の口は重かった。

 大滝もオクトパスと聞いて眉をひそめ、座席にもたれて両手を頭の後ろで組み、唇を噛んで黙りこんだ。


 無理もない・・・

 軍曹も押し黙って前方を見つめていた。

 あの戦闘は謎まみれのまま決着した。いや、決着していないと言うべきなんだ!(*) 当の機動歩兵部隊も支援部隊も、整合性のある報告ができなかった・・・大尉は何か知っている(ふし)があるが、例によって語ろうとしない・・・

 軍曹はふと虎部隊のアジトから救出した娘を思い出した。気を失っていたが、念のために麻酔薬を使った。あの時、瞳孔反射を見るため瞼を開いたが、深い青色の虹彩が印象に残っている。

 大尉の目も濃いブルーだ。パッと目には受ける印象が瓜二つだ。妙な偶然があるもんだ・・・


 傍らで憮然と宙を睨んでいた大滝も、奇妙な偶然に思い当たった。両手で支えた後頭部の妙な頭重感に覚えがあった。

 あの時だ!シティで大学生を狙い、背後から何者かに未知の武器で襲われた(**)。

 症状はすぐに治まり気に留めていなかったが、今日もまったく同じ感触が執拗に残っていた。

 さては、同じ武器で襲われたか?・・・記憶が空白では思い出しようもないが、大学生の姉、深山貴美。あの女、何者だ?

 考えあぐねているうちに眠気を催した大滝は、いつしか目を閉じるともなくうとうととなった。夢の世界に迷いこむ直前、軍曹の最前の言葉があるイメージを呼び覚ました。


 オクトパス。初めて遭遇したトランスフォーム型兵器だった・・・

 

 風にはためくヒジャブ姿の女たちが周りを取り囲み、布で覆われた頭と顔の隙間から、鋭くこちらを見つめる。底知れぬ深淵を秘めたディープブルーの瞳が、黒い布に鮮やかに映える。やがて、女たちの姿は、砂漠の陽炎(かげろう)に揺らいで煌めき、大滝の前から蜃気楼のように消え失せた・・・



* 「青い月の王宮」プレリュード編3「サーベル・タイガー ~砂漠の虎~」(掲載中)

* *「青い月の王宮」第28話「ワンマン・アーミー」


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