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工作員の憂鬱 Frowny Face

 グリーンハウスの火災報知器が鳴り出す直前、アロンダはワンブロック離れた街角で、車で乗りつけたガーディアンを見張っていた。

 ホログラスの望遠機能は、アキラが手を加えて格段に解像度が上がった。おかげで、宅配スクーターの脇で、アイスコーヒーを手にくつろぎながらでも、誰にも怪しまれずに易々と標的を視野に捉えていられる。


 ほどなくして、伽耶から連絡が入った。宅配会社の制服姿のアロンダは、腰に着けた無骨なトランシーバーを取り上げた。伽耶がわざわざ裏組織から手に入れた時代遅れの代物はかさばるが、シティの超近代的な監視網の目をもすり抜ける。(*) 


「アロンダ、ガーディアンの様子は?」

「車で戻って来た。ビルの向かいに路駐してるわ。大滝の張りこみね」

「間もなくビルの中から人が出てくるわ。貴美もね。その前にガーディアンの気を逸らせて!」

 いつになく早口で指示を伝えた。異変があったに違いなかった。

「何ごとなの?」

「時間がないの。後で連絡するわ」

 伽耶は訳も言わずに唐突に交信を切った。


 アロンダはすぐさま行動に移った。伽耶が絡むと決まって事態が急転直下する。いちいち驚いてなんかいられない。


 ヘルメットを被りタイヤを派手に軋らせながら「魔女の宅配便」のロゴ入りスクーターを急発進させた。大通りをビルまで直行したところで、減速せずに派手に車体を傾け大きくUターンをかました。後部コンテナの片輪までが一瞬宙に浮く。

 そのままガーディアンの車の右側面にスクーターを擦りつけて止まった。ガリガリと嫌な音を立てて、金属製の宅配ボックスがエアカーの塗装を削って、細長い傷跡が残った。

 器用なもので、スクーター本体はまったく接触させなかった。超音速機を三十センチ刻みに自在に操る異能力と技能の持ち主だ。スクーターのスタントぐらい目をつむっていてもこなせる。


 虚を突かれたガーディアンが何ごとかと、ウインドウを下げて武張った顔を覗かせた。アロンダはスクーターにまたがったまま、先手を打って挑発した。

「ちょっと、あんた!どこに止めてんのよッ?ここは駐車禁止よ!」

 全面的に非があるのを棚に上げ、止めている方が悪いと言わんばかりにまくしたてた。相手を怒らせて任務を忘れさせるには、喧嘩を売るのが手っ取り早い。


 果たしてガーディアンはいきり立った。

 不意を突かれた驚きは、人の脳内で容易に恐怖か怒りに転化する。野生動物と同じ「逃げるか戦うか」の緊急反応だ。無謀運転の女性ドライバーが相手となれば、当然のように怒りに取って代わる。


「何が駐車禁止だッ、停車中だ、バカもの!俺が乗っているだろうが?人さまの車にぶつかっておいてなんだ?このくそあまッ!」

 がっちりした体格の中年男は、見るからに短気で怒りっぽく口汚い。しかも、女性蔑視が前面に表れている。張りこみ中なのも忘れ、顔を真っ赤にしてドアを開け車外に出て来た。

 アロンダはしめたと思った。涼しい顔で歩道に乗り上げ、スクーターをエアカーの陰に移動させた。ヘルメットは被ったままだ。

 男が詰め寄るのを待って言い放った。


「あんたね~、大声出すと通行人に警察を呼ばれるわよ~。それでもいいの?」

 シティに移動して三カ月、日本語にも磨きがかっている。かまびすしい女の厚かましい言い草が板についていた。

 警察と聞いて、ガーディアンは渋い顔で開きかけた口を閉じた。同じ行政機構に属してはいても、警察とガーディアンは犬猿の仲なのである。


「でも、困っちゃうなあ~、あたし。店の決まりで保険請求には警察を呼ぶしかないのよね~」

 聞こえよがしに示談を匂わせると、男はアロンダを憎々しげに睨みつけた。憤懣やるかたない。が、ここは話に乗るしかないと悟り、舌打ちして不承不承声を潜めた。


「ちッ・・・くそったれめ。ちょっと来い。裏で話をつけよう」

てめえのミスで事故ったくせに、しれっと人の足元を見やがってッ!

 ガーディアンは内心で罵りながら、顎をしゃくってアロンダを促した。

 警察の世話になろうものなら、とんでもない失態を演じる羽目になる。しかも、この仕事は海外ルートでつぶしが効かない。失敗すれば即座に降格につながる。ガーディアン本部とて穏便な処理はできない。相応の処罰を下して先方を納得させなければ、委託契約を破棄されかねないのだ。


 いささか思慮に欠ける男は、女がこちらの立場にどうして感づいたのか?とまでは頭が回らなかった。少しでも頭を働かせればおかしいと気づき、張りこみを放り出してまで、ビルの陰で話をつけようなどとはしなかっただろう。

 おまけに、アロンダは男が背を向けた隙に、ヴァーチャル・キーボードを密かに操作して、警察に匿名の事故通報を送っていた。

 男が気づいた時には、ミニパトがファンファンと間の抜けたサイレンを鳴らして現場に到着していた。

 たかがミニパトと甘く見ると痛い目に遭う。助手席にはロボットがアシストについている。強力な助っ人であると同時に、警察官の一挙一動を記録している。たとえ親しい相手でも、下手に法を曲げて手加減などできないのである。

 汚染地帯に囲まれ逃げ場のないこのドーム都市では、元もと重犯罪は滅多に起きない。警察がロボットをパートナに採用して以来、軽犯罪も激減した。治安の良い都市ランキングでも、毎年ダントツで世界一の座を射止めているぐらいだ。


 男がミニパトの接近に気を取られた隙に、アロンダは颯爽とスクーターに跨って姿をくらませた。事を荒立てたくないガーディアンが、接触事故の被害を訴え出ないとちゃっかり見抜いていた。

 米軍時代の名残りで、女性差別主義者にはこれっぽっちも容赦する気はなかった。


 もっとも、伽耶の意図は例によって判然としないままだった。ダレス配下のガーディアンから、大滝の動向を隠すのが目的と察しはつくが、隠す理由は見当がつかなかった。

 その日、伽耶はついに連絡してこなかったのである。



*「青い月の王宮」第46話「シン」


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