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プロファイラーの憂鬱 Frown On Her Face

 初夏の晴れ渡った夜、ドーム天井は開け放たれ、吹きこむ強風が大観衆のどよめきをブロンクスの街に轟かせていた。

 風の影響を受けた打球が、スタンドに飛びこむか押し戻されるか、ベースボールのドラマを演出する「運」もまた一興と言える。

 けれども、ダグラス補佐官は野球観戦を楽しむ気分には程遠かった。

 悪運の強い愚か者に押し切られ、合衆国政府があらぬ方向へ舵を切りそう・・・

 ぱっちりした黒い瞳に怯えの色を滲ませた。

「あのミッチェルという男は危険極まりないわ!不審な事故事件が相次いで、そこへフーバーが爆弾発言をしたでしょう?大統領以下、閣僚が疑心暗鬼に陥っているところへ、ダレスはナチス総統のような扇動者を送りこんだの!」

 有線ヘッドセットを着けるのももどかしく、メリンダは性急に話しかけた。


 かつての教え子の少なからず動揺した様子に、メトカーフはまず気持ちを吐き出させようと耳を傾けた。カウンセリングにおける重要なステップ「聞き手に徹する」を守った。

「とんでもない食わせ者よ!それは見え透いているのに、大統領はもちろん、閣僚の多くが中佐のペースに乗せられたの」

 プロファイラーは身体機能をつかさどる最も原始的な脳幹の信号、すなわち表情や身振りから人の本音を探り当てる。

「アジテーターのプロファイルに当てはまるんだね?」

 メトカーフは端的に言った。

 異質な存在への警戒心は、自己と種の保存の本能として、旧皮質にプログラムされている。扇動や洗脳は旧皮質に働きかける。理詰めの説得より「〇〇のせいだ」「〇〇は反〇だ」と、一括りにレッテルを貼る方がはるかに効果的なのはそのためだ。

 差別やヘイトは、単純なレッテル貼りで容易に増幅させられる。

 ドイツの知識人層でさえ、ヒトラーに心酔したぐらいだ・・・

 理性は新皮質の賜物だが、感情を司る旧皮質はその内側に位置するため、構造的に理性より感情の方が強い。しつけや教育で自己抑制を身につけても、先に立つ感情自体は避けようがない。


 人は自由意志で動いていると思いがちだが、意志は自由ではあり得ない。欲望や感情がない限り、意志は存在し得ないからだ。

 メトカーフはわずかにため息をついた。

 心理学セミナーで、人は脳のプログラムに支配されていると解説すると、往々にして「私は自由意志で決めている!」と反発される。

 彼らはその反発こそが内側の脳の反応と気づかない。自分と違う見方への感情的な反応は、自己保存という旧皮質のプログラムから発している。それは意見への賛同にも当てはまる。

 自己と種の保存に関わる原始的な脳のプログラムから、人は自由にはなれない。ブッダでもない限り、あるいは進化しない限り・・・


 今のメリンダには、メトカーフの反応にまで気を配る余裕はなかった。一気に悩みをぶちまけた。

「そうなの!自己陶酔と虚言壁と妄想癖に弁舌の才が揃っていた。プライムとスワン中尉についての話は、半分以上が嘘か歪曲よ。自分の嘘を自分で信じこむから、微表情や身振りが判別しにくい。八割方が嘘だった可能性もあるわ!」


 感情は意志だけでは制御できない。身体を動かしたり、何かに集中したり、人に話したりする必要がある。

 感情に関わる脳内物質は心身に影響する。酒や薬物を摂取すれば、誰しも酔ったりハイになったりするが、その反応を意志では止められないのと同じだ。同じくうつ病や自律神経失調による心身症状も、経験のない人間がよく口にする「気の持ちよう」ではどうにもならない・・・

 プロファイラーと言えども、脳に支配されるのは同じだ。時として感情に振り回される。

 行動分析が習性のメトカーフは、メリンダをそれとなく観察していた。

 メリンダは感情が昂ると、恩師のメトカーフに対してもため口になる。対等の関係の表れでメトカーフとしては好ましいのだが、今回の閣僚会議が、彼女に激しいストレスをもたらしたのは間違いなかった。


