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メンターの憂鬱 Haunted By Her Past

 忍者の里。

 メガロポリスから北東へ百キロほど離れた山間(やまあい)は、梅雨の走りのにわか雨も上がり、蒸し暑い空気に包まれていた。隠れ家に戻った伽耶は、二階で机に向かい手にした書類を丹念に読み返した。机の上には黄色い安全ヘルメットと、三日月刀が置かれている。

 作業服を着替える手間も惜しんで読みふけっていたが、ふと目を上げた。ふっくらした白い瞼の下にのぞく細い瞳は、目じりがつんと上がった二重で、千年の昔、アトレイア公爵の目にエキゾチックに映った当時から何ら変わっていない(*)。

 けれども、その瞳は憂慮に暗く陰っていた。手を伸ばして三日月刀を手に取った。書類はこの短刀を入手した折にラボで行った検査の報告書だった。

 別角度から検証が必要だわ・・・

 しかし、三日月刀の謎は些細な問題に思える。昨日、グリーンハウスで目撃した大滝の変異は、伽耶をもひどく悩ませていた。サウロンに憑依されたとさえ見えた。目にした瞬間、心に秘めた過去の苦悩が、強烈にフラッシュバックしたのである。

 大滝の姿が頭から離れない・・・

 気を逸らせようと報告書に目を通したが無駄だった。ただでさえ色白の顔が、透き通るほど血の気が引いていた。ストレス反応で冷え切った両手を、無意識に握り合わせる。

 オーブを纏いトランス状態に入っても一時しのぎにしかならない。心の重荷まで解消できはしない・・・このままでは、鍵を握る機動歩兵への対応を誤るわ!

 ついに意を決して立ち上がり、検体用ケースに短刀を収めた。



 よりによって今、なぜ雲隠れするの!?

 メンターが不意に姿をくらますのは、今に始まったことではない。アロンダはとっくの昔に諦めていたが、今回ばかりはイライラがつのる。目覚めた親心に突き動かされたのだ。

 カミの願いをかなえ、伽耶に会わせてやりたい!しかも、結局のところ、サウロンは村の娘たちを襲っていたらしい・・・

 貴美が受けたショックは察するに余りある。不憫でならなかった。

 わたしだってショックよ!

 なまじ淡い希望を抱いただけに反動も激しい。そんなこんなで、貴美が失神した後の経緯(いきさつ)を、伽耶から一刻も早く聞き出したかった。

 ピザの宅配に走り回っている間は気が紛れた。昼食前の忙しい時間帯をこなして、昼休みは()()()()のケイタリングのバンで、プレートランチを買った。

 常連客に顔見知りも増えたが、陽気でド派手なラテン系美女が、数カ月前に事故死したはずの米軍パイロットと気づく者は皆無だ。言い寄ってくる男は後を絶たないが、上手にいなすコツも心得ている。アキラとの過去も吹っ切れた今、匠への一途な想いが揺らぐこともない。

 と、ミュートしていたトランシーバーが振動して我に返った。

 「ちょっと失礼~」と知り合いに声をかけて、新緑の並木の影に回ってトランシーバーを手にした。

 待ちかねたわ!

 かけて来るのは伽耶しかいない。


 十五分後、アロンダはシーダハウスで伽耶と落ち合った。自宅では滅多にないことだが、伽耶はスーツ姿だった。

 カヤコープに立ち寄ったんだわ。

 アロンダにはピンときた。

「カミの話を聞かせて頂戴」

 開口一番、伽耶が言った。珍しく思い詰めたような表情を浮かべていたが、大雑把な性格のアロンダはさほど気に留めず、大滝が見た二つの明晰夢を滝に落ちる前から時間を追って語った。

 少年時代のサウロンがシンクホールに呑まれ、人工物の中で何者かのオーブとコンタクトしたと聞けば、伽耶も少しは驚くのでは、とアロンダは軽く考えていた。それもそのはず、この新人類のメンターが動揺した姿など、ただの一度たりとも見た覚えがなかったのである。


