訓練とCIAとデータ改竄 Spar,CIA,and Forged Data
よく寝たな~・・・
深山家では匠が大あくびをしながら、ベッドの上で伸び伸び身体を伸ばした。生き返ったような心持だった。
顔を洗ってから、ダイニングキッチンに入る。貴美と顔を合わせるのは一週間ぶりだ。その代わりという訳ではないのだが、アロンダがサンクチュアリに毎日のように顔を出しては、強引に訓練場に引っ張り出したのだった。
おかげで身体中傷だらけになるわ、学期末レポートは進まず徹夜する羽目になるわで、てんやわんの一週間だったのである。
匠は大のスポーツ好きだが、格闘技となるとまるっきり性に合わないときている。その上、第三世代で軍人のアロンダが相手では、特殊部隊員でさえ太刀打ちできない。
「それなのに、ど素人の僕を容赦なくぶちのめすなんて・・・」
さすがの匠も、ぶちぶちと文句を垂れたくもなろうと言うものだった。
遥か千年前、オパル王女だったアロンダの怒りを買い、嬲り殺しの刑に処せられている(*)。そのトラウマが原因なのか判然としないが、戦士の鋭い目つきで向かって来られると、第二世代の平静な心も攪乱されてしまうのだった。
「・・・無理もないよ。だって、アロンダは当時と同じ姿なんだから!」
匠がひとしきり愚痴り終えると、貴美は笑って軽くいなした。
「タク、わかってるでしょう?あなたを本気にさせるのは、力を発揮させるためじゃないって」
「・・・言われてみれば、一方的に叩きのめされかけて、いきなりアロンダを投げ飛ばしたっけ」
アロンダが手を抜いたんじゃないのか・・・すると、あれは火事場の馬鹿力だったのか?
自分でも判別できない。匠は顎に手を当てて思案した。
「訓練は力を制御するためよ」
貴美が端的に言った。
無論、アロンダは手を抜いているわ。リープを使わなくとも第三世代が本気で立ち向かったら、第二世代の男性と言えども敵わないはず。まして戦闘術と実戦経験が加味されて、匠とは月とスッポンほど力量に差があるもの。
もっとも、本来なら男女の力の差は極めて大きい。速度と筋力つまりパワー、そして体重が素手の闘いでは大きくものを言う。同等の技量を備えていても、一般的に言って女性にまず勝ち目はない。アーケードゲームのようにはいかないのだ。
新人類にも当てはまるのかしら?
貴美は興味をそそられたが、確かめようにも、唯一の男性が匠ではムリな相談だった。スポーツ万能で筋肉質で長身でも、根っからの非暴力主義者で、そもそも戦う気がからきしないもの。オパル時代も匠は戦争忌避者だった(**)。現世でも格闘技はおろか、喧嘩の経験さえ皆無だ・・・
アロンダが執拗に訓練したがる理由は、まさしくそこにあるんだわ!
貴美は言った。
「タク、覚えてるでしょう?ネイビーシールズに襲われた時のこと」
「もちろんだよ!自分でもびっくりだよ」
あれこそ、紛れもなく千年前のトラウマだ!衝動的に力が入って二人を昏倒させた・・・そうか!
貴美の言わんとすることがピンときた。
「僕は暴力沙汰に鳴れてないから、なおのこと手加減できないんだね?」
「そうよ。だからアロンダは躍起になるの。考えても見て。もし相手が民間人だったら?」
姉の言う通りだ、と匠は得心がいった。
相手は武装した屈強な特殊部隊員だ。ヘルメットの上に放射線防護ヘッドギアも着けていたからいいものの、非武装の一般人が相手だったら、殺してしまったかもしれない・・・人殺しになっていたかも知れないんだ!
匠はギョッとした。
「カミの言う通りだ。アロンダに感謝しなくっちゃね!」
貴美は「そうね」と言ってにっこり笑った。曇りのない笑顔だった。
わたしも感謝してるわ!過去と向き合ってくれたアロンダにも、マヤを無条件に愛してくれたタクにも、終生変わらぬ姉妹の絆を結んでくれたキャットにも。
現世で再会してこうして一緒に過ごせるなんて夢のようだ。しみじみと幸せを噛みしめる。サウロンの心の闇が事実だったと判明しても、もはやマヤが鬱積した怒りと悲しみに支配されはしない。自分を見失いはしない、と確かな手ごたえを感じていた。
匠は瞠目した。度重なった屈託もついに消え去り、覚醒前の姉に戻ったんだ、と実感したのである。
いや、あの頃より一段と輝いて見える。オパルではマヤの暗い翳りにさんざん頭を悩ませたが、ついに光が闇を駆逐したんだ・・・
アトレイア公爵の意識がだぶるのは、心温まる追体験ではある。けれども、現世の姉に過去生の愛娘の面影が重なるのは少しばかり面映ゆく、匠はさりげなく話題を変えた。
「ところで、ずっと不思議だったんだ。どうして戦術や格闘にそんなに詳しいの?カミは銃器も扱い慣れてるよね」
貴美は一瞬ためらったが、向かい合って座る匠を見据えて、居住まいを正した。
「タク、わたしたち、三年間離れて暮らしていたでしょう。あなたがシティ国際大学に進学した後よ」
「ああ、姉ちゃんは昼は仕事、夜は大学院で心理学を専攻してたんだろう?」
「・・・実は、見せたいものがあるの」
貴美は首に掛けたCIAの身分証を取り出した。これまで家では身に着けず、匠には隠してきた。
見まごうことのない「CIA」の文字に匠は目を見張った。カミーユ・ドレフュスと英語名が記されている。
「・・・う、嘘だろうッ!?・・・カミ、これって、つまり本物・・・」
しかし、こうして改まった口調でものを言う時、貴美は決して冗談は言わないと経験でわかっていた。
カミがCIA!
