賽は投げられた Alea Iacta Est
「ふ~む。オータキとドレフュスの面談の様子は分からずじまいか!」
ホログラムを介してダレスと密談したフーバーは、腕組みをして唸った。失望した時の癖である。
昨日の閣僚会議は海外出張で欠席した。ミッチェル中佐が出席したと聞いていたが、面談の一件にすっかり気を取られて念頭になかった。
アメリカ東部時間は日本より十三時間遅い。広島の連絡員からダレスが報告を受けたのは早朝のはずだ。タフなやつだ、フーバーは舌を巻いた。
この統合参謀本部副議長の補佐官は、睡眠時間三時間と噂されるほど、ペンタゴンに長時間詰めている。しかし、疲弊した様子は見せた試しがなく「国防総省の超人」と密かにささやかれていた。
伝統的な七三分けに茶髪を撫でつけ、高級スーツを優雅に着こなし寸分の隙もない。欧州上流階級のいで立ちはいかにも様になっていた。
「シティの公安組織ガーディアンに委託したが、失敗の原因さえ分からない始末だ。プライムの本拠地は予想通り手強い」
このところ目立った焦りといら立ちも影をひそめ、持ち味の怜悧な仮面が戻っている。
ダレスはどこかしら迷いが吹っ切れたようにさっぱりとした顔だった。
「プライムへの疑惑が深まる一方だな。GPSで確認したが、面談後もドレフュスは仕事を続けて定時に帰宅している。オータキはどうしたのだ?」
守秘義務のあるカウンセリング機関の情報は、容易には入手できない。むろん、極東支部か本国のCIA本部までドレフュスを呼び出し、事情聴取する手もあるが、フーバーはおくびにも出さなかった。
ダレスのことだ。強引に拉致しかねない、と恐れたのだ。
法的にはドレフュスを拘束するに足る事由はなく、そもそもCIAに逮捕権はない。フーバーとすれば、この先一線を超えるつもりは毛頭なかったが、それには事情があった。
日本政府が他の先進国に倣って多国籍保有を認めたため、ドレフュスは今では日米仏の三重国籍者である。ドレフュスがノヴァだとしても、アメリカ市民に変わりはない。
国内はもちろん海外でも、拘束するとなると現行法の壁が立ちふさがる。ダレスがフーバーに隠して強行した拉致の試みはすべて失敗に終わったが、法的にはむしろ幸いだった、とフーバーはひそかに胸をなでおろしていたのである。
フーバーの思惑を知ってか知らずか、ダレスは淡々と答えた。
「オータキはメガロポリスから車で基地に戻っている。だが、今後は監視役を手配するつもりだ。装備担当軍曹は大滝と距離が近過ぎて信頼できない。今回の件で改めてはっきりしたが、シティに留まる限りドレフュスとヒダノの姉弟には手が出せない。交友関係を利用してシティの外に誘い出せなくはないが、それだけの手数をかけても、ノヴァの確保は徒労に終わる可能性が高い」
ドレフュスの事情聴取には触れず、交友関係の利用を匂わせたが、ダレスがもはや拉致に乗り気ではないのは明らかだ。
フーバーは言った。
「キャットという娘とシンという男も雲隠れしている。警戒して当分姿は見せないだろう」
交友関係を利用する手はフーバーも検討したが、その後の調査でヒダノも日米二重国籍者と判明している。したがって、拉致するならキャットという娘しかいない。
ところが、ミユキの報告では、オータキが解放した娘は黒髪ではなく金髪で、ダレスの手下もメガロポリスの駐車場で黒髪のカツラを回収していた。
拉致後に娘がアメリカの民間人と判明した日には、厄介な事態になるだろう。
フーバーは思案していた。
米軍とCIAがアメリカ市民を拉致したと知れたら、ダレスと自分の首は確実に飛ぶ。刑事訴追もあり得る!いくら政府上層部が結託したところで、議会とメディアは黙ってはいない。議会にメディアに国民までが、こぞって政府に盲従する日本なら、口先三寸で誤魔化してやり過ごせるが、合衆国ではそうはいかない・・・