 ところが、驚いたことに伽耶は激しく反応して血相を変えた。

「黒い人工物の中でオーブを浴びたのねッ!?」

 目を光らせて性急に小さく叫んだかと思うと、いきなりソファから立ち上がった。

「イタリアに行かなければ・・・社のフライヤーで立つ。支度するわ!」

 口走った伽耶は、そそくさと居間を出て行った。常に増して音も立てない身の軽さは尋常ではなかった。普段はまったく見せない忍者のような身のこなしには、アロンダでさえ度肝を抜かれた。

 な、なんなのッ、藪から棒に!?・・・

 伽耶がこれほど焦った姿はついぞ見た覚えがなかった。しかし、人工物の存在よりも、サウロンが接触していた事実を知って驚いたらしいと薄々推察はついた。

 人工物のことを知っていたのかしら?・・・いきなりイタリアに行くって、シンクホールを訪ねるつもりなの?そりゃ、千年も前だもの。様変わりしてるから、近くにテレポートするのが難しいのはわかるけど・・・いったい何のために?

 突然とり残されたアロンダは、きょとんとしてソファに座っていた。

 ものの五分と経たないうちに、スーケースを手にした伽耶が足早に居間に戻って来た。

「しばらく留守にするわ!連絡は画像メールでね」

 あたふたと今にも家を飛び出しそうな気配に、アロンダは泡を食った。

 ようやく捕まえたと思えば、はい、サヨウナラ?今日ばかりはそれはないわ!

「待って!あなた、ふたりの面談を見たんでしょう?せめて、何が起きたのか教えて!」

 

 伽耶は唇をキュッと結んで、沈痛な面持ちでうなずいた。一語一句、言葉を絞り出すその顔は、薄化粧では隠せないほど蒼白だ。アロンダもさすがに伽耶の様子がおかしいと気づいた。

「目覚めた大滝はサウロンに戻っていたわ・・・首を絞められた貴美は、あっと言う間に失神した。私は換気口を跳ね上げて部屋に飛び降り、大滝の背後から衝撃波を浴びせたの。間一髪、間に合ったわ・・・大滝の記憶を消してから、三日月刀を握ってあの男をメガロポリス駅に運んだ・・・その後すぐに戻って、火災報知器を鳴らしたの・・・」

「どういうこと?あの三日月刀を使えば、大滝にオーブを吸い取られないですむ。カミはそう言ってたけど・・・」

 オーブを使ったコンタクトを通じて、わたしたちは相手の意識を同時体験できる。情報が海馬と連合野の間を行き来する間に、相手の脳のシナプスにアクセスできれば、短期記憶だって消失させられる・・・第二世代にはない異能だ。しかし、大滝にオーブを吸い取られたと貴美から聞いても、アロンダには皆目理解できなかった。

 そんな能力は新人類の誰にもないわ!

「分からない・・・あの短刀にはまだ謎があるの。再調査のために、さっきラボに預けたわ」

「伽耶、あの男とテレポートできたのはなぜ?できると知っていたの?おかしいわ。だって、大滝は光の血族どころか新人類でさえないのにッ!」

 気が急いていたアロンダは、畳みかけるように問いかけた。

「前にも経験があるの・・・相手はサウロンではなかったけれど。だから、できると直感した」

 話し辛そうに言葉を選ぶ姿はいかにもぎこちない。

 どうしたのだろう?

 アロンダは伽耶の様子をうかがいながら、いくらかトーンダウンして言った。

「話せない事情があるのはわかっているわ。ただ、心配なの!昨日だってカミは二度も襲われたのよ。あの男を野放しにはしておけないわ。あいつの背後にはアメリカ政府がついている。イタリア行きを延期できないの?」


