扇動者 Agitator
「会議にお招きいただき光栄です、大統領!」
ジョン・ミッチェル中佐は、揉み手せんばかりに卑屈な低姿勢を貫いた。弱い者には威張り散らし、強い者には媚びを売る。まさしく野心にまみれの徹底した利己主義者を絵に描いたような男だ。
ローズ・ジュニア大統領がお世辞に弱いと見抜いていたが、人を見る目があるかと言えばまったくそうではない。自分の似姿を投影しているに過ぎなかった。
要はこの二人は、とことん似た者同士なのである。
「ホワイトハウスは二度目でしたな?昨年、叙勲式でお会いしました。あの作戦では、あなたの的確な人選が成功の鍵となった、とフーバーCIA長官から改めて報告を受けましたぞ。女性パイロットでしたな、確か・・・」
お世辞を真に受け、ローズ・ジュニアもミッチェルをおだてにかかったが、お粗末な記憶力が追いつかない。作戦名も殊勲のパイロットの名も失念した。
無表情に二人のやりとりを見ていた副大統領のブレジンスキーが、そつなく耳打ちする。お世辞の応酬など馬鹿馬鹿しくて聞いていられない。とっとと終わらせるに越したことはなかった。
耳打ちにうなずいて、大統領は続けた。
「・・・ビアンカスワン中尉の不慮の死は、まことにもって残念でなりません。合衆国としても得難い人材を失いました」
「反ミュータント連盟」の主催者として招いたため、大統領も目下の将校としては扱わず、丁重な態度に終始した。
軍人の副業は原則禁止でも、特別許可があれば可能だ。ミュータントと言えば、誰しもが名高い中国の虎部隊を真っ先に頭に思い浮かべる。中国政府に積年の恨みを抱く大統領が手を回し、中佐の副業申請はあっさり認可されていた。
「大統領、実はそのスワン中尉について、お耳に入れたい重大な情報があるのです!」
大統領と対等に扱われるや、ミッチェルは俄然意気ごんだ。
ビッグネームにのし上がるチャンスだ!
副業の特別許可の件ではっきりした。大統領は典型的なクロニー政治家だ(*)。そつなく立ち回れば、莫大な予算や補助金が手に入ると踏んでいた。
「ほう、何ですかな?」
「情報統括官として、私はあの作戦を改めて検証しまところ、スワン中尉がプライムのシミュレーションを無視した疑いが浮上したのです!」
なんと!?・・・
驚きの声が波紋のように広まるのを待ち、勿体ぶって言葉を切った。
もっとも中佐は検証などしてはいなかった。そもそも能力も知識も欠如しているのだからできる道理がないのだ。衛星からの動画を見直しはしたが、それとてスワン中尉の残したメッセージに遅まきながら気づくお粗末さだ。
初っ端から政府高官を驚かせた過激な発言も、ダレスが巧妙に中佐を言いくるめ、大統領に伝えるようそそのかしたのだが、中佐は小賢しく立ち回った。自力で発見したかの如く偽り、ちゃっかり己の手柄に仕立て上げたのである。
実際、この男のおめでたい頭の中では、「俺さまが検証したからこそ、真実を突き止められた」というストーリーにすり替わっていたのだった。
「なんですと?しかし、プライムのシミュレーションは作戦の要だったのでは?」
大統領は驚いて尋ねた。
「おっしゃるとおりです。大統領。ところが作戦計画を再検証して、私は思い至ったのです。プライムは作戦を失敗させるため、故意に誤ったシミュレーションを提示したと!」
「な、なんとッ!・・・それは本当ですかな!?」
ローズ・ジュニアはどんぐり眼をひん剥いて身を乗り出した。
プライムはあの歴史的な作戦ををつぶそうとしたのか!?