この間、CIAの話が出たのは口が滑ったんだ、と思い当たった。
アロンダの表情が固かったも当然だ。彼女はとっくに知っていたんだ!
複雑な表情で黙りこんだ匠を見て貴美が言った。
「黙っていたことは謝るわ・・・でも、言えなかった。いいえ、言わなかった・・・その両方ね」
「それは・・・言えるわけないよ・・・だってスパイなんだから」
何と言っていいのかわからず、匠は映画や小説の通説になぞらえた。
家族にも隠して何食わぬ顔で通すんだ!
貴美は頭を振った。
「打ち明けなかったのは、政府に宣誓したからじゃないわ。ナラニの指示よ。入局したのも彼女のアイデアなの」
あのナラニが!・・・
ダブルパンチを食らって愕然としたが、筋道は通っている、と妙に納得できた。
カミにとってはCIAが隠れ蓑に違いない。正確には、アメリカ政府に潜入した新人類の二重スパイだ。新人類のリーダーは計算ずくで動いているんだ・・・
匠は改めて感じ入った。
伽耶は理解不能な超人的存在だが、ナラニも凄いな:・・月並みな言葉だけど。
これぞサプライズ、サプライズってやつだ・・・
弟が落ち着きを取り戻すよう、貴美は黙って様子をうかがっていたが、気まずい沈黙が流れたかと思いきや、びっくりするほど匠の立ち直りは早かった。不意に、何ごともなかったように顔を上げて言った。
「姉ちゃん、僕が覚醒した時も言ったけど、もう一度言うよ。黙っているのはさぞ辛かっただろう?打ち明けてくれてありがとう!」
その口調はきっぱりと明るく、匠の持ち味である自然な思いやりにあふれていた。
貴美は目を瞬いて、泣きそうになるのを堪えテーブル越しに匠の手を取った。
とても暖かい。そっくりだわ!忘れもしない・・・
「マヤ、よく来たね。待っていたんだよ」
アトレイア公爵は膝をついて目線を合わせ、三歳のマヤの手を取って言ったわ。暖かい感触は身体中に広がった。この人は同類だ!とピンときた。あの時、頑なに閉ざされたマヤの心に、初めてほころびが生じたんだった・・・「待っていた」そう言ったわ。知っていたのかしら?すると、謎のメンターもオパルに居たのね。
当時の公爵と匠の笑顔が脳裏で二重写しになり、今度は貴美が放心して匠を見つめていた。と、匠が手を握ったまま切り出した。
「カミ、ネイビーシールズの件で思い出したことがあるんだ」
貴美ははっと我に返った。
この子、変わったわ!自然に今現在に意識が切り替わるのね。パワーオブナウかしら?(***) 第二世代にも難しいのに・・・
匠は冷静な声で続けた。
「不時着した時、バイクの通信が途切れたから、シティ政府に緊急通報が入ったはずなんだ。あの時は動揺してたから、すっかり忘れてた。アロンダに助けられた後、電磁パルス銃は有効範囲が狭く影響の多くは一過性と、第二世代の整備士が教えてくれたんだ。で、手動でホバーを起動して、無事シティに戻れたんだけど、放射能検査場でも大学のラボでも、何も聞かれなかったんだよ。それって、おかしいよね?」
「そうね~、緊急通報が入ったのに、誰も知らないなんて変ね・・・」
貴美もある事に気づいた。脳心理研究所での出来事を思い出したのである (****)。
キャットは匠とコンタクトした後、放射能が消えた土壌サンプルを汚染土とすり替えた。匠が自動書記で残した記録から判明した事実だ。だが、エアバイクから送信されるリアルタイムの空間線量までは、キャットには誤魔化せない。
にもかかわらず、貴美が事後に調査したところ、シティ行政府にも大学のラボにも、空間線量の異常な低下を示すデータは、一切残っていなかったのである。
アロンダは研究所の監視カメラに細工した顛末を話してくれた(*****)。でも、彼女は行政府や大学には潜入していない・・・元データが残るシティ中枢機能に外部からアクセスするのは、一般人には絶対に無理だ。CIAが仕掛けたバックドアでも不可能なのだから(******)。
じゃあ、いったい誰がデータを改竄したの?
*「青い月の王宮」第38話「処刑」
**「青い月の王宮」第48話「サウロン」
*** エックハルト・トール著「Power Of Now」
****「青い月の王宮」第17話「脳心理研究所」
*****「青い月の王宮」第15話「魔女の宅急便」
******「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」