「二度目はカミを倒そうとしたんじゃないの・・・」

 伽耶はポツンと口にして、もの思わし気にうつ向いた。驚いたのはアロンダである。性急に結論に飛びついた。

「えッ、攻撃したんじゃないのッ!?なら、首を絞めたのは気絶させるためね!拉致するつもりだったんだわ」

「たぶん、それも違うわ・・・」

 曖昧に言葉を濁して黙りこんだ。アロンダには皆目意味がわからなかったが、伽耶は見るからに青ざめて、これ以上尋ねるのも憚られるほどだ。


 こんな伽耶は見たことがない・・・

 いよいよ心配になったアロンダは、ソファから立ち上がった。大柄なアロンダがそばに立つと大人と子供ほどの差がある。伽耶を(かば)うように寄り添って声をかけた。

「大丈夫?どうしたの?」

「ええ・・・」

 伽耶は小さく微笑んだ。それは妙に寂しそうな笑顔に映った。言葉じりが消えて、小さくため息をついてうつ向いてしまう。アロンダは少女の唇が震えているのに気づいた。弓なりの眉をしかめ、黒い瞳には涙が浮かんでいる。


 まさか、泣いているのッ?全知全能のメンターが!?


 衝動的に少女の肩をそっと抱き寄せずにはいられなかった。だが、接触型テレパシーは気が引けた。伽耶は動揺して無防備だ。心の内に入りこめば、本人が胸に秘めておきたい想いにまで触れてしまうからだ。

 伽耶はなされるがままだった。アロンダの肩に頭を預け、目を閉じてじっと耐えていた。

 こうして抱きしめると、大柄なコーカソイドのアロンダより二回りも小柄なことも手伝って、オリエンタルの伽耶の身体は、びっくりするほど骨格が華奢だ。貴美との和解で目覚めた母性のなせる業か、アロンダは子供を慰める母親のように優しく、ひたすら身体のぬくもりを伝えた。

 その甲斐あって、しばらく佇んでいるうちに、青ざめた顔にほんのり赤みが差してきた。やがて少女は背筋を伸ばし、黒目勝ちな目を開けアロンダを見上げた。涙もあらかた乾いていた。

 

「ありがとう、アロンダ。もう大丈夫よ・・・時が来たら必ず打ち明けるから、謎を解くまで待ってほしいの・・・カミにもそう伝えて頂戴」

 幾分か落ち着いた口調に戻ったわ。カミが会いたがっているのもお見通しね。

 アロンダは胸をなでおろして、力強く言った。

「わかった。カミにも伝えるから、安心して!」

 メンターを励ますのは妙にバツが悪いものね・・・と思う。その心の内を見て取ったように、伽耶はようやく柔和な表情を見せた。

 アロンダのハグは思い遣りに満ち溢れていた。その温もりが直に伝わったのだ。尽きせぬ愛情は、実際に物理的なエネルギーをも与えてくれる。

 

「機動歩兵を味方につけたい、と言ったのを覚えている?」

 常の平静な口調を取り戻した伽耶が、静かな声で言った。

「もちろんよ。カミを通じてでしょう?でも、今の大滝ときたら、味方どころか最強の敵じゃないの?」

「イタリアに行くのはそのためなの。言ってみれば、そうね・・・バトルプロセッサの謎を解く鍵を探すの。大滝を味方につける鍵でもあるわ。ところで、メトカーフ大佐の情報では、タクとキャットはシティに戻しても大丈夫よ。あなたから伝えて頂戴」

 にわかには理解不能だった。

 バトルプロセッサ?・・・

 ニムエの昔から勉強は大の苦手だ。頭がフリーズして立ち尽くすアロンダに、伽耶は小さく笑顔を見せた。直後に淡い光に包まれ、その姿は瞬時にかき消えた。


 特殊な軍用プロセッサじゃなかった?・・・うろ覚えだけど、司令官と参謀を兼ねて、作戦立案から戦術司令までこなす。大滝やイタリアとどうつながるって言うの?・・・ぜんぜん、意味わかんない!

 展開が早過ぎて頭がついていかなかった。

 これじゃ、きっと知恵熱が出るわ!

 アロンダは脱力してソファにへたりこんだ。



* 「青い月の王宮」 第42話「小間使いの少女」


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