室内に驚きと疑念を含んだざわめきが広がった。
冷静を保っているのはダレスとライデッカー、そして、二人をそれとなく観察していたメリンダ・ダグラスだけだった。
ミッチェルはすかさず追い討ちをかけた。
「大統領、あり得ないと思われるのは当然です。しかし、私は声を大にして申し上げます!プライムは我が国にとって最大の脅威なのです!」
藪から棒に端的かつ明確に断定して、間を開けて聴衆が反応するのを待った。人々が息を呑んで注目するのを待って、おもむろに口を開いた。
「・・・大統領、ご説明いたします。スワン中尉は、プライムのシミュレーションの欠陥に気づいたのです!作戦に先立って、ミッチェル中佐なら信頼できると言って、こっそり打ち明けてくれました。その時は、私もまさかと思いました!ですが、中尉の誠実な人となりを良く知っていましたから、敢えて司令部に中尉の出撃を強く進言したのです!結果、作戦は成功して、私の判断は正しかったとわかりました!」
目上の者に上手に取り入る他に、ジョン・ミッチェルにとりえがあるとすれば、自己陶酔の極みで自信たっぷりに演説をぶつ才能だ。
ナチス総統を彷彿とさせるほど、迫真の語りには催眠暗示も顔負けの説得力があった。嘘を真実と思いこむ自己欺瞞でさえ、稀に見る扇動者の才能と言える。何しろ本人には、嘘をついている自覚がからっきしないときている。勢い、表情も態度も自信に満ち溢れて、いやがうえにも人々の目に堂々として映るのである。
「それなら、どうして今まで黙っていたのですかな?プライムには我われも重大な疑惑を抱いています。もっと、早く伝えて欲しかったですな」
詰問口調で中佐に尋ねた大統領は、テーブルの上で拳を握り怒りを抑えていた。が、その怒りは、中佐ではなくプライムに向けられていた。プライムには、電磁パルス爆弾の実験を繰り返し妨害した嫌疑がかかっている。そればかりか、人造人間開発を企んでいると陰謀論を吹きこまれた。そこへ、新たに過去の重大疑惑が浮かび上がったのである。
一族の利権確保の算段が崩れ落ちる瀬戸際で、大統領の愚鈍な頭の中はプライム憎しで一色に染まった。
中佐はうなずいた。
「ごもっともです、大統領。ですが、万全を期して検証に時間をかけざるを得ませんでした。何と言いましても、同盟国日本が誇る世界一の人工知能で、我が国もたびたび協力を依頼した相手です。確実な証拠を掴む必要があります」
と、その時、ライデッカー国防長官が手を上げて発言を求めた。
「失礼、大統領。ミッチェル中佐にお尋ねします。国防総省の専門家の間では、妨害電磁波で偵察機の位置データが得られないため、正確なシミレーションは不可能だったという分析があります。スワン中尉はその点に気づいたのですね?」
フォックス国務長官の隣に座るメリンダは、ライデッカーが唇をわずかに歪めた瞬間を見逃さなかった。
「やっぱり」と胸でつぶやいた。メトカーフと密会を重ね、ダレス一味の動きをいち早く把握しているだけに、メリンダは中佐もぐるとあっさり見抜いた。
国防長官は中佐を蔑んでいるわ。質問はヤラセね!中佐がボロを出す前に、議論を誘導する気だわ。
だが、プロファイリングは証拠ではない。正しいと分かっていても、口に出せないのがもどかしい。
「その通りです、国防長官。申し上げようとしていたところです!」
中佐は白々しく答えたが、内心では助け舟が入って助かったと思った。
細かい点を問いただされたら、たまったもんじゃない・・・
だが、それも束の間、たちまち自己欺瞞に陥る。待てよ、位置データの件なら自分だって思いついていたはずだ、いや、確かに気づいていたぞ!と、すっかりその気になってしまった。
にわかには信じ難いが、こうした脳の持ち主が、世の中には確かに存在する。押しの強い政治家や野心家にしばしば見られる現象だ。たとえば、平気で嘘をつくが嘘の自覚がなかったり、自分に都合の悪い事実はきれいさっぱり忘れていたりするのである。
この男は話を緻密に組み立ててないわ!万事に大雑把で、根拠のない楽観主義で押しまくるタイプね。それだけなら掃いて捨てるほどいる凡庸な野心家・・・でも、人を惹きつける強烈なカリスマ性がある!ダレスはすべて承知のうえで利用しているんだわ
「扇動者」のプロファイルにぴったり当てはまる、と悟ったメリンダはほぞを噛んだ。
ダレスの思う壺だわ!
* 縁故主義で利権を誘導する政治家