だが、どうやら拉致は諦めたようだ。
フーバーは肩の荷が下りたと安堵した。
ダレスが答えた。
「そのことだが・・・オータキがシティから出た経路が不明だ。シティ交通局と日本の鉄道会社と鉄道公安局のデータには、マグレブに乗車した記録が残っていた。ところが、オータキは鉄道を使っていないと判明した」
「監視カメラを調べたんだな。プライムが乗客データを細工したと疑っているのか?だが、プライムの目的は何だ?オータキがシティを出る経路は地下鉄かしかないだろう。乗降時刻を改ざんする必要があるのか?」
ダレスの言葉を不審に思いフーバーは尋ねた。ノヴァの拉致をあきらめた理由とどう関わるのかも判然としなかった。
「そこが謎だ。なぜ、オータキの乗車記録を捏造したのか?オータキはどうやってメガロポリスに辿り着いたのか?」
ダレスが自問自答するように言った。だが、フーバーとすれば、謎は些細な齟齬のようにも思えた。
「AIかコンピューターの不具合か、駅の監視映像の管理システムの問題ではないのか?珍しいことではあるまい」
ところが、何気ないフーバーの言葉にダレスがにわかに気色ばんだ。フーバーが思わずビクッとするほど語気を荒げた。
「アレン、今回の失敗は些細な問題ではないんだ!決定的なひと押しに等しい。我われは完全に蚊帳の外に置かれた。カウンセリングで起きた事態も、その後の経緯もまったくの五里霧中なのだ!」
「確かにそうだが・・・」
ダレスの剣幕に面食らって、フーバーは言葉を濁した。不意に重苦しい緊張感を背中に感じた。
どうやらダレスの感情の起伏は、まだ治まっていないらしい・・・
「これで、想定外の失敗が都合十回も続いた。あり得ないとは思わないか?アレン、目下の問題はノヴァではない。プライムなのだ!」
ダレスの言葉は正鵠を射ていた。フーバーは人物相関図と事件の詳細を頭の中で再確認した。
ノヴァの拉致はハワイを含め五回とも失敗した。電磁パルス爆弾の度重なる失敗に衛星爆破も含めれば、失敗は八件になる・・・オータキは虎部隊アジト襲撃後、確保したキャットを解放した件を報告していない。あの時、虎部隊に紛れこんだダレスの配下とCIAの特殊作戦グループに追尾されていたと、オータキが気づいていないのは明らかだ。だが、汚染地帯に現れたカメレオン迷彩の人物については、機動スーツの生体分析でキャットと判明したと軍に報告している。
つまり、燃焼爆弾をどうやってかわしたのか不明だが、ダレスが予想した通り、あの娘は生き延びていた。オータキの独断専行とキャットの殺害失敗を一つの事件と見なせば九件だ。そして、今回の面談で十回だ・・・
ダレスの指摘通り、極めて異常な事態だった。
いや、正確には自分が関わる以前のヒダノ暗殺計画失敗を含め十一回か・・・あの事件も含め、失敗の多くにオータキが関わっている。機動部隊長昇進に際して、研修先の選定に日本を挙げたプライムに、ダレスはまんまと裏を掻かれた。執拗にプライムを目の敵にするのも無理はない、とフーバーはダレスの内心を推し量った。
だが、ダレスの態度には見るからに嫌な予兆が漂っていた。また謀略を企てているに違いない!
フーバーは単刀直入に尋ねた。
「今度は何を企んでいるんだ?」
ダレスは無表情にフーバーを見つめ、抑揚のない声ですらすらと答えた。
「機動歩兵を派遣して電磁パルス爆弾でプライムを破壊する。プライムが他のAIを乗っ取り総動員したところで、シティには機動歩兵を阻止できる武器は存在しない。したがって、失敗するようなら、オータキがノヴァと手を組んだ、あるいは何らかの方法でプライムに操られていると見なすほかない」
耳を疑う言葉だった。
またしても秘密裏に事を運んだのか?約束はどうした!