「会議の後で、CIA中東支局長に問い合わせたの。父の友人です。中佐の評判はさんざんでした!無能無知無責任の三無で、女性蔑視とセクハラの常習犯なの。プロファインリングと一致するわ!」

「だが、困ったことにカリスマ性がある人物らしいね」

 一方、メッセンジャーとの再会以来、メトカーフの心境の変化は著しい。以前から冷静沈着で有能な参謀だったが、今や明鏡止水の域に達した禅僧のようだ。

 自身でも不思議なぐらい物ごとに動じないばかりか、自動的に的確な対応を取る別の自分がいるように感じる。折しも前回の密談の後、メリンダから得た情報を元に、ナラニが狙われるとメッセンジャーに伝えていた。

 早くも翌日には、控えめなファッションモデルの華々しい美談がメディアを賑わせた。

 メッセンジャーの演出に違いない。実に迅速果敢な対応だ。

 メトカーフは内心舌を巻いていた。自身も有能な対応にかけて逸材なのだが、メトカーフは自画自賛や自己陶酔にはまるで縁がない。自分が優れているという意識さえなかった。


「そうなの!突拍子もない話なのに、皆が雰囲気に()()()()()わ!次から次に衝撃的な話を繰り出して、トーンを上げていった」

 メリンダは小柄なブルネットである。両顎と太めの鼻筋に意思の強さが感じられるものの、人好きのするキュートな顔立ちからは、とても政府高官の首席補佐官と想像できない。

 だが、今夜は持ち前の明るさもすっかり影を潜めている。不安に駆り立てられるように言葉を続けた。


「プライムは何らかの理由でブラックイーグル作戦を潰そうとした。自分とスワン中尉がその企みを阻止したと言い出して、寝耳に水で驚いたわ!作戦の前々日、中尉にひそかに呼び出され、プライムは信用できないから、突入機のパイロットに推薦してほしいと懇願され、司令部を説得したと言った。するとライデッカーが、プライムのシミュレーションには欠陥があったと中佐を支持したの。そこで、パールが反論したわ。シミュレーションを無視するには機のAIを切る必要があると。パイロットは手動でレーザーをかわしたのかと尋ねた。的確な質問でした」(*)

 女性としては稀な国務長官の座を射止めただけに、フォックスは中東での作戦の詳細まで把握していたのである。

 しかし、中佐に裏をかかれる。

「中佐はパールの言い分を認めたわ。意外でした!手動操縦でレーザーをかわせる人間はいないと言って、間を開けたの。真意を計りかねて皆が関心をそそられた。雰囲気作りね!その後、信じ難い話を持ち出したの。スワン中尉はミュータントサイボーグだったと!」

 メトカーフが言った。

「なるほど。プライムが遺伝子操作と機械化を加えた人造人間と思わせたんだね?」

 ミュータントサイボーグとは聞き慣れない言葉だが、中佐の意図は読める。フーバーの陰謀説に便乗して、人造人間の正体に一歩迫ったと大統領以下に印象付けるにはもってこいだ。


「そうです!超人兵士だからレーザー攻撃をすり抜けられたと。もちろん、パールは証拠を求めました。すると中佐は突飛な話をしたの。中尉と密談した後、その記憶が消え、気づいたらジャーディアン中将に直談判していたと!」(**)

 いくつかの真実に大小の嘘を重ねると、辻褄を合わせるため話が複雑怪奇になるものだ。メリンダの目には、中佐の説明が典型的な詭弁のパターンと映ったが、周囲はそうとは気づかなかった。


「記憶が消えたのは、スワン中尉の仕業だと言ったわ!作戦の後、定期健康診断で記憶欠損が見つかった。側頭葉に振動波を集中的に浴びた恐れがあると診断され、治療を受けて記憶が戻ったと説明したの。確認したら、診断と治療は事実だった。でも、中尉が未知の機器か人工指を使って、記憶を消したという主張を裏付ける証拠はないわ!」

「当の中尉が死亡して、死人に口なしなんだね?」

「都合の良い話よ。ただ、中尉の過去が消されていると、身元調査報告書を見せたんです。でっち上げられた存在だと!」

 