フーバーは怒りに燃えて自制心を失い、大声で怒鳴った。
「何を言っているか分かっているのかッ!?同盟国の都市を米軍が攻撃するんだぞ!大統領が命令を下さない限り、君にそんな権限はないぞ!」
「アレン、君は閣僚会議を欠席したから、今日話すつもりだった・・・だが、君の言う通りだ。大統領令があればオータキをシティに送りこめる」
ダレスは無表情にボソッと言うと、モニターに映るフーバーを見つめた。その姿は心ここにあらずで、フーバーが違和感を覚えたほどだ。
すでにダレスの計画は動き出しているのだ!
「エドワード・・・まさか・・・」
口ぶりはあくまでも穏やかながら、ダレスは冷ややかに返した。
「ミッチェル中佐の助言を聞くよう、君が大統領に進言してくれただろう?中佐は見事役割を果たした。反ミュータント、反人造人間思想に大統領はすっかり洗脳されている。電磁パルス爆弾の手配にしばらくかかるが、整い次第、大統領は攻撃を認めるだろう」
衝撃を受けたフーバーは顎を落とした。
ミッチェル中佐がワシントンDCにやって来たのは数日前だ。事態がこうも急進展しようとは思いもよらなかったのである。
大統領だけではなさそうだ。ダレスの態度は確信に満ちている。これは既定事項だ!閣僚たちの支持を取りつけたに違いなかった。
何ということだ・・・
ハッキングを恐れ、在日米軍基地でさえロボット兵は駐留していない。狭い国土に人口密集地が散在しているため、万一の場合は、短時間で甚大な被害が出るからだ。と言って汎用警察ロボットでは、一連隊を投入しても機動歩兵の敵ではない。
機動歩兵なら単独でもプライムを確実に破壊できる!
フーバーは頭を抱えて茫然と空を見つめた。
この数カ月、何度頭を抱えてきたことか。今度と言う今度は、同盟国への武力攻撃が表沙汰になる!
フーバーの懊悩をよそに、ダレスは涼しい顔で沈黙を守った。
頭の中では冷徹な計算が着々と進行していた。
同盟国への攻撃だが、テロ予防攻撃に相当する。戦争行為ではないため、戦争権限法も適用されない。議会への事後報告も必要ない。だが、再びプライムが介入するのは間違いない。機動歩兵の攻撃は失敗する!自作自演の必要さえない。
そうなれば、それがオータキ個人の意図か、プライムが糸を引いているかは、もはや問題ではなくなる・・・
大統領は電磁パルス爆弾の失敗には、殊のほか過敏に反応する。中佐にさんざん焚きつけられ、すでに我慢の限界に追いこまれているはずだ。
一族の莫大な利権を失うぐらいなら、大統領は最終手段に訴えるだろう。
電磁パルス爆弾の用意ができるまで、しばらく間が空く。ほとぼりが冷めないよう、ちょっとした演出が必要だが、賽は投げられた!
まずプライムを葬り去る。次いで我われの脅威となるノヴァを殲滅しなければならない!
もっとも「我われ」とは、大統領やフーバーが想定するアメリカ合衆国ではないが・・・
皮肉とも憐憫ともつかない笑みが、端正な細面の顔に浮かんだ。己の優越を信じて疑わないエリートの驕りに満ちたほくそ笑みだった。
CIAが現場に居たため、燃焼爆弾の件は自作自演とフーバーに告げ、目論見通り計画に加担させたものの、偵察衛星爆破が自作自演とまでは明かしていない。
フーバーは実力もあり信頼できるが、残念だが同志にはなり得ない。所詮はいずれ切り捨てるべき手駒だ・・・
「組織」の「プリースト」上位五名から成る「オーバーサイト」通称「評議会」から見れば、人類など下等動物に等しい。管理飼育支配されるべき家畜同然の存在に過ぎなかった。