 メトカーフはわずかにうつ向いた。

 やはりダレスはスワン中尉の人物調査していたか!記録上の幻の人物と中佐に伝えて、証言のシナリオを書いたに違いない。

「プライムなら架空の人物の公的記録を捏造できると言ったんだね?」

「それ以上よ。プライムしかできないと断言しました!状況証拠しかないのに、何度もプライムは脅威だと繰り返したわ」

 メリンダは鬱憤を晴らすかのように、息せき切っていた。


「単純なフレーズをプロパガンダとして繰り返すのは、扇動者の常套手段だからね」

「ええ。でもパールは引き下がらなかったわ。プライムが手を加えた人造人間だったとしたら、なぜ中尉は裏切ったのかと尋ねた。当然の疑問です!」

「すると、中尉が事故の直前に、ある暗号を使って人造人間の存在を伝えてきたと言ったわ!交信記録には確かに084という言い間違いがありました」

 メトカーフがうなずいた。SSRDこと「戦略科学研究開発機構」の秘密コードは、諜報士官の間ではよく知られている。

「SSRDのコードだね。特殊兵器という意味もある」

「はい、中佐が中尉に教えたそうです。その時、プライムの新人類レポートの話が出て、なぜか中尉がレポートは捏造ではないと強硬に言い張ったと・・・そこから一気にトーンを上げたわ!プライムでさえ、アメリカ軍人の忠誠心までは改変できなかった、と拳を振りかざして力説しました。シミュレーションに従えば、パイロットは撃墜され、支援部隊もレーザー砲の餌食になっていた。中尉はプライムの正体を悟り、友軍を守るため突撃任務を志願した英雄だと、滔々(とうとう)と語ったのです。身振り手振りを交えて!」


 話をぶちまけて、ようやくメリンダは落ち着きを取り戻した。メトカーフの反応に観察眼を向ける余裕が戻った。もっとも意図したのではなく、多分に習い性である。

「なぜ、記憶を消す必要があったのか、とパールが尋ねたら、密談を悟られたらプライムに消される。中尉はそうと悟っていたからだと、急にしんみりした口調になりました」

「事故死ではないと匂わせたんだね?」

 メトカーフにはミッチェルの猿芝居はお見通しだった。

「そうです。人造人間であろうとなかろうと、彼女の上官として、ビアンカは我がアメリカ合衆国に忠誠を尽くして、尊い犠牲を払ったと確信している、と涙ぐんでいました。あの涙は嘘です!自分の言葉に酔いしれて、傷心の上司になり切っていただけです」

「そうか、ビアンカと呼んで聞き手に親近感を持たせたか。なかなかの役者だ」

 ヒトラーもそうだが、己の弁舌に自己陶酔して、結果として聴衆の感情をも盛り上げる。扇動者の特徴だ。

「演出も巧みでした。皆が黙りこんで沈痛な空気が流れるまで待って、プライムは我が国にとって甚大な脅威だと、ビアンカがその身を犠牲にして伝えてくれたと思えてなりません、と締めくくったわ!・・・パールも戸惑っていました。理路整然とした議論の応酬にならず、質問を逆手に取られて利用されたから・・・」

 一方的な中佐の主張が独り歩きして、場の雰囲気を支配してしまう。パールもメリンダも言いようのないもどかしさを感じていた。


「中佐が着席すると、副大統領と国防長官が軽く拍手を始めたの。あれはヤラセよ!つられて大統領が拍手を始めると、恐ろしいことに、ほとんど全員が後に続いたのです・・・中佐は虚言癖と妄想癖に憑りつかれた自己陶酔型の人格障害者なのに!」

 プロファイリングの素養がない限り、扇動者の手口を見抜くのは難しい。

 メトカーフは憂いがちに眉をひそめた。

 自分の嘘を自分で信じこんでいるうえに、カリスマ性がある。メリンダの分析と懸念は正しい。中佐の背後にいるダレスが、フーバーを介してプライムの陰謀説をでっち上げ、事態は緊迫の度合いを一気に深めたようだ・・・


 しかし、嘘から出た(まこと)と言うが、スワン中尉についてはあながち嘘ではない・・・

 メトカーフの口元には緊張が漂っていた。

 やっぱり、マーカスは何か重大な秘密を隠しているわ・・・

 普段の落ち着きを取り戻したメリンダは、大佐の微表情を見逃さなかった。



*「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第23話「一石四鳥」

**「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第11話「貿易商の正体」


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